第7話 亡骸(なきがら)を挟んで

 おいらと陰陽師の夕風先生は、姫さんの亡骸なきがらを挟んで、向かい合わせに座っている。


 夕風先生は、姫さんが亡くなっていることも知らず、話しはじめた。


「どうも嫌な気配がしてね……」

「嫌な気配?」


「そう、邪気のような……それで、心配になって見に来たのだ」

「邪気……」

 当たってる! 延活先生の邪気!


「姫の容態に、変わりないかね?」

「は、はい……」


 おいらの声は、隠しようもないほど、うわずっていた。

 でも夕風先生が何も気づかず、花庭のほうに顔をそむけたので、おいらはほっとした。


 ――その時にもなって、ようやく、おいらは正気づいた。


 先ほど延活先生に、『姫が生きているふりをして看病しておれ』などと言われたから、そうしなければいけないような気がしてたけど……ちょっと待てよ……その必要、ある?


 異常な雰囲気に飲み込まれちまって、なんだかおいらまで、延活先生の狂気に巻き込まれてたみたいだ。


 そうだ、打ち明けちまおう! うん、それがいい、それがいい!

 ……てなわけで、恐る恐る、おいらは真相の一部を口にした。


「驚かないでください。……姫は、すでに亡くなられました」


 おいらが言うと、初め、なにを言われたのかわからない顔をしていた夕風先生は、あわてて姫の唇に手を当て、息がないことを確かめた。


「なぜ早く言わん!」


 思いのほか、太い怒声が飛んできたので、おいらはたじろいだ。

 口早に、おいらは状況の一部を説明した。


「今、延活先生が屋敷に戻って、反魂丹という薬を調合しています。姫を甦らせるためです」


 夕風先生は二重ふたえのまなざしを鋭くして、おいらのほうを、ッとにらんだ。


「――その必要はない。私が、姫を連れ戻す」


 言うや、両手にいんを結び、早口でまじないを唱えはじめた。

 しばらくすると、祈祷の声がくぐもりはじめ、やがて、夕風先生はがくりと首を傾け、気絶してしまった。


 おいらは呆気あっけにとられ、なにがなにやらわからぬまま、お手上げ状態。

 ただただ事態を見守るしかなかった。


 そうしてそのまま、しばらく待っていると……


 ……突然、夕風先生の体がびくりと脈打って、すっと目を覚ましたんだ。


 たちまち正気づいた先生は、膝立ちになって、片腕で姫さんの上体を抱え、頬をかるく叩いた。


 その時、姫さんの、長いまつげの重なったまぶたが、ゆっくりと持ちあがったのさ。


 月の光がみるみるうちに、姫さんのまなこに満ちあふれた。


(生き返った!)


 おいらの驚きと喜びといったら、そりゃあもう、その場にひっくり返らんばかりだったよ!


「どうやったのです?」


「まだ姫は死んでいなかった。姫の魂は中宇ちゅうう(幽界)をさまよっていた。私は自分の魂を飛ばし、姫の魂を連れ戻した」


「よかった、よかった」

 と、おいらの目には涙がにじんできちまった。


 姫さんが枯れきった声で「水を……」と求める。

 おいらはすぐに、口元に椀をもっていって、ゆっくり飲ませてあげた。


 またすぐに、姫さんは力なく横になって、目を閉ざしてしまった。


「大丈夫だ。眠っただけだ」

 夕風先生は言った。



・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・

一命をとりとめた花月夜姫――次回、夕風の不思議な打ち明け話がはじまる――

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る