2時間目 朝の登校
黒く焦げたパンをコーヒーで流し込み、スーツに着替えて出勤。最寄り駅で6時20分のモノレールを待つ間にふと周りを見渡すと、くたびれたスーツ姿のおじさんたちが。
4月が終わって5月の初頭、寒さは大分緩和されたとはいえ魔女特区を囲む高い壁によって朝日が遮られる今はやはり肌寒い。
周りのおじさんたちもコートを持ってくるのを忘れたことを後悔しているのか、両腕を擦りながら眉をひそめてため息をついていた。
俺も数年後にはあんなふうになっているのだろうか……?と、
げんなりするそんな時にモノレールが駅のホームにつく。窓から見える車内にはすでに大量の人が……後続に押されるようにモノレールに乗り込むのが地味にストレスだ。
み、身動きできん……ぎゅうぎゅうに詰められた車内で、俺は両腕で鞄を抱えながら立つ。どうせ数駅だし、こんな込み具合だと吊革に捕まって無くても自立出来る。
スマホを取り出すことも出来ないので、大人しくモノレールの扉の上にある電光掲示板をボーっと見ていると昨日の繁華街での出来事がニュースとして流れていた。
「っち、また魔女かよ……」
「繁華街でとか、迷惑な話だ……」
ぼそりと誰かがそんな愚痴を言っているのが聞こえる。まあ、商業区の大通りを燃やしまくってしまったからなぁ……と俺はその愚痴に思わず心の中で肯定してしまうのだった。
ニュースでは朝から復興のために迂回路を余儀なくされ早朝から渋滞が起こっているらしい。「今日は大事な商談があるのに……」と苛立ちを隠せない声も追加でボソッと聞こえた。
魔女特区、なんて言われているが『魔女』なんてほんの一握りだ。人口的に少人数の魔女の地位は低い、さらにその風潮を肯定するように力を制御できない魔女たちがたまに事件を起こしてしまうから改善の兆しが未だ見えない有様だ。
あいつらも、好きに街を破壊したいわけじゃないんだけどな……そんな言葉が喉まで出てきて、俺はんっんっ!と小さな咳払いをして誤魔化すのだった。
――次はー《大
そんな時、降りる駅のアナウンスが流れる。俺は押しのけるように乗客を壁を突破し、駅に降りて一息ついた。
「おはよう天野原先生」
「うっ……おはようございます、
「『できれば会いたくなかった』という顔ね天野原先生?まあ、昨日の今日で自信満々な顔をしてたら追加で説教だったけど」
ホームでばったりと長身のスタイルの良い女性に出会う。しまった……いつも通りの出勤時間だと主任と鉢合わせすることをすっかり忘れていた、と後悔しつつも彼女に挨拶を返す。
すました顔をしながら俺の隣を歩く大宮先生の顔が見れない、無言でカツカツと歩くヒールの音がやけに大きく聞こえた。
「……まず」
「は、はい……」
「そんなに怒る気はないと言っておくわ。他の先生の到着を待たずして鎮圧装備も無い状態で炎の中に飛び込んでいったのは『馬鹿』以外の何物でもないけど、そのお陰で大惨事は免れた」
ちゃんと生徒を不安にさせないように対策もしているしね、と黒い手袋をしている俺の手を指さして彼女は肩をすくめた。
だから不問になるという訳でもないけど、と上げて落とす大宮先生。だめか……始末書って時間かかるからあんまり書きたくないんだけど、とげんなりしながら駅から出ると目の前には見慣れた巨大な校門が。
大
「もうすぐ一学期の中間試験よ。カリキュラムも高校生になって授業も難しくなる中での最初のテスト……一年は特に精神的に不安定になりやすい時期なのだから、あなたもしっかり彼女たちのサポートに専念しなさい」
「分かりました。ですので始末書は――」
「それは書きなさい」
始末書やだぁと嫌がりながらも、時刻は7時前。部活をしている生徒は30分後には登校してくる時間だ。
俺たちは職員室に行ってタイムカードを切り、日が昇ってきたのを窓越しに感じつつ校門へと出る……前にパサッと始末書が机に置かれた。
「今日の挨拶当番は私がやるわ。それさっさと書いちゃいなさい」
「大宮先生。実は俺……朝に生徒たちの元気な姿と挨拶を聞かないといけない魔法にかかってるんです」
「そう、それは私もよ。一枚だけなんだからさっさと書きなさい」
じゃあねーと手をひらひらさせながら学年主任は職員室の扉から出ていく。くそぅ、始末書って反省してるんだからそれでいいじゃないか。
ぶつくさと文句を垂れながらも俺は始末書を完成させる。結局最後は『二度とこんなことが無いよう注意を払い、修正に
と、言っても始末書を書き終わるころには7時30分。日報を流し見しつつ、職員室に備え付けてるコーヒーメーカーからコーヒーをいただく。
カップを持って自分の席に戻り、椅子に座ろうとした瞬間……視界が急に屋外へと切り替わった。
「へっ?」
「あっ……ぉはよう、先生」
「おはあっちいいいいい!!!」
「先生大丈夫……!?」
遅ればせながら自分が校庭に『転移』したことを把握し、実行犯が朗らかに挨拶をしてきたのでそれを返そう……というところで俺は後ろにひっくり返って持っていたコーヒーを顔面から被ることになった。
椅子に座ろうとしてた時に『転移』したんだ、無理もないだろ!?
「あっちあっち、ふぅ、ふぅ……ったく。いきなり『転移』はダメって言ったろ
「ぅ……ごめんなさい先生、大宮先生がすごい睨みつけてくるから怖くなっちゃって……」
「いいか白亜。あれが大宮先生のデフォなんだ、慣れなさい」
目の前でしゅんとしている白髪のボブの女子生徒を見上げながら俺はそう
極度の怖がりで、感情が不安定になると手元に安心するものを『転移』させてしまう力を持っている彼女は
中学二年生の時にその力が発生し、一家総出で魔女特区に引っ越してきた――うちのクラスの生徒だ。
「先生……白亜のこと、きっ……嫌いに、なった?」
「ならんならん、朝から白亜の元気な姿を見れたからな。おはよう」
「ぁ……ぉはよう」
不安そうな彼女の顔が晴れ、小さく笑う。そんな彼女をみながら、俺はそっと安堵のため息をつく。思春期の魔女の精神を安定させるのは大変だ……
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