アリシアの不安と青山という男
「鷹野くん。月輔って、鷹野くんのことだよね」
定時きっかりに部署を出ようとしていた星は、突然そんな声をかけられて振り向いた。気を遣ったのか小声だ。
その声の主は隣の部署の青山だった。同期入社で、惣田の友人なので何度か会ったことがある。部署内イチの好青年で定評がある二枚目だ。
「はあ、そうですけど……」
「惣田から探査機の件を聞いたよ。いま設計の段階だ。一応、伝えておいたほうがいいかと思ってね」
「はあ、どうも……」
星は正直なところ、青山が苦手だ。微笑みが胡散臭い。実は腹黒だと思っている。何を考えているのかよくわからない。
「鷹野くんって会社にいるときは割とぼんやりしてるのに、配信中はいきいきしてるよね」
「そうかもしれませんね」
「鷹野。青山」
惣田が明るく笑って歩み寄って来る。星は正直なところ、さっさと帰らせてほしい、と思っていた。
「鷹野。こいつの親戚筋に探査機を作れる当てを見つけたんだ。設計が終われば素材の一覧を送れる」
「そうですか。ありがとうございます」
「なんで敬語? 同期なんだし、気楽に話してくれていいよ」
「帰っていいですかね」
のんびり会話をしている暇はない。エーミィの武器が出来上がったか確認しなければならないし、明日の攻略のための話し合いをしなければならない。
「まあそう言うなよ、鷹野。曲がりなりにも攻略に協力してくれるんだ。仲良くしとけ」
「…………」
「すごい、こんな嫌そうな顔は初めて見たよ」
星は、青山のような人種が苦手だ。悪気はないだろうし、そういうコミュニケーションの取り方をする人だということは理解しているが、心の距離の縮め方がエグい、と思っている。
「でも、曲がりなりにも協力してくれているならありがとうございます」
「曲がりなりにも……」
「探査機の開発は急務なので、ご協力に感謝します」
「うん。よければ他にも協力させてほしいんだけ――」
「いえ、結構です」
「うーん、心の壁が厚い!」
「鷹野は誰にでもそんな感じだ」
私生活と配信での態度の違いは自覚しているため、惣田に見せてくれと言われたときも渋った。かなり渋った。惣田はそれでも押し切る男なのだ。
「じゃあせめて、戦闘少女たちのステータスをもう少し教えてくれないかな。戦闘少女の特性がわかれば、新しい武器の提案もできるかもしれない」
「すみませんが、ステータスについて公開できるのは配信で見せたものですべてです。それ以上に公開するなら、レディさんの確認を取らないと」
「あ、じゃあ、僕たちもレディさんと会えないかな」
「それはちょっと……」
そんなことより早く帰らせてほしい。何を考えているかは知らないが、そろそろ会社を出ないと電車が行ってしまう。速力が極めて低いため、早めに解放してもらいたい。
「やっぱり鷹野くん以外とは会ってくれないのかな」
「いえ、みんな女性ですから」
何を当たり前なことを、と星は思わず眉をひそめる。青山はきょとんとしている。
「野郎の部屋に繋がってしまったのは仕方ないにしても、別の野郎どもの好奇心に女性と年端もいかぬ女の子たちを晒すわけにいかないでしょ」
「……鷹野くん、思っていたよりしっかりしてたな」
「じゃあ帰っていいですかね」
「あ、じゃあ連絡先を――」
「惣田に聞いてください! 改めてお礼状を送ります!」
言うが早いが、星はさっさと背を向けた。対面で話すのは苦手だ。文章のほうが饒舌だと言われることは多い。
それでもこうしてレディとすんなり会話することができるのは、レディの柔和な雰囲気のおかげだろう。作戦会議をしながら、星はふとそんなことを思った。
「魔法を主力とする場合はリト頼みになってしまいますので、ポニーの魔法を鍛えるか、アリシアに持たせる魔弾の種類を増やすか……。どうされました?」
「あ、すみません、なんでもないです」
誤魔化すように笑う星に、レディは優しく微笑む。
惣田や青山を連れて来たとしてもレディは穏やかに対応してくれるだろうが、物見遊山では困る。本気で力になりたいと思ってくれているなら申し訳ない気もしないでもないが。
頭を切り替えて、星は言った。
「ポニーの魔法を強化するのは負担が大きいように思うので、魔弾の種類を増やしましょう。幸い、彼女たちが収集してくれた素材がいっぱいあるようなので、道具に頼れるときはそうしましょう」
「はい。物理と違うのは、昨日のゴーレム戦のような『無効』が属性に限られています。そのダンジョンに合わせて武器の属性を変えることで、魔法の主と戦えるのではないかと思います」
ここ数日のダンジョン攻略の疲労のためか、胃が少しだけ痛む。先ほど食べたレディ手製の硬いハンバーグのせいかもしれないが。人に出された食事は完食する。それが礼儀だ、と祖母から教わった。
『司令官! レディ様!』
ホーム画面からエーミィの声が聞こえた。その表情はとても明るく、嬉しいことがあったような声色だ。
「どうした、エーミィ」
『見て! あたしの新しい武器が完成したの!』
そう言って、エーミィは何かを担いで画面から距離を取って行く。その肩に乗っていたのは、昨夜のゴーレム戦で粉々になった物より少し大きく、青みがかった美しい刀身のルーンアックスだった。
『どう? 強そうでしょ?』
「ああ、すごく強そうだ。エーミィによく合ってる」
「とっても素敵ですよ!」
『ふふん。早く戦いに行きたいわ。明日は攻略に行くのかしら』
「どうかな。みんなのコンディション次第かな」
『あたしたちのコンディションはいつだって最高よ。さっさと戦術を決めてよね』
「ああ、わかったよ。なるべく早く決めるから」
『司令官』
画面外からモニカの声がする。エーミィが斧を抱えたまま画面を出て、代わりにモニカが入って来た。
「モニカ、どうした?」
『次のダンジョンはどこへ出撃するのでしょうか』
「ゲシュタルトの塔だ。情報では、主の種類はマトゥイ。魔法主力での戦いになるから、物理主力のきみたちをどう活かすか考えてる」
『それでしたら、ポニーちゃんにクロスボウを持たせてはいかがでしょうか。クロスボウでしたら、魔弾に近い効果のある矢があります。もしよろしければ、一覧を表示しますが……』
「ああ、じゃあ頼めるか?」
『はい』
モニカが道具の一覧表を開く。その中でクロスボウを選択し、矢の種類を表示して見せた。
その一覧を見て、ふむ、とレディが顎に手を当てる。
「全種類の属性の矢をホルダーに入れておくのもありですが、そうなると本数は限られてしまう……。マトゥイでなくなっている場合も想定すると……」
『
モニカの説明を聞きながら、星も一覧に目を凝らした。
「なるほど……。物理的な武器には無属性もあるのか……。ん? この『
『虹弾は攻撃力が高いですが、その分、反動が大きくなります。ポニーちゃんの身体への負担が大きいですので、あまりお勧めはできません』
『私はできるんだけどなー……』
画面外からポニーの不満げな声が聞こえた。
「ポニーにもこの先も戦ってもらうことになるんだから、負荷のかかることは避けたほうがいいよ」
『むー……そうですね。いまのところ、戦闘少女には代わりがいませんからね』
「そうなのか?」
『はい。私たちが着任した頃は他にも数名いたんですが、負傷で作戦続行できずに引退した人や、はたまた嫌気が差したなんて人もいます』
『私たちの戦いは険しいものです。新しい戦闘少女として志願しても訓練に耐えられず、卒業できる人がいないのが現状です』
「そうか……。だから五人しかいないのか」
「エーミィをご覧になってお分かりの通り、戦闘少女は身体能力を格段に上げています。その訓練は生易しいものではありません。ここにいる五人は、少数精鋭ということになりますね」
「へえ……すごいな。となると、俺の責任がより重くなるな……」
『そんなに重く考えないでください! 私たちにとって、新しい司令官が来てくださっただけで心強いんですから!』
『どうせ遊び半分で首を突っ込んでるだけだと思ってたわ』
悪戯っぽく言ってエーミィが去って行く。エーミィなりの激励のようだ。
「新しい司令官ってことは、司令官は他にもいたんですか?」
「はい。前任が持病の悪化で司令部を去ったのが数ヶ月前。その後任がなかなか決まりませんでしたので、作戦は彼女たちが立てていました。私には補助しかできませんので……」
「なるほど……」
だから攻略に詰まったのか、と星は心の中で呟く。指揮を執る専門家がいなくなったのだから、戦闘少女たちへの負荷は大きかっただろう。五人のステータスを把握して作戦を立てる、たったそれだけのことだが、それがこうして攻略に影響しているのだ。
「よし、じゃあ気合いを入れて戦術を考えるよ」
『はい! よろしくお願いします!』
『ご無理はなさらないでくださいね』
その後、星とレディは「開発」の工廠で作れる武器と防具の一覧を眺め、どの戦闘少女にどの武器を持たせるかと話し合った。
すべてのダンジョンが変化していると想定したとき、その都度で対応する必要がある。オールマイティとまではいかずとも、応用の利く戦術を立てなければならない。
* * *
翌日の昼休み。星はここ数日、昼食は食堂に行かず自販機の並んだラウンジで食事を取っている。昼休みのラウンジは空いていて、資料と睨めっこするのにちょうどいいためだ。
「鷹野くん。……嫌そうな顔だ……」
星の表情を見て苦笑しながら青山が歩み寄って来る。星は手にしていた資料を伏せてテーブルに置いた。
「それ、ダンジョン攻略の?」
「そうですね」
「見てもいいかな。何か案が出せるかもしれない」
「すみませんが、配信で公開できる以上の情報は教えられません」
「何人かで意見を出し合ったほうがいい戦術が立てられるんじゃない? 僕が信用できないなら惣田でも挟んでさ」
青山は探査機でも協力してくれているし、戦闘少女たちの助けになろうとしてくれているのは星にもわかる。
「青山さんや惣田のことを疑うわけじゃないですが、もし重要な情報が漏れたら困るんです」
「どうして? 異世界のことなのに?」
「異世界だからこそ、ですよ」
青山は不可解そうに首を傾げる。これは説明しておかなければならないだろう、と星は居住まいを正した。
「ワンガルの世界がこちらに繋がったということは、こちらからワンガルの世界に繋がることも不可能ではないってことです。そのとき情報が漏れていたら、被害を受けるのは彼女たちですから」
「……なるほど。ただ僕を嫌ってたわけじゃないんだね」
「…………」
「嫌ってはいる、という顔だ」
「探査機で力を貸してくれているのにすみません」
「謝られると信憑が増すなー」
青山は困ったように笑っているが、無理やり聞き出そうとするような人間ではないようだ。もしそういった人間性の者であれば、星が信用することは一生をかけてもないだろう。
「鷹野くんが信用してもいいと判断するまで気長に待つよ」
「何か戦闘少女を救うことに思い入れが?」
戦闘少女を救うのは、探査機の件がなければ青山には関係のなかったことだ。惣田は星自身が頼んだためだろうが、青山に直接的に助けを求めたわけではない。
「そういうわけじゃないけど、鷹野くんには借りがあるからね」
「借り? ないですよ、そんなの」
怪訝に眉をひそめて言う星に、青山は腹が立つくらい爽やかに微笑む。こうしていると、人畜無害な好青年に見えた。
「貸したほうは覚えてないってやつだよね。別に思い出さなくてもいいけど、きみに借りを返す日を待っていたからね。鷹野くんの信用を勝ち取るよ」
「はあ、そうですか……」
好きなようにやってもらって構わないが、害意のない人間かどうかは慎重に見極めなければならない。星も初めは興味本位であったが、いまは司令官としての責任がある。ワンガルの世界の害となる可能性のあるものは排除しなければならないのだ。
「まあとにかく、探査機のほうは任せてよ。なるべく早く用意できるようにするから」
「はい。ありがとうございます」
青山とは貸しを作るほど接触した記憶がないが、星に対する害意は感じられないので好きにしてもらって構わないだろう。探査機で協力してもらっている以上、関わらないでほしいと言うことはできない。関わらないでほしいわけではない。青山のようなタイプの人間に苦手意識を持っているだけである。
「今日は攻略に行くのかな」
「彼女たちのコンディション次第ですね」
「そう。せめてコメントで協力するよ」
「ありがとうございます」
青山は穏やかに微笑んで去って行く。星は、害意のある人間だとしたら大した演技力だ、とそんなことを思った。
星が帰宅すると、レディが台所に立っていた。昨日のうちに注文した料理本とエプロンが届いたようで、ドレスにエプロンというなんとも奇妙な出立ちであった。包丁を握る手も見ていて冷や冷やする。しかし手を滑らせても困るので、星はとにかく部屋着に着替えることにした。
星が配信用の部屋着を身に着けてリビングへ戻ったとき、ホーム画面にアリシアの姿があった。星に気付いたアリシアは、穏やかな微笑みを浮かべて通信のスイッチを入れる。
『司令官、お仕事お疲れ様でした』
「ありがとう。どうかしたか?」
『次に攻略するゲシュタルトの塔なのですが、塔には幻惑の魔法がかかっています。風香の迷宮より強力なものです。私たちが幻惑にかかることはありませんが、先日、私の索敵を掻い潜った魔物がいました。強力な幻惑の中、また私の索敵が正常に作用しない可能性があると思うんです』
「なるほどな……。幻惑は効かなくても、魔法自体がスキルに影響するのか……」
「魔法の作用が無効化されるわけではありませんから」
星の前に、薄紫のスープ状の物が盛られた平皿とミディアムな食パンが置かれた。レディは満足げな様子である。
「えっと……これは……」
「シチューという料理を作ってみました。パンにつけて食べると美味しいそうなので、用意してみました」
「ありがとうございます……。いただきます」
美女が飯マズなのはもはやテンプレだよな、と思いつつ星は恐る恐るシチューを口に含む。感想は言わないほうがよさそうだ。
「となると、アリシアの感知スキルを強化するか、幻惑の魔法の無力化を試みるか、感知機能のある魔道具を作るか……ってとこか」
『感知スキルの強化はお勧めしません』
画面外からモニカの声が言った。
『現在、アリシアちゃんの身体に負荷がかからない中で最大限まで引き上げています。これ以上の強化は、アリシアちゃんにかかる負荷が大きくなります』
「そうか……。幻惑の魔法の無効化はどうだ?」
『そのためには、リトちゃんを専念させる必要があります。リトちゃんの無効化魔法のあとにアリシアちゃんの索敵、という流れになりますが、無効化魔法は魔力の消耗が激しいため、その後の戦闘に参加することができなくなります』
「うーん……索敵の性能を上げることで安定した戦闘に持っていける気がするな。ポニーのクロスボウに『
星の問いかけに、アリシアが武器一覧を表示して頷く。
『はい。
「そうか。ポニーの魔法を一覧で見せてくれるか?」
『はい。ポニーは上級まで強化することができないため、最大で中級までの熟練度になっています』
ポニーの魔法は確かに中級、もしくは下級のものが多く、種類も豊富とは言えない。だが、これだけ使うことができれば充分だろう。
「では、リトの魔法で幻惑を無効化して、その後、アリシアの索敵をしよう。魔法攻撃が必要な魔物にはアリシアの魔弾、ポニーの天弾と蛍純矢と魔法で対応。物理攻撃が必要な魔物はエーミィとモニカで対応。というのでどうだ?」
頷いたアリシアの微笑みは、どこか安堵をはらんでいた。
『ありがとうございます。私の索敵が未熟なばかりに、戦術に支障を来して申し訳ありません』
「支障なんてないよ。五人全員で無事に帰還することが大事だ。警戒するに越したことはない」
『はい、ありがとうございます』
「他に心配なことはあるか?」
『特にありません。あとは攻略を待つのみです!』
「気合い充分だな」
スマホに通知が来るので、星は一旦スプーンをテーブルに置く。惣田からの連絡だった。設計が終わり材料がある程度は決まったという内容で、必要な材料と代替品として考えられる素材と成分が書かれていた。
星はレディにそれを伝え、ゲシュタルトの塔で採取できる素材を一覧にして書き出す。材料が揃えば、あとは工廠で組み立てるだけだ。中にはすでに所有している素材もあるため、あとは他の素材採取を急ぐだけだ。
そこへ「魔法で感知はできないの?」という質問が表示される。青山だった。よく見たら惣田の連絡はグループでのもので、青山も入れていたらしい。
星が感知魔法は主の結界内では機能しないことを説明すると、なるほどね、とだけ返答が来た。横槍を入れる気はないようだ。
「あとは装備か……。アリシアに魔弾を持たせて、エーミィは新しく作ったルーンアックス。リトはそのままで、ポニーはクロスボウに天弾と蛍純矢。あとはモニカですね」
「無属性の武器が安定だと思います。あとは攻撃力を取るか耐久度を取るか、ですね」
モニカの武器には、無属性の物が二種類ある。ひとつは、攻撃力が抜群に高いが耐久度が比較的に低い物。もうひとつは、攻撃力は劣るが耐久度が高い物だ。
「攻略中に武器が壊れたら困りますよね。モニカが武器で底上げしなくてもそれなりの攻撃力があると言っていたし、耐久度が高いほうにしましょう」
「はい。可能な限りで素材採取もして、武器のラインナップを揃えましょう」
「そうですね。工廠で作れる武器を一覧で見たいですね」
「それでしたらご用意しております」
レディが複数枚の紙を星に差し出す。武器の属性、威力、耐久度、必要な素材がすべて一覧にまとめられたレポートだ。
「さすがですね……。ありがとうございます。……ルーンアックスの魔装加工ってこんなにかかるんですね……」
「それは見ないことにしましょう。素材は消耗品、でしょう?」
「そうですね」
そろそろ出撃の準備が整っているはずだ、と星は食器を片付ける。配信中に腹痛が起きそうだと思ったが、そんな
いまのうちにラッパ薬を飲んでおくのもありなのか、と考えつつ星は配信の準備を始めた。
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