初めてのダンジョン攻略【ワンガル】#2[前編]

 けたたましいアラームで目を覚ます。昨夜は少し遅くなってしまったが、なんとかいつもと同じ時間に起きることができた。遅刻せずに済みそうだ。

 あくびをしながら寝室を出た星は、リビングで出迎えたものに声を上げそうになるのを堪えた。


「あっ、おはようございます〜」


 とびっきりの美女が星に微笑む。異世界の案内女神レディが部屋にいる光景に、いつか慣れる日が来るのだろうか。


「おはようございます……」


『レディ様、どなたとお話しされているのですか?』


 レディの前にある液晶から、そんな少女の声がする。戦闘少女の誰かだろうが、液晶を勝手に見るのは気が引けた。


「新しい司令官様です。ご紹介しますね」

「ちょ、ちょっと待って」


 レディが液晶をこちらに向けようとするので、星は慌てて制止する。レディはきょとんと目を丸くするが、星はいま、寝間着だ。


「着替えてからでもいいですか……?」

「ああ、そうでしたね。アリシア、少し待っていてください」


『はい!』


 この声はアリシアだったか、と思いつつ、星は寝室に戻る。スーツに着替えてしまうのがよさそうだ。自分の部屋で女性の話し声が聞こえるというのは妙な気分である。


 星がリビングに戻りテーブルに着くと、レディはふたりとも見えるように液晶を動かした。液晶には、昨夜の配信で見たアリシア・モーメントが映し出されている。


「改めまして、こちらが新しい司令官の月輔さんです」

「どうも……」


『初めまして。私はアリシア・モーメントです』


 アリシアは爽やかに微笑んで張りのある声で言った。曖昧な笑みを浮かべている星とは対照的に、強い意思を感じる少女だ。


『司令官ということは、私たちのダンジョン攻略の指揮を執ってくださるのですか?』


「ええ。お力添えいただきます」


『ありがとうございます、月輔さん! とっても心強いです!』


「お礼を言うのは早いんじゃないかな……。本当に俺で力になれるかわからないし」


 自信なく言う星に、アリシアは小さくくすりと笑う。


『私たちにお力を貸してくださるなら、それだけで充分すぎるほどです。私たちだけでは力不足のようですから……』


 アリシアの笑みが崩れ、悲しげに目を伏せた。ダンジョン攻略に詰まったことで、責任を感じているようだ。


「安心しろとは言えないけど、俺も全力を尽くすよ。一緒に頑張ろう」


『はい! 司令官!』


 とてつもなく、むず痒い。ゲームの中の少女にそう言われることはなんとも思っていなかったが、こうして面と向かって、目を真っ直ぐに見つめられると、なんとも照れ臭いものだ。


 星がコンビニ弁当を食べているあいだ、レディとアリシアは熱心にダンジョン攻略の会議をしていた。それも情報になるはずだと星も耳を傾ける。

 どうやら、魔物の種類はそう多くないようだ。一種類の魔物が段階的に進化した物がほとんどらしい。それに加えてボス級の魔物がいるとのこと。編成をパターン化しても攻略できるダンジョンが多いようだ。


「じゃあ、俺は仕事に行ってきます。レディさんは暇かもしれませんが……」

「暇なんてありませんよ。ダンジョン攻略の検証をしなければなりませんから」

「あ、そっか……すみません」

「いいえ。今夜も配信をなさるのでしょう? それまでに、いくつかのダンジョンの戦略を練っておきます」

「はい、お願いします」


 この日、星は初めて仕事に精を出した。レディや戦闘少女たちのために早く帰らなければならない。定時は十七時。星は気が気でなかった。


「鷹野。昨日の配信、見たぞ」


 同僚の惣田そうだが明るい笑顔で声をかけて来た。同期入社の友人である。


「ああ、ありがとう」

「コラボ配信なんて、お前にしては珍しいな。しかもあんな美女となんて。バーチャルならバ美肉だったりするのか?」

「いや、あのままの人だよ。たまたま知り合ったんだ」

「へえ。面白そうなゲームだし、攻略が楽しみだよ」

「ありがとう。じゃあ、お疲れ」

「お疲れ〜。無理するなよ」


 無事に定時で退社し、電車の速度がもっと上がればいいのに、と贅沢なことを考えながら最寄り駅に向かう。レディと戦闘少女たちが待っていると考えると、今日ばかりはコンビニに寄る時間はなかった。


 ジョギングに近い競歩でアパートを目指しながら、待っていなかったらどうしよう、と星は思い始める。

 もしかしたら生死の境を彷徨って夢を見ているのかもしれない。それはとにかく家に帰らなければわからないことだ。


 星がもつれるように玄関に入ると、リビングからレディが覗き込んだ。


「おかえりなさ〜い」

「あ、えーと……た、ただいま……」


 その言葉を発したのは何年振りだろう、と星は少しだけ胸の奥が熱くなった。自分の帰りを待っていてくれる人がいるというのは、なんともむず痒いものだ。


「お待たせしてすみません。さっそく配信の準備をします」

「はい。今回のダンジョンの詳細をまとめておきましたので、あとで目を通してください」

「わかりました」






[初めてのダンジョン攻略【ワンガル】#2]






「はい、ではお時間になりましたので始めていきましょう。こんばんは、実況の月輔です。解説は案内女神レディさんです。レディさん、よろしくお願いします」

『はい、よろしくお願いします』



***

[レディさん、今日も美しいな]

[待ってました〜!]

[これを楽しみに今日頑張った]

[札まで立てて本格的だな]

***



「さて、本日は初級ダンジョンの中で最も簡単とされている『冒険者の迷宮』をご紹介いたします。レディさん、冒険者の迷宮とはどういったダンジョンでしょうか」

『はい。このダンジョンに生息する魔物は、魔物の中でも最弱と言われる魔物のみです。冒険者になりたての者がダンジョンデビューに利用する場所になっています。経験値稼ぎにもならないので、そう何度も攻略するダンジョンではありませんね』


 レディが手のひらに液晶を表示する。ダンジョン内を映し出した映像をスライドショーのように流した。


『迷宮の名がついたのは、少々複雑な構造をしているためです。ですが、覚えてしまえば単純とも言えます』

「素材採取などはできるのでしょうか?」

『汎用性の高い素材はほとんどありませんが、必要な素材の在処ありかで最も簡単なのが冒険者の迷宮であれば、積極的に採取に利用したいですね』

「はい。それでは、戦闘少女の編成をしていきましょう」



***

[キタ━━━(゜∀゜)━━━!!!!]

[戦闘少女たちの声を聞けるのか!?]

[いよいよ始まったな!]

[PCの前で正座してる]

***



 編成画面を開くと、前衛ふたり、中盤ひとり、後衛ふたり、さらにそれぞれ左前が設定できる欄がある。いまはすべて空白にしてある。星の指示でひとりずつ編成されるはずだ。


「まず、前衛左前にアリシア・モーメントちゃんを配置します」


 液晶にアリシアが映し出される。



《 はい! アリシア・モーメント、推して参ります! 》



***

[アリシアちゃーん!]

[声めっちゃ可愛いな]

[キリッとしてて可愛い]

[推せるわ〜]

***



「では、前衛右後ろにはエーミィ・ポンドちゃんを配置します」


 液晶にエーミィが映し出される。



《 エーミィ・ポンドよ。一番の功労者はあたしだから! 》



***

[一番頑張ってくれそう]

[ツンデレが楽しみ]

[早く戦ってるところ見たい]

[お前が一番可愛いよ!]

***



「中盤にモニカ・ソードマンちゃんを配置します」


 液晶にモニカが映し出される。



《 モニカ・ソードマン、命の限り戦います 》



***

[おっとり可愛い]

[声がいいね]

[負傷したら眼鏡が割れるのかな]

[静かに闘志を燃やすタイプだ]

***



「後衛左前にポニー・ステラちゃんを配置します」


 液晶にポニーが映し出される。



《 はい! ポニー・ステラ、いつでも全力です! 》



***

[元気っ子可愛いな〜]

[声も元気でいいね]

[みんなのために無茶しそう]

[守りたい、この笑顔]

***



「そして後衛右後ろにリト・ワイズマンちゃんを配置します」


 液晶にリトが映し出される。



《 はあ〜い。リト・ワイズマン、頑張りま〜す 》



***

[気怠げなの可愛いな〜]

[戦闘が始まったらボクが聞けるのかな]

[戦闘画面ってどんなだろう]

[月輔は戦闘少女たちと会話できるのかな]

***



「はい、編成は以上となります。レディさん、いかがでしょうか」

『定石の編成ですね。冒険者の迷宮では、こういった基本的な編成が安定した戦闘に導いてくれるはずです』

「ありがとうございます。戦闘少女たちの装備は設定済みです。ではさっそく、冒険者の迷宮へと挑みましょう」


 レディが映像をパッと切り替え、冒険者の迷宮のマップが映し出される。その入り口に、ドット絵で足踏みするアリシアが表示された。



***

[遺跡みたいな感じなんかな?]

[これでポイントを選択して進むのね]

[本格的だな〜]

[早く戦闘が見たい]

***



「冒険者の迷宮は5マスまで戦闘があります。ですが、低ランクの魔物が出て来るだけですので、まずはオート……つまり、彼女たちの意思で戦ってもらおうと思います」

『そうすることで、個々の戦闘スタイルの把握に繋がりますね』

「はい。では、1マス目に行ってみましょう」


 戦闘少女たちへは、レディとリトの力で繋いだマイクから話しかけることで指示を出す。オンオフ切り替えのできる物を用意した。実況まで聞こえては少女たちを混乱させるためだ。ただし、こちらから呼びかけることができるのは、ダンジョン内のみである。


「アリシア、ひとつ先へ」



《 はい! 司令官! 》



***

[会話できるんだ!?]

[司令官って呼ばれてるのか]

[羨ましい]

[俺らのコメントも届くんかな]

***



「視聴者のみなさんも、何か気付いたことがあったらどんどんコメントしてください。すべてを拾うことはできませんが、参考にさせていただきます」

『どうぞ知恵を貸してくださいね〜』



***

[視聴者参加型だ!]

[戦闘少女に届くかもしれない!?]

[やべえドキドキしてきた]

[俺も司令官って言ってくれるかな]

***



 アリシアのドット絵が1マス目に進む。液晶の中心に「敵影アリ」と帯がカットインすると、画面がブラックアウトした。パッと切り替わった画面に、五人の戦闘少女たちの後ろ姿が映し出される。カメラワークがすっと少女たちの横に移動した。



***

[アニメみたい]

[凝ってるな〜]

[グラフィックが綺麗すぎる]

[戦闘シーン楽しみ]

***



 画面にアリシアの目元と文字がカットインした。



 ――【 索敵開始 】



 指示用のマイクがオフになっているのを確認しつつ、星は口を開く。


「さあ、始まりました。第一戦をご紹介します。まずはアリシアちゃんの感知スキルが魔物の位置と数を索敵します。レディさん、彼女の感知スキルの精度はいかがでしょう」

『現時点では100%正確と言っても過言ではありません。アリシアちゃんの勤勉さが功を奏しています』



《 敵影確認! 前方に二体! 戦闘開始します! 》



 そう言って駆け出したアリシアにエーミィが続く。少し離れた位置取りで、他の三人もあとを追った。


「物陰から魔物が現れる。大きいコウモリのような魔物『ギミックバット』とヘビ型の魔物『レッドガーター』であります。しかし魔物が戦闘少女たちに気付いたその瞬間には、アリシアのショットガンとエーミィのルーンアックスが炸裂! 反撃する隙は一瞬も与えず撃破ぁー! 長い髪をなびかせる美しい少女たちの完全勝利となりました」



《 ふん、準備運動にもならないわね! 》



 リザルト画面が表示されると、ギミックバットよりほんの少し上位のレッドガーターを討伐したエーミィに多くの経験値が入ったようだ。



***

[はえ〜つよ〜……]

[勝利ボイス可愛いな〜]

[一瞬すぎてよく見えなかった]

[本格的な戦闘シーンだったな〜]

***



 星がマイクのボタンを押すと、その一瞬のノイズにアリシアが耳元に手を当てる。イヤホンのような装置を耳に着けているのだ。


「アリシア、次に向かってくれ」



《 かしこまりました! 》



「さて、愛らしい少女に似合わぬ美しい戦いぶりでしたね。あっという間の勝負でしたが、いかがでしたか、レディさん」

『アリシアちゃんとエーミィちゃんのコンビネーションが物を言いましたね。索敵から攻撃に転ずる速度が増し、この戦術を極めることで今後のダンジョン攻略の大きな武器となりそうです』

「冒険者の迷宮での戦闘は、すべてこの戦術になる可能性がありますね」

『はい。視聴者の方には少々残念かもしれませんが、この戦術で最後まで進むことが理想的ですね』



***

[残念だけどそんなことよりみんな無事で帰ってくれ!]

[今後のダンジョンで見れるだろうからいいよ]

[ボスまで行ったら見れるんちゃう?]

[ボスもこれで終わったら強すぎる]

[ここにいる魔物が弱いんじゃ?]

***



 アリシアが1マス進むと、画面に「敵影見ズ」と帯がカットインする。このマスは最下位級の魔物が出るはずだとレディから聞いていた。



《 司令官、よろしいでしょうか? 》



「アリシア、どうした?」



《 魔物の気配を感じましたが、どうやら逃げたようです。まだ近くにいると思いますが、追いますか? 》



「いや、逃げたならそれでいいよ。低級の魔物にこだわる必要はないだろ」



《 承知しました。次へ進んでもよろしいですか? 》



「ああ、そうしてくれ」



***

[月輔って普段こういう喋り方なんだ]

[カッコつけてんじゃね?]

[女の子に優しくしてイメージアップしてるんだよ]

[いや月輔の評価そんな低くないだろ]

[月輔は素でも優しそうな印象ある]

***



 アリシアとの通信を切ると、星はダンジョンのマップや出現する魔物、素材などをまとめた表を見る。2マス目では、三種類の魔物が出現したはずだ。


「魔物の逃亡となりましたが、レディさんはどう見ますか?」

『このダンジョンは彼女たちが一度、攻略しています。その戦いから生き延びた魔物が、戦闘少女という強者の気配に怯え、逃亡したのではないでしょうか』

「なるほど。魔物にとってはそれが賢明な判断ということですね。さて、それでは3マス目をご紹介します」







 ――後編に続く――


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