16時間目 インシデント:白亜の誘拐
5月の夜は、案外暖かい。朝とは違って日中の暖かい空気が残っているからコート要らずだ……そのせいで朝にコートを着ていくか真面目に十分ぐらい悩むときがあるが。
「手荷物になるのが、めんどくさいんだよなぁ……」
『あら、学園支給のコートだから防寒の上に防弾仕様よ?』
「げ。聞いてたんですか大宮先生……」
『何かあったらすぐに報告できるように常時通信は繋げた状態のままだから、あなたの独り言も筒抜けよ。黙ってとは言わないけど、せめて真面目にやってちょうだい』
インカム越しに返事をしながら、俺は商業区近くの住居を回る。長谷川家があるところもここら辺、もし白亜が狙われているとしたら……俺が見つける可能性が高い。
不審に車が止まっていないかを重点的に探す。住居区という人がいつ来るかも分からない地域、迅速に誘拐を行うならこの前と同じ手口を使うはずだ。
『どう? 不審なものは何か見つけた?』
「今のところは。あ、こんばんわ~……そもそも人がいるのでしようもなさそうですが」
『おそらく向こうも魔女が精神不安になると能力が暴走することは知っているはず、堂々誘拐や襲撃なんてするのかしら?』
「……深夜に寝ている隙に、とかですかね?」
魔女特区の住居セキュリティーをかい潜れるとは思えないけどねぇ……と言う大宮先生の言葉に、俺も同意する。
魔女が住む以上、セキュリティーは万端にしておかなければならない。住居侵入した不審者と魔女が鉢合わせてしまえば、住居区の住民全員が危険に晒される。
そうならないために、魔女特区には強固な防犯セキュリティーがなされているのだ。不審な者が家に近付けば玄関前の監視カメラが作動するし、無理やり住居に侵入しようとすればすぐに警報が鳴る。
ハッキング云々は警察が常時監視しているから容易ではない、そんな住居に深夜侵入して白亜を誘拐するなど出来るだろうか?
「やっぱり、手の込んだ悪戯ですかね? 理事長は?」
『理事長の能力は今は使えないらしいわ。学生寮建設の一件がつい三か月前だしね』
「ッチ、肝心な時に使えねぇなあのポンコツ」
『やめなさい……喜ぶわよ、理事長』
インカム越しに呆れながらそんなことを言う大宮先生。あぁ……あの人ポンコツとか使えない奴って言われるの好きなんだったなぁ。
『とにかく、悪戯でもなんでも直近にあんなことがあったんだから、警戒するに越したことはないわ』
「そうですね」
見回りを始めて気が付けば、日が沈みきりいつの間にか夜の街灯がつき始めていた。チラッと腕時計を見ると針は八時半……道理で腹が空いたわけだ。
「腹減りました大宮先生」
『我慢しなさい』
「他の先生は交代で飯食う時間はあるって聞きましたよ!?」
『あなたは無いわ』
大宮先生からパワハラが入る。たしかに俺の生徒が狙われているから俺を見回りの範囲から外れさせたくないのは分かる……だが戦闘能力的には他の先生でも十分務まるのだ!何も俺だけべったり付きっきりにならなくてもいいじゃないか!
「俺以外にも見回りは出来るでしょ!?」
『あなたの生徒が狙われてるのよ!?』
「それは可能性じゃないですか! 少しでも可能性がある以上見回りをしなければならないのは分かりますが、せめてコンビニで軽食ぐらい買わせてくださいよ!」
『くっ、これで何かあって私にボコボコにされる覚悟があるなら行きなさい』
ぬぐ……っ!ボコボコにはされたくない、がこのまま腹減りながら朝まで見回りをすれば絶対に朝方には注意力が落ちる。
何もないことを願って爆速でコンビニに走るか。幸い商業区に近いここはコンビニまですぐ、俺は交代の連絡を送って先生が来るまで待機する。
「おう天野原、交代だ」
「すまん、10分で戻る。コンビニまでひとっ走りしてくる」
「お前なら5分で帰ってこれるだろ、5分で帰ってこい」
「くっそ」
ちょっと長めに休憩してやろうと思ったのにバレてしまった。5分って全力で走らないといけないじゃねえか……俺は全力ダッシュでコンビニへと向かうのだった。
商業区と住居区の間にあるコンビニ。何かあった時にすぐ買いに行けたり、仕事帰りにコンビニに寄ろうとしたときにふらっと行ける場所にあるから超便利。
そんなコンビニに全力で駆け込んだ俺、店員やすでにいた客からすごい不審な目に見られながら適当なおにぎりとお茶をひっつかんで会計を済ませる。
こういう時にサンドイッチや総菜パンは選んではいけない。腹持ちしないので深夜にもう一回コンビニに行きたくなるからだ。
というわけでおにぎりとお茶を買ってコンビニを出た時、ふと白亜が襲われた場所が近くであることを思い出す。
「残り2分とちょっと……走って見に行くか」
念のため、と俺は住居区から離れて商業区に足を踏み入れた。すぐにインカムから大宮先生の声が入る。
『ちょっと天野原先生、住居区から外れてるわよ』
「先日襲われた場所に行ってみようかと。近くなので、すぐ戻れます」
『あぁ……そういえば報告ではその近くだったわね。インカムは繋げたままにしなさい』
「それはもちろん」
大宮先生からの許可も出たので、俺は襲撃を受けた場所に来た。監視カメラは新しく付いているが、まだ線を通していないのかブルーシートで覆われている。復興はもうすぐといったところだが、この日に限ってはどうしても「遅いな……」とつい悪態をついてしまう。
『監視カメラは大通りを優先してつけられてるからここまで手が回らないのよ。これでも早い方よ? なんせ明日には電線が付いて監視カメラが全て復旧するんだから』
「それはそうですけど……襲われた身からすると、大通りよりも先に人気のない場所から復旧すべきなんじゃないか~だなんて思うんですよ」
『それも一理あるけどねぇ。魔女を狙った犯罪よりも普通の犯罪の件数の方が多い以上、優先度は大通りが先よ』
「ですよねぇ……」
そう言いながらザッと襲撃場所を見回る。不審な車は無し、人影もなく静かな場所だ。
何もないな、と俺が視線を外そうとしたとき――視界の端に白いものが映る。
暗い路地陰に落ちている白いなにかに、俺はぞわっとした感覚を覚えて視線を戻す。
近づいてみてみると……見覚えのあるぬいぐるみ。
『路地裏にあるはずのない白亜のぬいぐるみ』が、そこに落ちていた。
「――やられたっ!」
『どうしたの!?』
「全部陽動だったんです! 脅迫文で俺たち先生が『商業区』に来ないように!」
『――まさか!』
「白亜が、誘拐されたかもしれません……っ!」
インカムの向こうで、ギリっと歯ぎしりをする音が聞こえる。白亜の下校時刻は午後6時……すでに2時間半が経過していた。
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