17時間目 白亜救出のために東奔西走する大人たち

「ん……んぅ……?」


 白亜が目を覚ますと、そこはコンクリートが打ちっぱなしのだだっ広い空間だった。

 いきなりのことに頭が混乱していると、奥の方で人の声がする。


「だーかーらー、魔女をここまで連れてきたんだから金寄越せっつってんだよ」

「ひ、ひひひ! 魔女! 魔女魔女魔女魔女!」

「だめだ、完全に頭が逝っちまってる。これだから研究者ってのは……」


 血走った目でこちらを見つめているドクターと呼ばれた男に、白亜がつい恐怖で身をよじらせるとジャラッと鎖が擦れる音が鳴る。

 不意な音に驚いて自分の身体を見ると、手足を枷で拘束されていた。鎖の先は床に固定されていて一層恐怖を掻き立てる。


「ひっ……」


 思わず短い悲鳴を上げると、白亜の手元に一つのマグカップが現れた。しまったと思ってしまう前に、こちらを凝視していたそのドクターが歓喜の声を上げる。


「転移! 転移転移ぃ! すば、すらばしいいいぃ!」

「ほら、依頼通りだろうが。金払え」

「ご、護衛もセットの依頼だ! つかえない部下だなっ!」

「俺らはてめえの部下じゃねえよ、契約内容に入っていたから一応は聞いてやるけどな」


 深いため息をついてこちらに近付いてくる防弾ベストを着た男たち。白亜は反射的に下がろうとするも、鎖でつながれてすぐに止まってしまう。

 震えながら男を見上げると、男は銃を抜いて銃口を白亜に向けた。


「……? 転移しねえな」

「魔女の力ってのは得てしてクールタイムがあるって聞いたことあるぜリーダー。証拠に……ほら」

「んだその無駄に可愛いマグカップ?」

「ぁ、かぇ……して……」


 白亜が泣きそうな顔でか細くそう言うも、男たちは白亜のカップを持ってドクターの元に戻る。

 するとドクターは、戻って来た男たちに向かって大声で叱責し始めた。


「あ、あああああ危ないぞお前ら! 報告では『家』そのものを転移したとあったんだぞ!? お、お前らが死んだら『先生』への対処はどうなる!」

「つっても拾いに行かなきゃ実験始まらねえだろ?」

「こ、『壊せばいい』だけだ! 銃でも何でも使って遠距離から破壊すればいい!」

「これだから銃を使ったことのない素人は……この距離から百発百中で小物に当てられる奴なんざいねえよ。無論、魔女に当てていいというのなら話は別だがな」


 そう男が言うと、ドクターは慌てて銃を仕舞え!と命令する。身勝手なドクターにため息をついた男は銃をしまって白亜のマグカップを思いっきり地面に叩きつけた。


「ぁ……っ!」

「まず一つっと、さて……『魔女の大切なもの』が無くなるまであといくつだ?」


 あきれ顔をしながらそう言った男に、白亜は目の前が真っ暗になる。時刻は午後の6時半、天野原が電車で住居区に向かっているタイミングであった……



 そして現時刻――


『全先生に通達! 《転移の魔女》が誘拐の可能性あり、今すぐ捜索範囲を広げて! 天野原先生、一旦学園に戻ってきて。その間にこちらは全区域の2時間半分の監視カメラの映像を警察から提供してもらう!』

「了解!」

『くっ、やられたわ……『魔女を精神的に不安定にしてはいけない』という条件はこちらも同じ、脅迫文に具体的な位置を書けば大事おおごとにしたくない私たちの目は居住区に行く――』

「《焔の魔女》の一件で先生の数を把握されていましたか……商業区まで監視の目がいかないことを分かっていたような手口です」


 大宮先生と素早く意見交換を行いながら、俺は電車も待たず大神田学園に向かって走り出す。状況は非常にまずい、スマホで長谷川家に連絡を取ろうとポケットを探りながら走る……が、すぐにスマホはこの前の白亜誘拐未遂の時にお陀仏になっていたことをすぐに思い出した。


「クソっ!」

『どうしたの天野原先生!?』

「長谷寺さんのところに連絡を取ろうとしましたが、スマホが先日壊れていました」

『了解、こちらから連絡をするわ。とにかく戻ってきてちょうだい』

「はい!」


 全速力で商業区から中央にある学校まで走っていると、10分ほどで大神田学園の校門が見えてきた。校門の前には他学年の先生も集まっている。


「はぁ、はぁ……何かあったんですか!?」

「いや、我々情報処理班も《転移の魔女》の捜索に駆り出されただけだ。職員室には理事長と校長、大宮先生がいる。早く行け!」

「ありがとうございます!」


 誘拐犯が魔女特区から出るのは不味い、もっといえば白亜を誘拐したまま魔女特区に出るのはもっと不味い。商業区、居住区の先生は今足りているが、南の工業区は人手が足りてない――もし工業区から白亜をつれだされれば……


「国中が混乱するぞ……っ!」


 俺は職員室に向かいつつ、嫌な未来を頭から振り払うように廊下を駆け抜けるのであった。

 ガラリと職員室の扉を開けると、大宮先生とハゲた校長先生、そして――


「ふむ。よく来たの、天理」

「理事長……」

「緊急事態ゆえにの、理事長室に引きこもるのはやめじゃ」


 大きい黒い扇子を片手に、メイドのコスプレをした小さい女の子が椅子に座っていた。長い金髪の頭からはひょこっと狐のような耳を生やし、背中でゆらゆらと大きな狐のしっぽが揺れているのが見える。


「理事長、結果は?」

「力は使えぬゆえに、三度『見た』だけじゃがの。その全てでお主が目の前で消えおった」

「それはいつですか?」

「バラバラじゃ、朝方じゃった時もあれば放課後にすぐといった時もある。いつ転移されても良いように準備を怠るな……あぁ」


 銃は、使用禁止じゃ。そう言って微笑む目の前の小さな女の子――いや、理事長。

 銃が禁止?いきなりのことで首をかしげていると、横にいた大宮先生が俺に説明をしてくれる。


「どうやら理事長の話だと、天野原先生が長谷寺さんの前で誘拐犯を銃撃した回があったらしいの。その瞬間……世界は『巻き戻った』らしいわ」

「まき、もどった……?」

「その説明は、私から」

「校長先生――」


 天井でこうこうと光るライトを頭で反射しながら、校長先生が前に出る。


「これまでの実験と、理事長の話から長谷寺白亜――彼女の能力に一つの疑問と仮説が出てきました」

「疑問と仮説……ですか」

「えぇ、戦闘準備をしながら聞いてください。いつ転移されるか分からないので、手短に行きます」


 校長先生はそう言うと、持っていたタブレットの画面をこちらに見えるように見せてきた。

 その画面を覗くと、表題には「転移の魔女の『大事なもの』がすべて失った場合、何が転移されるのか?」という文字が。


「まさか……」

「おそらくそのまさかでしょう。理事長の話から考えるに――仮説として『過去を転移させる』のではないか、というのがこちらの見解です」

「そして、向こう側も同じ仮説の証明のために誘拐しておる。飛んだ時間は――ざっと十年と言ったところじゃの?」


 そう言って理事長は、かんらかんらと笑うのだった……

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てぃーちゃーおぶうぃっちーず!~先生、魔女の生徒を受け持つことになりましたが問題児だらけで心が折れそうです……~ 夏歌 沙流 @saru0

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