3時間目 朝会風景と始末書

 長谷寺白亜、おどおどしている目の前の彼女の能力は『転移』。自分が安心できるものを、ランダムに手元に持ってきてしまう能力を彼女は有している。

 ……俺を呼んでくるというのは、安心できる存在になれているということの証明でなので、素直に嬉しく思うと同時に複雑な気持ちにもなる。


「ぁぅ……またやっちゃった……」

「大宮先生にごめんなさいしような? 俺もさっき『ごめんなさい書類』を書いてきたところだから」

「全部聞こえてますからね、高野原先生」


 しゅんとしている白亜をそう慰めていると背後から大宮先生の怒っている声が。あ、やっべ……熱いコーヒーを顔面に被ってしまって余裕なくしたせいで、すごい睨みつけてくる顔がデフォとか言っちゃた。


 振り返ると黒いオーラがずもももも……と大宮先生の背中から出てるのを感じる。ほら、白亜が「ぴぃっ……!」って俺の背中に隠れちゃったじゃないか。


 あの?白亜さん?怖いのは分かるんだけど、ぐいぐい大宮先生の方に押していかないで?怖い、怖いから!いくら先生でも怖いものはあるんだよ!?

 ジリジリと怒っている大宮先生との距離が縮まって――いかない。そりゃ小柄な白亜と鍛えている俺じゃ、単純な力の差があるよな。


「はぁ……まったく。始末書書いたんですね? 回収しておきますから、挨拶当番は当初のまま高野原先生がしてください」

「は、はい」

「では私は職員室に戻ります……全く、私のどこが怖いのかしら?」


 白亜とそんな押し合いへし合いしていると、そう言いながら職員室に帰っていく大宮先生。吊り目の美人だから、怒ると他の人より迫力がすごいところですね――とは言えるわけもなく。


 大宮先生が校舎に戻ったあと、ハンカチで顔を拭きながら俺は白亜と向き直る。「大宮先生に嫌われたかも……」とおどおどしている彼女を安心させるように頭を撫でると、彼女の身体の震えが止まった。


 俺は苦笑しながらおどけるように白亜に言う。


「大丈夫だ、あれでもちゃんと生徒想いの先生だから本気で怒ってない」

「……そぅ、かな?」

「いつも怒られてる先生が言うんだから間違いないぞ」


 そういうと、安心するかのように小さく笑う白亜。ほら、さっさと教室に行きなさいと背中をポンと叩くと、校舎へと彼女が向かっていった。

 その背中を見ながら、俺は。あっぶねえ、いくらクールタイムがあるからって怖がらせすぎだろ大宮先生……


 どんな能力がどの範囲どれだけの時間影響を及ぼすかは魔女によって違い、それを知る術はただ1つ――『実際に発動させること』。

 白亜の『転移』の能力も、実際に発動したのを見て分かったことだ。そして彼女はその時、『自分の家』を手元に転移させている。


 もし彼女が俺ではなく自分の家を転移させていたとしたら……大宮先生は下敷きになって即死していたのだろう。大宮先生がこの場を早急に離れたのは、次の転移が発動しないようにするためだ。


 怖がりな白亜にピッタリな能力であるのと同時に、周りにとっては何がくるか分からないビックリ箱。それが彼女の能力であり、彼女の精神を不安定にさせないように細心の注意を払っている理由だ。


「ほんと、命がいくつあっても足りねえよ……」


 黒い手袋をはめた自分の手を見ながら、俺はそう呟く。5月の朝だというのに、空気がやけに冷え込んでいる気がした。


 朝の8時。魔女以外に『魔女特区』に住んでいる一般の生徒も受け入れている大神田学園に、モノレールからずらずらと学生服の子供たちが下りてくる。

 彼らに挨拶を返しながら、俺は朝会が始まるので校門から職員室へと戻った。


 そして、朝会が始まる。


「おはようございます」

『おはようございます』

「まずは情報共有を。昨日、《焔の魔女》が暴走し商業区の大通りが大火災になりました。事態は既に収束し、原因を担任である二年N組の西原先生が探っています」


 校長先生がハゲた頭を光らせながら昨日の出来事を先生たちに話す。「あの大人しい子が……」なんてざわざわしている中学二年生の担任たちを尻目に、校長ハゲ先生は言葉を続ける。


「もうすぐ一学期の中間試験です。時期的に不安定になりやすい子が多くなりやすいので魔女を担任しているL、M、N組は十分警戒し、何か些細な変化でも起きればすぐに報告を」

『分かりました』

「全体連絡としては以上です。後は学年同士でお願いします」


 ハゲ校長がそう締めくくると、ざわざわと職員室が騒がしくなる。高校一年生組を担当している俺たちは、学年主任である大宮先生を筆頭に会議を進めていく。


「後頭……じゃなくて校長先生も言っていたことですが、高校一年生を担当する私たちは特に注意しましょう。これは魔女を担当している担任以外にも言える事です。出来る限りサポートできるよう、放課後の時間は空けるようにしてください」

『はい』

「次に……高野原先生、お願いします」


 そう言って話を振ってくる大宮先生。あの人ハゲに気を取られすぎて校長言い間違えかけてたぞ……って、ここで振ってくるってことは白亜の件か。俺は立ち上がってファイルを開く。


「今朝の話ですが通称、《転移の魔女》である長谷寺白亜が『転移』を発動しました」

「なっ!?」

「それで、被害は!?」

「……俺の顔とカッターシャツですかね。コーヒーでべたべたになりました」


 俺がそう言うと、緊迫した雰囲気が弛緩する。魔女が力を発揮したら、こうして逐一報告するのが定例だ。こうして被害が極めて軽微だとしても、能力が発動したこと自体は報告しなければならない。


「大宮先生にビビって『転移』が暴発、俺を手元に召喚してしまい椅子に座ろうとしていた俺は持っていたコーヒーごと後ろに倒れてびちゃびちゃに。以上です」

「くっ……ぷ、ふふっ」

「…………」


 いや、俺も笑う気持ちはわかるよ?報告だけ聞いたらコントみたいって。でもね、大宮先生がすっごい顔してそっち睨んでるから気が付こうね?

 んんっ!と強めの咳払いをしてみんなの注目をあつめる大宮先生。彼女は腕組みをしながら緊張感を持て、と周りを叱責する。


「高野原先生だったから良かったものの、もし悪い大人に騙されていたらや危険な思想に安心感を覚えさせてしまっていたらといった問題点に留意すべきです。長谷寺白亜が自身の力を制御できていない以上、我々『先生』は彼女をそういった存在から守らなければいけません」

『はっ、はい!』

「それから高野原先生」


「分かっています。彼女含め、担当している魔女たちの精神的な成長をより促進させることに努めます」

「ん、よろしい。他の魔女を担当している先生も十分に注意してください、以上」


 こうして、朝会が終わった。このあとホームルームをして、やっと一息つける時間がやってくる。あっ、コーヒー結局飲めなかった……俺は飲めなかったコーヒーに思いを馳せながら自分の教室、一年M組へと向かうのだった。

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