1章 長谷寺白亜は怖がりである

6時間目 白亜のお誘い

「失礼します……ぁ、先生……」


 中間試験まで残り二週間といったタイミングのある日、職員室でパソコンと睨めっこしながら作業をしていた俺の机に申し訳なさそうな顔の白亜がやってきた。

 片手には可愛らしいピンクの弁当の包みが、そんな彼女の姿を見て先ほどチャイムがなっていたことを俺は思い出す。時刻は昼時、飯の時間だ。


「どうした白亜? こんな時間にくるとは珍しいな」

「ぁ、ぁのね? その……」

「あー……一緒に飯でも食いながら話すか。昼休みの時間は短いしな」


 言い出しにくそうな雰囲気を彼女から感じて、他の先生大人たちもいる職員室で話すのは白亜にとって酷だろう……と判断した俺はパソコンを閉じて立ち上がった。

 「ぁ、わるぃよぉ……」と罪悪感を感じている白亜に「俺も腹減ってたから大丈夫」と安心させながら白亜を連れて購買に。


 焼きそばパンとコーヒーを買って、そのまま屋上に向かう。この時間になっても焼きそばパンが残っているのは、やはり肉が入って無いからだろうなぁ……美味しいのに。

 そんなことを考えていると、屋上へとつながる扉にたどり着く。俺はポケットから鍵を取り出して扉を開けた。


「ぅわぁ……っ!」

「みんなには内緒な。タバコを吸ってる先生なんかはたまにここに来てるんだよ」

「先生も……タバコ、吸うの?」

「俺はサボり用~」


 大量の仕事ややるべきことから現実逃避したいときに使ってると俺が言えば、ふふっと笑う白亜。申し訳なさそうな顔をしているよりそっちのほうが何倍もいい、飯を食うなら尚更な。


 二人そろって備え付けのベンチに座る。喫煙者の先生たちが屋上を自主的に綺麗にしているから綺麗なものだ。


「いただきまーす」

「ぃただきます」


 5月の天気は安定し、昼の日差しは暖かく屋上を照らしている。そんな陽気な空気を感じつつ俺は焼きそばパンを一口かじりついた。

 白亜も弁当の蓋を開けてタコさんウインナーを頬張っては美味しそうにはしを持った右手をぶんぶん振っている。ついでにアホ毛も左右にぶんぶん揺れていた。


 しかし……小柄な白亜らしい小さな弁当箱だ、俺の片手で収まりそうなぐらいの大きさで大丈夫なのだろうか?

 俺が学生の頃なら絶対に足りないなとボーっと白亜の方を見ていると、俺が欲しがっていると勘違いしたのか白亜はタコさんウィンナーを箸でつまんでこっちの方に近づけてきた。


「ひとつ、あげる……よ?」

「俺は焼きそばパンがあるから食べなさい……それで、何の用だったんだ?」

「ぁ、そうだった……」


 箸を一旦置いて、ぁのね?と白亜が話を切り出す。


「今日もね……亜紀ちゃんと聖羅ちゃんにお勉強、教えるんだけど……」

「助かる、すごい助かる。俺もなんとかフォローはしてるんだが、自主的に勉強できる時間はどうしても作れないからな」


 俺は言ったら強制的に勉強するみたいになっちゃうだろ?と力なく笑うと、白亜も苦笑しながらそぅだねと笑った。


「それで、ね? 今日お父さんとお母さんの帰りが遅いから、『もし帰るのが遅くなるなら誰かと一緒に帰りなさい』って……」

「あー、つまり勉強会で遅くなったら俺と帰りたいってことか?」

「ぁ、そのっ、ちゃんと遅くならないようにする、から……っ!」


 別にそれぐらい何ともないから大丈夫だ、と不安げにしおれているアホ毛ごと白亜の頭を撫でてやる。修学旅行から3年生たちも帰ってきて、先生の数も増えているから突然の呼び出しも無いだろう。


「白亜は商業区の近くだもんな。親御さんの不安も分かる」

「ぁ……夜の狭い脇道って怖ぃ、から……」


 もし、先生をね?呼んじゃって壁に埋まっちゃったら……と俯きながら言った白亜の言葉に、俺は何が何でも白亜と一緒に帰ろうと決意を固めた。

 彼女に悪気はないのだろうが、壁に埋められると俺じゃなくても即死する。そんな危険性を負ってまで優先する自分の仕事は存在しない!


「だ、大丈夫だ。先生ちょー暇だから帰るときは職員室に来なさい、待ってるから」

「ぁ、ありがとう……!」


 花咲くように笑顔になる彼女の顔とは対称的に、俺の顔はすごく引きつっていた。



「という訳で、長谷寺白亜と帰るので今日緊急出動できません」

「なにが『という訳で』なのよ……説明なくそれだけ言われると『生徒に手を出してる先生ロリコン』という印象しか抱かないのだけど?」


 屋上で白亜と飯を食べた後、職員室に戻ってくると丁度学年主任大宮先生が席でサンドイッチ片手にファイルを開いていたのを見つけたので、俺は幸運とばかりに報告をしたが白い目で見られた。


 自分の言ってること思い返してみなさいと言われて振り返ると……おぉ、確かに変態だ。俺は誤解を解くべく犯罪者を見る目を向けながらスマホに片手が伸びてる大宮先生に詳細を話す。


「試験も近いのでクラスメイトたちと勉強会をするらしく、両親も帰りが遅いので一緒に帰ってくれという要望です」

「……それだけで私から許可が下りるとでも?」

さきの事件で商業区の大通りは封鎖されて脇道しか使えないのと、怖がりな彼女がその道を放課後遅くに通るという事実を合わせると……ワンチャン俺、死にますよ?」


 毅然きぜんとした態度で俺がそう返すと、『あぁ……』と渋い顔をしながら納得してスマホから手を離した我が学園主任。


「あそこ高いビル多いしね……もし怖がってビルの壁に手を付いて能力が発動しようものなら――」

「俺、壁の中で窒息死したくないです」

「だったら最初からそう言いなさい……そういうことなら良いわ、ただしインカムは付けておきなさい」


 逆にあなたの方が緊急事態になったときに連絡が出来るようにね、と大宮先生は自身の耳をコンコンと指で軽く。

 ただ帰るだけにそんな大げさな……と言えないのが魔女の怖いところだ。


――――――――――――――

【後書き】


ここまでお読みいただきありがとうございました。

次回の更新は1月2日の朝7時になります。これからしばらく7時と18時に更新を続けようと思いますので、お待ちいただけると幸いです。

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