第11話 恋路にて

 夕風先生は顔をあげて、おいらのほうを見た。


「花月夜姫に初めて出逢った日、前世の記憶が、私のなかに突然甦った。私の場合は、代々の陰陽師の血脈ゆえ、異能の才に恵まれていた。そして、これまで修行を積んできたからこそ、記憶が蘇った。

 ……だがおそらく、花月夜姫のほうは憶えていないだろう。もし姫が思い出さなければ、私の気持ちは一方的なものに終わってしまうだろう……」


 悲しそうにうつむいた夕風先生を元気づけようと、おいらは自分が思ったことを、まっすぐ喋った。


「夕風先生、そんなふうに考えないでおくれよ。先生の話が真実だとして……離れ離れになっちまったふたりが、もう一度出逢えたんだから、それだけでも儲けものじゃないか! 奇跡みたいなもんだよ!」


「鶯丸……」


 先生は驚いたように、こちらを見つめた。

 おいらはいつもみたいに首の後ろの毛をつねって、頭の回転を早くした。


「そうだ。……おいら、こないだ、久しぶりの友達と偶然ばったり出会ったんだ。前にそいつと会った時、どんなこと話したかなんて、さっぱり忘れちまってた。

 でも、そいつ、いい奴だったな……とか、前に喋った時、楽しかったな……なんて感じは、しっかり覚えてた。


 だから姫さんもきっと、記憶は忘れちまっても、感情は思い出すんじゃないかな。夕風先生が、どんなに好きだったか、とか。ふたりで楽器弾いて、どんなに楽しかったか、とか!」


 先生は呆気に取られてたけど、うなずきながら言った。


「……そうか、記憶は思い出さなくても、感情は思い出すか……」


「先生の話が真実なら、想いが真実なら、きっと姫さんに届くと思うよ」


 おいらは心底、そう思ったんだ。

 すると先生の顔に、ぱっと、希望の微笑ほほえみが広がった。


「鶯丸、お前に話してよかった」


 急に身を寄せて、先生がおいらを抱きしめたので、おいらはびっくりしちまった。

 先生の衣服には香が焚き染められてて、すごくいい香りがした。


 すぐに先生は身を起こして、おいらの顔を見つめて言った。


「鶯丸、お前の団子鼻は、最高だ!」


 団子鼻は余計だっての!



 夕風先生は、すぅと、花のを胸に吸い込むと、思いの丈を歌にして、詠んだ。




  恋路こいじにて 後もや逢ふあうと 心みに


   わが人形ひとかたの 身代はりみがわりもかな




 陰陽師の仕事のひとつに、『流しびな』って行事がある。


 雛祭ひなまつりの日、陰陽師は紙でつくった人形で、人々の体を撫でる。

 人々のなかにある、積もり積もった苦しみやけがれを、人形に移す。


 その人形は、川に流してしまう。

 そんなふうにして、人々の魂をはらい清めるんだ。



 歌の意味は、


 ……生まれ変わっても愛し合おうと誓った、恋人よ。


 すべての恋の苦しみを、陰陽師が使う人形に移し、身代わりさせて、流してしまおう。

 そうすればきっと、この恋もうまくいくんじゃないか……



 さらに、裏の意味は、


 ……あの前世で、『必ずまた逢いましょう』と約束を交わして、わたしたちは身代わりの人形を交換した。

 あの人形が、もし今ここにあれば、あなたは私のことを、思い出してくれるんじゃないか……


(見事だ。心のこもった歌だ……)

 


 その時、屋敷のほうで動く気配がして、見れば、姫さんが半身を起こしていた。

 おいらたちはすぐに板間に駆け戻り、枕元に寄り添った。


 姫さんは先生を見知っていて、「ああ、夕風先生……」と苦しげに、切なげに、ため息をついた。


 そして、まだどこかぼんやりした様子だったけど、一語一語を確かめるように、ゆっくりと語りはじめたんだ。


「わたし、夢を見ておりました……。春の花々の咲き乱れる、美しい林園でした。見たこともない異国のころもをまとった姫君が、花吹雪のなかで、すばらしい舞を舞っておられました」


「ええ!?」

 おいらも夕風先生も、驚きに目を見張った。



・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・

――次回、花月夜姫にも、記憶がよみがえる!?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る