ウグイスは、花のことばを語るらん

KAJUN

第1話 鶯丸と、延活先生

 おいら、鶯丸うぐいすまる

 鎌倉に住んでる。


 背が低くて、童顔で、どんぐりまなこで、団子鼻。

 人からはよく、赤ちゃんみたいな顔だねって言われる。

 褒められてる? けなされてる?

 たいていの女の人にはかわいがられるけどね。


 もう十八にもなるというのに、元服げんぷくもしていない。もとより、うるさく言う、親がいないんだ。


 世のなかでは『四十の賀』なんて……四十歳に手が届いただけでも、すごいことだってお祝いするんだけど、その関を越えずして、おとうもおかあも、はやくに亡くなっちまった。


 自分では、そういうもんだと割り切って、格別、不幸とは思わないけど……


 ……ともかくも、親の遺産があるわけでなし、自分の才能だけが頼りの、独り者。

 「延活えんかつ先生」のところで働くことができたのも、その才能のおかげだった。



 延活先生ってぇのは、小町大路こまちおおじに屋敷住まいしている、医師くすしだよ。年齢は、三十代。上品に整えられた、八文字の口ひげ。ちょろりと伸ばした、あごひげ。


 立烏帽子たてえぼしを頭にかぶり、ぴんと整えて、高く、格好よく、見せている。ツヤを出し、のりをきかせた、丸襟まるえりの、立派な狩衣かりぎぬ


 いかにもご立派なその姿は、公家くげ公達きんだちかと、見まごうほど。

 ……ぱっと見は、ね。


 でもよくよく見れば、雰囲気に花がない。いつもムズカしい、権威ばった顔をしてて、損得に敏感だから、余計なことをしゃべらない。愛想がないから、屋敷の使用人たちからも、好かれてない。


 それでも代々つづく、医師の家柄だ。薬の腕は、けして悪くない。だから、訪れる患者さんは、少なくないってわけさ。


 その先生んとこで、おいらがどうやって働きはじめることになったのか、そいつを今から話そうと思うんだ。



 その日、おいらは仕事もなくて、ふらふらしてたんだけどさ。

 知り合いのァさまから、


うぐいすや、延活先生のとこで、薬をもらってきてくれ」


 と頼まれた。


「はいはい、まかしとき!」


「はいは、一度!」


「はいはい」


「くぬぅ……このあくタレ!」


「あはは! すぐ戻ってくらぁ」


 婆ァさまとおいらは、いつもこんな感じで、れあってる。仲いいんだ。


 ふところも軽けりゃ、足取りも飛ぶように軽い。身も心も軽いのが、鶯丸のいいところ。


 ……なんつって、自分で自分を褒めながら走ってたら、滑川なめりがわの河原で、悪童どもが小犬に縄をかけて、棒で叩いていじめてやがる。


「てめぇら、弱いもん、いじめるなーッ!」


 おいらが怒鳴り込んでったら、悪童たちは、わっと蜘蛛の子を散らすように逃げてった。


 おいらは小犬の縄をほどいて、放してやった。


「もうつかまんなよ」


 小犬は鼻を寄せ、おいらの手の甲をぺろりと舐めると、通りのむこうへ逃げてった。


「そうだ、婆ァさまの薬、薬」


 大急ぎで町大路を駆けてって、かぶってる烏帽子をきゅっきゅっと直してから、おいらは延活先生の屋敷に入ってった。


 そしたら先生が、常連のじいさまと話している声が、耳に飛び込んできたんだ。


「知ってのとおり、私の家は代々の医師。訪れる顔は、ほぼ見知ったものばかり。町はどんどん発展しているというのに、人々は、私のようにしっかりした古顔の医師よりも、愛想がよいだけの新しい医師を選びがちだ。……なにか、新しい患者を呼び込む手立ては、ないものか?」


 すぐにぴんときたおいらは、


「差し出がましくもっ」


 と、庭から声をかけた。


 こちらを見た先生は、眉をしかめ、鼻をひん曲げ、クサい物でも見るような、嫌そうな顔をしたよ。こういう無遠慮ぶえんりょな手合いが、先生は大嫌いなんだから。


 おいらは先生の顔を見知ってるけど、先生のほうは、たまにお使いに来る程度のおいらのことなんか、覚えてるはずもなかった。


 とにかくもその時、おいらは、勢いで声をかけちまった。

 で、こう言った。


門口かどぐちに、和歌うたを飾ってはいかがでしょう? その歌が人々の口に登れば、評判が高まること、間違いございますまい」


「和歌……」


 十万那由他なゆたの計算を突きつけられたみたいに、先生は、ひどく重苦しい顔をした。風流と縁がないこの先生には、よほど想定外だったんだろう。


「どのような歌だ?」


「たとえば……」


 おいらは矢立やたてから、筆を取り出した。


「紙をいただけますか?」


 ドケチな先生は、渋々といった感じで、ふところから小さな紙切れを差し出した。医師だから、懐紙なんかも高級なのが出てくるかと思ったら、とんでもない! なにか汚れを拭き取った跡らしい、黄ばんだシミがついてた。


 さて、おいら鶯丸は、歌をむ以外には、とりえのない男だ。


 いつものクセで、首のうしろの、盆のくぼにはえた毛を指でつねる。こうしてやると、どういうわけか、おいらは頭の回転が早くなる。


 折りよく常連のじいさまが、唾液と鼻水を派手にとっちらかして、くしゃみを盛大に噴き出した。


 ぶうえぇぇっくしょいッッッッッ


      しょいッッッッッ


        しょいッッッッッ



 おいらの目には、時間の流れがゆっくりになって、飛び散らされた唾液と鼻水の粒が、きらきらと光り輝き、この世のものとは思えぬほどの美しい虹がかかったように見えた。


 こん時さ!

 おいらの胸に、ぽろりと歌が落ちてきたのは――



  風心地 あればや やがて つくしやみ


   雨気あまけの 月の 晴れそめにける



 こういう意味だ。


「……闇夜に、風の吹く気配がした。すると案の定、りつきた雨はやんで、月がまぶしく晴れてきた」


 これは、表の意味。


 裏の意味は、


「……風邪気味だったけど、すぐに、くしゃみも、鼻水も、治りはじめたんだ。なぜなら、延活先生の薬を飲んだからね」


 自然の情景を詠みこみながら、医師の宣伝までできてる!


(……われながら、うまく詠んだもんだなぁ……)


 おいらはドヤ顔で、ほくそえんだ。


 歌の意味を説明すると、先生さんも、常連のじいさまも、すぐにこの歌を気に入ってくれた。


「頭がまわる男だ。お前、うちで働く気はないか?」


 ……つうわけで、その日から、おいらは先生のもとに弟子入りしたってわけなんだ。




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 お読みくださいまして、ありがとうございます!


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※ 作中の和歌は、『七十一番歌合』のものを、そのまま使用しています。


※ 元服 …… 昔の成人式。良家の子女は、十三歳くらいで成人します。


※ 四十の賀 …… 四十歳を特別に祝ったのは、昔の人の平均寿命が短いからです。


※ 矢立 …… やたて。携帯用の筆記用具。

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