10 試験
「では試験を開始致しますがよろしいですね?」
「はい......」
僕が連れてこられたのはまるで中世の闘技場を縮小したような場所。床は荒めの砂が敷き詰められていて動きやすい。
考える必要もなく正真正銘戦うことを目的とした場所だと分かる。
この広い空間に2人きり
僕と
キャニィはというと、試験中は待機だからとどこかに行ってしまった。その間際、彼女の何処かを見つめる鋭い眼光が印象的だった。
「試験を始める前に一つ確認させてもらうことがありますがよろしいですか?」
「あ、はい」
「性格診断はすでに済んでいますか?」
「せ......性格......診断?」
え?なんだそれ。そんな準備があるの?
四の五の言わずにかかってこい的な感じで始まるんじゃないの?
「はい、冒険者組合までの『扉』を開くには『鍵』か、管理者からの斡旋しか不可能です。あなたの場合はB級冒険者であるキャニィと来られたようなので試験の為に斡旋かどうかの判断が必要なのです」
「斡旋.......か......」
どうしよう...なんか色々理解が追い付かない。
別に性格診断?っていうものは受けていないし、流されるがままにここまで来ちゃったし、ここは沈黙ということで。
「性格診断が何かわからないといった顔をしていますね」
「あっはい。出来れば説明頂けると......」
僕がそういうと彼女はニコリと微笑んで、説明を始めた。
「では説明致します。性格診断とは扉の管理者からの斡旋の際に、その者が善意のある者なのか否かを判断するために魔法で検査することです」
へぇー........魔法で検査!??
となると、あの酒場の店主さんが扉の管理者なのだとして魔法を使ったような素振りはあったっけな?ずっと見てたし、会話も数十秒程度だったし......うん分からない。
「検査はほとんどは直接魔法をかけて判断しますが、地区によっては食べ物などに魔法を紛らせる場合もあります。検査方法は各管理者に一任しておりますので各支部ごとに違いがあります」
「そ、その食べ物って飲み物でもいいんですか?」
もしかして.......あの飲み物って
「はい、原則食べ物でも飲み物でも
「僕、ここに来る際に扉を開いてくれた酒場の店主さんから一本のモクテル?を貰ったんですけど.......それが性格診断でしょうか?」
「リガンの坊主ね.......あの子はいつも分かりづらいことで判断するんだから......」
「え?ルリアーネさん?」
あの初老の店主さんを坊主呼ばわりだなんてこの人一体何歳なんだ?
そう言えば、キャニィが一度おばさんって言いかけていたような......。
「ゴホン!.......そのモクテルを飲んで貴女の身体にどういった変化がありましたか?できるだけ具体的にお願いします」
あ、年齢はNGですか........
「えっと......飲んだ瞬間からすっごい苦みと炭酸が溢れ出て来て......その強さに耐えれなくて、皆が見てる前で盛大にむせました.......」
「貴方は検査に合格しています......不合格の場合はただの水に変わるようになっているはずなので」
「そうなんですか......」
あの店主さんそんな魔法をかけてたんだ......確かに何の疑いもなく飲んだけどさ、あれも試験の一部とは思わないよ。
「では検査も終わったことなので、準備します」
彼女がパチン!と指を鳴らすと僕の服装が見る見る内に変化していき、最終的に革装備を全身で固める形となった。
「うわっ......すっごい軽い!それに硬い!」
まるで紙で出来ているかの様な軽さと鉄のような硬さを併せ持つ革鎧。
いかにも戦闘用の服なのだと、今からするぞと言われた気がした。
「それは試験用の服です。これなら多少無茶をしても問題は無いでしょう」
「え?.......無茶?」
「それでは今から試験を開始致しますね」
「えっ!!ちょっ!」
いきなりのスタートに混乱している僕を置いて
ルリアーネさんは再びパチンと指を鳴らす。
すると、闘技場の入口上空に時計が現れた。
時計は無機質な炎で出来ていて、ただそこ一点に静止している。
針は音を漏らさず一定の速度で動いていた。
「あの時計の針が0を回った時に試験は終了となります。試験内容は『私との模擬戦闘』です。では、時間終了まで頑張ってください」
「模擬戦闘........」
模擬戦闘......文面からは無理そうな雰囲気が出ている。
だが、もう一度彼女の姿形を確認しよう。
彼女は僕よりも少し小さいくらいの体躯で人形のように華奢だ。
服装の張り具合から見ても筋肉がついているようには見えない。それなら魔素が特段多いのかも......と思ったら別に街で歩いている人たちくらいの量しか見えない。
綺麗な金髪も丸眼鏡にも異質な点は見当たらない。正真正銘の丸腰状態だ。
これならワンチャン僕にもあるのでは?
受付嬢さんになら僕でも何とか合格できるのでは?
「ふぅ.........よしやるぞ」
頬を叩いて己を鼓舞する。単純だけどそれだけに気合いが入る。
彼女はというと
「よっこいしょ.......ほっ.......ほっと」
まるでおばあさんのような声を上げながら準備運動をしていた。
おおよそ20代前半にしか見えない受付嬢のお姉さん?が、動作の度に声を漏らすこの光景はなぜか前の世界を思い出すというか、ほのぼのとしていた。
「ああ、そうでしたね。武器が無いことを忘れていました」
彼女はそういって準備運動を止めると、右手を前に掲げた。
「
彼女がそう唱えると目の前の景色が大きく歪み、周りの魔素を取り込む程に巨大な光の陣が現れた。そして彼女はその陣へ躊躇なく右手を差し入れていく。
「 」
思わず、足が砕けた。
ドサッと尻をついた。
厳密には砕けていない、いや......砕けていたのかもしれない。だって足が動いてくれなかったんだから前進む為では無く、後ろに倒れる為に足が動いたんだから。
意味が......意味が分からない。
ただ理解できる事は、僕の本能が闘争ではなく逃走を計ったということ。第六感が本体の意志をすべて無視して逃げることだけを最優先したのだ。
だがそんなことをよりも陣の先にある
『何か』が怖くて仕方が無かった。
もしあの先の『何か』がここに現れた瞬間、僕の生死は彼女に完全に握られた状態になる、ここまで眼前に迫る死を覚悟したことは今まで一度たりとも無かった。
「なるほど........まぁまぁですね」
そして彼女は先程まであった光の陣を消して、どこから取り出したかも分からない用紙にペンで何か書き込んでいる。
僕は死のプレッシャーが解かれたことに安堵し、ようやく呼吸した。
だが試験中の事を思い出し、震えた足に手を付きながら立ち上がる。
すると彼女はまたどこから取り出したか分からない木剣を取り出して僕の方へ投げた。剣は綺麗な放射線を描き目の前の砂地に刺さる。
これは『剣を拾え』というメッセージに他ならない。
僕は剣をゆっくりと引き抜き、構える。
そして見据えるは目の前の彼女。
今だに用紙から手を放しておらず、ペンも握ったまま。
これで十分だろうといった考えが見受けられる。
「いきます......」
「どこからでもどうぞ。私はここから動きませんので」
僕は剣を振り下げてゆっくりと近づいていく。
人を切ったことは今も昔も一度たりともない僕だけど、振り方ぐらいは分かっているつもりだ。
「はっ!!」
僕は彼女に剣を振りかぶる。
剣は空を切り、横薙ぎに彼女へ走る。
「遅い。筋力が足りていません」
それを彼女はそよ風のように躱す。視線もペンも用紙から一切離れていない中で当然のように回避するのは、僕から見ても異常だった。
「っとりゃあああ!!!」
だが剣は木製なので軽い。
反動を気にせず、そのままもう一度剣を振ることができる。
「甘い」
彼女はペンの持ち手を翻し、そのままペンを突き上げる。
突き上げたペンは丁度剣の側面部へと当たり、軌道が大きくズレた。
「あっ」
剣は地面へ深々と突き刺さる。中間くらいまで進んでいるので抜くのが大変そうだ。
「剣の軌道にブレが大きい、且遅い。合わせてくださいと言っているようなものです」
馬鹿言わないで頂きたい。
降りかかる剣の側面へ寸分も狂いもない刺突。
少しでもペンの突く位置がズレていたら直撃していた。
これを神業といわず何という?
「まだ......まだです」
「そうですね。さぁ......来なさい」
その後も僕の攻撃は一方的に躱され続けた。
彼女まるで空気のようで。
完全に捉えたと思っても、簡単にすり抜けられてしまう。
彼女の動きが速すぎるのか、それとも僕が遅すぎるのか.......答えは両方だとして、割合が多いのは後者だろう。不甲斐ない自分への感情が募る。
「はぁ.......はぁ.......」
「なるほど......だいたい分かりました」
彼女は息1つ乱れておらず、先程から全く変化が見えない。
対して僕は剣を握る握力もほとんど残っておらず、息も絶え絶えだ。
さっきから体は重いし、あちこちの関節が悲鳴を上げている。
ロクな運動をしたことが無かったせいか思ったより疲れが速かった。
「どうしますか?まだ時間は残っていますけれど。このまま試験を終了することを私からはおすすめしますが」
「はぁ.........はぁ」
「もう貴方にはほとんど力は残っていないでしょう。剣も握れていませんよね?」
「そ、それは......」
「自らの刃を落とすことは敗北と同義。貴方がその剣を握れないという事は諦めるのと同じなのです」
「...........」
「再試験をするのも良いでしょう。まぁ再試験には少なくとも4日間空ける必要がありますが賢明な判断だと、私、は思います」
「そうか.....」
――無謀すぎた
いや、無謀じゃない、超無謀だったの間違いだ。
それを読み間違えたのはどこからだろう。彼女の容姿から?それともここまでトントン拍子で進んでいたように流れに身を任せればどうとでもなるという奢りのせい?それともキャニィが紹介してくれた方だから大丈夫だと?
再試験もあるようなら、ここで諦めたとしても
別に悪いことではない、余りにも準備不足なだけだ。
なら、別にここで
「判断は、お早めに」
いや、待てよ。
ルリアーネさんの発言を振り返ろう、何か引っかかる。
何か、大事な事をこの人は、ルリアーネさんは伝えたいんじゃないか?
それは試験用の服です。これなら多少無茶をしても大丈夫になります
あの時計の針が0を回った時に試験は終了となります。試験内容は『私との模擬戦闘』です。では、時間終了まで頑張ってください
どこからでもどうぞ。私はここから動きませんので
自らの刃を落とすことは敗北と同義。貴方がその剣を握れないという事は諦めるのと同じなのです
再試験をするのも良いでしょう。まぁ再試験には少なくとも4日間空ける必要がありますが賢明な判断だと、私、は思います
「——やります。全然大丈夫です」
「貴方自分の状態が分からないの?これでは時間の無駄にしかなりませんよ?」
「良いんですよそれで。元から僕は1分1秒が時間の無駄みたいな毎日を送っていたので、この世界では全てが意味ある物にしか見えないんですよ」
「........」
「だから続けましょう。僕はまだまだやりたいんです」
この試験は、別に勝つ事を目的としている訳じゃないんだ。
勝つ事、意外に目的があるとするならばそれは気持ちの面。
わざわざ性格診断を行うくらい、内面に重要視をしているこの冒険者組合が本当に必要としているのは気持ちのある人間。
すなわち、立ち向かえる人間の事。
ずっとヒントは出してくれていたのかとようやく気付いた自分を恥じると共に、鼓舞する。
この時間が終わるまで、戦い続けるんだ。
「そうですか。分かりました」
そう言うと彼女は変わらず持ち続けていた用紙とペンを、突然現れた穴に放り込んだ。まるで当たり前のように投げ入れているが、僕からすれば意味不明である。
「
そう唱えた途端彼女を中心に大量の火球が生成された。
1つ1つが歪な炎で点々と存在しており、まるでガラスの型に炎を入れて作ったような不自然な火球だった。
「今からこれを投げ続けるので、逃げ切って下さいね?」
「え?あの.......え?」
それぞれの大きさは直径1m程度。
それが何十個も宙に浮かんでいる。
この光景だけでもクラクラしてきそうだ。
「ちなみに、その革鎧でも当たると充分痛いので気を付けて下さい」
「え?痛い?」
痛いってどれくらいだろう。
ちょっと叩かれたような感じかな?
それぐらいなら耐えれると思うけど。
「だいたい、成人男性から殴られるのと同じくらいです」
成人男性から殴られるくらいか............え?
「え?それかなり痛「いきますよー」.....えこれまず」
僕は思わず......天を仰いだ。
無いはずの空が見えた気がした。
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