第10話 王子と舞姫――李園の舞

 夕風先生は頭の横の、ほつれた髪を、す、と撫であげた。

 その仕草がすごくいろっぽくて、おいらは、どきりとした。


 話せば話すほど、夕風先生のなかに、前世の舞姫が甦ってくるみたいだ。



 夕風先生は、話をつづける。


「……また別の時、ふたりは桃李とうりの花の咲き乱れる、庭園にいた。


 王子は、頭頂でまげい、そこに、金の冠をめている。

 白と金のころもを、重ね着している。


 舞姫もまた、頭頂に髷を結い、背中に長く髪を垂らしている。

 髷に冠を嵌め、宝石のついた髪飾りで飾っている。


 空色の衣を着て、胸のふくらみのすぐ下で帯を締めているので、帯より上は胸の線がはっきりと出て、帯より下はすそが真っ直ぐに落ちて、足が長く美しく見える。



 舞姫は王子の前で、舞を披露した。

 王子はいつも、彼女の舞を楽しみにしていた。


 風が強く吹きつけて、白や、鮮紅色の花びらが、吹雪のようにふりかかる。

 それをきっかけに、楽師たちが管弦の楽を奏ではじめる。

 舞姫は、舞をはじめた。


 手足が、花の嵐のなかを、しなやかに泳ぐ。

 風をで、花をつかみ、幾度も幾度も、からだを転回させる。


 幅広のそでを優雅にひろげ、そらへと羽ばたかせる。

 胸をそらし、からだの線を、強く、美しく、描き出す。


 やがて――


 淡くかすかな昼の月を、胸に抱き寄せるような仕草をして、舞姫はやわらかく舞い終えた。



 見れば……王子は甘い果実酒を脇に置いたまま、心ここにあらずといった表情を浮かべている。


『舞が、お気に召しませんでしたか……』


 気落ちしながら舞姫が言うと、王子は、はっとわれに返り、首を横にふった。


『そうではない。そうではないのだ。あなたの舞はいつにもまして素晴らしかった。しかし、曇っているのは、わたしの心のほうなのだ。

 わたしは父王からの命令で、いくさに出ねばならなくなった。戦に出れば、戻ってこられるかどうかわからない』


『そんな……』


 青ざめた舞姫は、強く引き止めたが……王子は黙りこんだままだった。

 国のため、父王のため、戦争に出るという王子の決意は固かったのだ。



 出征の直前。


 ふたりは木工職人の助けを借りて、ふたつの人形を作った。

 木彫りの、親指ほどの、小さな人形だ。


 ふたりとも細筆を使って、舞姫は女の人形を、王子は男の人形を、美しく彩色した。


 筆の先がふるえる。

 考えながら、丁寧に、色を置いてゆく。


 かわいらしい、小さな男女ができあがった。

 それぞれの人形を、ふたりは交換しあった。


『この人形をあなたと思う。離れ離れになっても、心はひとつだ』

 と、王子が言った。


『必ず……戻ってきてください』

 舞姫は王子の腕に身を寄せて、涙をこぼした。


 切ない最後の夜を、ふたりは共に過ごした。 



 ……結局、王子はその戦で命を落とした。

 ふたりはその人生で、二度と会うことはできなかったのだ……」



「そんな……」と、おいら。


 静かに話し終えた夕風先生の瞳が、月の光に濡れていた。




・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・

運命に引き裂かれたふたり――次回、花月夜姫が、目をます――



今年最初の更新です。

お読みくださる皆様に、感謝!


本年もどうぞよろしくお願い申し上げます。


近況ノート・イメージ画像あり

https://kakuyomu.jp/users/dkjn/news/16817330669643991475

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る