4時間目 朝のホームルーム
ガラッと扉を開けると、教卓に座る一人の女子生徒が。俺が入ってきたのに気が付かず、前の席の生徒とおしゃべりをしている。
「机に座っちゃいけないぞー」
「あっ、せんせーおはよー!」
「はいおはよう、もうすぐホームルームだから自分の席に戻りなさい」
俺が自分の席につくように言うと、うぇ!?もうそんな時間?と教室に備え付けている時計を見ている栗色のロングウェーブな彼女。
「予鈴聞こえなかったのか?」
「おしゃべりで夢中で聞こえてなかったっぽい。じゃあね、ももちー! あーしがいなくなっても泣くんじゃないぞぉ?」
「別に泣いたりしませんし、そもそも自分の席に帰るだけですよね?」
「せんせーももちが冷たい!」
「いつも通りだな。ほら、さっさと戻れ」
ポスッと出席簿で軽く頭をはたいてやれば、彼女は渋々自分の席へと戻っていった。やれやれと俺が首を横に振れば、『ももち』と呼ばれていた黒髪の女子生徒と動きがシンクロする。
互いに苦労するなと俺が呆れた笑みを浮かべるが、彼女はふいっと横を向いてすました顔をした。
あの親あってこの子ありか……俺はこわーい学年主任の顔を思い出しつつ、出席簿を開く。
ちょうどその時チャイムが鳴る、朝礼の時間だ。
――起立、礼、着席ー
広い教室に、たった五人の生徒が椅子に座っているのを俺は教壇から見下ろす。ガラガラな教室と教壇前にある五つの席が俺たち一年M組の日常だ。
「んじゃ出席とるぞー」
「せんせー、それやる意味あるー?」
「一目で全員出席ってのは分かるがやらせてくれ。俺の今日一日のテンションのためだ」
俺がそう言うと
だが知るか!今日は朝から(主に学年主任のせいで)げんなりしているんだ、大人の汚いやり方で発散してやるぜ!
「あーい、じゃあ大人の汚さを存分に発揮して今文句言った
「せんせー今日もカッコいい!」
「高野原先生は素敵でございますわ!」
「はっはっはー!気分がいいから許してやろう」
最初から冗談だからあからさまにホッとするな補修常連コンビ。そんな生徒二人に呆れた目を向けながら俺は五十音順で生徒の名前を呼んでいく。
「あい、大宮桃」
「……はい」
そっけなく返事をする教壇前の席に座る黒髪の彼女、大宮
発動させると無条件で異性に好意を持たれ、どんな命令でも従わせることが出来てしまう力を持っており……まあ、その力が暴走したらどうなるかは火を見るより明らかだろう。
彼女のこのそっけない態度は別に俺だけに限った話ではなく、というかそう信じたいが――男に対してはみんなこんな感じだ。
過去に暴走した時のトラウマから男性恐怖症になった、と大宮先生からは聞かされている。
「……なんですか」
「いや?ふとお前とはもう4年の付き合いになるんだなぁ、と」
「なんですか気持ち悪い……はやく次行ってください」
すこしボーっと見すぎていたせいか桃が不機嫌そうに口を開いたので、そう軽口を返してみるとゴミを見るような冷たい目で見られながら『気持ち悪い』と言われた。
魔女のみを編成するクラスである関係上、編入してくる生徒が多いなか彼女とだけは中学一年の時から担任しているのだが……あまり信用されていないらしい。
しょんぼりしながら俺は次の生徒の名前を読み上げる。
「次ー、
「はい、ここにいますわ」
お嬢様言葉で返事をするおっとりした顔の金髪ロングの彼女は、桜井聖羅。社長の娘さんなので本物の令嬢ではあるのだが……如何せんマイペースすぎて勉強の理解度が周りより遅く、中学での成績ははっきり言って良くなかった。
だがきちんと理解した内容は全て覚えているらしく、追試では全教科満点でよく他の先生から『なんで最初から出来ないの?』と文句を言われていた。
そんな彼女の通称は《
彼女が暴走したときのことはよく覚えている……存在する物体のみならず、時間や概念すらも食らうブラックホール。元の世界に戻すのに他の魔女の力を借りなければいけなかったほどだ。
「どうなされましたか先生?もしかして、
「……今度の中間試験、どうやったらお前を赤点なしで通せるかを考えていたところだ」
「うぅ、みなさんどうしてそんなにすぐ理解できるんですの……早すぎるのですわ」
そう、これはみなさんが天才だからですわ……と言いながら隣の亜紀に縋りつく聖羅。亜紀もそうだそうだー!と同調しているが、遠回しに聖羅に馬鹿にされてるからな?
俺は苦笑しながらそんな亜紀の名前を呼ぶ。
「次、そこのバカ」
「あーしだけ雑くない!?
「今度の中間試験、赤点なしを約束してくれるなら呼んでやろう」
「…………あーし、バカで我慢する」
「そこは嘘でも頑張るぐらい言えよ亜紀……」
だってぇ~!と情けなく聖羅に抱き着かれながらごねてる栗毛の彼女が補修常連コンビのもう一人、志都美亜紀。
彼女は聖羅と違って『興味のあるもの』しか覚えられないタイプで、勉強が興味のない筆頭にあるせいで記憶力が必要な社会系の科目は特に成績が低い。
「勉強とかやる意味なくない!?」
「あるから!」
「うー……あーしの力を使えば勉強できなくても生きていけるのにぃ」
「亜紀の力は危険すぎるからな。暴走するならともかく、故意的に使ったら死ぬほど怒られるぞ」
「怒られるのやだぁ……でも勉強もやだぁ……」
「はぁ、中間試験まで居残りするか」
それはもっとやだぁ!と机にうなだれている彼女は
歴史も、地理も、彼女の前では望む結果のための過程でしかない。彼女がもし力を暴走させてしまうぐらいに本気で『頭が良くなりたい』と考えたら、その結果を引き出すためにどんな過程が改変されるかも分からない。
「なら桃か白亜あたりに今回の試験範囲の勉強教えてもらえ」
「うぅ……ももちー、はくあー勉強教えてぇ……」
「仕方ないですね……」
「ぃ、ぃいよ?」
やたー!放課後勉強会だー!と先ほどまでの低いテンションはどこへやら。急に元気になって聖羅と
乾いた笑いを浮かべながら、俺は残りの二人の名前を確認する。長谷寺白亜と……あぁくっそ、まーた名前が変わってやがる。
「こら瑠璃、『勝手に名前を変えるな』」
「あはは、ばれちゃった~!」
「流石に『シーファン・ヴァイオレット』とかいう外国人っぽい名前はうちのクラスにいないのは分かる!」
瑠璃がけたけたとお腹を抱えながら俺に問題を出す。
「じゃあ、私の名前はなんだったかなぁ?せーんせ?」
本当にいたずらっ子な生徒だ……薄紫色の髪をサイドテールにした彼女の顔を見ながら、俺は毎日飽きさせないエンターテイメントを提供する彼女の名前を告げるのだった。
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