第16話 大団円

 闇のなかから、夕風先生が立ち現れて、おいらに尋ねた。


「鶯丸、なぜ助けたね?」


「なに、姫さんが、お手やわらかにって言ってたろ?」


「ふむ、それはそうだが……」


「それにおいら、みんなでよってたかって一人をイジめてるのをみると、むしょうに腹が立って、黙ってらんない性質たちなんだ」


「そうか……」


 夕風先生はあきらめたように微笑して、それ以上、おいらにはなにも言わなかった。



 偽の姫さんや、牛頭ごず馬頭めずたちが庭に下りてきたので、先生はふり返った。


傀儡師くぐつのみなさん、ありがとう」


 先生が言うと、偽の姫さん……傀儡女くぐつめは、アハハッと高笑いして、


「なに、こっちも、おもしろい即興芝居だったよ!」


 と、先ほどまでとはまるで違う、はすな口調で言った。


 よく見たら、顔は花月夜姫と違って、唇が大きめで、目もすこし吊り目だけど……でもこの人も相当の美人だ。


 牛頭馬頭も、はや、頭からかぶりものをはずし、大らかに笑っている。

 人のよさそうな、愛嬌のある、大男たちだった。


 カラス天狗たちも、かぶりものを脱いでる。


「これは少ないが、纒頭てんとうです」


 と、夕風先生はひとりひとりに、袋づつみを渡した。

 纒頭ってのは、報酬のこと。


 受け取った傀儡女くぐつめは、急に夕風先生に接近すると、先生の首に両腕を回し、すそから伸ばしたいろっぽい右脚を先生の左脚に絡めて、唇を近づけた。


纒頭てんとうよりも、あたしが欲しいのは、あんただよ。今夜、どうだい?」


 うっひゃー、大胆!


 首に絡みついてくる女の腕を、丁寧にほどきながら、夕風先生は答える。


「私には心に決めた人がいてね。……それに、君たちのすばらしい演技を見て、淫欲は慎まねばならぬ、と自分に言い聞かせたばかりさ。牛頭と馬頭に、衆合地獄に連れてゆかれてはたまらぬたまらぬ。遠慮しておくよ」


「ハッ、うまくいい逃れたね。地獄を怖がるタマでもあるまいに」


 女は離れると、火がついたかのようにアハハッと笑い声をあげた。


「またおもしろい仕事があったら、呼んでおくれよ」


「ああ、頼む」


 仲間どうしで談笑をつづけながら、あやしの傀儡子くぐつたちは、月の光のなかに去っていった。


「あの人たちは、傀儡子……?」


 と、おいらは、夕風先生に尋ねた。


「そう。芸能を生業なりわいとする者たちだ。歌を歌ったり、手品、大道芸、人形劇、芝居なんかをして暮らしている、おもしろいやつらさ。なかなかどうして、迫真の演技だったろう?」


「火の玉も飛んでましたけど……」


「かれらの小道具さ」


「へぇ……」


「これで懲りるといいのだが」


 夕風先生は睫毛の長い、美しい眼差しをむけて、延活先生が逃げていった裏口のほうを見つめてた。





 その後、花月夜姫の病は、みるみるうちに回復したよ。


 夕風先生に、恋してるからじゃないかな。

 恋は病にもなるけど、薬にもなるんだって、おいらは思った。


 夕風先生も、父殿から信頼されてるみたいだし、姫さんがもう少し元気になったら、一緒に暮らすらしい。


「ふたりはなぜ、男と女が入れ替わったんですか?」って夕風先生に尋ねたら、


「恋人どうしの魂は、時に性別を入れ替えることによって、お互いの立場を知り、相手への思いやりを学び合いながら、更なる高みをめざしていくのさ」


 ……だって。

 うらやましいこって!



 ……延活先生?


 先生はあれからなにごともなかったように、真面目に働いてるよ。

 おいらの「風心地」の歌は、回収させてもらったけどね。


 にしても、あんな変質的な先生に同情しちまうなんて、まったく! おいらの心も困ったもんだ。


 でもまじめな話をするとさ、あんな先生でも、いなくなると困る人たちがいたりもする。

 常連のじいさまとか、知り合いの婆ァさまとか……。


 おいら自身は延活先生の仕事を辞めちまったから、また新しい仕事を探さなきゃ。


 夕風先生にもお願いしてみたんだけど、「助手は必要としてない。人手がいる時は、連絡しよう」だってさ。

 陰陽師って、面白そうな仕事だったのになぁ……。


 ま、でも、世の中には、いろんな仕事があるからね。

 おもしろそうな仕事、探してみっかな。

 おいらもちょっとは、まじめになったほうがいいのかな?



 ……そんなこと考え考え歩いてたら、またいつもみたく、婆ァさまからお呼びがあった。


「鶯や。稲瀬川の六さんのところへ、使いに行ってくれ」


「はい」


「はいは一度……え!? お前、どうした? 熱でもあるんか?」


 たまにまじめに答えたら、目をまん丸にして心配される始末。

 まじめは似合わねぇ。やめだやめだ。


「はいはい。まかしとき!」



 由比ガ浜の黒い砂浜を歩いてると、尻尾を激しくふりながら、犬っころが駆け寄ってきた。


「あ、お前、こないだ助けた犬っころじゃねえか!」


 しゃがみこんで迎えると、犬は飛びついてきて、ぺろぺろとおいらのつらを舐めた。


「あはは、元気に暮らしてたんだな」


 犬っころの眼が、輝いてる。


 鎌倉の波も、輝いてる。


 昼顔の花があちこちに咲いて、風にふるえながら、やっぱり輝いてる。


天地陰陽てんちいんようってやつは、おいらたちに輝いてほしくって、おいらたちをこの世に送り出してくれるんだってさ。お前、どう思う?」


 犬っころは楽しそうに駆け回って、わん! とえた。


 あはは、おいらも同じ気持ちさ!


「今日は婆ァさまが、夕飯をご馳走してくれるってさ。お前も一緒に来な!」


 おいらは犬っころと一緒に、波の光のまぶしくきらめく砂浜を、どこまでも駆けてった。




(『ウグイスは、花の言葉を語るらん』・おわり)




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『ウグイスは、花の言葉を語るらん』のタイトルは、西行法師の、


「白河の 春の梢の うぐひすは 花の言葉を 聞くここちする」


 という和歌から、いただきました。

 とても素直に詠まれた、誰の心にも響くような春の和歌。

 西行法師が大好きな、花純であります。



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最後までお読みくださいまして、ありがとうございました!


とりあえず「完結済」にしておきますが、また第二章を思いついたら、書かせてもらいますね。


レビュー評価を、ぜひよろしくお願いします!


 すでにレビュー・コメントとお星さまをくださったみなさま……とてもうれしかったです! 執筆の励みになりました。大大大大感謝です、ありがとうございました!!!!



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エンディング・テーマ?


ほんの遊び心に、花純が演奏する、余興の楽器演奏です。

よかったら、お楽しみくださいww


『君が代』(近況ノート)

https://kakuyomu.jp/users/dkjn/news/16818023211862983516

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ウグイスは、花のことばを語るらん KAJUN @dkjn

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