迷いの森を踏破する攻略【ワンガル】#9

 星が昨日、あまりに急かしたためか、惣田と青山も定時で仕事を切り上げると、早々にエントランスに出て来た。星にはふたりを待っている時間すら惜しい。レディも戦闘少女たちも、今日の作戦に向けて準備をしていることだろう。


 帰路はほとんど作戦会議の時間だった。帰宅後、レディさんの手料理を賜ったあと、すぐ出撃できるようにしなければならない。

 戦闘少女の世界は着実に崩壊へと近付いていることだろう。ダンジョンはまだ四六個中の六個しか攻略できていない。少しでも時間を無駄にするわけにはいかないのだ。


 星の部屋では、レディがすでに配信のための道具を並べているところだった。配信のことを完全に把握し、三人が食事を終えてすぐ配信に取り掛かることができるだろう。


「おかえりなさい。みなさん、お仕事お疲れ様でした」

「ありがとうございます」


 昨日と同じように星がジャケットを預かり、ダイニングテーブルに並んで着く。レディの炊事の手際は完璧だ。


「おい、鷹野」惣田が声を潜めて言う。「お前、あんな美女に『おかえりなさい』って言われてよく平然としてられるな」

「なんで?」

「俺、おかえりなさいなんて実家を出て久しく言われてなかったんで胸の奥が熱くなっちまったよ」

「僕も似たようなものだ」と、青山。「でも、鷹野くんも初めはそうだったんじゃない?」

「そうですね……」

「もう慣れちまったってか?」

「そういうわけじゃないけど……レディさんがあまりに自然だから、自然と受け取るようになったかな」


 人が人であれば、レディに対しても下心を懐く者もいるだろう。しかし星には、レディがあまりに神々しくてそういった感情は一切も湧かない。星に女神を崇める慣習はなく、この世界には魔法は存在しない。それでも、レディが人間とは格が違うことはよくわかる。たとえ眩いほどの美女であっても、同棲しているというように思い上がることはない。それが女神というものなのだろう。


 本日のレディさんの手料理は、人参の橙が鮮やかな肉じゃがと、サイコロになり損ねたまま焼かれた肉。ご飯は相変わらず水気が多く、さらに、戻すことで増えることを想定していなかったワカメの味噌汁がついていた。

 レディの料理は決して不味くはない。ただ破壊的なだけだ。


 少々腹痛を予感させる食後、星は配信用の部屋着に着替えてマイクの用意をした。


「配信中は、ふたりの顔と名前は出さないようにする。マイク自体でオンオフができる物を用意したから、何か気付いたことがあったら声に出さずに合図をしてくれ」

「別に顔出しでもいいぞ?」

「惣田が好き勝手に喋らなくするためだよ」青山が笑う。「顔も声も出していいとなると、惣田は邪魔になるかもしれない」

「失礼な。俺だってTPOは弁えてるぞ」

「少女たちに勝手な指示を出されても困る」星は言った。「司令官はあくまで指示役。少女たちは戦いに集中してもらわないとならない。あれやこれや無駄な指示を出して混乱させるわけにはいかないんだよ」


 惣田は不満げな様子だが、惣田のことだから、マイクを渡すと勝手に少女たちに声をかけてしまうだろう。少女たちの作戦を邪魔しないために、指示役はひとりに限る必要がある。主張が食い違ってしまった場合、少女たちは混乱してしまうだろう。それを防ぐためには、顔も名前も声も出さないのが得策だ。






[迷いの森を踏破する攻略【ワンガル】#9]






「はい。お時間となりましたので始めていきましょう。こんばんは、実況の月輔です。解説はお馴染み、案内女神レディさんでーす」

『よろしくお願いしま〜す』



***

[おつー]

[こんばんは!]

[連日の攻略で月輔もレディさんも大変だな]

[今日も期待してるぞ!]

[また雑談回やってほしいな]

***



「本日のダンジョンは初級『エメラルドの森』です。迷いの森と言われることもあり、景色が変わらないため方角を見失いやすいダンジョンです。レディさん、今回はどんな戦いになりますか?」

『エメラルドの森は最下位御三家が多く出現するダンジョンです。中級以上の魔物は主であるトレントしか出現しませんが、最下位御三家はとにかく数が多いです。一回の戦闘における魔物の出現数はこれまでのダンジョンより多くなるでしょう』

「はい。最下位御三家との戦闘となると楽なように感じられますが、一回の戦闘での攻撃の回数が増えるというわけですね」

『はい。一回の戦闘に五体前後、もしくはそれ以上に出現すると考えておいたほうが賢明です』



***

[一対複数になるわけか]

[最下位御三家なら苦戦しないだろ]

[最下位御三家って何?]

[ポケットラット、グリーンウォンバット、ギミックバットだな]

[一撃で倒せるけど、出現数が多いと大変そうだな]

[魔法で三体同時に、とかだったら楽なんだろうけどな]

***



「はい。それでは今回の編成です。前衛左前をエーミィ、前衛右後ろをモニカ。中盤をポニー。後衛左前をリト、後衛右後ろをアリシアとなります」

『背後への出現にも迅速に対応できる配置です。出現数が多い以上、ポニーちゃんとリトちゃんのサポートにアリシアちゃんの瞬発力が必要になりますね』



***

[アリシア最後尾なんだ!]

[今回もまた珍しい編成だな]

[索敵は大丈夫なんかな]

[エーミィちゃんとモニカちゃんなら大丈夫なんちゃう?]

[数が多いって言っても最下位御三家だからな]

***



「今回、中盤に配置したポニーちゃんが方角を見失わないための感知スキルを使用します。ポニーちゃんの魔力をほぼ常に消費することになりますので、回復薬を多めに持たせてあります」

『方角を見失うとさらに消費の大きなスキルを発動することになりますので、あらかじめ消費の抑えたスキルを使用していたほうが総合的には消費が少なくて済むでしょう』

「はい。それでは始めていきましょう。アリシア、進んでくれ」



《 はい! 司令官! 》



***

[アリシアちゃーん!]

[今回も期待してるぞ!]

[みんな頑張れー!]

***



 アリシアのドット絵が1マス目に進む。エメラルドの森は全部で6マスあり、最奥に待ち受けているのが主「トレント」だ。



 ――【 索敵開始 】



「さあ、第一戦、索敵開始となりました。最下位御三家と言えど、複数体となると少女たちの連携が必要になりそうですね」

『はい。どの角度から出現しても対応できるだけの瞬発力が必須となります。ですが、戦闘少女ならなんの問題もありません』



***

[相変わらずの信頼感]

[実際、なんも問題なさそうだよな]

[今回も美しい戦いが見れるんかな]

[全力で期待]

***



《 索敵完了! 前方に三体、後方に二体! 戦闘開始します! 》



「さあ、戦闘開始です。前方のグリーンウォンバット二体にエーミィとモニカが駆け出す。一撃ずつの安定した撃破! モニカが持ち前の瞬発力でもう一体を沈めた! 後方のギミックバットはリトの炎に成す術もなく、アリシアの弾丸にポケットラットは呆気なく倒れます。戦闘少女の完全勝利です!」

『安定した戦闘! さすがの熟練度です!』



《 戦闘終了。お疲れ様でした 》



 リザルト画面のモニカは余裕の微笑みを湛えている。



***

[お見事!]

[初戦から五体かー]

[後衛のアリシアが活きてるな]

[ポニーはスキルもあるし出番は少なめにしたいよな]

***



 星はステータスボードを確認する。ポニーの魔力の消費はまだ少なく、戦闘での出番がなければ回復薬も少なく済むだろう。


「アリシア、次に進んでくれ」



《 はい! 司令官! 》



 星はマイクのスイッチを切る。いまのところ、惣田も青山も落ち着いた様子で戦闘を眺めている。


「はい。初戦から五体の出現となりましたが、奥に進むたびに増えていくのでしょうか」

『そう思っておいて間違いないかと。魔物の熟練度にはダンジョンの位置が関係してきます。奥へ進むごとに魔物のエネルギーとなる魔力が濃くなっていきますので、その分、能力値も上がります』

「奥へ進むごとに最下位御三家でも一撃での撃破は難しくなるのでしょうか」

『いいえ、最下位御三家は最下位御三家と称される所以があります。戦闘少女なら一撃で撃破できるでしょう』

「安心して見ていられそうですね。では、アリシアたちが2マス目に到達したようです」



 ――【 索敵開始 】



 アリシアの索敵を待っていると、青山がトントンとテーブルを叩く。星は配信用のマイクをミュートにして視線を向けた。


「アリシアちゃんのショットガンの弾って散弾だよね。これ以上に数が増えるなら、一箇所に追い込んでまとめて倒せば弾薬の節約にならないかな」

「アリシアとリトを扇状に広げれば」と、惣田。「リトが追い込むことができるんじゃないか?」

「それも考えたんだけど、ポニーの魔力消費は時間経過と比例するから、一体ずつ倒したほうが早いと思うんだ。散弾はランクの低い物を使ってるから、いつもより装備欄に余裕がある」



***

[お? 誰かいる?]

[珍しいな。いつもレディさんとふたりなのに]

[協力者がいるんかな]

[いつだか「うわ」って言われてた人かな]

[だとしたら良い人すぎるな]

***



「トレント戦にも充分に残せるの?」

「アリシアのポーチには最大数の弾薬を入れてます。リトの魔法もあるし、特に問題はないはずです。もし足りなくなってもポニーの矢が残ってれば、物理攻撃なら魔力を消費しません。なんなら、ポニーはその辺に落ちてる石も武器にできますし」

「なるほどね」



《 索敵完了! 前方に三体、後方に三体! 戦闘開始します! 》



「さあ、戦闘開始です。前方、グリーンウォンバットとギミックバットにエーミィとモニカの斬撃が襲う! 瞬時に方向転換するモニカ! ギミックバットが真っ二つだ! 後方、グリーンウォンバット二体にアリシアの早撃ちが炸裂! リトの光の槍がポケットラットを貫いた! 安定の戦い。戦闘少女たちの完全勝利です!」

『惚れ惚れしてしまいますね!』



《 戦闘しゅうりょ〜。お疲れ〜 》



***

[月輔の切り替えすごいな]

[惚れ惚れするな]

[配信外の月輔ってあんな顔なんだ]

[じゃあ配信中は猫被ってんだな]

[配信者なんてみんな猫被ってんだろ]

***



「みんな。体力と魔力の消耗はどうだ?」


 星の問いに、アリシアが力強く微笑む。



《 特に問題ありません。武器の耐久度も充分です。作戦を続行できます! 》



「こちらはステータスボードでしか観測できない。もし不調があればすぐに言ってくれ」



《 承知いたしました! 》



「よし。じゃあ、次に進んでくれ」



《 はい! 司令官! 》



***

[たぶん協力者って男なんだろうなー]

[月輔は女の子と猫には優しいからな]

[猫はともかく、男が男に優しくして得ある?]

[ないことねえだろ]

[俺も優しくされたい]

***



「さて、第二戦も安定の戦闘でしたね」

『はい。見事な連携でした』

「人数より多く出現しても余裕の戦闘はさすがと言わざるを得ないですね」

『はい。この調子なら順調に主戦まで辿り着けることでしょう』



 ――【 敵影アリ 】



 突如として画面を横切った帯に、星とレディは怪訝に画面に目をやる。まだ戦闘少女たちは3マス目に向かう途中で、エリアには到達していない。通常、マスとマスのあいだには魔物は出現しない。


「アリシア、何があった?」


 星が呼びかけるのと同時に、液晶に少女たちの後ろ姿が映し出される。そこはまだマスのエリアではなく、木々のあいだの道に見えた。

 少女たちの向こう側に、人型の何かが見える。ぼやけた影のような姿で、少女たちがその姿を認識するともやが広がっていった。それは鎧を身に着けた少女のような出立いでたちで、その手には剣があるのが見えた。


「レディさん、あれは?」

『あれは、幻影少女……戦闘少女の成れの果てです』

「成れの果て……?」



《 ……エイラ…… 》



 アリシアが譫語うわごとのように呟く。影はもやが薄くなり、少女の顔が浮かび上がっている。



《 みんな! 一旦、退避を! 》



 モニカの声に、少女たちが弾かれたように踵を返す。画面がマップに変わり、ドット絵のアリシアが2マス目に引き返して行った。


「モニカ、状況を説明してくれ」


 画面が切り替わり、五人の姿が映し出される。少女たちは、硬い表情だった。



《 あれは幻影少女です。私たち戦闘少女の成れの果て……と言われています。私たち戦闘少女は、訓練によって戦闘力を上げるばかりではありません。私たちは「戦少女いくさおとめの魂」を有しています。それが、私たちを戦闘少女たらしめる所以ゆえんです。私たち戦闘少女が深い傷を負うことによりその魂が失われると、魂が魔物と近しい存在となるのです 》



「少女と魂が分離されて、魂だけが魔物と近しい存在になったということか?」



《 ………… 》



 モニカが沈痛な面持ちで口を噤む。言葉を続けるかどうかで考え込んでいるようだった。他の四人も硬い表情で俯いている。

 モニカが、意を決したように顔を上げた。



《 幻影少女は、私たち戦闘少女の成れの果て……。魔物化の条件は、戦闘少女の消失ロスト……。つまり、深い傷を負ったことによる死……です 》



 星は言葉を失った。先ほどの幻影少女は、アリシアが「エイラ」と呟いていた。つまり、戦いにより命を落とした戦闘少女「エイラ」が魔物と化した存在。元はアリシアたちの仲間だったのだ。



***

[戦闘少女が死ぬなんて、そんなことある?]

[戦闘少女も人間なんだからあり得るだろ]

[死んだ戦闘少女が魔物になるなんて……]

[しかも魔物になったってことは、戦闘少女の討伐対象ってことだろ?]

[かつて仲間だった、ってことだよな]

[仲間だった子を倒さなくちゃいけないってこと? きつ……]

[アリシアたちも死んだら幻影少女になるのか?]

[もしアリシアが幻影少女になったら、残った四人がアリシアを倒さなくちゃならないのか?]

[キツい……なんて悲しい存在なんだ]

[じゃあ、さっきの幻影少女も倒さなくちゃいけないのか?]

[誰かわかってるのに倒さなくちゃならない……]

[残酷すぎる……]

***



《 ……司令官。一旦、通信を切ります 》



「どうしてだ?」



《 幻影少女は、私たちのかつての仲間です。ですが、魔物と化した以上、私たちは討伐しなければなりません。かつての仲間を、この手で……。そんな残酷な戦いを、司令官にお見せするわけにはいきません 》



 星は拳を強く握り締めた。かつての仲間を自分の手で葬り去らなければならない。高い能力を誇る戦闘少女の成れの果て。それは、高い能力を持った魔物ということだ。戦闘少女がその存在を見過ごすことはできない。


「……何か、他に方法はないのか?」



《 ……残念ながら。幻影少女は放置すると主級の魔物になります。そうなれば、戦いは厳しいものになります。いまのうちに、対処しなければなりません 》



 おそらく戦闘少女たちは、これまでも幻影少女と戦ったことがあるのだろう。戦いを躊躇ったことで主級に変貌した少女がいたのだ。だからと言って、かつての仲間を葬り去ることに抵抗がないはずはない。それは少女たちの沈痛な表情を見ればすぐにわかる。しかし、躊躇して戦いを避けるわけにはいかないのだ。

 星は一旦、通信用のマイクをオフにした。


「今回の配信はここで終了します。僕は司令官として、この戦いを見届ける義務があります。ですが……それをみなさんにお見せすることはできません。幻影少女の討伐後、攻略を続けるか、一旦、帰還するか……それはこの戦闘後の判断になります。次回の攻略についてはSNSでお知らせいたします。今回はこの辺で。また次回にお会いしましょう。お疲れ様でした」

『お疲れ様でした』



***

[ここまで戦いを見て来た俺たちにも見届ける義務があるんちゃう?]

[仲間だった子を討伐しなきゃいけないなんて、不特定多数に見せられるものじゃないだろ]

[配信しないのが少女たちのためだよ]

[せめて戦闘少女たちが負けないことを祈ろうぜ]

***



 配信を停止すると、星はひとつ息をついて通信用のマイクのスイッチを入れた。


「俺たちも戦いを見届けるよ。きみたちだけで戦わせるなんてことは、司令官としてできない」



《 ですが……辛い戦いになります 》



「だからこそだよ。きみたちが辛い思いをして戦っているときに目を背けるわけにいかない。俺たちはここにいる。きみたちが戦いを終えるまで」



《 ……はい。ありがとうございます 》



「俺が指示することはない。きみたちに任せるしかない。無事に、戦闘完了してくれ」


 五人は力強く頷く。その瞳には決意が表れていた。

 かつて仲間だったとしても、魔物と化したいまは民の脅威となる。戦闘少女たちの強さは、戦いに勝利して来た故のもの。相手が誰であろうと、戦闘少女たちは勝たなければならない。たとえ、辛い思いをしたとしても。




 






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