10時間目 夕食にお呼ばれしました

 白亜が物理の宿題をし始めて少し経ったころ。すらすらと解き進めている彼女の姿を見て「俺がいる意味無さそうだなぁ」とボーっと思っていると、ガチャリと玄関の扉の鍵が回る音がした。


「「白亜ッ!」」

「ぁ、おかえりパパ。ママ」

「お邪魔しています、長谷寺さん」


 リビングに倒れ込みながら突入してきたスーツ姿の白亜のご両親に、白亜はノートから顔を上げて返事をし俺はソファーから立ち上がり軽く挨拶を返す。

 大宮先生から無事は知らされていたのだろうが、自分の目で直接見ないと不安だったのだろう。白亜のご両親は元気そうな娘の顔を見てホッと安堵の息を漏らしていた。


「白亜ぁ……心配したぞぉ!」

「パパ……苦しぃ……」

「ありがとうございます先生、白亜を守っていただいて……」


 お父様はそのまま白亜を強く抱きしめ、お母さまは俺に向かって深いお辞儀をする。髭をジョリジョリされて『ぃたいよぉ……』と嫌がっている彼女を見ながら、俺も苦笑しながらお母様にお辞儀を返した。


「いえ、先生として当然のことをしたまでです。お礼を貰うようなことは何も……それよりもこちらの力不足で下手人を捕らえることが出来ず、申し訳ない気持ちでいっぱいです」

「娘を守ってもらえただけでも十分感謝に値しますよ先生、先生がいなければ今こうして家族団らんを享受することは出来なかったのですから……」

「……そう言っていただけると助かります。こちらも全力を挙げて事の収束に尽力いたしますので」


 本当に良い母親だ、娘を襲った犯人を捕まえることが出来ない我々に感謝を述べていただける……白亜の優しい性格は母親譲りなんだな、と俺が感心してしたところで

白亜が父親の抱き着き攻撃から逃れた。


「パパ、くさぃ」

「はぅあ……! 白亜に嫌われた……」

「はぁ……走って帰ってきて汗だくだからでしょ、あなた。先生は私が対応しておくから、さっさと風呂に入ってきなさいな」


 臭い、と年頃の娘からの一撃必殺にショックを受ける白亜のお父様。分かりますその気持ち、俺も生徒が女の子だらけなこともあって匂いには気を付けていますから……

 くさ……くさ……?とトボトボ歩いてリビングを出て行った哀愁漂う白亜のお父様の背中を見送る。今度いい感じの制汗剤をおすすめしておこう。


 そんなことを考えていると、ニコニコと白亜のお母様が笑いながらこちらに話しかけてくる。


「あっ、そうだ。晩御飯がまだでしたら一緒に食べませんか?」

「いえ、そこまでしていただくわけには……」

「娘の恩人ですから、それぐらいはさせてください。白亜も手伝って……あら、随分と可愛いお洋服着ちゃって」


「ぁう……別に、いいでしょ」

「あら? あらあらぁ? ……ふふふ、白亜も女の子ね」

「もぅママっ、早くキッチン行こ」


 白亜がアホ毛をピーンと立たせつつ母親の背中を押してキッチンへと消えていった。リビングに一人残された俺は、断り切れずに長谷寺家の夕食を食べることになってしまった事に若干の罪悪感を覚えながらインカムで本部と連絡を取る。


『どうしたの高野原先生?』

「無事に白亜の両親が帰宅なされました。お礼にと夕食に呼ばれてしまったので、今日はもう本部に帰れないかと」

『……断り切れなかったのね』


「というか断る暇も無く、ですね……」

『はぁ……分かった、それも魔女への精神安定の一環として残業として処理しておくわ。今日はそのまま帰って良いわよ』

「ありがとうございます」


 大宮先生との通信が切れる。元々ご両親が帰宅なされたら俺はさっさと学校に戻って報告と対策を共有するつもりだったが、俺も本部も情報が足りないなか頭を回しても意味が無いので優先度は低かったのだ。


 それなら襲われた直後の白亜のケアが優先されるだろう、戦える人間が側にいるのは彼女にとっても大きな安心材料になるのならと俺は白亜のご家族と夕食をいただくことを無理やり納得させる。


「ふー……おや、先生おひとりですか?」

「えぇ、夕食をご一緒にどうかと言われまして……お二人はキッチンに」

「そうですか」


 スマホも無いし、勝手にテレビをつけるのも忍びないのでソファーに座ってボケーッとしていると白亜のお父様が風呂上りの私服姿でリビングに入ってきた。

 髪の毛が湿っており、バスタオルを首にかけてさっぱりしている。髪の毛をかき上げている姿は雄々しくも若々しい雰囲気を感じた。


 隣失礼しますね、とソファーの隣に座ってきたお父様は目の前の机にあった白亜が放っていった開きっぱなしのノートと教科書を閉じながら微笑む。


「あなたが先生でよかった」

「それは……もったいないお言葉です」

「今日の事で改めてそう思いましたが……白亜は、魔女特区に来てから随分と笑って学校の話をするようになったんです」


 黒髪の日本人の両親から生まれたのに白髪でしたからね、とキッチンの方を見ながら遠い目をするお父様。魔女の髪色は能力によって変化することもある、それが理由で特区外ではいじめを受けて精神が不安定になり暴走することも……


 そんな理由から思春期の魔女の中には髪を染める生徒も多い。大神田学園が自由な校風にしているのも、普通の生徒たちも髪を染めたりしていたら魔女の生徒も自分の髪色を憎んだりはしないだろうという理由からだ。


「この前なんか、お友達に勉強を教えたなんて嬉しそうに話していました。それに、先生のことも……優しくて頼りになると」

「彼女の力でたまに呼ばれますからね……生徒はいつか先生の手から離れていくものですので深入りはしてはいけないと思うのですが、やはり信頼されている証拠でもありますので嬉しくもあります」

「そんなことが……白亜は優しいところはありますが、それだけに他人に心を砕きやすい子です。先生――」


 どうか怪我だけはしないようにしてください……我が子のためにも、とこちらに頭を下げてくる彼の姿は――立派な父親だった。

 その期待に応えなければならない、俺は深くうなずく。


「彼女たちが安心安全に学校生活を送れるよう、我々一同最大限のサポートをいたします。もちろん、怪我をしないように」

「ありがとうございます」


 そう言ってお互いに微笑んでいると、リビングの扉が開く。エプロンをつけた白亜とそのお母様が入ってきて、おいしそうな匂いを漂わせながら夕食が出来たことを伝えに来た。


「では先生、こちらへ」

「白亜も頑張るって手伝ってくれたんですよ? 先生の前だから張りきっちゃって~」

「ママ……っ、しーっ」


――――――――――――――――

【後書き】

 ここまでお読みいただきありがとうございました!


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 白亜のお料理シーンは……どうしましょうかね?どこかのタイミングでSSとして書こうかなぁ?

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