【緊急生配信】決戦 街角の女王【ワンガル】[前編]

 星が惣田の誘いを振り切ってようやく帰宅すると、けたたましいサイレンの音が鳴り響いていた。何事かと靴を脱ぎ捨てて部屋に上がった星に、レディが厳しい表情で振り向く。


「よかった、星さん。真っ直ぐご帰宅されたのですね」

「何があったんですか?」

「街角の女王が出現しました」

「街角の女王?」


 ソファに鞄を投げ捨てて、星はレディの向かいに腰を下ろした。


「街角の女王は悪魔の一種で、その名の通り街に出現します。民に厄災をもたらすもので、発生から三時間以内に討伐しなければ街が危険に晒されます」

「いまどれくらい経ったんですか?」

「三十分ほど経過しました。戦闘少女たちはすぐに出撃可能です」


 であれば、今日は作戦に集中したほうがよさそうだ、と星は考える。スーツを着替えている暇も惜しいようだ。


「星さん。街角の女王を倒すためには、多くの者の目が必要です」

「協力者が必要ということですね」

「はい。視聴者のお力を借りましょう」

「すぐに支度します」






[【緊急生配信】決戦 街角の女王【ワンガル】]






「みなさん、こんばんは。月輔です」

『レディです』



***

[月輔がスーツだ]

[険しい顔してるな]

[ヤバい敵が出たのかな]

[配信してる場合なん?]

***



「現在、戦闘少女たちは東の街ケレスタニアに向かっています。ケレスタニアに現れた魔物、それが『街角の女王』です。今回、緊急事態であるのに配信を始めたのは、視聴者のみなさんの“目”をお借りしたかったからなんです。どうかご協力をお願いします」



***

[いっぱい出て来るのかな]

[そういう配信の使い方もあるんだな]

[コンタクト入れて来なきゃ]

[目薬そう]

***



『街角の女王はケレスタニアを制圧するため、分身を街に放っています。警報を発動し、民は安全な場所に避難しているはずです。その分身を殲滅しなければ街角の女王を下すことはできません。分身は六十体。残された時間はあと二時間。それまでに撃破しなければ、街角の女王はケレスタニアに根を張り、民の暮らしが破壊されます』


 星は手元に持っていたゲームパッドをカメラに向ける。


「僕たちは戦闘少女を追って行きます。まずは街に潜む分身を倒さなければなりません。こちらのパッドの十字キーで戦闘少女に指示を出せます。僕が入力した方向に戦闘少女が動きますので、失敗は許されない作戦です」



***

[いちいち口で言ってたら間に合わんもんな]

[一回もミスらずあと二時間で撃破か……]

[間違えられないけどわざと間違えるやつおるやろな]

[そんなことしたら月輔ユーザーに叩かれるだろうな]

***



『ダンジョン攻略とは関係のない作戦となりますが、どうぞお力添えをお願いします』

「ケレスタニアの存続がこの二時間にかかっています。ケレスタニアの民のために、どうぞ力を貸してください」



***

[さ〜て、いっちょ世界救ってやりますかあ!]

[俺らの目が直接作戦に役立つなんて光栄だな]

[戦闘少女の力になれるとか役得じゃん]

[瞬きせんようテープ貼ったほうがええんちゃう?]

***



 コメント欄には冷やかしや悪ふざけに思えるものもあるが、常連の視聴者は協力的のようだ。これだけの目が揃えば、戦闘少女たちの力となるだろう。


「はい。今回の編成は、前衛左前をエーミィ、前衛右後ろをアリシア。中盤をポニー。後衛左前をリト、後衛右後ろをモニカ、となりました。今回の作戦は一瞬の戦いとなりますので、アリシアの索敵は使用しません。彼女たちの察知能力と、僕たちの目が頼りになります」

『分身を殲滅してしまえば、本体との戦闘はそう難しいものではありません。分身の撃破数は画面左下に表示されますので、参考にしてください』



《 司令官! ケレスタニアに到着いたしました! 》



 アリシアが通信を繋ぐと、画面に五人の姿が映し出される。タイムロスが許されない戦いに、彼女たちも緊迫した雰囲気だった。


「よし。では第一地区に向かってくれ。警戒を怠るな。あと、指示した方向を間違えないようにな」



《 はい! 作戦開始します! 》



***

[作戦開始だ!]

[ドキドキしてきた……]

[動体視力もタイピングも求められるな]

[TSさんはいるのか!?]

***



 いつものドット絵ではなく、陣形を保って進む五人を頭上から見た画面になる。女王の分身は路地に潜んでいるはずだ。


「今回は集中力を求められるので、実況は放棄させてもらいます。ご了承ください」


 視聴者に向けて言いながら、星は澱みなく上と左のキーを押す。前方の分身をアリシア、左の分身をモニカが撃破した。



***

[喋りながら倒しよった]

[さすがゲーム配信者だな]

[余計なこと言ってコメント流さないほうがいいぞ!]

[みんな集中しろ!]

[上!]

[右]

***



 星が視聴者のコメントを横目で見つつ出した指示に従い、上の分身にアリシアが弾丸を浴びせ、右の分身にポニーが矢を放つ。

 左下の表示は「4/60」となった。


 その表示が「6/60」となると、戦闘少女たちは足を止める。街の西側の端に到達したのだ。

 アリシアがマイクのスイッチを入れて司令室に向けて言う。



《 司令官、第一区域を制圧しました。近辺に気配はありません 》



「わかった。第二地区に進んでくれ」



《 はい! 》



 レディが表示しているステータスボードを覗く。戦闘少女たちのステータスと武器の耐久度はまだ充分だ。



***

[第何区域まであるんだろ]

[第一で6/60ってことは四か五くらいありそうだな]

[いまのところ月輔と少女たちでどうにかなってるっぽいな]

***



 戦闘少女たちは安定した戦いぶりで、第二区域では「12/60」となった。



《 司令官! 第二区域を制圧しました。近辺に気配はありません 》



「わかった。では第三区域に――」


 向かってくれ、と言おうとしたとき、星はコメント欄に目が引きつけられた。



***

[草陰の裏に何かいるよ]

***



 画面を見上げる。よくよく目を凝らすと、緑色のズボンかスカートがはみ出ているのが見えた。


「アリシア、草陰に民がいる」


 星の声で戦闘少女たちが辺りを見回す。アリシアの前方右の草陰をポニーが指差した。彼女たちの察知能力は魔物にのみ反応するもので、敵意のない民は感知されなかったようだ。



《 無事でよかった。おいで 》

《 アリシアぢゃん…… 》

《 よしよし、怖かったね。一緒にお父さんとお母さんのところに行こう 》



 アリシアが民の女の子を抱き上げる。恐怖で震え、泣きじゃくっている。避難所に向かう途中で親とはぐれ、必死の思いで隠れていたのだろう。


「アリシア。一旦、戦闘を放棄してその子を保護してくれ。なるべくエーミィの陰に隠れるようにしてくれ」



《 はい! 承知いたしました 》



「この街の避難所は第四区域だったな。その子を無事に送り届けることを優先しよう。可能な限りで指示を出すが、それまで、多少の見落としはやむなしとする。第三区域に向かってくれ」



《 はい! 司令官! 》



***

[最優秀視聴者賞じゃん]

[命の恩人がおる]

[あれ? TSさんじゃね?]

[マジか。TSさんの目どうなってんの?]

***



「はい。またもやTSさん。ありがとうございます。おかげで民を無事保護することができました」

『素晴らしい目をお持ちですね。花丸です』



***

[やったー花丸もらった〜]

[いいなーレディさんの花丸!]

[俺もレディさんの花丸ほしい!]

[次は負けねえからな!]

***



 戦闘少女たちが第三区域に到達する。子どもを抱いているアリシアを庇うように、エーミィが先頭に立っている。この陣形なら、エーミィとポニーがカバーすることができるだろう。



***

[上]

[上!]

[左と右]

[右だー!]

***



 星が指示を出すのと同時に、戦闘少女たちも自分の感覚で察知できた場合は単独で動く。アリシアが戦闘に参加できない分を見事に補い合っていた。


 星の判断、戦闘少女たちの感知視聴者の目を合わせて順調に討伐していく。女王の分身は一撃ずつで下せるため、戦闘少女たちが苦戦することはなかった。


 上、左、後ろ、と星が出した指示で戦闘少女が動く。この区域を制圧するのも難しいことではないようだ。


『月輔さん! 右です!』


 突如としてかけられたレディの声に、弾かれるように右のキーを入れる。左の分身に矢を打ち込んだポニーの背後から出現したのだ。

 分身が手を塞がれているアリシアに向かう。エーミィは前の敵を撃破したばかりで、すぐに体勢を戻すことができない。モニカが地を蹴るより一瞬だけ早く、ポニーが足元に落ちていた石を分身に投げつけた。それにより足を止めた分身は、モニカの斬撃の餌食となった。


「えー……眼鏡尽くしさん。ありがとうございます。レディさんもありがとうございます。すっかり先に出現した分身に気を取られてしまいますね」

『また視聴者の方に助けられましたね。やはりこれだけの目が集まると頼もしいです』

「それにしても、ポニーちゃんの投擲の威力が凄まじかったですね。その辺に落ちていた石ころでしたよね」

『はい。ポニーちゃんは、武器が壊れてもその辺に転がっているもので代用できるのがひとつの強みです。特に弓矢ですと、矢を番える瞬間が隙になりやすいので、自分の靴を投げたこともあるんですよ』

「何を投げるかの取捨選択に迷いがないですね」



***

[女の子の腕力とは思えんな]

[えぐれてたもんな]

[なんでも武器になるって強いな〜]

[最終的に弓投げるんちゃう?]

***



 撃破数が「23/60」となる。

 ケレスタニアは全部で第五区域。第三区域で「23/60」では、一区ごとの出現数が少ないような気がした。



《 司令官。第三区域を制圧しました。近辺に気配はありません 》



「わかった。そこで待機していてくれ。魔物が出現したら任せる」



《 はい。かしこまりました 》



 星はステータスボードを確認する。戦闘少女たちのステータスに異常はなく、武器の耐久度も充分に残っている。このまま作戦を続行しても問題はないと思うが、何か嫌な予感がした。


「第三区域にしては出現率が低いように思われますが……」

『そうですね。第五区域がケレスタニアの最奥になります。そこに街角の女王はいるはずです。分身は女王のいる第五区域には立ち入らないはずですから、第四区域に固まっている可能性がありますね』


 星はマイクのスイッチを入れた。


「みんな、聞いてくれ。第三区域の制圧にしては分身の出現率が低い。第四区域に固まっている可能性がある。まずはその子を避難所に届けることを優先してくれ」



《 はい! 司令官! 》



***

[第五にいないってことは、第四にあと37体いるの?]

[さすがにそれは目で追えないんじゃ?]

[戦闘少女の能力頼みってことかな]

[下手な指示を出すよりオートのほうがいいのかな]

[指示が邪魔になる可能性あるよな〜]

***



「もし第四区域に全部が集まってるとしたら、こちらの指示は間に合わないと思う。投げ出すようで申し訳ないが、きみたちの感知頼みになる。アリシア不在で大変だろうが……」



《 問題ありません 》



 おっとりした声でモニカが言う。モニカの「問題ありません」はいつも安心感を与えてくれる



《 むしろ、大変なのはこの子を守らなければならないアリシアちゃんですから。私たちは、いつも通り任務をこなすのみです 》



「ああ、頼もしいよ。では第四区域に進んでくれ」



《 はい、司令官 》



***

[さすモニ]

[モニカちゃんの「問題ありません」たまらんよな〜]

[絶対的な自信! 仲間への信頼!]

[今日もボルト並みの脚力が活きるかな]

***





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