閑話 ΖΕΥΣ&Hērā ・精算

『ああああああ!!!!助けてぇ!!!!!』

『逃げ回っているだけじゃ試験は合格できませんよ』




「おほほほ!おもしろいのぉ!!人の子は!!」



 水晶を手に高々と笑うこの老人。


 身にまとうは天衣の羽衣と雷の源から作られた黄金の王冠。


 傍らには彼の子供であるヘパイストスの鍛冶師としての粋を結集させた最強の武器である彼の神器『雷電らいでん』が立て掛けられている。


 そんな彼が住まうのは神界の最上部に存在する宮殿の一角。


 名を『玉座の間』と呼び、座る者を選ぶいにしえの神が生み出した太古の神器の上に鎮座している。




 彼は次世代の最高神を選ぶ『選定の儀』にて他の兄弟を上回る王の器を見せ最高神に選ばれた神の中の王。



 名はゼウス



 雷を操り、雷に愛された雷神。




「彼面白いかしら?逃げ惑っているようにしか見えないのだけれど」



 そんな彼の傍らに付き添うのは彼の正妻にて同時に姉でもある女神。


 歴代でも一人を除いて随一の美神。



 名をヘラ



 婚姻、母性、貞節の女神。



「人の子は無限の可能性を持っておる。それはこの子も同じじゃ」



「私は......そうは思わないけど」



「いいのじゃ。我々が幾年生きようとも人の子の成長は世代を超えていく。そちの差しで測れるものじゃない」



「ですがゼウス.......あなたはこの場の定義を変えてまで彼を見る必要は無いでしょう。まだ仕事は残っていますよ?」



「そ、それはそれじゃ!!我はやっとアテナが選んだ使徒の行く末を見たいのじゃ!」



「チッ!......またアテナですか......まぁそれはそれとして仕事を終わらせてください。彼を見るのはその後でもよろしいですから」



「分かった分かった!.......ううぅ老神になんて扱いするんじゃ......」



「あなたは私と年あまり変わらないでしょ?威厳の為にわざとそんな姿になっても無駄だから」



「はぁ.......我はまだ雷電の時の疲れが抜けていないのだが......」



「そんな事言っても無駄ですよ」



「はぁ昔はもっと......ん?もしや」



 ゼウスは玉座の間に近づく大きな気配を感じ取る、が気配の主は言葉を発する前に姿を現した。



「「!!!!」」




 突然、扉が勢いよく開かれ玉座の間に音が響き渡る。そして2人の視線が音の先へと向かい、音の主を見据える。



「父上母上愛する妹アテナが使徒を選んだとは本当ですか!?」




「おお、アレスよ!良い所にきたの!!ヘラを説得してくれんか!」



「それは後でお願いできませんか!?それよりもアテナは!!」




 声の主はトラルキアの守護神である戦神アレス。


 輝く金髪と、彫りの深い顔が特徴的に映る。

 はち切れんばかりの筋肉を覆う羽衣は少々心もとない様に見える。



 そんな彼はアテナの報を聞いてすぐさま神界へと転移した。



 彼の神器である、【神槍ファルクス】とアテナの神器である【神盾アイギス】をアテナの了承なく無断でアテナの神器を模倣して作製した『模倣神盾アイギスレプリカ』を背負って。



「私のアレス♡よく来たわね!!!」



「うぶっ!!」



 彼女はアレスの姿を見るとすぐさまその胸の中に彼を招き入れた。彼はゼウスとヘラの子であり兄弟の末っ子だ。異形のヘパイストスとは違い、ヘラの容姿を受け継いだ美形のアレスはヘラの寵愛を一心に受けている。



「っぷは!!......」



 彼はかろうじてヘラの抱擁から逃げ出すとゼウスの持つ水晶へ視線を合わせた。その水晶に映るのは女々しく逃げ惑う一人の人間の少年。



「この人の子がアテナの選んだ......使徒」



「そうじゃ、名前は三上翔太という。今はおぬしの世界にいるはずなのじゃが把握しておらんのか?」



「な!?それは本当ですか?父上!!」



「ほらこれ見てみい、おぬしの定義が働いておるじゃろうが」



「いつ転移した?......まさか!!私の隙を狙って転移したとでも......」



 彼はアテナが自分の隙を狙って転移させたことにショックを受け、幾千年ぶりに膝をついた。ここまでのダメージを神と巨人以外の手で負わされるなど、アレスは想像してもいなかった。



「おぬしはアテナへの愛が強すぎるあまりアテナ自身から避けられていたからのう......自業自得じゃ受け入れい」



「はい父上.......骨に刻み入れます」



「にしてもこの子は.......似ているのぉ」



「はい、私も一目見たときに思いました。あの人の子にそっくりです」



 彼らの思いだすは古の記憶。

 古代神しか知りえない歴史に載らなかった過去。


 その眼に映るのは翔太か.......あるいは。



「最高神様、伝令仕りました」



「「「!!!」」」



 護衛の天使がそう一言、間に割って入る。

 少し苛立ちつつも、ゼウスは入室を許す。



「ア、アテナ様よりアレス様への伝令をお伝えい」



「「!!」」



 伝令を努める天使がそう一言告げた瞬間。

 その天使は一人壁まで追いやられていた。



「速やかに話せ」



 ――アレスだ


 アテナの三文字を聞いた時点で彼は天使の元まで向かっていた。


 そしてゼウスとヘラの伝令による可能性も踏まえて減速し、その後アレスの三文字を聞いて再び加速し天使を壁際まで押しやったのだ。

 そもそも最後まで聞いてから動けば良いものを、とゼウスは思ったが口に出さなかった。確かに彼は強いが、頭が弱い、それが弱点だった。



「は、はッ!伝令を読み上げます!『兄様、私の使徒が兄様が定義する下界に降りているのですが、先程死亡しました。私の贈与した保険によって蘇生出来ましたが、暫く動けそうにありません。私が回復するまで、世界の管理をお願い出来ませんでしょうか?』との事でございます」



「行く、雨が降ろうが槍が降ろうが巨人が脱走しようと行くと伝えろ」



「はっ!その旨お伝えいたします!」



「よろしい、行け」



 伝令を努める天使は急いで退室し、全速力で伝令の責務を全うする為に動いた。それを水晶で見届けた後、彼等は再び少年の方に......



「父上。お仕事はよろしいのですか?」



「ギクッ」



 アレス、堂々と地雷を踏み抜く。


 アレスからすれば当たり前の事であり、なんだそんな事かと言われるに決まっていた発言ではあるが、それはあくまでアレス基準。

 ゼウスも普段は仕事の山を片付けてから遊戯に走るタイプだが、今日この頃は翔太という新しい趣味が出来たので、それを疎かにしていた。



 アレス、ヘラ同時に二人から追及を受けた事によって

 ゼウスの言い訳のレパートリーが一気に0になる。



 そしてヘラによって水晶は没収されてしまうゼウスであった。





 ✱





「......」



 キャニィは踵を反して歩いていた。


 彼女の視界には先程まで、受付嬢に連れられるままトボトボと力なく歩いていた翔太といつも通り隙も何も無く歩く受付嬢の姿があった。


 受付嬢、基ルリアーネにはを済ませるまでショータの事を任せると言って連れだしてきたのだから、いきなり試験を行う選択を下したルリアーネを責めることもできず、励ましの言葉を掛けてショータの無事を祈った。



「......」



 スゥーっと彼女の光が帳を下ろしていく。心なしか彼女のブラウンヘアも逆立って見えてしまう程に、彼女は怒っていた、怒り狂っていた。


 今日、冒険者組合を訪れた目的は翔太を案内する為ではない。

 元より」、本来なら昨日街に帰った時点で本部に行くつもりだった。



 目的は――精算。


 

 彼女は元々、B級パーティ『ピースサイン』の前衛として活躍していた。


 メンバー構成は10代後半から20代前半のB級以上の冒険者5人。数ヶ月前にB級迷宮『デミルデア』の迷宮主である骸骨騎士を討伐し、攻略を成し遂げた事でパーティとしての名を上げ、冒険者組合きっての優良株として認知されていた。



 順調だった、蟠りもなかった。

 あの日も何も変わりなかった。



 思い返してもきりがない、確かめようがない。

 ただ現実だけが、じんわりと内側を焦がす。



「転移のログからかな」



 本部に立ち入る為に必要な『扉』と『鍵』


 扉は各支部に一つ、都支部には数カ所存在している、ならば鍵は?というとそれは組合に在籍する人数分存在する。その鍵が第二の身分証であり、各支部の扉の管理者によって厳重に管理されている通行許可証なのだ。


 通行口を通ったのであれば、その情報は本部へと伝達される。

 消去された試しは無い、正式に手続きを踏めば取得可能な情報だ。



「○○年、〇〇の正午以降のデータを見せて下さい」



「はい、ではライセンスの方をこちらへ」



「どうぞ」



「ん、ん?......これは」



 ――ライセンスが反応しない。


 ライセンス発行の際にデータバンクへ登録した冒険者の魔素とライセンスに込めた魔素が一致して初めて組合の設備はその使用が可能になる。

 可能性として機械、ライセンス側の不備も考えられるがそれは極めて早計である。


 状況を踏まえて、最も可能性があるのは



「ライセンスの確認をお願いします」



 死亡名義でライセンス登録を取消。

 彼女はこれが最も可能性があると踏んでいた。



「まさか......キャ、キャニィさんでお間違いありませんか?」



「はい」



 キャニィはフードを外す、その可愛らしい猫耳が顕になりその顔を見てギョッとした担当の人を見て、キャニィは溜息をついた。



「はぁぁぁ......」



 本人の登記に従って、遺産や戸籍等の履行変更は名義人を通って行われるのが道理。ただキャニィは組合へ名義人の登録をしていかった。するべき所を彼女の判断で却下したのだ。



『魔物との戦闘、迷宮探索中、任務中の死亡事故があった際、ライセンスに名義人の記載が無い場合、所属パーティがある時に限りその名義人を受け持つ事が出来る』



 クリーンな金の取得なら恐らくはこれだろう

 キャニィは小さく舌を打ち、思考を放棄する。



 まさか名義人を記載しなかったのがここで仇になるなんて、と至らぬ選択だったと今更の後悔。



 だがこうして本人が戻ってきた以上、ライセンスの再発行は可能だ。それに冒険者組合に所属している以上、既に足は上がっている。



「......あのキャニィさん、大変申し上げにくいのですが」



「はい?」




 恐る恐るといった風に係員の人が手を上げる。


 嫌な予感がした、と言えばいいのか。

 戦闘で磨かれた観察眼が主人に反する。






「ピースサインに所属していた他の4名の方々は先日ライセンスを返納し、既に行方知らずと......なっております」






 彼女は思わず天を仰いだ。

 ないハズの空が見えた気がした。

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