戦闘少女の強さの理由

 戦闘少女たちが2マス目と3マス目のあいだに進んで行く。通信のマイクが切れていることを確認すると、星はひとつ息をついた。


「惣田と青山さんも、今日は帰ってもらえるかな」

「そんなわけにはいかないだろ。俺たちもここで見届けさせてもらう」

「でも……」

「魔物化してるとは言え、幻影少女は元々戦闘少女だった。鷹野くんとレディさんは、戦闘少女に強い思い入れがある。こんな残酷な戦いを前に、ふたりだけになんてできないよ」

「…………」


 星とレディが言葉に詰まっているあいだに、戦闘少女の前に幻影少女エイラが出現する。その表情は冷酷で、戦闘少女たちへの敵意がはっきりと表れていた。


 最初に地を蹴ったのはエーミィだった。身体より大きなルーンアックスを振りかぶり、重い一撃を繰り出す。エイラが跳躍して躱すと同時に駆け出したモニカが、研ぎ澄まされた剣を振り上げた。身を翻したエイラの切先がモニカのお下げを掠めた瞬間をアリシアの散弾が狙っている。エイラが振り翳した手のひらから光が溢れ、その小さな体を防壁で覆った。


 星もレディもたったの一言も発することができず、ただ固唾を飲んで少女たちを見守った。心臓が張り裂けそうなほどに高鳴っている。星は、戦闘少女たちなら問題ない、とレディに言ってほしかった。


 ポニーの一矢を弾いたエイラの剣が波動を放ち、その弾道にいたリトをモニカが掻っ攫う。リトの虹色の杖の先から空に昇った一本の光が、猛烈な雷鳴となってエイラに降り注いだ。エイラが剣先でそれを弾いたとき、エーミィがその懐に迫る。振り下ろされた重い一撃を、エイラは寸でのところで跳躍して躱した。エーミィのルーンアックスは大地を割らんばかりの勢いで、辺りに僅かな振動が広がる。


 星の脳裏に、リトを助けるためルーンアックスごとゴーレムの腕を破壊したエーミィの姿が浮かぶ。エーミィはあのときと同じ表情をしていた。


 猛攻を続ける戦闘少女を軽々と躱し、エイラも怯むことなく攻めの姿勢を崩さない。その攻撃は五人それぞれに及び、誰かが特異攻撃のチャージに入る隙はなかった。


「アリシアちゃんにチャージのタイミングを作れないかな」


 真剣な表情で画面を眺めていた青山が言った。


「アリシアちゃんは幸い、最後尾にいる。前の四人がなんとか気を引きつけられないかな」


 星はレディに視線を遣る。レディが力強く頷くので、通信用のマイクのスイッチを入れた。


「アリシア、特異攻撃を狙ってくれ」


 アリシアが画面をちらりと見遣り、小さく頷く。声を発して返事をすれば、エイラに勘付かれてしまう。他の四人もアリシアを背にするように陣形を変え、攻撃の瞬間を狙った。


 しかし、エイラはその僅かな変化を敏く感じ取る。後衛のアリシアに狙いを定め、光の槍の魔法を放った。その攻撃は、アリシアに届く前にリトの防壁によって弾かれる。その一瞬の隙に地を蹴ったモニカの斬撃がエイラの目の前に迫った。エイラは剣の腹でそれをなすと、素早く身を翻して切先をモニカに向ける。しかし、エーミィのルーンアックスが空を切った。エイラはその攻撃を剣で弾いた勢いを利用して高く跳躍する。体勢を整える隙を与えずポニーの一矢が放たれた。それはエイラの肩先に突き刺さり、エイラはバランスを崩す。さらにリトの氷槍がエイラの鎧を削った。


 エイラは押されている。魔物化したことで能力値が格段に上がっていることは確かだが、五人の戦闘少女の戦力のほうが優位に立っていた。

 アリシアはショットガンに意識を注ぎ、着実にエネルギーをチャージしている。ステータスボードに目をやりながら、あと少し、と星は祈る思いで見守っていた。


 モニカの鋭い一閃をエイラが受け止めた瞬間、リトがアリシアに向けて杖を振る。アリシアを光が包み込んだとき、メーターが最大値まで振れた。



《 エイラ……せめて、綺麗な夢を…… 》



 アリシアが銃口の狙いを定め、他の四人がその道を開けるように跳躍する。エイラが体勢を持ち直す隙はなく、トリガーが引かれた。



《 至高の一撃アルテマショット! 》



 弾けた銃口から放たれた光を纏う弾薬が、エイラを直撃してぜる。吹き飛ばされたエイラはどうと地に倒れ、光を失った瞳が閉ざされた。その体がさらさらと砂のように崩れる。戦闘少女たちの勝利であった。


 星は通信用のマイクのスイッチに手を伸ばす。しかし、沈痛な面持ちの少女たちに、なんと声をかけていいのかがわからなかった。それでも、司令官として黙っているわけにはいかない。


「みんな、お疲れ様。リトの魔法である程度の回復をして、速やかに帰還してくれ」



《 ……はい。作戦終了します 》



 アリシアの声は深い悲しみを湛えている。

 なんて残酷な戦いだろう。年端もいかぬ少女たちが、かつての仲間を自らの手で葬らなければならないなど。戦闘少女に課された残忍な運命が、星に口を噤ませた。

 悲しみに暮れる少女たちにかける言葉を探しているあいだに通信は切れる。戦闘少女たちはどんな表情で帰投するのだろう。同じ世界であれば寄り添えたものを。そばにいたとしても、言葉に詰まってしまっただろうが。


「まあ、なんだ……とにかく、勝ててよかった」

「あとは無事に帰還するのを待つだけだね」


 かける言葉が見つからないのは惣田と青山も同じだったらしい。ようやく絞り出された言葉に、星は答えることはできなかった。


「……この先も、幻影少女と戦うことがあるでしょう」


 落ち着いた声でレディが言う。その表情は暗く沈んでいるが、レディはその場面に何度も出会でくわしたことがことがあるのだろう。その冷静な表情がそれを物語っていた。


「少女たちが抱える悲しみや苦しみは、私たち以上のものです。司令官として、少女たちに寄り添ってあげてください」

「……はい」


 星にはただ、頷くことしかできなかった。


 惣田と青山が帰って行っても、星は食事を取る気にも風呂に入る気にもなれなかった。アリシアがホーム画面に現れるのを待っている。

 レディが淹れてくれたお茶がすっかり冷め切った頃、ホームから通信が入った。


『司令官、レディ様。ただいま帰還いたしました』


 アリシアが薄く微笑んで言う。その表情にはやはり、深い悲しみが湛えられていた。


「お疲れ様。修復は済んだか?」


『はい。いまはみんな、それぞれ自室で休んでいます』


「そうか。大変な戦いだったな」


『はい……。ですが、幻影少女を討伐したのは、これが初めてではありません。みんな、すぐに気力を取り戻すはずです』


 戦闘少女は「戦少女いくさおとめの魂」を有し、鍛錬により能力値を格段に上げている。それでも、ひとりの少女であり、人間であることに間違いはない。厳しい戦いの中、命を失うことは往々にしてあり得る。それだけで悲しみが身を引き裂くだろう。かつて戦闘少女だったひとりの少女が、戦闘少女の討伐対象になる。なんと残酷なことだろう、と星は唇を噛んだ。


『……司令官。私たちに付き添っていただき、ありがとうございます』


 アリシアが静かな声で言う。悲しみを抱えながらも微笑むアリシアは、彼女の強さを感じさせるようだった。


『いままで私たちは、何度も幻影少女と戦って来ました。討伐を躊躇って主級の魔物と化した幻影少女もいます。だから、躊躇うことはできません。それでも……幻影少女がかつて戦闘少女だったことに変わりはありません。ですが、司令官が見届けてくださったおかげで、私たちは勝利を収めることができました。本当にありがとうございます』


「……それはどうかな。俺がいなくても、きみたちが強いことに変わりはない。これまでも幻影少女を討伐して来たなら、きみたちなら俺がいなくても勝利できたはずだ」


『……私は幻影少女との戦いで、これは未来の自分の姿なのではないかと思ったことがありました。そう考えると、とても怖かった……。ですが、戦いの最中さなか、司令官のお声が聞こえたとき、私の胸中に安心感が広がりました。私たちが幻影少女になることはあり得ない、と……。だから、幻影少女には美しい夢の中で眠ってほしいと思いました。その引導を渡すことができるのは、私たち戦闘少女だけです。幻影少女が苦しんでいるのなら、安息を与えられるのは私たちだけ……。ですが、私は正直なところ、トリガーを引くのを躊躇っていました。司令官のお声が、あの幻影少女がかつて戦闘少女として誇り高く命を賭して戦ったことを思い出させてくださいました。あのまま主級の魔物に変貌を遂げて民の脅威となれば、その誇りは失われる……。司令官のお声が、私たちを鼓舞してくださったのです。司令官、最後まで見届けてくださって、ありがとうございました』


「……アリシアは……きみたちは、強いな」


『そうでしょうか。私たちは、躊躇っていましたから』


 星は、青山の言葉がなければあの指示を出せなかった。何か他に方法があるのではないかと、そう考えてしまった。星には、見届けることしかできなかったのだ。


『世界の崩壊は待ってくれません。私たちなら大丈夫です。司令官がいてくださるのですから』


「……そうだな。次の作戦が決まり次第、攻略を再開させよう。それまで、ゆっくり休んでくれ」


『はい。司令官もよくお休みになってください』


 アリシアの表情には、依然として悲しみの色が湛えられている。それでも、薄くとも微笑んでいる。

 戦闘少女は鍛錬で強くなるばかりではない。こうして、戦闘少女の定めに背を向けずに戦って来た。だから、彼女たちは強いのだ。その強さは、星には持っていないものだ。誇り高く戦うこと。それが、戦闘少女の強さの理由なのだ。





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