7時間目 白亜といっしょ

 放課後、魔女特区は壁に囲まれているから日が落ちて暗くなるのが早い。5月でも17時を過ぎれば壁の向こうに太陽は消えて街灯が付き、夜のとばりが下りてくる。


 職員室の窓から見える外は既に暗くなっており、グラウンドには照明が付いて学生たちが部活にいそしんでいるのが見えた。

 部活の顧問をしている先生も出払い、それ以外はすでに帰っている人もいて、職員室には空席も目立つ。


 そんな中、俺はというと職員室で白亜を待ちながら武器装備のメンテだ。点検や修理は専門のチームがやってくれているが、それでも自分の手で確認することは自分の生存確率に直結する。


――コンコン

「失礼しまぁす……ぁ、先生」

「ん? おぉ、終わったか」


 俺が解体したパーツを組み立てていると、遠慮がちなノックと声が職員室の入り口から聞こえた。そちらを振り向くと白いアホ毛だけがひょっこり見える……?


「……遠慮しないで入ってきなさい」

「ぁう……放課後の職員室って、なんか入りにくぃ」

「気まずいのか」


 こくん、と頷くように揺れる白いアホ毛。俺は手早く銃を組み立て鞄に放り込みタイムカードを切った。

 気まずくて入りにくいのはなんとなくわかる、放課後にのんびりしている先生を見ていると自分が時間を奪ってしまっていいものかと不安になるもんな。


 職員室から出た俺は、申し訳なさそうにプルプルしている白亜に苦笑を浮かべる。優しいのか、それとも自分に自信が無くて臆病なのか……いや、どっちもか。

 

「んじゃ帰りますか」

「ぁ……よろしく、お願いします。先生」


 律儀にぺこりと頭を下げた白亜と一緒に駅に向かう。商業区へ向かうモノレールに乗るとゆっくりと動き出したのだが、ちょうど退勤ラッシュと重なって車中はぎゅうぎゅうだ……


 小柄な白亜が押しつぶされないように俺は身体を張って白亜が楽に立てるスペースを確保する。背丈の低い彼女がもみくちゃになったら……怖がって何を『転移』させてくるか分からん……


 そんなことを思っていると、気恥ずかしそうに顔を赤らめている白亜が伏し目がちに感謝を述べる。


「ぁの……ぁりがとう」

「まあ、大人の前に男としてな。揺れるなら先生に捕まっていなさい」

「ぁう……お邪魔じゃ、なければ……」


 そう言って遠慮がちにスーツのすそを摘まんでくる彼女。アホ毛がびゅんびゅん左右に高速で揺れてるが、これはどういう原理で動いているんだ……?


――この先、大きく揺れますので~ご注意ください~


 ガタンという感覚と共にグラッと揺れる車内。それと共に背中にかかる重圧がさらに増えて俺は思わず白亜の方に倒れてしまう。


「っと……大丈夫か?」

「ち……ちか、ぃ……」

――大きな揺れに~ご注意くださいませ~


 何とか手を扉に付いて体勢を保っていると、白亜が小さい声で何かを言っていたが車内アナウンスでかき消される。怖がらせてなければいいんだが……

 空いている手でインカムに手を添え、いつでも緊急事態を報告出来るように備える……が、降りる駅に着くまで何も起こらず俺はホッと胸をなでおろした。


 商業区で降りる人が多く、その流れに添うように白亜を連れて下車した俺は彼女の手を引いて駅のホームから出た。

 満員電車に揺られて身体が凝り固まった感覚がある、俺は精一杯身体を伸ばすとピキピキという音が体内に鳴った。


「くっ、うぅん……流石にこの時間の電車は混むな」

「ぅ……ぁぅ……」

「大丈夫か白亜?」


 満員電車が予想以上に暑かったのか、顔が火照って目を回している白亜。駅前の近くの自販機から水を買って渡してやると、彼女は近くのベンチに座ってクピクピと飲みほしていた。


「落ち着ぃた……」

「よかった、白亜はいつもは通勤通学ラッシュに巻き込まれないのか?」

「ぅん、いつもは避けて登下校してるの……」


 空になったペットボトルを両手で持ちながらぺこぺこ親指で凹ましつつ、白亜が答える。座席も空いてる、とちょっと自慢げに彼女のアホ毛が揺れた。


「賢いな白亜」

「ぇへへ……」

「さて……夜も更けてくるとスマホのライトでも暗くなっちゃうから、そろそろ行くか?」


 駅前から伸びる商業区の大通りは未だ復旧作業中らしく、作業服を着たお兄さんたちが頑張っているのが通行止めのコーンの奥に見える。

 俺はそう白亜に言いながらペットボトルを捨てようと彼女の方に手を伸ばすと、白亜は少し躊躇ためらった表情をした後、ギュッと俺の手を握ってきた。


「あー……ペットボトルを貰おうとしてたんだが」

「ぁ……っ、ぁう……」

「全く、可愛い奴め~」


 間違って気恥ずかしくなったのか顔を真っ赤にした白亜の頭をうりうりと撫でながらペットボトルを貰って備え付けのゴミ箱に入れる。

 そして脇道に入って数分、大通りの喧騒が遠のき静寂が暗闇の怖さを引き立てていた。


 怖がりな彼女を怖がらせてはいけないと思った俺は、白亜に放課後の勉強会について雑談をする。


「白亜、勉強会のことなんだが……ぶっちゃけ亜紀と聖羅はどうだった?」

「ぁ、お利口さんにしてた……よ? 桃ちゃんが目を光らせてた、から……」

「まぁ瑠璃なら一緒に遊び始めてしまうだろうし、白亜なら『しょうがないなぁ』で亜紀と聖羅のワガママに付き合っちゃいそうだし……適任だ」

「むぅ……わたしも、ちゃんと『めっ』て言えるもん」


 頬を膨らませてめっ!してる白亜だが……如何いかんせん迫力が無い。俺が膨らんでいる彼女の頬をつつけば、ぷしゅうっという音と共に白亜の頬から空気が抜けた。


「むぅ、むぅっ!」

「はははっ、怒り慣れてないな白亜は」


 穏やかな空気が流れる、そんな時……俺は前方で路肩に止めている黒いワンボックスカーに目が留まった。

 リアガラスとサイドウィンドウが真っ黒で中が見えない仕様になっているその車が妙に気になる、普通の路駐ならまだしも――人が乗っている気配がする。


 俺は気づかれないようにそっと白亜を反対側に移動させ、その車との間に俺が挟まるように位置取りをした。

 そしてその車の横を通り過ぎようとした次の瞬間――勢いよく車のドアが開く!


「っと」

「ひっ……!」

「くそ……お前らやるぞ」


 ドアに引っかからないように白亜の方に後退すると、中から数人の目出し帽を被った男が出てきた。こいつら……

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る