03 ︎︎分水嶺

 僕はもう限界だった。

 この歪んだ愛のせいで


 恐怖によって友達はおらず

 目に入るもの全てを管理される


 彼女にとって僕以外は全て塵に等しいのだ。


 幼い頃から全てを管理されてきた僕にとっては

 この世界はまるで鳥かご。

 隙間からしか世界が見えない。届きもしない。



 ただ僕には確かに一つだけ娯楽があった。

 それは偶然、アイツの目が届かないところで拾いそれからずっと大切にしている1冊の漫画。



 何年か前に完結したファンタジー漫画

 主人公が異世界転移して自由気ままにスローライフを過ごす物語



 何度も思い描いた。

 自分が自由になってこの世界を旅する姿を

 剣と魔法で戦う姿を


 そんな夢を..................



 だが叶うわけが無い。



 それでも望むだけならいいだろう。



 僕達は皆平等に夢を見る権利がある。どんな人生を送っていても、夢の中なら誰だってなりたい自分になれる。



(お願い........助けて.......)



 答えが返るはずがない僕の願い。








『分かりましたその願い聞き届けましょう』


(!!!!)


 いきなり頭に響いた透き通るような声

 意味不明なはずなのに何処か安心感があった。


 顔に出そうになるのを堪えて平静を装う。



『あなたは何も心配しなくていいですよ』



 声から感じるのは、赤子の頃から僕を育ててくれていたんじゃないかとさえ思う程の母性。


 物心つく前に両親を失った僕にとって、祖父、祖母以外に初めて感じた感覚だった。



『ただ私を信じてください』



 誰からも見向きもされず、常に誰かの助けを求めていた僕にとって

「信じて」という言葉はあまりにも十分すぎた。



(はい、信じます)



 自分の意思のままにその声に応えた。

 他人頼ることを決めたのは久しぶりだ。



『目をつぶって』



 僕は言われた通り目をつぶる。視界が真っ暗になり、聞こえてくる声のみに全ての意識を集中させる。



『そのまま前にゆっくりと進んで』



 目をつぶったままゆっくりと進む。暗闇を進む恐怖心も今は全く感じなかった。



「ねぇ翔太どうしたの?そっちは通学路じゃないよ?」


「ちょっと待ってね、ほんの少しだけ」


「分かった.......少しだけだからね?」




 幼馴染アイツの声もしたが今はただ声に従いたかった。



『周りがうるさいので耳を塞ぎましょう』



 僕は言われたとおり手を耳に当てた、これ以上無いほど強く。



『これで雑音は聞こえませんね』



(はい、それで次はどうすればいいですか?」



『少し左を向いてそのまま歩いてください』




 言われたとおりに歩いていると少しずつ雑音が聞こえてくる。


(何か聞こえるのですが大丈夫でしょうか?)



『問題はありません、そのまま歩いてください』




「..............r..........do............e」



 また別の雑音が聞こえたがこれも問題ないのだろう、潰れるくらいめいっぱいの力を込めて耳を塞ぎ、ただ聞こえてくる声に集中する。



『ここで右を向いて止まってください』



(これでいいんですか?)



『はい、そして私の合図で走り出してください』



「..........na...d.............d....て!」



(また雑音が聞こえるのですが)



『気にせず私の合図を待ちなさい』


(分かりました.......)





『....................今です!!』


(はい!)


 

 今までと違ってまるで羽が生えているみたいに軽い足を前に突き出しながら僕は駆け出した。



『途中で体の一部を掴まれるかもしれませんが、絶対に止まらないで!』



(はい!)



 目をつぶって走るのは結構怖いけど、この声の主が言うように僕は止まらなかった。少し体を触られたがそれでも止めようとは思わなかった。



『後少しです!後少しで!!』




「止まってぇぇぇ翔太ぁぁあ!!!!!」


『振り返らないで!急いで!!』




 聞こえた声は二つ。


 ただ僕が従うべき声は決まっている。

 何処か千切れようが関係ない。



 走るしかない!





『はい、お疲れさまでした』




 直後ふわっと体が浮くような感覚に陥り、しばらくしてから意識が少しずつ遠のいていった。



『また後で会いましょうね』



 これで僕は救われたのかな。



 沈んでいく意識の中で

 朦朧とただ救いを願った。











「ここは........どこだ?」



 何もない真っ白な空間.......


 起きてすぐ見間違いかと思ったが、体に異常は感じられず服装も変わりがない。この景色が現実だと否応にも理解させられた。


 床は白い磨りガラスのようになっており、叩くとコツコツと硬い音が鳴った。



「貴方は選ばれたのです」


「!!!!」



 突如として真っ白な空間を裂いて現れた

 神々しい光を放つ存在。


 白銀の長髪と純白のドレスような衣服を身に纏う、到底表すことのできない美しさを持つ女性。


 僕は彼女が何者なのかすぐに分かった。1度たりとも見たことか無いにも関わらず



「女神様.....ですか?」


「ええ、初めまして。貴方をずっと見ていました」



 あの子から助けてあげることができず本当に申し訳ありません。女神は現世へめったに干渉できないのです」



「大丈夫です女神様。こうしてあなたに会うことができたので」



「うふふ、嬉しいことを言ってくれますね」



 ニコッと笑う女神様はとても美しかった。



「それでここは何処なんでしょうか?」



「神々の住む聖域『オリンポス』の一つ手前の空間である『次元棚じげんだな』です」


「次元.......棚?」


「それぞれの世界を繋いでいる空間、通路のような場所です」




「通路..........空間と空間の間ってことですか」


 確かによくよく周りを見てみると、際限なく広がっているのは二方向のみでそれ以外は薄らと壁のようになっているのが分かった。


「はい、そしてここに呼んだのは理由があります」



「え?どういう......」



「貴方に『女神の使徒』となってほしいのです」



「女神の使徒.......それは一体?」



「私達は神として生きる上で一回だけ自分の使徒を選ぶことができるのです。そして私はその使徒に貴方を選びました」



 女神の使徒、名前からしても話の内容からしても結構重要な役職なのだと理解できる。僕にそんなものが務まるのだろうか?



「別に思案しなくても良いですよ?使徒というのは別にそんな重いものではありません」



「よ、よかったぁ.......心配しなくても良いんですね」



「私が貴方に望むのは


 ・異世界でのんびりと生きてほしい

 ・自分の心のままに動いてほしい


             この二つです」



「い、異世界?これから異世界に行くんですか?」


「はい、あなたには異世界に行ってもらいます」



 異世界。


 僕の夢.......まさか現実になるなんて

 歓喜に震えながら叫びだしそうなのを拳を握って我慢しつつ、女神様の話を再度聞く姿勢を取る。


「というわけでまずは私の贈与ギフトを授けますね」



 女神様は祈るように手を合わせて呪文を唱えた。すると僕の体が虹色に輝き、少しずつエネルギーのようなものが体を巡っていった。


 光が収まった時、女神様は少し疲れている様に見えた。



「どうですか?」



「こ、これは.........」



 なんとなく前より体が軽い気がするし、見える景色が違う......気がする。



「貴方には多少の身体強化を施し、さらに一つ能力を授けました」


「能力?見た所わかりませんが.....」



「これです。能力開示ステータスオープン



「うわぁ!......って何だこれ!」



 三上翔太:人間

 職業  :なし

 <能力アビリティ

 【異世界転移】

 【身体強化”弱”】

 


「貴方へ贈与ギフトした能力は【異世界転移】。文字通りに行くことが可能になります」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る