第12話 魔法少女と学校の怪談(中編)

私たちは夜の学校へとやってきた。


「不気味だねー、マホちゃん☆」

 レイナな楽しそうに言ってくる。


「その割に笑顔だけど、れいちゃん」

「まほちゃんが一緒だからねー」


「じゃあ、離れちゃダメだよ」

「はーい」

 私とレイナは手を繋いで、夜の学校を歩く。


 旧校舎は新校舎の裏手にある4階建ての建物だ。


 数年前に今の新校舎ができて一部の部屋が倉庫や部室代わりに使われているだけで、現在は教室としては使用されていない。


 来年には取り壊される予定と聞いている。


「太陽魔法・光の角灯ライトランタン

 私は魔法を使って足元を照らす。

 

 魔法少女の私は夜目が効くけど、レイナは真っ暗だと何も見えないから。


「ありがとー、まほちゃん。でも、夜に魔法使って魔力は大丈夫?」 

「昼間のうちに魔力保管マナストレージしてるから平気だよ」

 付き合いの長いレイナは、光の魔法少女わたしの弱点も知っている。


 光が無い昼間は、魔力を補充できないという弱点。

 私は『ウィステリアの魔女』ミサキさんに教わった魔力保管でそれを対処している。


「でも、魔力が無くなっちゃったら魔法少女に変身できなくなるんだよね? だったら魔力を節約したほうが……」

「魔法の箒で、北海道から沖縄を往復できるくらいの魔力を保管してるから」


「……よくわかんないけど、じゃあいっか」

 レイナは納得してくれたみたい。


 私たちは新校舎の横を通って、旧校舎へとやってきた。


 昼間も薄暗い建物だけど、夜になるとさらに見通しが悪い。


 新校舎と違って、常夜灯も点いていないので真っ暗で中の様子はわからない。


 うーん、これは確かに不気味かも。


 私とレイナは、光の角灯ライトランタンの灯りで周囲を照らしながら旧校舎の周囲を観察した。


 風で木の葉が揺れる音と、裏庭の池からカエルの鳴き声、あとは私たちの足音と会話くらいしか音は聞こえない。


 静かな平和な夜の学校だった。


「異常なしだね、まほちゃん」

「んー、今日は外れかなー」

 歩き疲れた私たちは裏庭のベンチに腰掛けた。

 

 しばらく無言になる。


「ねー、まほちゃん。幽霊ってどこからやってくるんだっけ?」

 レイナから質問された。


 そういえばホラー嫌いのレイナにきちんと説明したことなかったかも。


「えっとね、幽霊は不死人アンデットタイプって言われる怪人の一種だよ。 海外だと動く死体ゾンビが多いらしいけど、日本は火葬だからもっぱら幽霊ゴーストだね」


「死んだらみんな幽霊になる……ってわけじゃないんだよね?」

「うん、幽霊は魔力で活動しているから、魔力が尽きると成仏するし、魔力が無い人は幽霊になれないね。よくあるパターンが生前魔法使いの素養があったのに、それに気づかずに亡くなって幽霊になってしまうってことが多いと言われてるかな」


「そっかー。じゃあ、3年前に亡くなった曽祖父ひいおじいちゃんは幽霊になってないのかなぁ」

 レイナがぽつりとつぶやく


「なっててほしいの……?」

「すごく優しいおじいちゃんだったけど、最後にきちんとお別れできなかったんだ」


「うーん、でも幽霊になるのはこの世に未練がある人だから、満足して亡くなった人は幽霊にならないよ」

「じゃあ、幽霊にならないのはいいことなんだね」


「うん、そう教わったよ」

 吉祥寺の魔女さんに。


 またしばらく無言になった。


 私とレイナは手を繋いだまま。


 私が空を見上げると、綺麗な三日月が見えた。


 そういえば、最近は緊急呼び出しがないなー、とか。


 ヒメノのやつは、ヤバい犯罪者グループに無闇に関わってないといいんだけど、とかが頭をよぎった。



「ねぇ、まほちゃん」

「なーに?」


「いま、ヒメノちゃんのこと考えてたでしょ?」

「そ、そんなことナイヨ」

 何でわかったの!?


「隠すなんて怪しいなぁー」

「隠してませんけど!?」


「表情とか、目の動きとか、手の汗とかで嘘をついてるとすぐわかるんだよねー」

「ひぇっ」

 なんかレイナがヒメノ絡みになるとちょっと怖いよー。


「まほちゃーん? 私と一緒にいるのに他の女のことを考えるなんてー」

「ストップ、ストップ、れいちゃん!」

 私がレイナに詰め寄られタジタジしていると。



 ……クス……クス……クス……クス



 という笑い声と、カランカラン、と風も吹いていないのに空き缶が転がっている。


「まほちゃん!」

「でたね、行くよ。れいちゃん」

 私たちは小さくうなずき、声のする方へ向かった。


 声は旧校舎の裏手のほうから聞こえる。


 なるべく音を立てないように、早歩きで声のほうへ近づく。


 壁の終わりあたりで、そーっと、私とレイナは裏手を覗き込んだ。



「クス……クス……クス……」



 笑い声と、白い影がすぅーと、旧校舎の中へと消えていった。


「…………中に入ったわね」

「…………あれ、追いかけるの?」


「まぁ、鍵は預かってるし」

 私は小林先生から借りた旧校舎の裏口の鍵をチャラチャラと振る。

 

「うぅ……校舎内に入るのかぁ」

 これまでの楽しそうな様子から、一気に表情が暗くなるレイナ。


 旧校舎の中って普段は入れないし、昼間でも薄暗いし、不気味だもんね。

 怖がりのレイナが及び腰になるのも無理ない。


「れいちゃんは、外で待ってる?」

 と私が提案すると。


「無理むりむりむりむり! 外で一人で待ってるなんて絶対にダメだよ! 一人にしないで!!」

 凄い力で腕を掴まれた。


「じゃあ、一緒に行くよー」

「あうぅ……」

 ぷるぷる子犬のように震えるレイナに苦笑しながら、私は旧校舎の裏口に鍵を挿し込む。

 

 鍵穴は手入れされているようで、カチャンと軽い音と共に鍵が開いた。

 

 キィ……、と古い蝶番が軋む。


 ドアを開いて、中に入る。


 私とレイナはゆっくりと1Fの廊下を歩いた。


 

 てっきりすぐにちょっかいを出してくるかと思ったのだけど、幽霊からのアプローチは無い。



「ま、まほちゃん……幽霊さんでてこないみたいだし、そろそろ帰……」


魔法少女共通魔法コモンマジック魔法の守護領域マジックプロテクトフィールド


 私は魔法を発動した。

 淡い光が旧校舎全体を包む。


 この魔法は、魔力消費が多いから使いたくなかったんだけどなー。

 私だとせいぜい、半径100メートルくらいしか範囲を広げられないし。


「ねぇ、まほちゃん。今使った魔法って……」

「怪人と戦う時に、建物とかを壊さないようにするための魔法なんだけど『探知』の機能もあって…………よし、 


「え?」

「三階の教室にいるみたい。なんでだろ?」

 てっきりこっちを脅かしてくると思ったんだけど。


「じゃ、行こうか。れいちゃん」

「えっと急に幽霊が現れたりしない?」

 ぷるぷる震えていたレイナが、なんとも言えない表情になる。


「しないよ。位置は完全に補足してるから。逃げようとしたら、太陽魔法で撃墜できるし」

「まほちゃんって……身も蓋もないよね」


「それって褒めてる?」

「褒めてる褒めてる」 

 もう怯えからは回復した様子のレイナと一緒に、私は旧校舎の3階へ向かった。


 もうすぐ取り壊されるだけあって旧校舎内は少し埃っぽい。


 さっさと終わらせたいなーと、思いながら暗い怪談をランタンの光で照らしながら登っていく。


 3階まで上がって、幽霊がいる教室の前までやってきた。


 目標ターゲットである幽霊ゴーストの位置は変わらない。


 この中にいるはず。


 教室の看板には『音楽室』と書かれてあった。


 私が教室のドアをゆっくり開くと。


 ――ドォン! ドォン! ドォン! ドォン! 

 ――トワン、カラン、トワン、カラン

 ――キィーン、ウィーン、キィーン、ウィーン

 ――ピューピューピューピュー

 ――バタン、カシャン


「キャーー!!!!」

 大量の楽器の音が私たちをで迎えた。

 レイナの大きな悲鳴が響く。


 どうやら音楽室には古い楽器が残っていたようで、それを幽霊が操ってるみたい。


 レイナは私にしがみついたまま、きゃーきゃー騒いでいる。


 特にこっちに危害を加える意図はなさそうだけど、楽器の音が近所迷惑になりそうなので止めよう。

 

(えっと、楽器を操っている本体は……)

 

 カーテンの影に、ちらっと白い影が見た。


「そこ! 太陽魔法・光の矢ライトアロー!」

 パシュ、という音と共に光の矢が白い影の近くをかすめる。


「ひゃああ!!」

 というレイナではない悲鳴が聞こえた。


 ぱたっと、楽器の騒がしい演奏音が止まる。


「ま、魔法少女!?」

 それまでの不気味な雰囲気から一変、白い影はぽんとセーラー服を着た女の子の幽霊に姿を変えた。


「あれ? あれが幽霊さん?」

「みたいね」

 レイナも悲鳴を止めて、幽霊に視線をむける。 


 髪型は前髪を切りそろえた、肩にかからないくらいの長さの女の子。

 セーラー服は、私たちが普段着ている調布北中学校のものとは違っていた。


 でも、校章は調布北中学校のものだ。

 うーん、もしかして昔のデザインなのだろうか?

 本人に聞いてみよう。


「ねぇ、あなた」

 私が話しかけると。


「い、命ばかりはお助けを!!」

 幽霊さんが土下座してきた。


 不死者アンデッドタイプの怪人である幽霊から、何故か命乞いをされてしまった。

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