5時間目 これがいつもの朝の光景

「お前の名前は富雄とみお瑠璃るりだ。書類や顔は変えれても他人の記憶は変えられないんだから、おとなしく書類の名前を元に戻しなさい。先生が困るから」

「くふふ、せーかい~!でもなおしてあーげない、先生の困った顔見たいしっ!」

「困った顔なら今思いっきり見せてるが?」


 ジト目を向けながら『シーファン・ヴァイオレット』と出席名簿に書かれている生徒、富雄瑠璃に俺は困った顔をする。

 彼女は《偽りの魔女》、声や姿も別人に偽る――だけでなく、こうして書類も勝手に偽ってしまう魔女で。


 危険性はそんなにないが、暴走する頻度が高すぎる。こんなふうに、毎日『私は誰でしょう?』ゲームをしてしまうぐらいには。それだけ精神が不安定な生徒という証左なのであるが……


「ん?なーにぃせんせ、この姿がタイプだったり?」

「瑠璃が力を発現しまくるから、ここ最近の報告書の数の多さを思い出して辟易へきえきしているところだ」

「プラス一枚だね!」

「少しは減らす気遣いを頼む……っ!」


 精神が不安定なことを悟られないぐらいには平常運転な彼女。去年に編入してきた新顔という事もあり、俺はまだ彼女のことを掴み切れていない……今目の前にいる彼女がそもそも本当の瑠璃なのかすらも分からないぐらいだ。


 だからまあ、今はこの距離感で時間をかけて本当の彼女を知っていくしかないと俺は思っている。それはそれとして……


「ふっふっふ……瑠璃、大人をなめると痛い目見るぞ?」

「ふ~ん、瑠璃に何しちゃうのかなぁ?せーんせ?」

「ここにお前の『大神田学園入学時の顔写真』がある」


 スーツのポケットから瑠璃の写真を取り出す。こいつをここにいる奴らにばらまくと俺が言うと、名簿の名前が『富雄瑠璃』に戻っていた。むっすーとした顔をしている薄紫髪の彼女が不満げにそっぽを向く。


「それズルい!」

「『えてない』、だったか? 先生をいじめたらこれを……」

「あーあー! ごーめーんーなーさーいぃ!」


 許してぇ!と情けなく懇願する瑠璃の姿を見て溜飲を下げる。よし、こんなもんかと瑠璃を許して最後の名前を俺は呼んだ。


「んで最後、長谷寺白亜」

「は、はぃ……」

「全員出席確認よし! 俺満足!」


 名前を呼ばれて白いアホ毛をピンッと立ててる気弱な生徒白亜を見ながら、俺は出席簿を閉じる。今日も元気に『誰も死なずに』登校してくれた、そんな当たり前を俺は心の内で喜んだ。


「あーあと連絡事項な、昨日商業区方面で大規模な火災があったから大通りが封鎖されている。あそこらへん脇道入り組んでるところ多いだろ? 放課後に商業区に行くなら不審者とかに注意しろ」

『はーい』

「あとは試験が近いから復習をしておくようにな~」

『はい「「いやぁ……」」』


 聖羅と亜紀だけはいやいや言っていたが見て見ぬふりをする。放課後みんなで勉強会するんだから前向きになりなさい。


 ――キーンコーンカーンコーン……


 と、そんなことを考えていると一時間目の予鈴が鳴る。朝のホームルームが終わる時間だ。

 生徒が五人しかいないから、ほとんど出席確認と雑談で終わってしまった。といっても他に何かあるかと言われたら何もないが……


「つーわけで、今日も一日頑張れ。ほい白亜、今日の日直はお前だ」

「ぁ、ぅん……」


 一緒に持ってきていた学級日誌を白亜に渡す。大事そうに胸に抱えて自分の席に戻っていった彼女の背中を見ながら、俺はホームルームを切り上げるのだった。


 そして……職員室にて。大宮先生が、他の先生たちがホームルームをしているこの時間に自身の席で書類に目を通しているのを発見する。彼女が学年主任でクラスを担当していないので、この時間が暇であることを知っていた俺はチャンスとばかりに朝の出来事を報告する。


「学年主任」

「……お前が大宮先生と呼ばずに『学年主任』と呼ぶときは大抵悪いニュースだ。なんだ?」

「富雄瑠璃の力が発現していました」


 簡潔にそう言うと、頭痛を抑えるように眉をひそめて手を当てている大宮先生。分かる、俺も今すぐそうしたい気分だから。

 大宮先生は机に置いていた紅茶を一気飲みすると、書類を捲っていた手を止めてこちらごと身体を向けてくる。


「で、被害は?」

「特にありません、出席簿が『シーファン・ヴァイオレット』とかいう謎の外国人の名前にされた程度ですね」

「誰なのそれは……」


 呆れた目をこちらに向けてくるが、それは俺も知りたい。「とりあえず注意したらもとに戻りました」と俺が報告を終えると、大宮先生は机の引き出しから『報告書』の紙を取り出して俺に渡しながら瑠璃の事に関して聞いてきた。


「《偽りの魔女》の能力に関してはまだ未知数なものが多いわ……何か分かったことはある?」

「能力の解除方法、ですかね。『彼女が偽ることを止めたい』と思わせれば、この出席簿のように修正がされると考えます。何度か試してみましたが恐らくはこの方法でいけるかと」

「何度も試す機会があるのは危険だけど、とりあえずは本人の意思である程度左右されるタイプってことね……」


 じゃあ、それも含めて報告書に書いておきなさい。そういって大宮先生は元の仕事に戻る。うっ、やっぱり書かないとだめか……ワンチャン報告するだけで代わりに書いてくれないかと淡い希望を持っていたのだが。


 結局、生徒に勉強勉強って言ってる先生でもやりたくないものはやりたくないよなぁと。そんなことを考えながら自分の席について報告書を編纂へんさんする。


 さて、二時間目は授業があるからそれまでに仕上がるか?



―――――――――――――――――――――――――

【後書き】

みなさま、明けましておめでとうございます!

そしてここまでお読みいただきありがとうございました!


次回の更新は1月1日18時となりますので、お待ちいただけると幸いです。

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