第13話 陰の道と、陽の道
ややあって落ち着きを取り戻した夕風先生は、おもむろに姿勢を正した。
なんとなく女性っぽく見えていた先生の雰囲気が、きりりとした元の男性に戻る。
先生は静かに、花月夜姫に語りかけた。
「王子だったその前世で、あなたは戦のなかで、たくさんの敵を
前世で作られた罪悪感が、今生ではあなたの体の病となって、あなたに襲いかかったのです。しかし病の原因が前世にあるとわかった以上、あなたは病を克服することができます」
「どうすればよいのでしょう?」
「私は陰陽師ですから、陰の道と、陽の道、ふたつの道をお教えしましょう」
「はい」
「まずひとつめ。陰の道は、『
ささいなことでよいのです。人に親切にするとか、思いやりの言葉をかけてあげるとか……そんな、ほんの小さなことでいいのです。思いつくままに」
「はい。善行……」
「ふたつめ。陽の道は、『陽気に楽しむこと』です。せっかくもう一度、天から授けてもらった命なのですから、楽しんで生きることです。
病で体がおつらいでしょうが、薬だと思って、陰の道と陽の道、ふたつをともに行いなさい。そうすれば、あなたの体は全快するでしょう」
真剣なまなざしで聞いていた姫さんは、急に悩ましげな表情になって尋ねた。
「前世で人を
夕風先生は、うなずいた。
「もちろんです。楽しんで生きてください。……あなたの命に輝いてほしくて、
思わず
「善行と、楽しむこと。……わたし、すこし、元気が出てきました」
微笑んだ姫さんの体を、夕風先生は
(ハァ……、夕風先生は、こうやって人の魂を読み解き、病を治すってわけなのか……うちの先生が薬を飲ませても、治らねぇわけだ……)
おいらは感心しちまって、目からウロコさ。
こうなったからには、すべてをバラしちまおう。
おいらはふたりに、先ほどの延活先生の悪事を、洗いざらい打ち明けた。
――聞くや、夕風先生は綺麗な顔をゆがめて、カンカンに怒ったね。
「それでは医師殿を
「もちろんです」
「お待ちください」
と、姫さんがおずおずと、悩ましげな顔で訴えた。「わたし、もうひとつ、おかしな夢を見たのです」
「どんな夢です?」
「わたしの前世……震旦の『王子』が、出征した後の夢です」
「出征した後?」
「はい。わたしは勇ましく馬を駆って、敵の将軍と一騎打ちしました。その将軍の顔が、延活先生だったのです」
「ええ!?」
姫さんの『王子』も驚きだったけど、延活先生の『将軍』っていうのも、意外すぎる!
姫さんは言う。
「王子だった時のわたしは、とても強くて、軽々と大剣をふるい、延活先生を追い詰め、半殺しの目に
は、半殺し!? ……や、やるもんだね、姫さんも……
姫さんは、夕風先生の腕にとりすがって言った。
「前世で犯した罪は、今生で返ってくると、聞いたことがあります。私が前世で延活先生を
(……なんて賢い……そして、おやさしい……)
おいらは感心しながら聞いていた。
「延活先生は、姫さまが前世の敵だと知っているのですか?」
おいらの質問に、夕風先生が答えた。
「いや、知らないはずだ。本人たちは無意識に、知らず知らずのうちにそのような状況に追い込まれてしまうのだ。それが、
「ではお許しなさるんで?」
夕風先生はしばし考え込んだ後、姫さんにむかって言った。
「前世でそういう因果があったのだとしても、今、目の前にある悪は
「あまりひどくなさらないでください」
「わかりました」
「どうするのです?」と、おいら。
「花月夜姫には、別室に隠れていてもらう。知り合いに、うってつけの女役者がいる。彼女らに協力を頼む。姫に背格好がそっくりだ。顔は化粧でごまかそう」
そう言って、夕風先生は颯爽と、風のごとくに出て行った。
おいらは、ぱっと姫さんのほうにふり返った。
「――姫、おいらは夢に出てきませんでしたか?」
延活先生まで前世の夢に出てきたのなら、おいらにも可能性があるのでは!?
古代中国で暮らしてる自分の姿を想像して、おいらは胸をときめかせた。
期待にあふれるおいらの目の底を、姫さんは、じっと見つめた。
そして、言った。
「残念ながら……」
「ほーほけきょー」
おいらはガックリさ!
・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・
次回、ついにあの男が戻ってくる――!
(なんか、伝説のヒーローが帰ってくるみたいなアオリになっちゃった……笑)
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