9時間目 白亜の家にお邪魔します

 大きい兎のぬいぐるみと白亜を負ぶって彼女の家に……軽い、全然重さを感じないから背中の温もりが無ければ居ないと勘違いしそうなほどだ。


「んぅ……せんせぇ?」

「おう、先生だ。もうすぐ白亜の家に着くからなー」

「んみゅ……ん? 先、生……?」


 寝起きで寝ぼけている白亜が俺の背中に顔を埋めていると、段々と頭が冴えてきたのか彼女の身体がピシリと固まる。


「せっ……先生!?」

「はい先生です……っと。ほら、着いたぞ白亜~」

「ぁ……わたしの家……」


 自分の家を見て安心したのか、全身を弛緩させる白亜を俺はそっとしゃがんで背中から降ろす。

 ……今日たまたま一緒に帰ることが出来て本当に運が良かった、もし白亜が一人だったらと思うとぞっとする。

 そんなことを考えていると、耳につけっぱなしだったインカムから大宮先生の無線が入ってきた。


『長谷寺さんのご両親に電話したわ、すぐ帰るとのことよ』

「了解しました。こちらも家に無事についたところです」

『出来る限り《転移の魔女》の精神状態を安定させるのに努めなさい、事件直後で不安定なはずよ』


 詳細は明日、と言い残して無線が切れる。精神状態を安定させろって言われてもなぁ……と俺が思っていると、遠慮がちに袖が引かれる。

 そちらの方を向いてみると白亜がうつむきながら俺の袖を握っていた。背が低いから俺の目線からでは彼女の頭しか見えないが……アホ毛が上下にみょんみょん動いている、それはどういった感情を表しているんだ。


「ぁ、ぁの……先生。お父さんとお母さんが帰ってくるまで、ね」

「一緒にいて欲しいのか?」

「…………(こくん)」


 俺がそう言うと顔を赤く染めながら小さくうなずく白亜、まあ襲われた直後だし家で一人でも不安か。

 幸いにして彼女の家は商業区の近くだしファミレスで飯でも食って帰れば……いや、襲われてすぐに商業区に引き返すのも精神状態的に不安定になる要素になり得るか?


「ぁう、やっぱり迷惑、だよね……」

「ん? 迷惑だなんて思ってないぞ。単純に白亜のご両親が帰ってくるまでの間、どこで時間を潰そうか考えていただけだ」

「そ、それなら……良かった」


 俺がいつのまにか難しそうな顔をしていたのか、白亜が断られると思ってしおれていたので慌ててフォローをする。今日は帰っても寝るだけだから時間は全然ある、先の襲撃事件も気がかりだしここで彼女を一人にさせる選択肢は俺の中に存在しない。


「じゃ、じゃぁ……ぃ、ぃらっちゃいまちぇ……っ」

「……ん?」

「嚙んじゃった……」


 顔を真っ赤にしながら、兎のぬいぐるみを抱えた白亜が家の扉を開けて俺を招き入れている。白亜さん?


「あー……まぁ、商業区に行かずに時間を安全に潰すとなったらそうなるか」

「だ、だめ……?」

「じゃあ、折角だしお邪魔しようかな」


 俺は白亜に連れられて家にお邪魔する、こうして白亜の家にお邪魔するのは家庭訪問以来か。リビングに通されてソファーを勧められた俺は、大人しくそこに腰を下ろすと白亜がぱたぱたと二階に駆け上がっていった。


 あの大きなぬいぐるみは自分の部屋にあったのだろう、それを戻してくるついでに着替えでもしてくるなら時間が出来ると判断した俺は、目を瞑って思考の海に深く沈む。


 先ほどの襲撃事件、狙いは魔女……それも《転移の魔女》に限定して襲っていた。白亜のことを『ターゲット』と呼んでいたことから無差別な魔女狩りではないと判断できる。


「だとしたら相手の狙いはなんだ……?」


 俺は一人ソファーに背もたれながら頭を回す。彼女の力が暴発した時に、奴らは白亜がターゲットであると確信した……あり得るのは顔写真と特徴だけ言われて雇われた傭兵か、情報を完全に渡されない下っ端あたりだろうか。


 傭兵だと仮定するなら、バックは誰だ?誘拐を最優先にしていたから彼女の力を当てにしていた可能性は高い……が、如何せん彼女の能力に有用性を感じられない。


 白亜の力は『自分が安心できるものをランダムに手元に転移させる』というものだ、判定基準は白亜の気持ちだしランダム性が高いから不確定要素が多すぎる。

 有用性で考えるなら彼女よりも『結果を変えることが出来る』力を持っている亜紀を狙うべきなのに……なぜ白亜が狙われた?


「だめだ……分からないことが多すぎる、明日本部との報告と纏めて考えてよう」


 結局現状で分かることが少なすぎる。俺は思考を切り上げ、後は時間を潰すためにスマホを取り出――そうとしたところでグレネードで木っ端みじんになったことを思い出した。


 あぁ警棒なげときゃよかった、でも敵がいたのに武器投げ捨てれないもんなぁ……!

 スマホ代、本部に言ったら補填とかされねぇかな……と俺が項垂うなだれていると、とてとて階段を下りてくる音が聞こえてくる。


 リビングに入ってきた白亜は私服に着替えていた。白のシャツの上に薄いベージュ色のワンピースを身に着け、腰に茶色のベルトを巻いている。

 もじもじとしている白亜が不安げながら何かを期待するように、俯きながらもこちらをちらちらと見ていた。


「似合ってて可愛いぞ、白亜」

「っ……ぁり、がとう」


 表情が明るくなってアホ毛が左右に揺れる、どうやらかけてあげるべき言葉は正しかったようだ。

 白亜は上機嫌にぱたぱたとこちらに近づき、ソファーの目の前にあったテーブルに一緒に持ってきていた筆箱とノートを置く。


 見えている教科書に目をやると――物理。俺が教えている教科だ、そういや今日宿題出していたっけ……


「パパ……じゃなくて、お父さんとお母さんが帰ってくるまで、ちょうどいいかなって……」

「おう、分からないところがあれば遠慮なく聞きなさい。俺も時間があるしな」


 そう返して、ボーっと彼女が宿題をしているところを眺める。分からないところがあれば、と言ったが……正直白亜に関してはそこまで心配していない。

 成績も普通に良いし、亜紀と聖羅を教えれる立場にいれるぐらいには授業の理解度も高い。


 真面目でいい子だ……黙々とシャーペンを動かしながらアホ毛が左右にゆらゆら揺れている彼女の姿を見て、俺はやっといつもの日常に戻ったことを自覚する。戦闘で張り詰めていた精神を緩めて、白亜の宿題に取り組んでいる光景を見ながら微笑むのだった。

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