12時間目 気が重くなる家庭訪問:大宮桃

 強い力と言うのは、得てして恐怖を抱くものだ。しかも身近にその脅威を感じれば、排斥の感情を持つことは仕方のない事なのかもしれない。


「お母さんから大体の事情は聴いているので後はこちらで判断します。ですので帰ってください」

「こら桃、そんなこと言わないの……まさか、私たちの家から訪問してくるとはね」

「ええまあ。こんな気が重くなるようなことを話すんです、内情を知っている人から行った方が楽ですから」


 休日。玄関前でしきりに俺を帰そうとしてくる桃と、それをたしなめる大宮先生を前に俺は苦笑する。

 桃は自分の部屋に戻ってなさいと大宮先生は促し、渋々彼女は階段を上がっていって玄関前の門番がいなくなった。


「悪いわね、さあ上がって」

「いえ……彼女のことを思えば、家に上げたくないのも分かりますから。失礼します」


 大宮先生に連れられて、リビングに通される。コーヒーを出され、机の対面に大宮先生が座った。


「家庭訪問……と言っても、今回に関しては私たちは詳細まで知ってるから何を話せばいいのか分からないわね」

「そうですね……まあ、何を話すべきかとか家族の了承をどうとるかとかの作戦会議ですか?」

「賛成、そうしましょうか。さてどう納得させますか……」


 自分の分のコーヒーを飲みながら、大宮先生は持っていた学生寮開設のお知らせのプリントを眺める。

 俺も自分でもってきていたプリントを鞄から取り出し、机の上に置いた。


「やはり、セキュリティーをアピールしていくしか無いですかね?」

「問題は、『どちらを説明すべきか』よ。表向きだと入れる必要が無いと思われちゃうし、裏の話だと反発は高いでしょうし」

「俺は、全部話すべきだとは思います……自分も納得出来ないようなことを隠して丸め込むよりかは、罪悪感が少なくていい」


 それでも怒られるんでしょうね……と俺は力なく笑う。今まで普通に親子で暮らしていたというのに、『娘さんを寮に入れてください、でないと危険です』なんて言わなきゃならないのだ。到底受け入れられない事実だろう……


「私の家族はまだ恵まれているわね。私が女子寮の宿直を立候補すれば、桃と普段通りに団らんは出来るのだから」

「『居住区から魔女を隔離する』……今は休日や放課後は自由に街を歩いて良いことになってますが、先日のような事件があれば――」

「それも難しくなるでしょうね。親御さんたちと会う頻度もさらに下がってしまう……到底受け入れられるものではないのは、母親としてはすごい分かるわ」


 そんなお知らせをこれからあと4回しなければならないことに今から気が重くなる。まだ夏休み明けの九月からという話ではあるが、そこまでに覚悟を決めろってことだもんな……


 そんなことを考えていると、ふと最も重要なことを思い出す。コーヒーに砂糖を大量に入れている大宮先生に俺は問いかけた。


「そういえば、理事長は?」

、だそうよ」

「……理事長がそう言うならやるしかないですね」


 大宮先生のため息交じりの言葉に、俺も仕方なく納得する。理事長――本部の最高責任者である彼女が言うなら、どれだけ怒られてもやるしかない。

 理事長の言う事は、いつだって最善なのだから。


 角砂糖をじゃぽじゃぽコーヒーに入れながら大宮先生はプリントを眺めている。ん?大宮先生さっきも砂糖入れて無かった?


「……大宮先生?流石に砂糖入れすぎじゃありません?」

「これぐらい普通よ普通。職員室は砂糖が無いから我慢してるのよ、ずっとシュガースティックを常備しろって要望だしてるのに……」

「いやもうコーヒーより砂糖のほうが多いじゃないですか。糖尿病になりますよ?」


 俺が呆れていると、リビングに桃が入ってくる。彼女は机に角砂糖が入った瓶を見つけると、大宮先生にジト目を向けながらそれを取り上げた。


「はぁ……隠してたのに、どこで見つけてきたのお母さん」

「桃!? いや、その……そう! 頭を使う作業には糖分が必要なのよ!」

「角砂糖、補充したばかりなのにもう半分ぐらい無くなってるじゃない! 取りすぎ!」

「あぁ、桃ぉ……」


 ぷんぷん頬を膨らませながら角砂糖の瓶を抱える桃、俺は苦笑しながら情けなく桃の方に手を伸ばしている大宮先生を窘める。


「桃の言う通りですよ、大宮先生。大人一日あたりの糖分摂取量は25グラムとされています」

「わ、私は頭を使う機会が多いから砂糖を多めにとっても問題ないのよ!」

「問題あるに決まってるでしょお母さん? ともかく、今日はもう砂糖なし!」

「そんなご無体なぁ……」


 がっくりと肩を落として頭を机にベターっと載せた大宮先生の横に、桃が座る。『非常に不服ですが、私がいないとお母さんがまた砂糖を取ってきますから』とすまし顔のままそっぽを向いた桃を見て、俺は思わず笑みをこぼしてしまった。


「……なんですか」

「母親思いだと思ってね。大宮先生、彼女のために長生きするためにも糖分を制限しませんか?」

「甘いのないと頭回らないのよぉ~、朝も通勤途中にコンビニ寄ってスイーツとお菓子買ってから学校行ってるし」


 そう大宮先生が項垂れながら言うと、桃が『お母さん?』と怖い笑顔を大宮先生に向ける。


「私が見てないところで甘いもの買ってるなんて初めて聞いたけど?」

「うぅ……こんどチョコケーキ買って帰るから! ね?」

「……今のは聞かなかったことにするわ」


 チョコケーキという言葉にいとも簡単に篭絡されてしまった桃。いつもは大人びている彼女も、そこは年相応なんだなと俺は思わず笑ってしまった。

 そんな俺を見て桃は耳を赤くしながらそっぽを向く。頬を膨らませながら不満げに俺を責めた。


「……私がチョコケーキが好きなの、そんなにおかしいですか?」

「いや、おかしくないよ。可愛らしいところもあるなと微笑ましく思っただけ」

「~~っもう、知りませんっ!」


 椅子から立ち上がり、ぱたぱたと角砂糖の瓶を持ったまま自分の部屋に戻っていった桃。大宮先生がゆっくり顔を上げると、黒いオーラを放ちながら怖い笑顔を俺に向ける。


「ねぇ、高野原先生?」

「ひっ……は、はい」

「私の娘が可愛いのは分かるけど、簡単に生徒に対して『可愛い』とか言うその軽薄な口を慎みなさい? ……叩きのめされたいのかしら」


「い、いえっさー!」

「私は女よ! サーではなくマム!」

「イエスマム!」

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