第8話 夕風先生の不思議な話

 姫さんの邪魔にならないよう、おいらたちは花庭に出て、話をした。


 皓々こうこうと照らす月あかりの下に、草花の影がくっきりと立ちあがり、紅白の大ぶりな牡丹ぼたんが咲き乱れてる。


 それにしても、夕風先生、男にしておくのはもったいないほど、端整な顔立ちをしている。

 男のおいらでさえ、どきどきしちゃったよ。



鶯丸うぐいすまる、そなた、文筆が得意であろう」


「え? どうしてわかります?」


「……私は年がら年中、骨相(人相)を占っているからな。わかるのさ」


「たしかにそのとおりです。おいらが得意なのは、文筆……和歌です」


「そなたは……不思議な人相をしている」

 そういって、夕風先生は、おいらの顔を穴があくほど見つめた。


「おいらの団子鼻が、そんなに不思議ですか?」

 おいらの冗談口に、夕風先生は、ふふと笑った。


「……そなたは、どこか、人をほっとさせるところがある。魂が大きいのだろう。

そなたなら、私の話を理解できる気がする」


(――褒められた?)

 にんまりしたおいらに、夕風先生は、意外なことを喋りだした。


「私と姫とは、誓い合った仲なのだよ」


「えぇ? そうだったのですか……」


「前世の話……だがね」


「はいぃ?」


 おいらは驚き、いささか混乱した。

 からかってるのだろうか……。

 それとも本気で?


「前世? ……そんなものがありますか?」


「あるのさ」

 夕風先生はとがめるようでもなく、しずかに呟いた。


 戸惑うおいらの様子をみて、先生は、わかりやすく説明してくれた。


 人の魂は、生まれ変わりを繰り返す。

 この世に生まれてくる以前、魂は別の世界に生きていた。


 その前世で、夕風先生と花月夜姫は、愛の誓いを交わしたそうだ。


 ふつうの人は、生まれ変わるたびに前世の記憶を失ってしまう。

 しかし、この夕風先生には、その記憶があるのだという……。


「場所は、震旦しんたんの国であった」


「震旦ってのは、古代中国のことですか?」

 その名前を、おいらは金鶏先生から聞いたことがあった。


「よく知っているな」

 夕風先生は表情をやわらげ、微笑を向けた。「私は前世では女性だった。そして、花月夜姫は男性だった」


「性別が、逆だったのですか?」


「そう。前世では、性別が異なることもある」


「ふうん……」


「私は貴族の女性で、占いが得意だった。舞も得意で、みなから『舞姫』と呼ばれていた。

 花月夜姫は男性で、その国の、一番末の『王子』だった。

 『王子』は自分の運命を占ってもらおうと、『舞姫』のもとを訪れ、いつしかふたりは恋に落ちたのだ」


 真摯しんしに……哀切な響きをもって、夕風先生は語りつづける。



・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・

次回、舞台は、震旦へ――!

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