8時間目 課題:白亜を守る

 白亜を背中に、目の前には目出し帽を被った男が三人。明らかに俺たちを狙っている……俺は鞄を地面に落とし、いつでも動けるように少し足を開いて脱力した。

 銃は使えない、白亜を余計に怖がらせてしまう。幸い向こうも持っている武器がナイフのみのようで、銃火器を持っているように見えない。


「ぁ……っ」


 そんなことを考えていると、白亜が小さな声を上げる。男たちを警戒しながら彼女の方に目をやると、白亜は大きな兎のぬいぐるみを抱えていた。ナイフが怖くて能力が発動したか……


「っご、ごめんなさぃ……わたし、またやっちゃった……」

「やはりお前が『転移』のガキか。やるぞ」

「ひっ……!」


 能力が暴発したことに涙目で謝っている白亜を見た男たちが距離をジリジリと詰めてくる。『やはり』?こいつらは最初から狙いは白亜か!?

 インカムのボタンを素早く押して起動し、本部に無線をつないだ。ざざっとノイズが入った瞬間、相手の返答も待たずに俺は一方的に話し始める。


「事案発生、《転移の魔女》を誘拐を目論む集団の襲撃。場所は商業区画D-2」

『了解。至急動ける先生は現場に向かってください……到着は三分後よ、耐えなさい高野原先生』

「っち、応援を呼ばれたか。お前ら手早くいくぞ!」


 インカムから端的に応援までの時間を伝える大宮先生の声が聞こえる、三分か……一気に距離を詰めてきた三人を相手に、白亜を守りながら耐えられるだろうか。


「白亜っ、目を閉じてなさい!」

「ぁ……はぃっ!」


 どう頑張っても手荒な手段を使わざるを得ないと判断した俺は、素早く白亜にそう指示して自身の鞄を蹴り上げる!

 大きな兎のぬいぐるみを抱えてぎゅぅっと力強く目を瞑っている白亜、いい子だ……人を殴ってる姿はあまり見られたくない。


「ぅお……っ!」

「ッシ!」

「うぐっ!?」


 飛んできた鞄に思わず反射的に仰け反った右端の男、その一瞬の判断が4人の包囲網を崩すほつれとなる。鞄を投げた奴の隣でナイフを構えている男の腹に掌底を当てて、息を詰まらせながら後退するその男を見ながら俺は手に当たった感触に違和感を覚える。


 ただの誘拐犯じゃない……こいつら相当鍛えてやがる。予想よりも対応が速く、腹にぶち込んだ掌底も有効打になっていない。背中に突き出してくる男のナイフを、振り向きつつはたき落としながら俺はふっと短い息を一拍置いた。


「ぐっ……こいつ、出来るぞ」

「ターゲットと一緒にいる大人だ、おそらく『先生』だろうな」

「おいおい、先生ってのはガキ専門じゃねえのかよ?」


 ナイフを構えながら俺を警戒しつつそんな会話をしている男たち。俺も腰から警棒を取り出し構える、装備点検から帰ってきていて良かった……

 人数不利を抱えている以上、俺から攻めないと二人がかりで抑えられて白亜を連れ去られるのがオチか。


 俺はそう判断し、こちらから一気に詰める!


「っち、俺らでこいつを止める! お前はガキを連れてけ!」

「させると思うか?」

「お前は化け物専門だろ? 対人経験はそんなにないはずだ」


 左の男が二人から離れて白亜の方に向かおうとする――が、俺が攻めてきてから動き出したのでギリギリ攻撃が届く!

 俺の横を抜け出そうとした男の脇腹に思いっきり警棒を突きだす、スチール製の太い金属が脇腹に突き刺さった男は思わずよろめきうずくまった。


 しかし、そっちの対応を優先してしまったばかりに残りの二人への対処が後手になる。真っすぐ俺の方に突っ込んできたから白亜には俺を越えていかないといけない彼らは、白亜を誘拐しようとした男が沈んだのを見た瞬間に俺の足を狙って思いっきりナイフを突き出した!


「んなろ……っ!」

「ぐっ……!? その体勢から回し蹴りだと!?」

「白亜には一歩も近づけさせん!」


 俺は身体を捻ってその場で回転し、相手が狙っていた俺の軸足を振りぬいてかかとからどてっ腹に叩き込む!

 こいつら、やけに対人戦が上手い……それも集団戦闘。仲間がやられた瞬間の優先行動の変化、機動力を奪うために足を狙う冷静さ。


 俺の脇腹を狙った残り一人のナイフを警棒で弾きつつ、俺は意識を切り替える。こいつらは……敵だ。

 スッと冷静になる頭と高速で回り始める思考。優先事項を敵の排除に設定、腕と足の骨を折ってでも脅威を取り除――


「三分だ、引き上げるぞ」

「ッチ……」

「ぬ、ぐぅ……」


 そんな時、男たちがそう言って撤退行動に移る。逃がすか、不穏分子はここで潰す。

 俺が男たちを車に乗らせないように頭を狙って警棒を振り上げた瞬間、最初にダウンした男が白亜に向かって丸いものを投げる。

 暗いなか放物線を描くその物体は……グレネード!


「じゃーな先生」

「くっ!」


 そちらに意識を向けた俺の腹を思いっきり蹴って距離を取られる、俺は後ろによろめきながらポケットからスマホを取り出してグレネードに向かって投擲する!

 カツン、という音と共に白亜の方に飛んでいたグレネードが裏路地に逸れる。それを確認する時間もない俺は白亜に覆いかぶさった!


――バァンッ!

「ひぃ……っ!」

「……逃げられたか。もう目を開けても大丈夫だぞ白亜」


 遠ざかっていく車を見ながら、白亜を安心させるように背中をポンポンと軽く叩きながら声をかける。っち、偽造ナンバーか……追跡は難しいな。

 さっきの連中、明らかに慣れてる奴の犯行だった。白亜がここを一人で通ることも知っていたようだしかなり計画的だ、魔女であることを情報として知らされていたってことは魔女絡み……?


「ぁ、ぁの先生……ちかぃ」

「ん?あぁ、すまん」

「耳元で、しゃべられると……うぅ、きゅぅ……」


 顔を真っ赤にして白亜が倒れた。そら男に覆いかぶさられるのは心臓に悪いよな……魔女だらけのクラスにいるから男に免疫が無いのをすっかり失念していた。

 俺はコートを脱いで、彼女にかけてやる。5月といえども路上で寝てたら風邪を引く、俺はそのままビルの壁に寄りかからせて到着した先生と手早く情報共有をする。


「犯人は目出し帽を被った男三人、リアガラスとサイドウィンドウが見えないようにされている黒のワンボックスカーに乗って逃走中です」

「了解、ナンバーは?」

「……偽造ナンバーでした。すでに外されているかと」


 一応見たナンバーを本部にも共有しておく。大宮先生から『こちらで追っておくから、まずは《転移の魔女》を安心できる場所――自宅に送ってあげなさい』という通達が入ったので、俺はまだ気絶している白亜を背負って彼女の家へと向かうのだった……

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