08 ︎︎エーテル

「はっ!!!」



 どれくらい意識を失っていたんだろう。

 岩から零れる光がまだ明るいのでそこまで長く眠っていないはず。


 硬い地面で寝ていたからか、少し節々が痛い。



「体も重いな.......」



 まだ意識が戻ったばかりだからか倦怠感を感じる。頭もあまり働いていない気がする。



(空腹のせいもあると思うけど.......)



 僕は目線を上げて周囲を見回した。



「居ない.......って外か」



 洞穴の中にキャニィの姿が見当たらなかったから恐らく外にいるんだろう。

 僕は外へ出てみることにした。



「っと........あれ!もう終わってる!」



 洞穴の外にもう超巨大スライムはいなかった。

 その代わりにキャニィが佇んでいる。



 キャニイの周りにはゼリー状の物体が散乱していてスライムの原型はもう残っていなかった。



 そして倒したであろうスライムの何かを片手に、泣いている様に見えた。



「キャニィ!大丈夫!??」



「ッッ!!君!!生き返ったの!!??」



 声に気づいたキャニィは振り返って僕の方を見た。そして一目散に飛びついてきた。



「えっ!?ちょっと何!?」



「良かった!!!良がっだにゃぁあ”あ”!!!」



 キャニィは僕に抱きついたまま泣き出し始めた。腕が胸が僕を絶対に離さないとばかりに締め付けてくる。擁護がこんなに心地よいと思えたことは久しぶりだ。



「えっと.......泣かないで......キャニィ」



「えふぅ........うんっ!.........うんっ!」



 愛らしい、愛おしい、愛くるしい。

 この感情を表す術を僕は知らなかった。


 とりあえずゆっくりと抱き締め返して、感謝と 安堵の思いを伝える。



「ありがとうキャニィ.......依頼達成だね」



「うんっ!.......君の望みだったから!」



「あはは、心配かけちゃったみたいだけどね」



「当たり前!魔素喪失は死んだのと同じにゃ!」



「魔素......喪失?」



「体内から魔素が無くなって死ぬこと!限界まで体を酷使するとこの症状が起こるのっ!」



「へぇ〜.........ってまさか!?」



「?」



 僕は急いで能力開示を行なった。多分僕の予想が合っていれば



 <女神アテナの使徒>

 アテナの加護と寵愛を受けた証

 一致度 5%


 ・言語理解

 ・#gn34qDenlfsd#



 超再生は自分の意思で発動したが生命保険は自動的に発動したようだ。

 表記が消えており、いくらスクロールしてもそれ以上が出てこない。



 と、同時に身の毛もよだつような感覚がじわじわと湧き上がってくるのを感じる。


 今僕は死んだ。

 確かに今、死んだのだ


 異世界への恐怖心がより一層煽られる。




「.......確かに一回死んじゃったみたいだね」



「え、女神!?.....神の眷属!?」



 隣から顔を出したキャニイは、目の前の表記を見ながら目をまん丸にしていた。口がポカーンと空いている、可愛い。


 っとそうじゃなくて



(これ自分以外にも見られるのか)



 下手に能力開示をしてると僕が神の使徒って事だけじゃなくて異世界から来た人間って事もバレるみたいだ。



「あ、えーーと......部分的にはそう」



「ガッツリ女神の使徒って書いてあるけど」



「あー......そうです」



「むぅ、嘘はいけない」



 ぷくっと膨れた彼女の頬をツンツンとつつくと空気が漏れる、その後叩かれた。



「教えて欲しいって言ったら教えてくれる?」



 上目遣いに聞いてくるキャニィの尻尾はゆらゆらと揺れている。これは期待しているな。



 (キャニィになら教えても良いかな)



 この秘密を1人で抱えるのが辛かっただけなのかもしれない。それでも僕はキャニィに自分を知ってほしかった。



「じゃ、歩きながら話すよ」



「うん、そうしよっか」




 西の街に向かう最中にキャニィはこの世界のことを色々と教えてくれた。



 まず僕が転移したこの世界は



 戦神アレスが守護者として祀られていて名前は『トラルキア』というらしい。



 この世界には魔素マナと呼ばれるものが世界全体に存在していて、この魔素によって魔法を使うことができたり能力アビリティが発現したりするらしい。

 僕の体から出た薄水色のエネルギーとか途中で見た光る果実のやつとかは全部それなんだと。



 一応、流れで光る果実食べちゃったけど大丈夫なのか聞いてみた。



『光る果実?......それ食べたら死ぬけど』



 何でも光で獲物をおびきよせて食った相手の魔素を吸収して新たな芽を生やす寄生植物らしい。人間が食べると3,4日くらいで腹の中で芽を吹き出し、ゆっくりと宿主の栄養分を吸い取りながら成長、最終的には穴という穴から......うん



 考えるだけで胃液が逆流しそうになる。

 まぁ実際に逆流しようとしてたけど。



『ショータは魔素量が半端ないからリキュラは多分死滅するから、無理に吐かなくて大丈夫』



 と言っていたので、助けられた。


 想像するだけでけ悍ましい生存能力だけど、一応僕には害が無いみたいだからスルーしておく。そうしないと心象に悪いお腹に悪い。



 また



『多分スライムに追いかけられたのはいつもより数段弱い獲物ショータが極上のご馳走様だったからだと思う』



 こんなことも言っていたが正直嬉しくない。


 僕......美味しくないよ?みんな食べ物としか思ってないの?立ち位置低すぎなんじゃないの?


 と思ったけど僕今最底辺なんだよね。

 身の程は弁えて行動しろと言われた気がした。



 次にこの世界の国について



 当然この世界でも国という概念はあり

 大中小様々な国がある。


 民主から独裁まで幅広く存在するが、一旦は三つの国だけ覚える事にした。



 まず一つ目の国『アルベント王国』



 この森一帯と東に広がる平坦な大地を保有する大国

 周囲には迷宮が多いので、多くの冒険者の拠り所になっている。

 貴重な武器や防具、魔道具などが発見されるため国家を挙げて研究所が多いらしい。


 今向かっている町もこの国の直轄地だ。




 次に二つ目の国『獣人国家ティターニア』



 アルベント王国から南下したところにある『ジガの樹海』という大樹海の中にある国。


 女王がかなり外交的な性格なので国交が盛んに行われている。また色々な種族がいる為、多種族国家としても有名らしい。



 最後に三つ目の国『エクシア帝国』



 この森の西にある超巨大な山脈『アルティジア山脈』の向こう側にある辺鄙で閉鎖的な国。

 だが完全実力至上主義の国であり三国のうち最も歴史が古く、最も国力が強い。




 次に迷宮ダンジョンについて


 迷宮とは


 大量の魔素が幾年も凝縮される事で誕生する『迷宮の核ダンジョンコア』が周囲の無機物や魔素を吸収して作り出す魔物らしい。



 特に魔素の密度が濃い場所に自然発生しやすく、人口密度が多い場所の近くや魔素の流れが停滞している場所(魔素溜り)でよく発生するらしく、アルベント王国の周りに迷宮が多いのはそのせいなのだと。




 ついでに僕が迷宮行くなら

 どこがいいのか聞いてみた。



『ショータが迷宮?一階層でも無理』



 即答だった。

 少し泣いた。



 でもその後



『魔素量は人の何十倍にもあるみたいだから多分鍛えれば結構強くなると思う』


 

 と言ってくれたので結構救われた気がする。



 そしてしばらく歩き続けて

 ついにこの瞬間がやってきた。



「あれが町の入口、名前は『エーテル』」



「や、やっと着いた......」



 森を抜けた瞬間、目に入ってきたのは一面の壁。町全体を覆うように巨大な石壁がそびえ立っていた。



「ほんとに運が良かった、道中全く魔物いなかったし、守りながら戦うのは不安だったから」



「それについては、ほんとごめん」



「いいよ、気にしないで」



「うん......さっきから気になってたんだけど、あの壁って」



「魔物達から身を守るための外壁。防御魔法で強化してあるからそこら辺の魔物じゃ傷1つさえ付けることもできないと思う」



 確かにあの壁には大量の魔素が含まれているみたいだ、肉眼で認識できるくらい滲み出ている。



「とりあえず話は中に入ってから」


「う、うん」



 僕は街の入口に歩き始めたキャニィ

 を小走りで追いかけた。




「大特価!エーテル焼きが銅貨3枚だよー!」


「豚足弁当はいかが~!ボリュームたっぷりで美味しいよ~!」


「冒険者の方々~!今日は一泊金貨1枚!早い物勝ち~!!」



 壁の向こうに広がっていたのは活気溢れる市場。



 街の入口から扇状に展開された売店には思わず目が吸い寄せられてしまうような食材や料理や、古めかしい書記等々がこれでもかと置かれている。夕暮れ時なのも相まって道を歩く人達には夕飯の材料を買いに来たご婦人方が売店に張り付いており、お財布事情を懸けた白熱した交渉は遠目で見ても熱を感じる程。



 次に気になったの円とは違う通貨


 銀貨があるなら金貨もありそうだけど、この世界での相場はいくらくらいなのだろう.......慣れるのに時間がかかりそうだ。



「こういうの初めてなの?」



 浮き足立っている僕の姿を見て横にいるキャニィがそう質問してくる。


 キャニィは街に入る直前に薄い布地の上着を着て、大きめのフードで猫耳をすっぽりと隠している。



「まあね」



 夜なのに賑やかな店の通り

 キラキラと光る看板

 歩いてるだけでお腹が鳴る匂い


 元の世界では味わったことのない興味が溢れて止まない感覚。



「ふーん、随分とつまらない生活してたんだね」



「辛辣すぎない!?」



「まぁ大丈夫、きっと......楽しく暮らしていける」



「そ......か、ありがとう」



 そう言って微笑んでくれる彼女の横顔はとても綺麗に見える。



 だが、一瞬見せたキャニィの表情。


 可憐で情熱的な紅い瞳の奥に一欠片の哀愁。気のせいと口に出してしまえば納得してしまう程の些細な揺らぎが僕の中で引っかかっていた。



「どこから回ろっか?」



 キャニィの喜色に満ち溢れた弾み声。

 やはり勘違いだ、僕の思い違いだ。



「んーじゃあ.......って!」



 キャニィは迷い無く僕の手を握って案内し始めた。


 エーテルの街並みは中心道路を挟んで両脇に店が立ち並んでおり、飲食店や宿屋、鍛冶屋などが店の中心部まで続いていた。



「うおお!すごい!うわぁぁ鎧!剣!!やばい!!カッコイイ!!」



「ショータうるさい!もう少し静かに歩く!」



「えぐい、いやえぐい!!この剣いや、この盾!!いやこの鎧が!!!」



「落ち着いて!!!」


 

 また暫く歩いていくと店並みが変わってくる。


 街並みは少し暗く手狭になり、すれ違う人達も中年以降の方が増えてきた。店先からは思わず吸い込まれるような甘い香りが漏れており、時折視線を奪われる。

 また、刺激的な格好をした女性とすれ違う事が増え、隣から刺すような視線も飛んでくるようになった。



「おぉ!ここ綺麗!。それに凄くいい匂いがする!覗いてみてもいい?」



「ん、......に゛ゃ゛」



「ほら!出てくるお客さん皆満足そうな顔してるし1回だけ!!覗くだけでいいから!」



「駄目!何があってもどんなことをしても駄目!!絶対絶対駄目!!!!」



「別に見るだけだし、そこまで言わなくても「ぜっっっっっったい駄目!」あ......はい」



 中心街から少し外れた方にも店があったので行こうとしたら必死にキャニィに止められた。別に怪しい店には見えないし大丈夫だと思うんだけどなぁ。『夜の蝶』って名前のどこに怪しい要素があるのか分からない。



「おっと......ここからは」



「エーテルの住宅街だね。この街の半分以上の人たちはここに住んでるんじゃないかな」



 中心街を抜けると住宅街が広がっていて、どこも暮らしの光が漏れ出ていた。所々から笑い声が聞こえては微笑ましく、羨ましい気分になった。

 総じて、一通り町を案内してもらったがどこにも冒険者組合の場所は見つからなかった。キャニィに聞くと冒険者組合の場所は入口の近くにあるのだと。入口の周囲は結構見たけどそんな店あったかなぁ.......。



「どうだった?このエーテルの街」



 中心街の飲食スペースで休憩をしていたら、彼女がそう聞いてきた。



「凄くいい街だと思うよ、このエーテル焼き?ってのも美味しいし」



「あはは、喜んでくれて嬉しい」



 エーテル焼きは、肉に野菜を巻いて甘辛のタレで味付けしたモノだった。タダの肉巻きだと思って高を括っていたが大いに間違いだった。


 既に20本は食べている、お腹は空いてたけどね。



「じゃあ、そろそろ宿屋に行くよ」



「僕は、お金持ってないから野宿でも「ダメ、一緒に来る」...はい」



 キャニィに引っ張られるように夜の街をスタスタと歩いていく。時折、店の奥から響いてくる人の声が聞こえてくるのが妙に気持ちよくて、風情を感じているとあっという間に目的地に着いた。



「同室なら銀貨3枚、別に用意するならその倍だよ」



 宿屋の御婆さんは開口一番にそう言った。


 

「大......丈夫、シ、ショータは私と......一緒の部屋で」



 そそくさと銀貨を3枚手渡し、横の階段を上っていく。



「いいの!僕も一緒で!?」



「別に......ただ寝るだけだし大丈夫」



 動揺しているのかキャニィの足取りは速い。

 顔も少し赤くなっているように見えた。



「まぁさっきエーテル焼き何本か食べたし大丈夫か」



「??.......ここが、私たちの部屋だよ」



 そして僕たちは部屋の扉を開けた。







 僕が言葉の意味を勘違いしていたという事に気付くのはこれより2時間後の事である。

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