謎を解明する攻略【ワンガル】#11[前編]

 ――失礼、レディ。


 差し出した物に対して、白皙の手が伸びる。しなやかな指が触れる。それは確かに、温もりだった。




   ∴ ∴ ∴




 日曜の朝のゆったりした微睡まどろみの中、鼻腔をくすぐる焦げた匂いに目を覚ます。レディの料理は相変わらず爆発的で、当初の予定の作り置きにはまだ程遠いようだ。

 チェストの時計を見ると八時を差している。戦闘少女たちも起きてそれぞれ基地内で過ごしているだろう。リトはまだ寝ているかもしれないが。


 部屋着に着替えてリビングに行くと、レディが香ばしそうな魚を皿に盛っているところだった。


「星さん、おはようございます」

「おはようございます」


『司令官! おはようございます!』


 ホームからポニーの溌剌とした声が飛び込んで来た。どうやら星が来るのを待っていたらしい。


「おはよう、ポニー。どうかしたか?」


『朗報です! 探査機が完成しました!』


「それはよかった。聖霊たちが頑張ってくれたみたいだな」


『それはもう! ぜひ聖霊たちにもご褒美をあげてください』


「もちろん。何が欲しいか訊いておいてくれ」


『はい! あとでモニカが探査機のご説明に伺います』


「わかった。九時に通信を繋ぐように伝えてくれ」


『はい、承知しました!』


 ポニーは通信を切ると、勢いよく駆け出して行く。

 探査機の完成は、星にとって諸手もろてを上げて喜びたいほどの朗報だった。それはレディも同じことだろう。これでダンジョン内の探索をして、攻略のための情報を集めることができる。攻略にかかる労力を大幅に下げることができるだろう。


 本日のレディさんの手料理は、纏っていた麹が無惨に焦げた白身の焼き魚と、口からどれくらい出るかの想定が外れたと想像されるドレッシングのかかったサラダ、すっかり安定した味噌汁と炊き立ての白米だった。


「……いただきます」

「はい、どうぞ」


 レディは相変わらずにこにこと微笑んで星の食事風景を眺めている。レディにとってこの料理の出来栄えが何点中の何点なのかはわからないが、料理を楽しみ、星が食することを喜んでいる様子だ。


「毎日、食事を作るのは大変じゃないですか?」

「そんなことはありません。とても楽しんでいますよ」

「それならよかったです。俺は料理がまったくできないので……」

「私もやったことがなかったのですが、やってみると案外、難しくも楽しいものですね」

「そうですか」


 味はともかく、レディが楽しんでいるなら星に言うことはない。わざわざ、労力をかけてもらう申し訳なさから楽しみを取り上げる必要はないだろう。


 星が食器の片付けを終えて食後のお茶を楽しんでいた九時。ホームから少女たちの声が聞こえて来た。

 最初にホーム画面に顔を出したのはモニカだった。


『司令官、レディ様。おはようございます』


「おはよう、モニカ。探査機が完成したらしいね」


『はい。すでに運用を始めています。聖霊たちから使用の際の指示がありますので、お伝えしますね』


「ああ、よろしく」


 モニカの両肩にはふたりの聖霊がいる。星の目に映るこの小さな少女たちがレディには見えていないと思うと、なんだか不思議な気分だった。


『探査機は時間をセットすることで、ダンジョン内を自動走行します。時間になったら来た道をそのまま引き返すこともできますし、私たちが攻略の際に回収することもできます。探査機自体がダンジョン内の記録を取ることもできますし、通信によってこちらに随時、情報を送ることもできます』


「思っていたより高機能な探査機になったな……」


『司令官が用意してくださった設計図をもとにしていますので、司令官の世界の科学の発展の恩恵を受けたようなものです。私たちは心から感謝しています』


 惣田が用意した設計図がどういった物だったのかは星は知らない。そういった知識を持ち合わせていないためだ。これほど高性能な探査機を作ることができたのだから、惣田の伝手にも感謝するべきだろう。


『さっそく、次に攻略する“イェレミス研究所”内に探査機を送っています。司令官にお送りした情報に加え探査機の結果があれば、ダンジョン攻略の難易度を下げることが期待できます』


「そう。調査はどれくらいで完了するのかな」


『三十分から一時間ほどと想定しています。探査機が最奥まで到達する前に攻略に行き、私たちが回収するという作戦も可能かと』


「そう、わかった。じゃあ、これまでに集めた情報をもとに、ある程度の作戦を練ろう」


『はい』


 星はこれまで少女たちが集めた情報をレディがまとめた資料を手に取る。今日に攻略するの「イェレミス研究所」はその名の通り、かつて研究所だった場所がダンジョン化した場所だ。

 かつて、イェレミス研究所では不老不死の実験が行われていた。人体実験だ。表向きは科学の研究所となっていた。不老不死の実験がゾンビ化ウイルスを生み出したとされている。ゾンビは急所を突かれなければ滅びないと考えると、ある意味では不老不死の体を手に入れたのかもしれない。


「出現する魔物は基本的に亡霊系になります。亡霊系とはこれまで何度も戦って来たので、特に苦戦することはないかと」

「主はワイト、ですか……。デュラハンと違って、完全に魔法型なんですね」

「はい。ですが、こちらの攻撃は物理でも魔法でも通ります。特に難しい戦闘ではありませんね」


 これまでの情報を見るに、特殊な作戦は必要ない。ダンジョンに異例の事態が起こっていたとしても、探査機があればその情報を得ることができるだろう。


「じゃあ、装備はこっちで決めておく。探査機から情報が届いたらまた通信を繋いでくれ」


『はい、かしこまりました』


 一旦、基地との通信を切る。探査機が完成したと言うのに、その調査結果を待たずに攻略に入るのでは意味がない。


 部屋の外から聞こえて来た豪快な笑い声が、惣田と青山の到着を告げていた。しかし話し声がドアの近くで止まると、また別の声が聞こえて来る。大家だ。大家は星からすると「親戚のおばちゃん」のような存在で、何かと気にかけられている。惣田と青山が何度か出入りしているのを見かけ、星の友人だと判断して声をかけたのだろう。惣田と青山が余計なことを言わないよう祈るばかりだ。


「賑やかなお方ですね」


 そう言ってレディが優しく微笑むので、なにやら星が気恥ずかしい気分だった。

 呼び鈴に星が応える前に、部屋のドアが開かれた。


「おっすー、来たぞー」

「お邪魔しまーす」


 惣田と青山が当然のような顔でリビングに入って来る。星としては不法侵入されたような気分だが、レディの手前、不機嫌になるのはやめておいた。


「良い報せがあるよ」

「おっ、なんだ?」

「お陰様で、探査機が完成したよ」


 惣田と青山の表情がパッと明るくなる。テーブルに着いた惣田は、ずい、と身を乗り出した。


「いつから使えるんだ?」

「もう次のダンジョンに入ってるよ。情報を集めてる最中だ」

「それはよかった。あとどのくらいで情報が集まるの?」

「三十分くらいだと思います。もうすぐ探査結果がこっちに届くはずです」

「じゃあ、待ってるあいだに装備だな」

「ああ」


 装備は必ずしもグレードの高い物を使えばいいというわけではない。ダンジョンに合わせてランクの低い物を使用する場合もある。それでも、戦闘少女たちの高い戦闘能力によって充分に戦うことができるのだ。


 装備品があらかた決まった頃、基地の通信が繋がった。ホーム画面に顔を出したのはアリシアだった。


『みなさま、お疲れ様です』


「ありがとう。どうした?」


『探査機から情報が入ったのでお報せします。これまでの情報と掛け合わせてお伝えしますね』


「ああ、わかった」


『イェレミス研究所には五箇所に特殊な鍵のかかった地点であります。それを解かなければ次の地点に進むことができません』


「謎解き要素か」と、惣田。「アリシアとモニカがいれば楽勝なんじゃないか?」


『はい。すでに探査機の遠隔操作で第二地点まで解除済みです。この調子ですべて解除すれば、攻略の際の手間を省くことができます』


「そんなこともできるんだね」青山が感心して言う。「第五地点に主がいるなら、鍵は全部で四つかな」


『はい。私たちは一度、攻略に入っていますので、その鍵がどんな仕組みかは知っています。探査機が第五地点の入り口まで到達するまであと二十分程度と想定しています』


「わかった。じゃあ、出撃の準備を始めてくれ。探査機は攻略中に回収しよう」


『かしこまりました。準備が整い次第、また通信を繋ぎます』


「うん。よろしく」


 星とレディで決めた装備をセットし、それを少女たちが確認すれば準備は整う。アリシアとモニカなら、残りのふたつの謎解きを終えるのも、そう時間はかからないはずだ。


「謎解き要素もあるなんてな」


 レディが手ずから淹れた緑茶を感激していた惣田が、つくづくとそう呟いた。


「アリシアとモニカがいなければ、俺には手伝えなかった分野だな」

「そうだろうな」

「おい」


 星を睨め付ける惣田に、レディと青山がくすくすと笑う。確かに、と青山が静かに口を開いた。


「こちらと文化が違うと考えると、こちらの常識が通じる謎解きではない可能性もあるからね」

「そもそも、アリシアとモニカがいれば、こっちから口出しする必要はないんじゃないかな」

「それもそうだね。むしろ邪魔になるかもしれないね」

「そんじゃ、探査機の探索が終わるまで作戦会議といくか」






[謎を解明する攻略【ワンガル】#11]






「はい。お時間になりましたので始めていきましょう。こんにちは、実況の月輔です。解説はお馴染み、案内女神レディさんでーす」

『よろしくお願いしま~す』



***

[こんにちは!]

[毎日この配信が楽しみで頑張れる]

[今日はどんなダンジョンかな]

[戦闘少女の能力値ってどれくらい上がってるのかな]

***



「本日のダンジョンは『イェレミス研究所』です。かつて不老不死の研究をしていた研究所がダンジョン化した場所です」

『謎解き要素がありますので、ひと癖あるダンジョンですね』

「今回から探査機による探索が可能となりました。謎解きは先に探査機によって済んでいます。あとは主を倒しに行くだけです」



***

[探査機! ついに!]

[先に謎解きできるなんて、楽勝オブ楽勝じゃん]

[アリシアちゃんとモニカちゃんがいれば苦戦しないだろうけど]

[ほんとにバランスがいいチームだよな]

***



「それでは進んで行きましょう。アリシア、進んでくれ」



《 はい! 司令官! 》



***

[アリシアちゃーん!]

[今日も活躍に期待してるぞ!]

***



 アリシアのドット絵が無機質なダンジョンを進んで行く。イェレミス研究所は各マスに謎解きが設置されている。最奥で戦闘少女を待つ探査機がすべて解除し、残すは魔物との戦闘のみだ。



《 ……え……どういうこと…… 》



 エーミィの不穏な呟きが聞こえると、画面がマップから戦闘少女たちに切り替わる。戦闘少女たちの前に、大きな両開きの扉が待ち受けている。

 アリシアがドアの横の操作盤を開く。そこにはパズルのようなパネルが嵌め込まれていた。それを確認すると、アリシアの表情が曇る。


「アリシア、どうした?」



《 ……謎解きの実績がリセットされています 》



 星とレディは顔を見合わせた。探査機の遠隔操作で解除したはずの謎解きがもとに戻り、鍵が再びかかっているということだ。


「ドアは開かないか?」


 星の問いに、エーミィが扉に手をかける。全身の体重をかけて引くが、扉はびくともしない。怪力自慢のエーミィが開けられないということは、他の四人には到底、無理だろう。

 曇った表情でモニカが口を開いた。



《 この地点の実績がリセットされているとなると、残りの地点でも同じことになっている可能性があります 》

《 じゃあ全部やり直しなのか~ 》



 リトの表情は平然としているが、その声は憂いに満ちている。



***

[探査機での攻略は戦闘少女の実績に含まれないからリセットされたってこと?]

[せっかく探査機が完成したのに……]

[いちから謎解きしないといけないのか……]

[チートは許されないってことか……]

[探査機はもともと向こうの世界にはないんだもんな]

[でもアリシアちゃんとモニカちゃんがいれば楽勝やろ?]

[ダンジョンの前情報があるなら、そう難しいことじゃないんじゃ?]

***



「アリシア、モニカ。この謎解きの攻略法は頭に入ってるか?」



《 はい、把握しています 》

《 問題ありません 》



「よし。じゃあ、いちから謎解きをクリアしていこう」



《 はい、司令官! 》




 ――中編へ続く







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