第13話 陰の道と、陽の道

 ややあって落ち着きを取り戻した夕風先生は、おもむろに姿勢を正した。


 なんとなく女性っぽく見えていた先生の雰囲気が、きりりとした元の男性に戻る。

 先生は静かに、花月夜姫に語りかけた。


「王子だったその前世で、あなたは戦のなかで、たくさんの敵をあやめざるをえなかった。それが祖国のためだったのです。しかし、それは罪悪感となって、あなたの魂に暗い影をおとしました。

 前世で作られた罪悪感が、今生ではあなたの体の病となって、あなたに襲いかかったのです。しかし病の原因が前世にあるとわかった以上、あなたは病を克服することができます」


「どうすればよいのでしょう?」


「私は陰陽師ですから、陰の道と、陽の道、ふたつの道をお教えしましょう」


「はい」


「まずひとつめ。陰の道は、『陰徳いんとくを積むこと』です。自分が殺した人々を供養する気持ちで、善行ぜんこうを積むのです。善行とは、世のため、他人ひとのためになるようなこと。

 ささいなことでよいのです。人に親切にするとか、思いやりの言葉をかけてあげるとか……そんな、ほんの小さなことでいいのです。思いつくままに」


「はい。善行……」


「ふたつめ。陽の道は、『陽気に楽しむこと』です。せっかくもう一度、天から授けてもらった命なのですから、楽しんで生きることです。

 病で体がおつらいでしょうが、薬だと思って、陰の道と陽の道、ふたつをともに行いなさい。そうすれば、あなたの体は全快するでしょう」


 真剣なまなざしで聞いていた姫さんは、急に悩ましげな表情になって尋ねた。


「前世で人をあやめたような、罪深いわたしが……人生を楽しんでも、よいのでしょうか?」


 夕風先生は、うなずいた。


「もちろんです。楽しんで生きてください。……あなたの命に輝いてほしくて、天地陰陽てんちいんようはあなたを、この世に送り出してくれたのですよ」


 思わずこぼれたなみだをぬぐいながら、姫さんはうなずいた。


「善行と、楽しむこと。……わたし、すこし、元気が出てきました」


 微笑んだ姫さんの体を、夕風先生はぬくめるように抱き寄せた。



(ハァ……、夕風先生は、こうやって人の魂を読み解き、病を治すってわけなのか……うちの先生が薬を飲ませても、治らねぇわけだ……)


 おいらは感心しちまって、目からウロコさ。


 こうなったからには、すべてをバラしちまおう。

 おいらはふたりに、先ほどの延活先生の悪事を、洗いざらい打ち明けた。


 ――聞くや、夕風先生は綺麗な顔をゆがめて、カンカンに怒ったね。


「それでは医師殿をらしめてやろうではないか。鶯丸、そなたも手伝ってくれるか?」


「もちろんです」


「お待ちください」


 と、姫さんがおずおずと、悩ましげな顔で訴えた。「わたし、もうひとつ、おかしな夢を見たのです」


「どんな夢です?」


「わたしの前世……震旦の『王子』が、出征した後の夢です」


「出征した後?」


「はい。わたしは勇ましく馬を駆って、敵の将軍と一騎打ちしました。その将軍の顔が、延活先生だったのです」


「ええ!?」


 姫さんの『王子』も驚きだったけど、延活先生の『将軍』っていうのも、意外すぎる!


 姫さんは言う。


「王子だった時のわたしは、とても強くて、軽々と大剣をふるい、延活先生を追い詰め、半殺しの目にわせました」


 は、半殺し!? ……や、やるもんだね、姫さんも……


 姫さんは、夕風先生の腕にとりすがって言った。


「前世で犯した罪は、今生で返ってくると、聞いたことがあります。私が前世で延活先生をあやめかけたので、逆に今生では、延活先生が私を殺めかけることになったのかもしれません。……ですから、どうかあの方をお許しくださいませ」


(……なんて賢い……そして、おやさしい……)

 おいらは感心しながら聞いていた。


「延活先生は、姫さまが前世の敵だと知っているのですか?」

 おいらの質問に、夕風先生が答えた。


「いや、知らないはずだ。本人たちは無意識に、知らず知らずのうちにそのような状況に追い込まれてしまうのだ。それが、因果応報いんがおうほうというものだ」


「ではお許しなさるんで?」


 夕風先生はしばし考え込んだ後、姫さんにむかって言った。


「前世でそういう因果があったのだとしても、今、目の前にある悪はらしめねばと、私はそう思います。……なに、少々お灸を据えるだけです」


「あまりひどくなさらないでください」


「わかりました」


「どうするのです?」と、おいら。


「花月夜姫には、別室に隠れていてもらう。知り合いに、うってつけの女役者がいる。彼女らに協力を頼む。姫に背格好がそっくりだ。顔は化粧でごまかそう」


 そう言って、夕風先生は颯爽と、風のごとくに出て行った。



 おいらは、ぱっと姫さんのほうにふり返った。


「――姫、おいらは夢に出てきませんでしたか?」


 延活先生まで前世の夢に出てきたのなら、おいらにも可能性があるのでは!?

 古代中国で暮らしてる自分の姿を想像して、おいらは胸をときめかせた。


 期待にあふれるおいらの目の底を、姫さんは、じっと見つめた。


 そして、言った。


「残念ながら……」


「ほーほけきょー」


 おいらはガックリさ!




・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・

次回、ついにあの男が戻ってくる――!


(なんか、伝説のヒーローが帰ってくるみたいなアオリになっちゃった……笑)

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