11時間目 対策とこれからのこと

 次の日、学校に通勤した俺はすぐさま報告書を書く。面倒くさいがそうも言ってられない、昨日のことは魔女の生徒を担当している組全員に共有しなければならない非常事態なのだ。


「おはようございます高野原先生」

「大宮先生、おはようございます」

「昨日の報告書ですか?」


 職員室の扉が開いて大宮先生が入ってくる、普段はめんどくさがっている報告書を自ら書いている俺の姿に目を丸くさせながら学年主任はそう聞いてきた。

 流石に生徒の安全と自分の面倒くささを天秤にかけて生徒の安全の方に傾かない先生は大神田学園にはいない、俺は苦笑しながら頷く。


「えぇ、昨日の戦闘も反省すべき点が多かったですし」

「あら? それじゃあ久しぶりに稽古をつけてあげるわよ?」

「……多人数戦闘のシミュレーションがしたいので、また今度でお願いします」


 自分の鞄を机に置いた大宮先生がボキボキ拳を鳴らしながら覇気のある笑顔を向けてきたのでやんわりとお断りする。今の俺が大宮先生とやり合ったら……あと4つは命が足りない。


「そう? 最近ずっと現場から離れていたから、腕が鈍ってないか確認したかったのに……」

「その確認のために俺を使わないでください?」

「だって半端な先生に頼んだら、骨の一本や二本で済まないもの。高野原先生ぐらいよ? 私とやり合って軽傷で済むの」


 自信持ちなさい、とサムズアップしてくる大宮先生。いや、骨の一本や二本折れることを『軽傷』と呼称しないでくれません?普通に痛いし重傷ですからね?

 俺が胡乱な目で拳をシュッシュ振っている我が学年主任を見ていると、そういえばと昨日のことを思い出して聞きだそうとする。


「そういえば学年主任」

「あなたが学年主任と聞くたびに身構える自分がいるわ……なに?」

「昨日の逃走犯、どうなりましたか?」


 捕まっていたのならそれでいいが……俺がそんな希望的観測を持ってそう聞くと、大宮先生は難しい顔をしながら首を横に振った。


「逃がしたわ。あなたが襲われた区域は丁度焔の魔女の影響で監視カメラが壊れていたし、偽造ナンバーで本当のナンバーも不明……おまけにリアガラスとサイドウィンドウがおそらくフィルムで中から貼ることタイプのスモークガラスだったせいで、剥がされて類似車を探す事すら困難」

「やはり『慣れてますね』……」

「高野原先生はどう見る?」


 大宮先生がそう聞いてきたので、俺は昨日一晩中考えいたことを話す。


「傭兵、ですかね。計画性、手段、戦闘能力……その全てが一般人のものではありませんでした。バックは傭兵を雇えるほどの財力を持っている組織か金持ちか……少なくとも実行犯は、白亜が《転移の魔女》であることを知っていましたが実際に能力を暴発させてしまうまで彼女が魔女であることを確信していませんでした。おそらくは顔写真と限られた情報しか渡されていなかった集団かと」

「本部の方でも同じ見解よ。警察も協力して事に当たっているから、向こうの情報と合わせてこちらも動いていく形になるわ」

「っく、結局は今できることは何もない、ですね……」


 俺は対応が後手になってしまっていることに歯がゆい感覚を覚える。生徒を狙う危険因子はなるべく早くに排除しておかなければならないと言うのに……何もできないことに無力感を感じた。

 そんな俺に、『あなたにはやることがあるわよ?』と飄々ひょうひょうとした顔で大宮先生が首を傾ける。


 やること……?と俺が首をかしげていると、大宮先生は自分の引き出しから一枚の紙を取り出した。まさか、報告書もう一枚!?と俺が身構えていると大宮先生が俺の机にその紙を置いた。


 その紙には――


「『学生寮設立のお知らせ』?」

「前々から議題には上がってたのよ。表向きには『魔女特区に引っ越してすぐのご家庭に、定住先が決まるまでお子様を預かるむねの案内』、その実情は『魔女を安全に守るために居住を一纏めにする方法』……」

「は……? 魔女特区で、それも居住区で彼女たちはすでに一纏まりになっているじゃないですか?」


 俺がそう言うと、大宮先生も深く頷く。私も反対派だったんだけどね、と前置きを置いて紙を指でなぞりながら眉をひそめた。


「近年、魔女に対しての風当たりが強くなってきているのは知ってるでしょ。精神が不安定になると簡単に大規模な被害を及ぼす魔女は言わば天災……そんなのが普通の人も暮らしている居住区にいるのは危険すぎる」

「しっ、しかし! そもそもこの魔女特区は魔女が普通の生活を送るために作られた場所のはずです! なのに彼女たちが居住区を追い出されるのは……おかしいでしょう」

「……この街は、大きくなりすぎたのよ」


 その結果、絶対的少数派の魔女が追いやられようとしている。そう言った大宮先生の顔は――怒りで歪んでいた。そんな大宮先生の顔を見て、俺は冷や水を浴びた様に冷静になる。

 俺よりも理不尽を感じているのは大宮先生だ……無理もない、大宮先生の娘は魔女。母親として、娘の排斥の風潮がある今の時勢にははらわたが煮えくり返っているのはずだ。


「経済が発展し、福利も手厚い。魔女が普通の人間と同じように、幸せになるためのシステムを享受しようと普通の人間が多数流入した……」

「郷に入れば郷に従えと言いますが、故郷ふるさとが大量の移民によって破壊された結果、少数になってしまった現地人たちの意見が弱くなっている……と」

「そうよ、そんな状況で彼女たちを居住区に居させ続ければ――」


 それこそ精神的に不安定になりかつてないほどの被害を生む、そう思わない?と言った大宮先生。彼女も大いに悩んでいたのだろう……娘との普通の生活、普通の家族団らん、普通の人生。

 それを望んで、魔女特区に来たはずなのに。彼女たちが望んだ『普通』が自分たちを拒絶している。


 その悔しさは俺には推し量ることは出来ない……俺はジッと自分の机に置かれた紙を見ながら、昨日の白亜たちのご家族の様子を思い出していた。


「……いっそのこと、家族も一緒に住めるマンションみたいなのを学園の横に立てればいいんですけどね」

「あら、それは魅力的ね。長谷寺さんの家にお呼ばれして思いついたのかしら?」

「えぇ、とても素敵な時間でした。しかし……やはり個人的にはこれには反対です、単純に外界から隔絶させることが問題の根本的な解決にはならない」


 むしろ魔女という存在を目にする頻度が下がることで余計に魔女排斥の風潮を強める可能性もあるかと、と俺が言うと大宮先生も『だから反対だったのよ』と深いため息をつく。


「でも、昨日の事件で魔女を故意的に狙う奴らが現れたことを我々は認識した。その時点で結局、彼女たちを守るためにこの学生寮の設立を押し進めていくしかないのよ。生徒とそのご家族に説明して、納得させてきなさい……魔女組の先生は全員ね」

「…………はい」

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