第2話 鶯丸、先生の助手となる

  風心地 あればや やがて つくしやみ


   雨気あまけの 月の 晴れそめにける



 「風心地」の歌は、先生の家の門口に飾られて、すぐに評判になった。

 鎌倉の人々が、口々にほめそやした。


「あの延活先生は、歌もまれるそうだ」

「へぇ、すごいもんだね」


 馬鹿いっちゃいけない! 

 おいらがんだ歌なのに……


 でもまあ、「あれは自分が詠みました」なんて、自分で自慢すんのもカッコ悪いから、おいらは知らんふりをしていたよ。

 ……要は、先生んとこに、お客が増えればいいのさ。


 噂がウワサを呼んで、新規の患者さんも増えはじめた。

 おいらもすこし鼻が高くなったさ。



 ところで余談ながら、おいらには和歌の先生がある。

 金鶏きんけい先生という、同じ長屋に住む、七十ばかりの、頭の真っ白なご老人だ。


 長衣をゆったりと羽織った仙人みたいな人で、いつもおいらにおもしろい本を貸してくれる、やさしい先生さ。


 例の歌を先生のところへもってくと、先生は鼻で、ふっと笑って、しわがれ声で一刀両断した。


「腰が悪い」


 おいらは、ガクッときた。

 腰が悪い……というのは、第三句が悪いというのだ。


 確かに、おいらも第三句には、すこしひっかかりを感じていた。


 「くしゃみ」にひっかけて、雨が降り尽くして、雨がやむ様子を「つくし」「やみ」と、言葉を詰め込んで「つくしやみ」……少々ムリがあったか……。


「歌に病はない。しかし……腰が悪い」


 金鶏先生は洒落しゃれまじりにそう言って、カッカッカッと高笑いされた。

 その笑い声が、おいらには、コッコッコッって、にわとりが鳴いたみたく聞こえた。……金鶏先生だけにね。


 それでおいらも、鳥の鳴き声で、自分の心をあらわしてみた。


「ほーほけきょー」


 落胆の響きのこもったおいらの鳴き声に、金鶏先生はもう一度、鶏みたくコッコッコッと笑った。


「ほーほけきょ、鶯丸は、けふきょうも泣く。――明日は大鳳おおとりるを知らずに」


 って、言ってくれた。


 ……将来、大物になれる才器うつわがあるんだから、落ち込んでないで、がんばりなさい、って言ってくれてるのだ。


 ちなみに金鶏先生はこんなふうに、普段しゃべる言葉も五七五になってることが、多々ある。


「精進なされ」

 そう言って、先生は枯れ木のように細い手で、ぽん、と、おいらの烏帽子の横をさわってくれた。


 こんなふうに最後にはいつも、おいらを励ましてくれるんだから、金鶏先生はやっぱりやさしい!


 長屋の裏の陽だまりには、山吹の黄色い花が咲きあふれ、めじろの家族が遊んでた。





 とにかくもそんなこんなで、おいらの、医師の弟子としての日々がはじまった。


 スリばちとスリコギで、石や骨、薬草や干した果実なんかを、ゴリゴリ擦るのが、おいらの仕事だ。


 ところが、どうもおいらは腰が据わっていない男で、朝から晩まで一日中、ひとつところに縮こまって、擂り鉢の前でゴリゴリゴリゴリやっていると、無性にイライラしてきて、全力で駆け出していって、うがーって叫びながら、由比ガ浜の海に、頭から飛び込みたくなってくる。


 最初のうちは、そういうイライラの虫を抑えるのにたいへんだった。

 しかし、せっかく手に入れた仕事であるし、唇を噛みしめて、ずいぶんとガマンしてやってたんだ。


 患者さんが多い時なんかは、次から次、薬の材料をらねばならない。


 すると先生もカッカする方だから、

「遅い! まだか! はやく!」

 なんて怒鳴りつけられる。


 おいらは全精力をつぎ込んで仕事をするのだが、先生は磨り具合が気に入らないらしく、

「仕事が粗い、へたくそッ」

 と、やり直しを命ぜられる。


 しまいには、

「ああ、違う、そうじゃない、こうやるんだ……ああ、もう、私が一からやらねばならんのかッ」

 と、大喝される。


 ……かされなければ、おいらだってきっちりと仕事ができる。

 急かすから、仕事が粗くなる。

 雑になる。

 おいらは先生の怒鳴り声に、黙って耐えてた。


 そんなこんなで、おいらはこの仕事が、すっかり嫌になってしまった。



 ――でも、おもしろいことも、あったんだよ。



・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・

次回、延活先生と一緒に、花月夜はなづくよ姫のお屋敷へ――!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る