鷹野星の部屋が異世界と繋がった訳[後編]

 テーブルに戻ると、さて、と星は資料を広げる。


「バルミューダの湖畔はワープポータルで地点移動するんですよね」

「はい。こちらがマップです」


 レディが一枚の紙を星に見せる。それは湖を囲む森に五箇所の印が付けられたマップだった。


「マップをプリントアウトできたんですね」

「いえ、パソコンで作りました」

「えっ、イラストソフトみたいなのはなかった気が……」

「はい。エクセルというアプリケーションで作ってみました」

「エ、エクセルでこれを……」


 それはどこからどう見てもダンジョンのマップで、しかも詳細な物だ。短期間でこれを用意できたのは、さすが女神と言わざるを得ない。


「この五箇所の地点にワープポータルが設置されています」


 レディはそう言って、赤色のペンを手に取る。


「入口、出口の順で申し上げます。第一地点のワープポータルは第五地点に繋がっています」


 レディはマップ上に赤い線を引き、先を矢印にする。次に青色のペンを手に取った。


「第二地点は第四地点に繋がっています」


 同じように青い線を引き、白色のペンを手に持つ。


「第三地点は第一地点に繋がっています」

「第三地点から第五地点に行くには、第一地点を経由する必要があるんですね」

「その通りです」


 頷いたレディは、黄色のペンを手に取る。


「第四地点は第三地点に繋がっています」


 レディは次に、緑色のペンを持つ。


「第五地点は第二地点に繋がっています」

「順当に行けばすべて回れるということですね」

「はい。ですが、ワープポータルが複数、出現する場合があります。正解はそのうちのひとつだけ。罠にかかればどこへ飛ばされるかわかりません」

「罠のワープポータルに入ったあと、抜けた先がワープポータルの近くではない可能性が?」

「充分にあり得ます。その場合、ポニーのスキルを使用するとよろしいでしょう」


 レディはステータスボードでポニーを表示すると、スキル一覧を星に見せた。


「この『直感』というスキルは、罠を見分けることに特化した能力です。ワープポータルが複数個、出現した際に使用すると確実かと」

「わかりました」


 直感、という名称がポニーらしい、と星は思った。ポニーは頭で考えるより直感に頼る少女に見える。


「てことは、第一から第五に行って、第五から第二に行って、第二から第四、第四から第二、でひと通り回れますかね」

「そうですね。各ポータルごとに出現する魔物にはリーダーが存在します。そのリーダーを討伐すればその地点の制圧となります。すべての地点を制圧すれば、主のもとへ繋がるポータルが出現するはずです」


 前回の攻略の記録と、戦闘少女の攻略後に立ち入った冒険者から寄せられた情報がある。照らし合わせると、リーダーとなる可能性のある魔物ははっきりしていた。


「じゃあ、あとは主ですか」

「はい。主はエルナルラ。大樹に化け物が宿ったような魔物です」


 レディがエルナルラのステータスを表示する。


「樹だから炎の属性がよく効く、とか思わないほうがいいですかね」

「そうであれば話が早かったですね。エルナルラには果実があります。それにより結界を張り、身を守っています。まずは果実を破壊する必要がありますが、枝を蛇のように操って来ますので、破壊のみに集中することはできません」

「それを避けつつの破壊か……」


 星は五人のステータスを並べる。それぞれの速力に目を走らせた。


「アリシアとモニカは申し分ないと思いますが……」

「エーミィもおそらく回避は可能でしょう。ですが、ポニーとリトの速力では難しくなります。かなり下げる必要がありますが、それではふたりの攻撃が果実に届きません」


 星は腕を組んで考え込む。果実となると、その位置は高いと想定される。アリシアに加え、ポニーの遠距離攻撃とリトの魔法攻撃は必須となるだろう。


「じゃあ……エルナルラの攻撃範囲がどれくらいかわかりませんが、アリシアは単独で、エーミィとモニカの枝の排除に回らせて、ポニーとリトで果実を破壊……といったところですかね」

「それが理想的ですね。必要であれば、リトも魔法攻撃で枝の排除に回れるでしょう」


 そこへ、誰かがホーム画面で窺うように顔を覗かせた。モニカだった。

 モニカは星とレディの視線を受けると、通信を繋ぐ。


『お疲れ様です。進捗はいかがでしょう』


「ちょうどいいところに来てくれた。聞いてくれるか?」


『はい、もちろん』


 星はこれまでの作戦会議の内容をモニカに話して聞かせる。モニカは相槌を打ちながら真剣にそれを聞いていた。

 プレゼンしているときのようだ、と星はぼんやりとそんなことを思った。仕事でのプレゼンは苦手だ。


『特に問題はありません。正確性を上げるため、ポニーちゃんにはスキルを強化する装備を組み込むといいかもしれません』


「わかった」


『あと……リトちゃんの杖が少々長くて使いづらいようですので、連発する可能性があると考えると、新調したほうがいいかもしれません。長さはプリセット登録されています』


「杖か……。確かに長いって言ってたな」


『個人的には“虹色の杖”がちょうどいいのではないかと思います。魔法力も強化してくれますし、軽い素材でできているので、リトちゃんの小さな手でも振りやすいのではないかと』


「虹色の杖、か」


 星は資料の中から武器の中の杖を引っ張り出す。引き上げられる各種ステータスも申し分なく、素材も倉庫の備蓄で充分だった。


「じゃあ、それにしてみよう。開発の操作をしてくれるか?」


『はい』


 モニカがメニュー操作をして「虹色の杖」の開発をセットする。完成時間は二時間四十五分となり、明日の作戦には充分に間に合うだろう。


「ありがとう、助かったよ。さすがモニカだな」


『お役に立てて何よりです』


 モニカは柔らかく微笑む。

 星は、モニカが活躍すると必ずコメント欄に流れる「さすモニ」というコメントに、いつも気が抜けそうになるのを堪えていた。それと度々、ご飯を食べている視聴者がいる。


「探査機のための素材はどうだろう」


『はい。現在75%を回収済みです。バルミューダの湖畔でも充分に採取できると思います』


「わかった。他のみんなはどうしてる?」


『アリシアちゃんは工廠にいて、エーミィちゃんとポニーちゃんは訓練場に、リトちゃんはラウンジでのんびりしています』


「そうか。リトはいつものんびりしてるな」


『ふふ。秘密の特訓のために英気を養っているのですよ』


「リトらしいな。杖が新しくなったら喜ぶかな」


『もちろん。ずっと新しい杖が欲しいと言っていましたから』


「モニカは不便してないか?」


 星がそう問いかけると、モニカは言いたいことを言いづらそうな様子で俯く。


「万全な状態で戦うために、何か不便があるなら言ってくれ」


『はい……。実は、小具足の消耗が早く、一度の修繕で回復する量が少なくなって参りました。バルミューダの湖畔でエルナルラと満足に戦うために、別の装備に替えていただきたいのです』


「そうか……。こっちのステータスボードじゃそこまで判別できなかったな。じゃあ、モニカの小具足も一緒に作ろう」


『えっ、そ、そんなつもりは……!』


「万全な装備で戦闘に挑んでくれたほうが、こっちも安心だから」

「モニカちゃん、おねだりしちゃいましょう!」


『はい……では“戦乙女の翼”を……』


 小具足の一覧で確認すると、ステータス向上は申し分ないが、コスト的にはかなり遠慮したようだ。だが、モニカが気に入っているならそれが一番だろう。


「じゃあ、開発を操作してくれるか?」


『はい。ありがとうございます』


 メニュー操作をするモニカの表情が輝きを増す。戦う少女たちにとって、装備品は重要なもの。遠慮はしないでほしいと星は思っている。そのための素材採取だ。

 モニカの「戦乙女の翼」は三時間三十分となった。きっと明日、星が起きたら披露しに来てくれるだろう。


 モニカは礼を言い、嬉しそうな微笑みで去って行った。

 それを見送ると、星は重々しく言う。


「アリシアはずっと工廠にいたみたいですね」

「そうですね。納得のいく魔道具を作れるといいのですが」

「……アリシアは、何か焦りのようなものを感じます」


 確かめながら言う星に、レディは続きを促すように視線を遣る。


「結果を出すこと……いや、自分が役に立つこと……の確信がほしい、ような……。いや、自分の力不足……。うーん……誰かの助けとなること……かな……。責任感が強すぎて不安になっているんじゃ……」

「仰る通りだと思います。アリシアは自分を追い込みやすい性質に感じられます」

「そうですね……。それを解放するのも司令官の役目ってことですよね」

「はい。新しい司令官が来て他の子が活躍する中、自分だけ役に立てていない、というような、一種の無力感があるのではないでしょうか」


 アリシアも充分すぎるほどに戦果を上げているように星には思える。だが、モニカのように自分の能力に自信を持つことができず、それを模索している最中なのだろう。

 自分に与えられた任務は、アリシアが自分の力が何かの役に立っていると確信を持てるようサポートをすることだ。


 昼食で休憩を挟むと、星はレディとまたひたいを突き合わせる。

 作戦会議がひと段落したとき、星はふと思い出して言った。


「レディさんに『失礼、レディ』って声をかけたのは、本当に俺の曾祖父なんですか?」

「はい。遺伝子の記憶を読み取りましたので、間違いありません」

「曾祖父はなぜ呼び止めたんですか?」

「それは私も思い出せません。人間の頃の記憶はありませんので」

「というか、俺が見た夢だと日本語だったんですが……」

「こうして星さんにお付き添いしているうちに、何か思い出すこともあるかもしれませんね」


 あまりに不可解な点が多いが、レディの言うように、この先なにかわかるかもしれない。


「レディさんが女神になったのって割と最近なんですね」

「そのようですね」

「レディさんも謎が多いですね」

「そのようですね」

「良い笑顔だ……」





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