戦闘少女とティーブレイク【ワンガル雑談】#1[前編]

 また、誰かを呼び止めていた。ぼんやりとした微睡まどろみの中、その人が振り向くのを待っている。



 ――ピンポーン……



 来客を告げる音に、星は飛び起きた。チェストの時計は九時を示している。


「はあ〜い」


 レディが応対に出る声で、ベッドから降りようとして布団が足にもつれて転がり落ちた。


「あらっ、星くんは?」


 まずい、大家さんだ、と焦れば焦るほど布団は足に絡みつく。実は人間なんじゃないかとすら思った。


「まだお休み中です」

「あら寝坊助さんだこと。じゃあこれ、星くんに渡しておいてもらえる。一緒に食べなさい。美味しいわよ」

「ありがとうございます。いただきますね」


 星が寝室から転がり出た頃には、無情にもドアは閉じられていた。


「おはようございます。何やら贈り物を賜りましたよ」

「おはようございます……。あとでお礼を言っておきますね……」

「はい」


 朝から体力を浪費してしまった、と肩を落としつつ寝室に戻り、部屋着の中でもましなほうの一着に着替えた。

 今日は洗濯機を回さなくてはならない。寝間着を抱えて寝室を出ると、レディは熱心に書き物をしている。おそらく次のダンジョンの戦略を練っているのだろう。

 リビングを見回すと、いつだか脱ぎ捨てたパーカーがソファにかかっていた。それも回収し、風呂場へ向かう。


「何をなさっているのですか?」


 洗濯機に洗剤を入れる星の手元を覗き込み、レディが不思議そうに言う。女神に洗濯という概念はないようだ。


「洗濯と言って、汚れた服をこの機械で洗うんです」

「初めて見る機械です」

「これは洗濯機ですね」

「センタッキ……」

「……そうです」


 動き始めた洗濯機を、レディは物珍しく眺めている。自分の洗濯物が入った洗濯機をじっと見つめられるのは、なんとも気恥ずかしいものだ。

 リビングに戻り伸びをしていると、ちょうどホーム画面をモニカが覗き込んだ。


『司令官。おはようございます』


「おはよう、モニカ。すっかり朝寝坊してしまったよ」


『今日はお休みなのですよね? 睡眠時間をたっぷり取るのも大事なことです』

『ボクもまだ寝てたいな〜』


 のんびりしたリトの声が画面外から聞こえる。


「連日のイレギュラーな攻略だったからな。疲れたろ」


『三日間くらい寝てたいよ〜』


「それは寝すぎだな」

「リトは放っておくと本当に寝ますよ」

「おお……ロングスリーパーなんだな……」


 冷蔵庫にあった物で適当に朝食を取り、洗った食器を水切りかごに入れると、星は今日の本題を切り上げた。


「レディさん、パソコンの使い方をお教えします」

「はい! よろしくお願いします」

「ノートパソコンのほうが使いやすいと思うので、これをレディさんの専用機にしてください」


 初期化することはできないため、アカウントをレディ専用のものに切り替えたノートパソコンだ。見られて困るものが入っているわけではないが、プライバシーは守っておきたい。


 基本的な操作と文章を制作するためのアプリケーションの説明をすると、レディはあっという間に使い方をマスターした。プリンターもすぐ理解し、女神の利発さを思い知らされたのだった。


 通販サイトは星のクレジット払いとなっているが、レディが無駄な買い物をすることはないだろう。星と自分に本当に必要かどうかを見極めることができるはずだ。


「今日の攻略はいかがいたしましょう」

「連日のイレギュラーの攻略だったので、今日は休みにしようかと思います。戦闘少女たちには自由に過ごしてもらってください」

「承知しました」


 自分は戦略を練ることだと資料を広げる。次に攻略するダンジョンの情報をまとめた資料だ。

 次のダンジョンは「止まり木の館」だ。かつて大富豪が暮らしていた大豪邸がダンジョン化した場所で、情報によれば主はハーピー。魔法攻撃と物理攻撃の両方を使いこなして来るが、ハーピー自体の能力はさほど高くない。速力はアリシアやモニカと比べて大きく劣る。通常であれば、アリシア、エーミィ、モニカが速攻で攻め入り、リトの魔法とポニーの遠距離攻撃でサポート、という定石の戦闘スタイルが理想的だろう。


「星さん、以前、情報を公開してほしいとのお声がありました」

「ん。ああ、そうですね」

「視聴者のみなさんにご協力いただくなら、情報を公開するのはひとつの手だと思いますよ」

「うーん……どこまで公開していいものか……」


 戦闘少女がこちらの世界で接触できるのは星のみ。戦闘少女たちにこちらの世界の害意のある人間の手が届くことはない。視聴者がなんらかのアクションを起こした場合、被害があるのは星くらいだろう。

 前回のように視聴者に助けられることがあると考えると、情報を共有しておくことは利点もあるのかもしれない。


「情報が錯誤しないようある程度は制限する必要があるでしょうが、戦闘少女のステータスなどは公開しても差し支えないかと思います」

「そうですね……。あ、じゃあ――」






[戦闘少女とティーブレイク【ワンガル雑談】#1]






「はい。お時間となりました。みなさん、こんにちは。月輔です」

『こんにちは〜。レディで〜す』



***

[こんにちは〜]

[戦闘少女と喋れるのかな]

[今日は実況解説じゃないんだ]

[わくてか]

***



「はい。今回は告知した通り雑談回となっております。視聴者のみなさんに今後お力を貸していただくことがあるかもしれないので、みなさんにより戦闘少女のことを知ってもらおうと思いまして、はい」


 レディが液晶にホーム画面を表示すると、アリシアが待機している画面が映し出される。


「今回は戦闘少女たちを交えた雑談をしていこうと思います。アリシア、聞こえるか?」



《 はい! よく聞こえております 》



***

[おおおお!]

[戦闘少女と話せる!?]

[アリシアちゃーん!]

[俺たちのコメントも見えてるのかな]

***



「いま、みなさんから見るとここにホーム画面が見えてると思いますが、実際のホーム画面は僕たちのほうを向いています。ですので、みなさんのコメントはアリシアちゃんには見えておりません」

『この画面には戦闘少女をひとりずつしか映せません。ご返答の際に入れ替わってもらいます』

「告知の際にご質問を募集しましたので、それに答えてもらおうと思います。視聴者のみなさんも、聞きたいことがあったらコメントに打ち込んでください。ただし、戦闘少女たちに投げかける質問は僕が決めさせていただきます。すべての質問を採用するわけではありませんので、どうぞご容赦ください」



***

[そのほうがいい]

[変な質問が来たら困るもんな]

[聞きたいことはいっぱいあるな〜]

[どこまで公開してくれるのかな]

***



「さあ、ティーブレイクということで、本日のお茶のお供はなんでしょうか」

『はい。にんにき堂の苺大福で〜す』


 レディが持ち出したのは、午前中に大家が持って来た箱だった。


「おっと、配信のお供と思えぬ食べ応え。他のお菓子は気に入りませんでしたか?」

『せっかくいただきましたので……。もしくはピッケで〜す』

「ピッケにしておきましょう」


 ピッケはアイシングが乗った生地の薄いクッキーだ。口に放り込んでもすぐ噛み砕いて飲み込むことができる。



***

[提供か?]

[女神推薦!]

[ピッケ美味しいよな〜]

[食べたくなってきた]

***



「さあ、まずはアリシアちゃんの自己紹介といきましょう。お願いします」



《 はい! アリシア・モーメントです! 戦闘スタイルはショットガン、感知スキル三種類を使い分けて斥候役を担っています。先日、索敵を掻い潜った魔物が現れたときは、力不足を痛感しました。レディ様は私をリーダー役と仰ってくださいますが、私なんてまだまだです。これからも鍛錬に励みます! 基地にいるときは、魔物の情報と他の戦闘少女のステータスを比べて戦術を練っているか、もしくは本を読んでいます。司令官のお力をお借りして、必ずすべてのダンジョンを攻略します! 》



「はい、ありがとうございます」



***

[拍手喝采]

[アリシアちゃん可愛いよー!]

[謙虚だけど芯がしっかりしてるね]

[どんな本を読むんだろう]

[勤勉さが表れて良い自己紹介だった]

***



「それでは、アリシアちゃんのステータスを見てみましょう」

『はい。こちらがアリシアちゃんのステータスです』


 液晶にアリシアのステータス表が映し出される。


「体力値、魔力値、攻撃力、防御力、速力、運。どれもバランスよく整っていますね」

『はい。感知系スキルは「魔力感知」「マナ感知」「索敵」の三種類です。アリシアちゃんは器用貧乏になることもなく、戦闘においてはすべての力を遺憾なく発揮してくれます』

「はい。では次にエーミィちゃんに自己紹介してもらいましょう。お願いします」


 ホーム画面からアリシアが外れ、エーミィがフレームインする。戦闘少女たちは椅子に座っており、画面外で待機しているはずだ。



《 エーミィ・ポンドよ。戦闘スタイルはルーンアックス。脚は速くないけど、装甲の硬さはあたしが一番よ! 無茶な戦い方をするとあとでアリシアにしこたま怒られるから、堅実な戦術を取るようにしてるわ 》

《 ちょっと、エーミィ…… 》



 画面外から聞こえたアリシアの焦った声を、エーミィは肩をすくめて流した。



《 脚さえ速ければ、あたしが切込隊長だったでしょうね。基地にいるときは、ルーンアックスで素振りをしたり、速力を上げる訓練をしたりしているわ。あたしが一番の努力家ね。……ま、あんたたちの努力も認めないこともないけど! 》



 腕を組んで吐き捨てるように言うエーミィに、モニカがくすくすと笑う。素直じゃないねえ、とリトがのほほんと言った。


「はい、ありがとうございます」



***

[エーミィ! エーミィ!]

[満点だな]

[ちゃんと認め合ってるんだな]

[他の子の声が画面外から聞こえるのいいな〜]

***



「さあ、エーミィちゃんのステータスを見てみましょう」

『はい。こちらがエーミィちゃんのステータスで〜す』


 レディが液晶の映像にエーミィのステータス表を映し出す。


「エーミィちゃんは前々回の攻略で大活躍でしたね。体力値、攻撃力、防御力が抜群に高いですね。魔法を使わないため魔力値は低めですが、ルーンアックスの魔装加工がカバーしてくれそうです。速力と運が低めな印象です」

『はい。ひとりでも充分すぎるほど能力の高い戦闘少女ですが、アリシアちゃんとペアで運用することにより効果的に実力を引き出すことができます。速力の高い戦闘少女が、エーミィちゃんの高い攻撃力を活かす鍵となりますね』

「戦闘少女同士が補い合って実力を発揮するということですね。では続いてポニーちゃんに自己紹介してもらいましょう。お願いします」



《 はい! 》



 意気揚々と画面に入って来たポニーは、意気込むあまり立ったままで顔がフレームアウトしてしまっていた。


「ポニー、座って。顔が映ってない」



《 あっ、すみません! 》



***

[元気だな〜]

[元気のお裾分けだ]

[可愛いぞポニー!]

[今日もご飯が美味しい]

***



《 ポニー・ステラです! 戦闘スタイルは遠距離攻撃! 弓矢をメインに、投擲なんかもできます! 武器が壊れても、その辺の石を投げて攻撃することも可能です! 防御力が極端に低いのが弱点ですが、攻撃を放棄して回避に専念することもあります。なので、基地にいるときはエーミィと一緒に鍛錬しています! 私はいつでも全力です! 》



「はい。では、ポニーちゃんのステータスを見てみましょう」

『ポニーちゃんのステータスはこちらです』


 レディが液晶にポニーのステータス一覧を表示する。


「さて、ポニーちゃんは先日の攻略で大活躍でしたね。本人も自覚している通り防御力の低さはいまだ改善の余地がありますが、遠距離攻撃という特性を活かす最後尾での運用となると、攻撃力を取るか防御力を取るか、という選択もありますね」

『はい。ポニーちゃんは防御力が上がりにくいという特性でもあります。今後の攻略、ほとんどのダンジョンが変化していると考えると、ポニーちゃんは最後尾を徹底することもひとつの手です。ポニーちゃんのために、編成に合わせた装備品も充実させたいところですね』

「はい。それでは次はリトちゃんに自己紹介してもらいましょう。お願いします」



《 はあ〜い 》



 気怠げな様子でリトが椅子に座る。背筋を伸ばして、とモニカの声が言うが、リトは背もたれに寄りかかっていた。



《 リト・ワイズマンで〜す。戦闘スタイルは魔法。防御力が低いので肉弾戦はできませーん。魔法がいっぱい使えまーす。基地にいるときは寝てるかな〜。努力が嫌いだから、あんま訓練はしませ〜ん 》

《 あれれ? 昨日の夜、訓練場で魔法の練習をしていたのはリトじゃなかったんですか〜? 》



 悪戯っぽく言うポニーに、リトは肩をすくめる。



《 夢でも見たんじゃないの〜? 昨日は早めに就寝してぐっすりだったよ〜 》

《 ふうん? そうかなあ? 》



***

[陰の努力家だ]

[それはそれは涙ぐましい努力であろう]

[最高だな]

[一番ストイックなイメージあるな]

***



「はい。それではリトちゃんのステータスを見てみましょう」

『リトちゃんのステータスはこちらで〜す』


 液晶にリトのステータス表が映し出される。


「リトちゃんは魔法により攻撃力が変わるため、素養としては少々低めですね。防御力が低い傾向にあるので後衛側での運用となりますが、相手によっては魔法攻撃の範囲が足りない場合があるため、慎重な編成が必要になりますね」

『はい。今後、他のダンジョンも変化していると考えると、どの範囲の魔法を使用するかは慎重に考えたいところです。魔法の種類が豊富ですので、活躍できる場面は多いでしょう。状況に合わせて最適な魔法を瞬時に察知できるところが強みです』

「はい。では最後に、モニカちゃんに自己紹介してもらいましょう。お願いします」



《 はい 》



 おっとりと応え、モニカが椅子に腰掛ける。戦闘中と大きく差のある微笑みに、視聴者も魅了されているようだ。



《 モニカ・ソードマンです。よろしくお願いします。私の戦闘スタイルは剣戟。速力を活かして戦います。考えるより先に体が動きますので、瞬発力には自信があります。基地にいるときは読書やピアノの演奏などをしています。司令官のご期待にお応えできるよう尽力して参ります。ご清聴ありがとうございました 》



***

[ピアノ弾けるんだ!]

[さすモニ]

[完成度の高い自己紹介だ]

[完璧な作戦とか考えてくれそうだよな〜]

***



「はい。ではモニカちゃんのステータスを見てみましょう」

『モニカちゃんのステータスはこちらで〜す』


 液晶にモニカのステータス表が映し出される。


「モニカちゃんは防御力と速力が群を抜いていますので、ダンジョンによってはエーミィちゃんと交替して前衛に位置取る戦術も考えられますね。中盤もしくは後衛に配置してリトちゃんとポニーちゃんのサポートをすることも可能です。体力値も申し分ありません。万能型と言えるかもしれませんね」

『はい。先頭での特攻も可能ですが、能力値から考えるとサポート役として運用したいですね。前衛、後衛どちらのサポートもできる中盤が安定のポジションではないでしょうか』



***

[モニカちゃん優秀]

[一番使いやすい]

[さすモニ]

[推し決定だな]

***



「さて、全員の自己紹介が終わったところで、お待ちかねの質問コーナーを始めていきましょう!」

『わ〜楽しみですね〜!』



***

[待ってました!]

[やったー!]

[楽しみ!]

[どんな質問が来てるのかな〜]

***




 ――後編に続く――




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