第13話 魔法少女と学校の怪談(後編)

「ひぇ~~~、命ばかりはお助けを!!」


 目の前でぼんやりと白く光る幽霊さんは、私に土下座してくる。


 今、太陽魔法の光り輝くパンチシャイニングパンチを撃てば、一発で幽霊を浄化できるけどそれはやっちゃいけない気がした。


「ねぇ、貴女が旧校舎の幽霊さんなの?」

 レイナが尋ねた。


「えっとぉ、この辺を縄張りにしている幽霊は私だけなのでおそらくそうだと思いますぅ……」

 幽霊さんは小さな声で返事をした。

 

「なんか最近、この旧校舎付近で幽霊に驚かされるって声が多いんだけど、何でそんなことしてるの?」

 私が聞くと、幽霊さんはびくり! と全身を震わせた。


「あ、あの……実は私は30年ほど前からこの旧校舎で幽霊をやってるんですが……」

「30年!?」

「長っ!」

 年季のはいった幽霊さんだ。

 その割には噂になったのは最近だけど。


「私、生前は身体が弱くてあまり学校に行けなかったんです……。それで病気で死んでしまったあと、どうしても学校に行きたいあまりに幽霊になってそれから学校に住みつくようになりまして……」


「そう……だったんですか」

 幽霊さんの話にレイナが同情的な顔をする。


「あっ! でも寂しいとかは全然ないんですよ? 幽霊なので昼間は寝てるんですけど、夕方になると外に出られるので放課後に部活をしている子たちに混じって一緒に活動したり、近くの小学校で子供たちと遊んだりしてましたから!」


 楽しそうに語る幽霊さん。

 アクティブな幽霊もいたもんだ。


「へ、へぇ……」 

 反対にレイナは少し引いている。

 レイナが所属する料理部も覗かれてたと思ったのだろうか。


「その割に、幽霊騒ぎとかになったのはここ最近なんだけど。部活に幽霊が混じってたりしたら昔から騒ぎになりそうなものだけど……」


「うーん、なんででしょう? 私が『みんなと一緒いたい』って強く思うと、みなさん普通に接してくれるんですよねー」

 

 可愛く首をかしげる幽霊さん。

 その言葉で私はピンときた。


「誤認識の精神魔法……かな」

 魅惑の魔法少女マギチャームの桃宮ヒメノが得意なやつだ。


 知らない人を旧知のように認識させる魔法。


「せいしんまほう? ですか?」

「30年も幽霊できるくらいだから相当魔力が高いんでしょ、貴女。生前は一般人だったみたいだけど、死んでから魔法使いに覚醒したパターンね」


「わ、私魔法使いだったんですか!?」 

 幽霊さんがびっくりしている。

 無意識の魔法使いってやつかー。


 これが生きてる人なら国に報告しないといけないんだけど、幽霊ってどうなんだろ?

 私の知ってる限り、魔法少女規則にはなかったはず。


「で、今まで魔法でうまくやってた幽霊さんがどうして急に、人を脅かすようになったの?」

 改めて質問する。

 これまでの話が本当なら幽霊騒ぎが起きるはずないんだけど。



「はい……最近知ったんですが、ここの旧校舎って取り壊されるんですよね?」

「あー、そうね。来年にはなくなる予定って聞いてる」


「うぅ……そうですよね。実は私が通っていたのは旧校舎なので、そっちがなくなるとここには居られなくなるみたいで……。頑張ったんですが、新校舎には取り憑けなかったんです……」


「なるほど……、地縛霊の取り憑き先がなくなるから抵抗するための幽霊騒ぎってわけかー」

 聞いてみると納得の理由だった。


 地縛霊にとって縁のある場所は、死活問題だもんねー。

 留まる場所が無くなってしまうと、地縛霊は存在できないから。

 

「じゃあ幽霊さんは……ちなみにお名前は何ていうんですか?」

「あ、れいちゃん、名前は聞いちゃ駄目……」

 幽霊に名前を聞くと縁ができて、取り憑かれる恐れがある。

 そう思って止めたのだけど。


「それが私って名前を呼ばれることがないので、生前の自分の名前忘れちゃったんですよねー。あははー」

「ありゃー、そうなんですかー」

 のんきな会話をしている。  


 名前を持たずに、誰にも気づかれずに30年も旧校舎に取り憑いていた幽霊。

 かなり才能のある魔法使いだ。

 

「じゃあ、私が名前をつけてあげますねー。幽霊だからゆう子さ……痛っ!」

「やめなさいって!」

 恐ろしいことを言ってる天然なレイナの頭にチョップする。

 幽霊に『名付け』とか、100%取り憑かれるわよ!


「ところで幽霊さんは、これからどうする気ですか? 今のところ大きな事件にはなっていませんけど、旧校舎の取り壊し計画は中止にならないでしょうし、もし万が一誰かが怪我とかをすると警察も動くので、除霊の専門魔法使いがすぐにやってきますよ」


「ひぃぃ!! やっぱり私って除霊されちゃんですか!! ……というか、魔法少女であるあなたがその専門の魔法使いじゃないんですか?」


「私は違うよー。いや、太陽魔法を使えるから不死人アンデッドには強いんだけど、除霊のためじゃなくて調査って感じかな? 私はここの学校に通ってるから」

 とはいえこのことを先生に報告したら「次は除霊を」ってなっちゃうだろうなー。


 危害を加えるタイプの幽霊さんではなさそうだけど、地縛先の旧校舎が壊される段階になると悪霊化する可能性もゼロじゃないし。


「……うぅ」

 幽霊さん自身も、まずい状況は理解できているのか暗い表情になっている。


「ねー、まほちゃん。この幽霊さん悪い子じゃないし、なんとか……できない……かな?」

 無茶とわかってなのか、あまり強くは言ってこないレイナ。


「そう言っていただけるとだけで嬉しいですが、所詮は幽霊である私は消えゆく運命…」

 沈んだ表情の幽霊さん。

 

 二人とも暗い顔をしている。


 私は彼女たちに、あっさり言った。


「なんとかと思うよ」

「「え?」」


 二人は、ぽかんと大きな口を開いた。




 ◇◇◇




「はい……はい……、大丈夫ですか? はーい、じゃあこれからそっちに向かいますねー。 ありがとうございますー、ミサキさん」

 

 私はスマートフォンの通話を切った。


 振り返って、「ぐっ!」と親指を立てる。


「OKもらえたよー」

「やったー、流石はまほちゃん」

「ええええっ、本当になんとかなったんですか?」

 私の言葉にレイナは喜び、幽霊さんは大きく口を開けて驚く。


 通話の相手は、『吉祥寺の魔女』こと三咲さん。


 30年幽霊やってる魔法使いの話をしたら、連れてきていいよ、って言われた。

 

 三咲さんの敷地である武蔵野の森には、人に危害を加えない幻獣や精霊や魔物がいっぱいいる。


 魔女であり魔法研究者である三咲さんの趣味で。


 幽霊さんもそのお眼鏡にかなったので、森に住んでいいことになった。


「じゃあ、これから一緒に吉祥寺に向かおうか、幽霊さん」

「はい! ……でも、私って旧校舎から遠くに離れられないんですけど……」

「そっか、地縛霊だもんね」

 レイナが心配そうな表情になるが。


「心配ないよ。対策も教えてもらったから」

 そう言って私は、片手で『机』を持ち上げた。


「なんで机持ってきたの? まほちゃん」


「地縛霊が取り憑いている建物……この場合は旧校舎のものを一緒に持ってくると、一時的に地縛霊を連れて行くことができるんだって。あとは三咲さんに地縛霊から浮遊霊に変えてもらう魔法を使ってもらえば完了だよ」


「すごーい、まほちゃん!」

「すごいのは、ミサキさんだけどね」

 私は机を運ぶだけだし。


「ほい、れいちゃんは箒に乗って。幽霊さんは飛べるでしょ?」

「は、はい! 飛べます!」

 そう言うとふわりと宙に浮く私たち。


 雲のない夜空。


 綺麗な三日月の下、私たちは空を飛んでいく。


 夏の夜の魔法少女と幽霊さん。


 ……私の片手にもった机がなければ、絵になる風景だったけもしれない。


「ねー、まほちゃん。旧校舎のものってもっと小さいものでもよかったんじゃない?」

「は、はい。私もそう思います」

 レイナと幽霊さんからツッコまれる。


「なるべく大きなものって言われたんだよねー。基準がわからなくて」

 悪霊退治はできるけど、幽霊の扱いとかはさっぱりわからない。


「ねぇ、幽霊さん。ところで昔の中学校ってどんな感じだったの?」

「えっとですねー、昔の先生たちは個性が豊かで……」


 幽霊さんが語ってくれた。


「へぇー! そんな事があったんだ!?」

「そうそう、今だともう無理ですよねー」


 幽霊さんは30年も地縛霊してるだけあって、私たちが通う中学の歴史に詳しかった。


 色々とこれまであったちょっとした事件を教えてもらっていると、あっという間に吉祥寺へと到着した。


 黒々した吉祥寺駅の南側にある森――『武蔵野の森』が見えてくる。


 夜の武蔵野の森は暗い。


 街灯はあるけど灯りの届かない場所は真っ暗だ。


「まほちゃんー、この森を歩いて行くんだよねー?」

 レイナは少し、いやかなり気が進まなそう。

 夜の森って怖いもんね。


「ここの森ですか? 静かでよい雰囲気ですねー」

 幽霊さんは暗いところは平気みたい。

 まあ、幽霊だし。


「さて、行きますか」

 私は明るく声をかけた。

 実のところ、夜に歩くのきついなー、と思っていたけど。




「待っていたぞ、光の」

 



 暗闇から声をかけられた。

 こちらを見る光る一対の目があった。


「きゃあ!」

 レイナが悲鳴をあげて、私にしがみつく。


「すまんな、驚かせたか」

 暗闇から現れたのは一匹の黒猫だった。 


「副店長、こんばんは」

「あ、副店長さんだ!」

 声の主が黒猫とわかってレイナの表情が緩む。


 こちらの喋る黒猫さんの名前は『レオナルド』さん。


 勿論、ただの猫ではなく三咲さんの使い魔にして、先日カリンちゃんと一緒に行った黒猫カフェの副店長。


 そして、魔法が使える幻獣でもある。

 確か、年齢は幽霊さんと同じく30年は超えているはず。


 つまり三咲さんの年齢はそれ以上ということで……おっとこれ以上考えるのはやめよう。

 

「副店長さん~、うわー、今日もふわふわのサラサラー」

 レイナが恐れ多くも、副店長の喉や背中を触っている。


「……」

 幽霊さんは喋る黒猫さんを神妙な顔で見ている。

 魔法使いならわかるよねー。

 

 副店長が纏うとんでもない量の魔力マナを。


 副店長は三咲さんの弟子であるレンくんより、ずっと強いしなー。

 勿論、私だって軽くあしらわれる。


 見かけは可愛い黒猫さんだけど、この武蔵野の森における三咲さんの次に強い実力者が、副店長である。


「そこにいるのが件の幽霊か。私が主人マスターのところまで案内しよう。光のと月のは、帰ってよいぞ」

 レイナに撫でられながら、副店長が渋い声で言った。


 ちなみに副店長は光の魔法少女わたしを『光の』。

 月野レイナしんゆうのことを『月の』と呼ぶ。


「いいんですか? 急なお願いなのにこんなところで帰ってしまって?」

 直接、顔を見せて頼むのが筋だと思ったのだけど。

  

「中学生は夜更かしせずに早く寝ろ、という主人マスターからの伝言だ」

 とのことだった。


 そう言われてしまうと……。


「ありがとうございます、副店長。三咲さんへよろしく伝えてください。帰ろっか、れいちゃん」

「うん。じゃあ、幽霊さんお元気で」

 幽霊に元気で、というのも奇妙な話だけど。

 幽霊さん当人は真面目な顔をして。


「お二人のおかげで引越し先が見つかりした! このご恩は忘れません! 本当にありがとうございました!!」

 深く深く頭を下げられた。


「そんな、全部まほちゃんが凄いんですよー」

 レイナが謙遜する。



「そもそもれいちゃんが言い出さないと、幽霊の噂知らなかったし、肝試しも来なかったよ。れいちゃんのおかげだって」

 今回の件は、本当に。

 大事になる前に解決できてよかった。


「では、ついてくるが良い。して、幽霊殿の名前は?」

「それが生前の名前を忘れてしまって」

 副店長と幽霊さんの会話が聞こえる。


「不便だな。なんと呼べば良いか」

「幽霊でいいですよ」


「それはあんまりだろう。ふむ、そうだな……。よし、幽霊のユウコにしよう」

「ユウコですか……、わかりました! よろしくお願いします!」


 そんな会話をしながら、幽霊さんと黒猫さんは森の奥は消えていった。


「やっぱり名前はユウコさんだったね」

「なんでれいちゃんと同じ名付けかたなのよ……」

 適当だなぁ、副店長。


「じゃ、帰ろっか。れいちゃん」

「うん、ちょっと遠回りしよー☆ まほちゃん」


「早く寝ろってミサキさんに言われたでしょ」

「ちょっとだけ! ちょっとだけだから」

「もー、仕方ないなー」

「わーい、デートだー」

 そんなこんなで。


 私とレイナは、夜の散歩を少しだけ楽しんだ。


 こうして調布北中学校の怪談の一つは、無事に解決をした。

 

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