月と踊る攻略【ワンガル】#12[後編]
少女たちが四マス目に向かう。月は満月を越え、少しずつ欠け始めている。
――【 直感:計測開始 】
「さあ、マップの半分を越えたところで四回の戦闘となりました。少女たちの消耗が心配なところですね」
『はい。これくらいの消耗では戦闘少女たちには響きませんが、小まめにステータスボードを確認しましょう』
《 計測完了しました! 新月になるまで、残り一分です! 》
――【 地点感知 開始 】
少女たちはこれまでのスキル使用や戦闘での疲労を見せず、ただ真っ直ぐ前を見据えている。星も度々ステータスボードを確認しており、少女たちの消耗は回復薬で補い切れていた。
アリシアを先頭に、少女たちは瓦礫の裏に滑り込む。そうして新月となり、出現した魔物は二十体だった。
「ここは無事に躱すことができましたね」
『はい。この出現数では、少女たちのステータスにも多少なりとも響きます。回復薬も多用も、戦闘少女たちだから可能なことです』
月に光が現れ、魔物の消滅を確認すると、アリシアを先頭に少女たちは隠れ場所から脱した。そのまま四マス目に到達する。
――【 敵影アリ 】
――【 索敵開始 】
「戦闘少女たちの集中力は凄まじいですね」
『厳しい鍛錬の賜物です』
***
[緊張感すごい]
[こっちまで緊張すんな~]
[てか魔物の出現数、多いな]
[確実に躱したいところだな]
***
《 索敵完了! 前方に二体、後方に一体! 戦闘開始します! 》
「さあ、始まりました、第五戦。特攻のエーミィ、速力のモニカは疲れを一切、見せていない! アリシアも正確なエイムで一撃だ! 戦闘少女たちの完全勝利です!」
『解説の隙もない完全勝利! 素晴らしいです!』
《 戦闘終了! お疲れ様でした! 》
星はステータスボードを確認する。三体の魔物ではほとんど変動はなかった。
「ポニーの直感で計測しつつ次に進んでくれ」
《 はい、司令官! 》
――【 直感:計測開始 】
次の五マス目を無事に突破できれば、残るは主であるヒュドラとの戦いが待つのみである。
「どうしても僕たちは緊張してしまいますが、少女たちに不安そうな様子は見られませんね」
『彼女たちは自分の能力値を完全に把握しています。この程度では撤退を考える必要すらありませんね』
「実に頼もしいです」
***
[この五人が撤退って相当だよな]
[よほどのことがないと撤退はなさそう]
[この先もそんなことにならないでほしい~]
[でも敵もどんどん強くなるんだろうな]
[少女たちもその分、伸びるからな]
***
《 計測完了しました! 次の新月まで四十秒です! 》
――【 地点感知 開始 】
「次の新月を確実に躱して、余力を残したいところですね」
『はい。ヒュドラ戦で特異攻撃を使う可能性があると考えると、体力、魔力ともに温存したいところです』
《 司令官、よろしいでしょうか 》
足を止めないままアリシアが呼び掛ける。
「どうした?」
《 次の隠れ場所があの瓦礫なのですが、いま私たちが進んでいる先の道が瓦礫で塞がれているようです 》
「その瓦礫は隠れ場所に使えるか?」
《 少しだけ隙間がありますので、隠れ場所としては機能すると思います 》
「わかった。隠れ場所に入って待機してくれ」
《 かしこまりました 》
戦闘少女たちは、瓦礫の隙間に身を隠す。確かにその先はさらなる瓦礫で塞がれているようだった。
「となると、迂回する必要があるようですね」
『遠回りになってしまいますが、エーミィちゃんに破壊してもらうことになると、おそらく音で魔物が集まって来ます。迂回して余分な戦闘は避けたいところです』
惣田がテーブルの上にマップを広げる。青山はステータスボードに目を走らせた。
「マップ上だと、迂回できるような道はないように見えますね」
『正規ルートを外れるとなると、戦闘の回数も増えてしまうかもしれませんね』
「ルートを外れても隠れ場所があるといいのですが……」
そうこうしているうちに新月になり、魔物が出現する。グールが十体、アンデッドが十二体、スケルトンが五体と、合計で二十七体の出現となった。
「画面上では入れそうな横道がいくつかありそうですね」
『ポニーちゃんの“直感”で、別の道も同時に探してみましょう』
「はい。ポニー、直感で進めそうな道を探してくれ」
《 はい、司令官 》
魔物に観測されないよう小声で言い、ポニーはスキルを発動する。そうしているうちに月明かりが差し、照らされた魔物が次々に消えていった。
《 そこの横道が次の地点に繋がっているようです 》
ポニーがわき道を差す。正規ルートからは完全に外れてしまうが、ここで足を止めるわけにもいかない。
「アリシアの感知で索敵と隠れ場所の捜索をしつつ、慎重に進んでくれ」
《 はい、司令官 》
魔物が消えると、アリシアを先頭に少女たちは隠れ場所を脱する。正規ルートではない横道は舗装のない歩道のような道だが、少女たちの脚力を以てすればなんの問題もない。アリシアの感知スキルのもと、次の地点を目指した。
――【 直感:計測開始 】
***
[正規ルートが潰されてるってことは、ダンジョンの変化ってことだよな]
[エーミィちゃんが破壊すると、音で前からも後ろからも魔物が来るってことか]
[正規ルートから外れるのちょっと怖いな~]
[アリシアちゃんとポニーちゃんの感知があれば大丈夫!]
[戦闘少女たちが俺らの期待を裏切ったことはないからな]
[フラグ建設を感じるコメントだな]
***
《 計測完了しました! 次の新月まで三十秒です! 》
――【 地点感知 開始 】
「さて、正規ルートから外れての攻略となりましたが、正規ルートから外れたことで魔物の出現も変動があるのでしょうか」
『おそらく。正規ルート外での攻略は経験がありませんので、感知スキルを活用して慎重に進みたいですね』
アリシアが指差した先に、朽ちた大木があった。少女たちがその陰に身を潜めると、月は完全に姿を隠す。影の中に浮かび上がった魔物は、正規ルートに出現する数よりかなり多いように見えた。
「次で五マス目。これをクリアできれば、残るはヒュドラ戦のみとなります。ここは体力も魔力も温存しておきたいところですね」
『はい。幸い、今回の新月は躱せそうですね』
***
[緊張する……]
[早く月出ろ~!]
[無事にクリアしてくれ!]
[みんな頑張れ~!]
***
月が徐々に出始める。辺りを彷徨っていた魔物が影に紛れて消える姿を、アリシアは慎重に見つめていた。この数との戦闘は避けたい。万がいちにも見つかるわけにはいかない。
魔物が完全に姿を消すと、アリシアを先頭に少女たちは陰から抜け出す。五マス目までもう少しだった。
――【 地点感知 開始 】
「この時点で地点感知ということは、五マス目の戦闘を終えた辺りで新月を迎えることになりそうですね」
『はい。ポニーちゃんの感知なしにその判断を下せるのは、さすがアリシアちゃんと言わざるを得ないですね』
***
[アリシアちゃーん!]
[今回はアリシアちゃんが最優秀かな]
[さすアリ]
***
少女たちが五マス目に到達する。月は半分ほど欠けていた。
――【 敵影アリ 】
――【 索敵開始 】
「さあ次で第六戦となります。少女たちの気力は充分ですね」
『この戦闘を終えたら回復薬を使用しましょう。特異攻撃を使う可能性が高いですから、万全で挑みましょう』
「はい。それでは第六戦が始まります」
《 索敵完了! 前方に三体! 後方に二体! 戦闘開始します! 》
「さあ、始まりました、第六戦。これまでの疲れを一切も見せないエーミィ、モニカ。持ち前の瞬発力を活かしたリトがさっそく撃破! ポニーも引けを取らない! アリシアの散弾で終幕となりました。戦闘少女の完全勝利! しかし息つく間もなく隠れ場所を目指さなければなりません」
『アリシアちゃんはすでに見つけているようですね』
少女たちは迷いなく瓦礫の陰に身を潜める。それとほぼ同時に新月となり、数十の魔物が姿を現した。残るヒュドラ戦のために、少女たちは息を殺す。
「見ているだけで嫌な汗が出てきますね」
『残るはヒュドラ戦のみとなりました。無事に辿り着けることを祈りましょう』
ステータスボードを確認する。それぞれ回復しなければならない数値だった。
「エーミィとモニカは体力、ポニーとリトは魔力、アリシアは両方の回復薬を使用してくれ」
《 はい、司令官 》
小声で答えつつ、アリシアはそれぞれに回復薬を配る。
「随分と消費の激しいダンジョンですが、冒険者が立ち入ることはあるのでしょうか」
『腕試しに来る冒険者はいますが、好き好んで訪れる冒険者はいないでしょう。特に貴重な素材があるわけでもありません。攻略する利点はあまりありませんね』
「はい。さて、間もなく月が出始めます」
少女たちのステータスが回復すると、アリシアは慎重にタイミングを待った。魔物が影へ戻って行くのを確認して隠れ場所から足を踏み出す。残るはヒュドラ戦となった。
――【 直感 計測開始 】
「はい。無事に乗り切りましたが、少女たちの消耗が気になるところですね」
『少女たちは厳しい鍛錬を乗り切った精鋭ですが、今回は充分な休養が必要になります。次の攻略まで余裕を持ちましょう』
***
[回復薬の使用が激しいもんなあ]
[みんなよく休んでほしい]
[まずは無事に作戦終了してくれ!]
[最後まで頑張れ~!]
***
司令官たちも視聴者も固唾を飲んで見守る中、ピー、と甲高い音が響く。
――【 緊急感知:敵影アリ 】
「リトの接近感知ですね」
『正規ルートでない以上、避けられない戦いでしょう』
少女たちの行く手を阻むように十数体の魔物が姿を現す。少女たちの表情は冷静で、この場に怯む者はいない。
《 司令官、緊急作戦のご許可を! 》
「ああ。殲滅行動を開始してくれ」
《 はい! 緊急作戦を実行します! 》
戦闘態勢を取る少女たちは、厳しい鍛錬を乗り越えた精鋭。少女たちでなければ、ここまで進んで来ることはできないのだろう。
「さあ、第七戦となりました。自慢の速力で縦横無尽に立ち回るモニカ・ソードマン。それに続くエーミィ・ポンド! 引けを取りません。アリシアの魔弾、ポニーの流星弾は正確に対象を捉えている。リトも
『疲れを感じさせない威力! 華麗なステップ! 惚れ惚れしますね』
そのとき、星はハッと息を呑んだ。体勢を整えるリトの背後に、レディも小さく声を上げる。
「リト! 後ろだ!」
星の声で方向を変えたポニーの弓が引かれるより一瞬だけ早く、リトの肩にアンデッドが嚙みついた。ポニーの矢がアンデッドの頭を貫くと、アンデッドは消滅する。しかし、リトの肩からは血が滴った。アリシアの一発で戦闘が終わる。
「リト、大丈夫か?」
《 平気、平気~。これくらいの怪我ならなんてことないよ~ 》
リトは自分に回復魔法をかける。青山がトントンと机を指で叩くので、星はマイクのスイッチを切った。青山はステータスボードを星に見せる。リトのステータスがオレンジに表示され「中破」のマークが付いていた。
「リトちゃんが中破してる。魔法で回復してもマークが外れないみたいだ」
「傷が中破まで及ぶと、魔法での完全回復は不可能になります。リトは撤退させたほうがいいでしょう」
レディの言葉に頷き、星はマイクのスイッチを入れた。
「リト。ここで撤退してくれ」
《 まだいけるよ~ 》
リトは平然として見えるが、ステータスボードは「中破」を示している。ここで進んでまた傷を負えば、さらに損傷は深まるだろう。
「深手を負う前に撤退しないと。手遅れになってリトが戦えなくなったら困る」
《 でも…… 》
《 私たちなら平気よ、リト。司令官の仰る通りだわ 》
言い聞かせるアリシアに、リトは悔しそうな表情を浮かべる。それでも、中破状態で戦うことの危険性もよく理解しているようで、小さく頷いた。
《 了解、戦線離脱しま~す。あとは頼んだよ 》
リトの姿が消える。レディに聞いた話によると、戦線離脱を宣言することで自動的に基地に転移する仕組みになっているらしい。リトは基地で修復を受けるだろう。
リトを見送ると、少女たちはまた先へ進む。こうしているあいだにも月は欠けていった。
――【 直感:計測開始 】
――【 地点感知 開始 】
すでに月が欠け始めているため、ポニーとアリシアが同時にスキルを発動する。これまで個別で発動しており、同時に発動したことでポニーとアリシアの魔力が多めに消費することになった。
「さて、リトちゃんの離脱となりました」
『はい。損傷が大きいまま進むとよりダメージを受けやすくなります。賢明な判断です』
***
[ゲームだったら中破でも進ませちゃうな~]
[全員が無事でないと意味がないからな]
[中破で済んでよかった]
[フルメンバーじゃない主戦は初めてだな]
[余裕とは言えないが、負けることはないよな]
[俺たちは信じてるぞ!]
***
《 計測完了しました! 新月まで残り15秒です! 》
《 あそこよ! 》
アリシアが木々のあいだを指差す。少女たちと身を潜めるのとほぼ同時に新月の魔物が姿を現していた。
「アリシアとポニーは魔力の回復薬を使用してくれ」
《 はい、司令官 》
リトがいなくなったことで接近感知がなくなったが、今回は他の魔物は出現していないようだった。星はひとつ息をつきつつ、ステータスボードを確認する。
「なんとか最終マスに到達できそうですね」
『少女たちの勝利を祈りましょう』
アリシアが慎重に魔物の消失を確認し、隠れ場所を脱する。マップが表示されると、アリシアのドット絵が最後のマスに到達した。
――【 敵影アリ 】
――【 索敵開始 】
「さあ、最後の戦闘となります。レディさん、どういったところに注意したいですか」
『ヒュドラは三つの首を同時に落とす必要があります。少女たちの能力の高さはこれまでご覧になった通りです。あとは、少女たちの完璧な連携を信じましょう』
「はい。きっと彼女たちなら大丈夫です」
それは実況としてではなく、星の心からの言葉だった。星はこれまで、司令官の期待を上回って来た少女たちの姿を目の前で見ている。ひとり欠けようとも、彼女たちがこのダンジョンを無事に攻略することを信じていた。
***
[絶対! 大丈夫!]
[勝てる!]
[少女たちが負けるはずがない!]
[俺も信じてるぞー!]
[みんな頑張れ~!]
***
《 索敵完了! 種族はヒュドラ、育成具合は中程度! 戦闘開始します! 》
少女たちの向こうに、少女たちの何倍も大きな躯体のヒュドラが姿を現す。駆け出した少女たちは、その瞳に自信を湛えていた。
「さあ、始まりました、主ヒュドラ戦。八回目の戦闘となりましたが、少女たちに消耗は見られません。特攻隊長エーミィ・ポンド、そして速力のモニカ・ソードマン。揃って最初の一撃を繰り出します」
『素晴らしい速攻です』
「続くアリシア・モーメント。確実にヒュドラを撃ち抜きます。黙っていないポニー・ステラ。流星弾が炸裂だ! 負けじと炎を噴くヒュドラ。少女たちを捉えることはできません!」
『圧倒的な速力! 目で捉えることができません!』
「息つく間もなく畳み掛けるエーミィ、モニカ! ヒュドラの頭突きは間に合っていないぞ!」
青山が指でステータスボードをとんとんと叩く。アリシア、エーミィ、モニカのエネルギーチャージが進んでいた。星は小さく頷く。この調子でいけば、三人が同時に特異攻撃を発動させることができるだろう。
「ヒュドラの猛攻も少女たちには届かない! リト不在の穴を埋めるように、少女たちは気合い充分です!」
『補い合ってこその戦闘少女です。最後まで立派に戦い抜くでしょう』
「おっと、ヒュドラの三体同時攻撃を前にポニーが三本の矢を番えた! 流星弾を貯めている!」
《 みんな! お願いします! 》
ポニーの声に合わせ、アリシア、エーミィ、モニカの目元がカットインする。
「さあポニーの流星弾に怯んだヒュドラ! これは好機だ!」
『みんな! 頑張って!』
***
[頑張れ!]
[頑張れー!]
[決めてくれー!]
[みんな頑張れ!]
[頼むー!]
[頑張ってくれー!]
[あとちょっとだぞー!]
[頑張れえー!]
***
《 エーミィ、モニカ! 続いて! 》
「さあ開幕の一撃! ショットガンを構えるアリシアの瞳は輝いている!」
《
「地を蹴るエーミィ・ポンド!」
《
「さあ、出番だ、モニカ!」
《
「決まったァー! 三つの首を落とされたヒュドラ! 再生の余地はありません! 戦闘少女の大勝利です!」
『素晴らしい連携! みんな、花丸です!』
《 戦闘終了! お疲れ様でした! 》
***
[決まったァー!]
[すげえ、三人同時に特異攻撃を見られた]
[間違いなく神回]
[本当にできると思わなかった]
[さすが戦闘少女!]
[よく頑張りました]
***
「みんな、お疲れ様! 見事だったよ」
『よく頑張りました! 花丸です!』
《 ありがとうございます! 無事に達成できて安心しました 》
「それは俺もそうだな。今回はリトの魔法による回復ができない。慎重に帰還して、すぐ修復を受けるようにしてくれ」
《 はい! 作戦終了します! 》
***
[作戦終了~!]
[みんなお疲れ様!]
[よく頑張りました!]
[みんな花丸!]
[よく休んでね~]
***
「はい。無事、作戦終了となりました。難しい戦闘でしたが、さすが精鋭の少女たちですね」
『はい。美しい戦闘でした。それぞれの良いところを充分に発揮できましたね』
「素晴らしかったです。今回は回復薬を多用したため、休養を長めに取ろうと思っています。次の攻略についてはSNSをご確認ください。それでは今回はこの辺で。また次回、お会いしましょう。お疲れ様でした」
『お疲れ様でした~』
***
[おつ!]
[完璧な戦闘だったな~]
[みんな花丸!]
[みんなよく休んでね!]
[リトちゃんは大丈夫かな]
[月輔とレディさんもお疲れ様~!]
***
配信を切ると、星は大きく溜め息を落とす。服が汗でぐっしょりと湿っていた。
「お疲れ様、鷹野くん」
「大変な作戦だったなー」
緊張していたのは青山と惣田も同じだったようで、安堵の溢れる表情をしている。
「みなさん、お疲れ様でした。無事に作戦終了して安心しました」
「俺もそうですね。無事に……とは言えないですが、攻略できて本当によかったです」
「あとは少女たちの修復を待つ感じかな」
「そうですね。今回は充分に休養してもらわないと」
必要であったとは言え、少女たちは普通の冒険者ではあり得ないほどの回復薬を使用した。その負担は決して軽くないだろう。
「リトも修復で回復しきれたらいいんだがなー」
「そうだな。アリシアがホームに来るのを待とう」
そのあいだに、とレディが食事の用意に向かう。星はまだ攻略の緊張感を引き摺ったままで、あまり空腹感はない。レディが三人分の料理を並べているあいだ、星はいつも通り風呂の支度に向かった。汗だくであるため、できれば早めにシャワーを浴びたいところだ。
星が風呂の支度をしてリビングに戻ると、惣田が重々しく言う。
「今回が最後の初級ダンジョンだったな。だいぶ労力がかかったが、これもダンジョンの変異のせいなのか?」
「そうかもしれない。この先はもっと厳しい攻略になるかもしれないな」
「装備の強化をしたほうがいいね。あとは何か便利な
「モニカと相談しておきます」
今日のレディさんの手料理も、なかなか刺激的だった。いつもならもうアリシアがホームに顔を出すところだが、レディが皿を片付けてもまだ帰還の報告はない。修復に時間がかかっているのだろう。それを待っているあいだ、星は次のダンジョンの資料をテーブルの上に広げた。
惣田と青山もしばらくアリシアを待っていたが、時間が許さなくなり星の部屋を去って行く。今日ばかりは星も夜更かしする必要がありそうだった。
夜が更け、星とレディが新しい魔道具が作れないかと話し合っていた頃、ようやくホーム画面が動いた。
『司令官、レディ様! ただいま修復完了しました!』
アリシアの明るい表情に、星は心底から安堵していた。
「アリシア、お疲れ様。リトは大丈夫だったか?」
『はい! もうすっかり元気です。他のみんなも修復は完了しています』
「それはよかった。でも、今回はさすがに疲れただろ」
『そうですね……少し。無事に作戦を終えられて安心しました』
「それは俺もそうだな。みんな、無事でよかったよ」
『ありがとうございます! 修復に時間がかかって申し訳ありません。司令官は起きていてくださったんですよね』
「どちらにせよ、心配で寝られなかったと思うから。あれだけ大変だったんだから、修復に時間がかかるのは当然だよ」
「みんな、よく頑張りました。花丸です」
『ありがとうございます。司令官とレディ様も、よくお休みになってください』
「ありがとう。何日か休息して、次の攻略への英気を養おう」
『はい! 作戦会議、よろしくお願いいたします。また明日、他のみんなもご挨拶に伺いますね』
「わかった。みんなによろしく」
『はい。それでは、おやすみなさいませ』
「うん。おやすみ」
アリシアとの通信が切れると、星は一気に気が抜け、途端に眠気に襲われた。時計を見遣ると、短針はすでにてっぺんを回っている。緊張がようやく解けたような気分だった。
「星さん、もうお休みになってください。お疲れでしょう」
「はい。レディさんものんびりしてください」
「ええ。明日、お寝坊しそうになったら叩き起こしますね」
「お願いします。じゃあ、おやすみなさい」
「はい。おやすみなさい」
寝室に入り、ベッドに潜り込むと、星の意識はあっという間に泥のように溶けていく。今日ばかりは、夢を見ずに眠るのかもしれない。
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