第2話 鶯丸、先生の助手となる
風心地 あればや やがて つくしやみ
「風心地」の歌は、先生の家の門口に飾られて、すぐに評判になった。
鎌倉の人々が、口々にほめそやした。
「あの延活先生は、歌も
「へぇ、すごいもんだね」
馬鹿いっちゃいけない!
おいらが
でもまあ、「あれは自分が詠みました」なんて、自分で自慢すんのもカッコ悪いから、おいらは知らんふりをしていたよ。
……要は、先生んとこに、お客が増えればいいのさ。
噂がウワサを呼んで、新規の患者さんも増えはじめた。
おいらもすこし鼻が高くなったさ。
ところで余談ながら、おいらには和歌の先生がある。
長衣をゆったりと羽織った仙人みたいな人で、いつもおいらにおもしろい本を貸してくれる、やさしい先生さ。
例の歌を先生のところへもってくと、先生は鼻で、ふっと笑って、しわがれ声で一刀両断した。
「腰が悪い」
おいらは、ガクッときた。
腰が悪い……というのは、第三句が悪いというのだ。
確かに、おいらも第三句には、すこしひっかかりを感じていた。
「くしゃみ」にひっかけて、雨が降り尽くして、雨がやむ様子を「つくし」「やみ」と、言葉を詰め込んで「つくしやみ」……少々ムリがあったか……。
「歌に病はない。しかし……腰が悪い」
金鶏先生は
その笑い声が、おいらには、コッコッコッって、
それでおいらも、鳥の鳴き声で、自分の心をあらわしてみた。
「ほーほけきょー」
落胆の響きのこもったおいらの鳴き声に、金鶏先生はもう一度、鶏みたくコッコッコッと笑った。
「ほーほけきょ、鶯丸は、
って、言ってくれた。
……将来、大物になれる
ちなみに金鶏先生はこんなふうに、普段しゃべる言葉も五七五になってることが、多々ある。
「精進なされ」
そう言って、先生は枯れ木のように細い手で、ぽん、と、おいらの烏帽子の横をさわってくれた。
こんなふうに最後にはいつも、おいらを励ましてくれるんだから、金鶏先生はやっぱりやさしい!
長屋の裏の陽だまりには、山吹の黄色い花が咲きあふれ、めじろの家族が遊んでた。
◆
とにかくもそんなこんなで、おいらの、医師の弟子としての日々がはじまった。
スリ
ところが、どうもおいらは腰が据わっていない男で、朝から晩まで一日中、ひとつところに縮こまって、擂り鉢の前でゴリゴリゴリゴリやっていると、無性にイライラしてきて、全力で駆け出していって、うがーって叫びながら、由比ガ浜の海に、頭から飛び込みたくなってくる。
最初のうちは、そういうイライラの虫を抑えるのにたいへんだった。
しかし、せっかく手に入れた仕事であるし、唇を噛みしめて、ずいぶんとガマンしてやってたんだ。
患者さんが多い時なんかは、次から次、薬の材料を
すると先生もカッカする方だから、
「遅い! まだか! はやく!」
なんて怒鳴りつけられる。
おいらは全精力をつぎ込んで仕事をするのだが、先生は磨り具合が気に入らないらしく、
「仕事が粗い、へたくそッ」
と、やり直しを命ぜられる。
しまいには、
「ああ、違う、そうじゃない、こうやるんだ……ああ、もう、私が一からやらねばならんのかッ」
と、大喝される。
……
急かすから、仕事が粗くなる。
雑になる。
おいらは先生の怒鳴り声に、黙って耐えてた。
そんなこんなで、おいらはこの仕事が、すっかり嫌になってしまった。
――でも、おもしろいことも、あったんだよ。
・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・
次回、延活先生と一緒に、
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