第18話 囮捜査

(……ねぇ、ヒメノ。聞こえる?)

(うん、聞こえるよー)


(どう? そっちは)

(全然ねー、ここもハズレ)


(そっかー……)


 私は魔法少女の能力である念話で、ヒメノと会話している。


 現在、ヒメノと私は都内にいる犯罪組織の溜まり場をあたっている。


 港区→新宿→渋谷とエリアを変えているが、今のところずっと空振りだ。


 ちなみに魔法少女の仕事は、公務であり学校の出欠は欠席にならないのでサボりじゃない。

 ヒメノも同じ。


(ねえ、マホヨ。お腹すいたよー)

(そうだね、私も。お昼休憩しよっか)


 現在の時刻は午後の二時。

 私とヒメノは渋谷のカジュアルなイタリアンで遅めのランチを食べることにした。


 私はカルボナーラとミルクティー。

 ヒメノはマルゲリータピザとカフェラテを注文した。


 サラダバーは遅い時間にきたせいか、ほとんど残っていない。


 ランチ終了間際にきたためお客さんはまばらで、注文したメニューはすぐに届いた。

 

 誘拐されたレイナが心配で食欲はなかったけど、パスタが運ばれてくると途端にお腹が空いてきた。


 私とヒメノはそれを食べながら、この後の行動について話し合った。


「ねえ、ヒメノ。次はどこに行こうか?」

「うーん、池袋あたりかなー。けど、正直時間が早すぎるんだよねー」


 それはわたしも感じていた。

 午前中や昼間に誘拐犯連中がウロウロしてるとは考えづらい。


「やり方変える?」

「ううん、一応私の知り合いの情報屋にも当たってもらってるから私たちはこれを続けよう。他にいい方法も思いつかないし」


「わかった…………」

 こうしている間にもレイナは……。

 ついつい嫌なイメージが頭をよぎる。


「ほら! そんな顔しないの! きっと大丈夫だって!」

 私の心情を慮ってか、ヒメノが明るく私の肩を叩く。


「うん、ありがと」

「ご飯、食べちゃお。冷めるよ」

 私とヒメノはご飯を済ませ、そろそろ店を出ようかと思っていたら。



 リーン……リーン……リーン……



 涼やかな鈴の音が、店内に響いた。

 魔法少女の呼び出し音だ。


 場所は『新宿』。

 このタイミングということは、事件に関連しているかも。


「ヒメノ! 行こう」

「わかった、マホヨ」


 手早く会計を済ませて、私とヒメノは外に出た瞬間に『変身』した。

 そして魔法の箒の後ろにヒメノを乗せる。


「飛ばすわよ、ヒメノ」

「おーけー、マホヨ」

 ぎゅーっと、ヒメノが私の腰に腕を回してしがみつく。


 私は魔法の箒を急上昇させる。

 目的地に向かって、急発進させた。




 ◇




 予想通りというか、呼び出しの原因は怪人が暴れていたからだった。


 もっとも、私とヒメノが現場に到着すると、すでに怪人は退治されていた。


「危険ですよー」

「入らないでくださいー」

「下がって、下がってー」

 

 人だかりができていて、怪人の周囲には『keep out』の黄色いテープで封鎖されている。


 それを捕まえたのは……


「あれ? カリンちゃん?」

「マホヨさんとヒメノさん!? 来てくれたんですか!」

 青と白のセーラー服のような戦闘ドレスの魔法少女。


 元新宿の担当で、現在は狛江市を担当している魔法少女の海川カリンちゃんだった。


「どうしたの? 新宿は担当外のはずじゃ……」

「学校がこの近くなんです。怪人が出たって言うから抜け出してきました!」

 むん! と両手で握りこぶしを作るカリンちゃんが可愛い。

 じゃなくて!


「危ないでしょ! 新宿の怪人は強いやつが多いからカリンちゃん一人で戦うなんて……」

「心配いらないよ、マホヨくん。我々も協力したからね。カリンくんのおかげで、怪人を逮捕できたよ」


 会話に割り込まれた。

 現れたのは黒いスーツに長い黒髪のおんなの人。

 

 フレンドリーに話しかけられたけど、初対面のはず。

 私の怪訝な表情に気づいたのか。

 

「おっと、自己紹介が遅れたね。私はこういうものだ」

 名乗られずに見せられたのは警察手帳だった。

 

 名前は『渡辺サツキ』

 名前の横には『二級魔法使い』と書いてある。

 魔法使いの警察官だ。


「私が怪人の注意を引き付けているうちに、青木さんが怪人を逮捕してくれたんです」

「魔法少女の格好は怪人の注意を引くからね。おかげで楽に仕事ができたよ」


 さらりと言ってるけど、それってカリンちゃんを囮にしたってことじゃ……。


「危なくなかった?」

「平気です! 今回は無理してやっつけようとせずに誰かが来てくれるのを待つつもりでしたから」

 前に『吉祥寺の魔女』こと、ミサキさんに教わったらしい。

 まぁ、一人で無理するよりはいいかな。


「マホヨー、さっき怪人に『魅了魔法』で聞いてみたんだけどについては何も知らないみたい」

 捕まっている怪人に、ヒメノが魅惑の魔法少女マギ・チャームの魔法で聞き出してくれたみたい。


 あのことというのは、誘拐事件が公になってないから。

 人前では誘拐事件のことは言えない。


「そっか……」

 そして魅惑の魔法少女が本気で聞いたなら、怪人は嘘をつくことができない。


 ヒメノの精神魔法は魔法使いですら逆らえる人はいないと言われている。

 

 このタイミングだから、てっきり誘拐犯と関わりのある怪人だと思ったけど……。


「何かあったんですか?」

 おそらく何もしらないカリンちゃんが、首をかしげている。


「ううん、何でもないの」

「そうですか?」

 私は事件のことはカリンちゃんに伝えなかった。

 もし手伝ってくれると言っても、危なくて頼めない。


「そういえば、今日はやけに怪人の発生が多いね……」

 警察官のサツキさんが顎に手を当てて、眉間にシワを寄せている。


「そうなんですか?」

「うん、今年に入って一番の件数だよ」


「「…………」」

 私とヒメノは顔を見合わせた。


 現在起きている大量誘拐事件と今年一番の怪人の発生。

 絶対に偶然じゃない。


「そういえば、新宿で暴れていた怪人ってどんなやつだったんですか?」

 と私が尋ねると。


「怪人・不死者アンデッドタイプ『ゾンビ』だ」

不死者アンデッド!? じゃあ、死人が……!」

 私の声が思わず叫ぶと。


「いえ、マホヨさん。それが感染したばかりみたいで、すぐに治療すれば人間に戻れるそうです」

「そう……よかった」

 ほっと息を吐いた。


「にしても日本じゃ珍しいわね」

「その通りだよ、ヒメノくん。おそらく最近日本に入り込んだ海外の犯罪組織が持ち込んだんじゃないかと、警察内では見ている」


「えっ!? なんですか、それ! マホヨさんは知ってますか!?」

 カリンちゃんはやっぱり初耳みたいで、びっくりしている。


(うーん、知られちゃったかー。流石に知らないふりは悪いし……)

 と悩んでいると。



 リーン……リーン……リーン……



 と再び、助けのベルが鳴った。


 場所は……『六本木』!


「私の縄張りでやってくれるわね!」

 港区を担当しているヒメノの表情が険しくなる。


「ヒメノ! 行くわよ!」

 私とヒメノは魔法の箒に飛び乗った。


「マホヨさん、ヒメノさんお気をつけて!」

「うん、カリンちゃんも!」

 私は魔法の箒に魔力を込め、一気に加速した。 




 ◇




 午後からいくつかゾンビの怪人が発生した場所を回った。


 ちなみにどの怪人も誘拐事件には無関係。


 しかも、今日怪人になったばかり、という言い方は悪いけど雑魚ばかりだった。


(何が目的なんだろう……?)


 正直、動きが遅いゾンビの怪人なんて嫌がらせ程度の効果しか得られない。


 魔法少女でなくても、一般人でも噛まれるのに注意さえすれば簡単に取り押さえられる。


 怪人退治に都内を飛び回っていると夕方になっていた。


 その時、ヒメノのスマホが鳴った。


 魔法の箒に乗ったまま、ヒメノがスマホに出た。


「はい……はい……わかりました」

「ヒメノ、だれから?」 


「ねぇ、マホヨ。公安の山田さんから新しい情報入ったって」

「電話で教えてくれたらいいのに」


「記録に残る手段じゃ駄目なんでしょ」

「不便だなぁ……。じゃあ、霞が関に戻るね」


「ちょい待って、マホヨ」

「なに?」


「戻るのはマホヨだけにしようか。時間がもったいないし、私はこれから囮捜査に戻るよ。夕方なら時間的に当たりが引ける気がする」

「私も一緒に居たほうが……」


「へーき、へーき。先に私を池袋まで送ってよ。何かあったら呼ぶからさ」

 私は少し迷った。


 今回の敵の中には魔法使いがいる。

 いくたヒメノの魅了魔法が優秀でも、油断すると危ない。


 けど、二手に分かれたほうが時間効率がいいのは確かだ。

 レイナが誘拐されてすでにかなりの時間が経っている。


「……わかったよ。さきに池袋に寄るね」

「うん、お願い」

 私はヒメノを池袋に降ろしてから、霞が関の魔法省へと向かった。



 ◇◇◇



 魔法省の屋上、つまり正面玄関で山田さんが待っていてくれた。


「新しい情報ってなんですか!?」

 私が聞くと。


「犯罪組織クリムゾンブラッドの首領ボスの正体が判明しました」

「っ!? それは……?」

 私が尋ねると、山田さんは一枚の写真を手渡してきた。


 そこに映っているのは――灰色の髪に暗い赤色の目を持つ『少女』だった。


 って、え?

 これがボス?

 女の子じゃ……?


「彼女の名前は『赤沢アリア』。日本人と米国人のハーフで、元魔法少女であり吸血鬼ヴァンパイアタイプの怪人です」


「えっと…………えっ? え?」

 情報量が多くて、一度に理解できない。


「犯罪組織のボスが……元魔法少女?」

「残念ながら……そのようです。魔法少女時代の活動は、アメリカのニューヨークを拠点としていたようですが、怪人との戦いで怪我をしてしまいカナダへ移住。その後、消息が途絶えていたのですが……犯罪組織に属していたようです」


「ど、どうしてそんなことに……いや、それよりもこの子が吸血鬼ヴァンパイアタイプの怪人って……本当ですか?」

 彼女の経歴も気になるが、もっと聞き逃がせないことがあった。



 怪人の強さにはランク付けがある。


 Cランク……刃物をを所持した犯罪者程度の脅威。


 Bランク……銃火器を所持した犯罪者程度の脅威。


 Aランク……爆弾を所持したテロリストグループと同等の脅威。


 ゾンビタイプは、Cランク。


 前に戦った狼男は、Bランク。


 Aランクの怪人は、めったに出現しない。


 でてきたら大騒ぎになる。


 しかし、吸血鬼ヴァンパイアタイプの怪人は……そのさらに上。



 Sランク……十分に武装した軍隊と同等の脅威



 出現すれば、『一つの街が滅ぶ』と言われている。



「どうやら本当です。実は海外であと一歩のところまで追い詰め、逮捕直前だったらしいのですが逃げられてしまい、日本に亡命してきたと」

「迷惑な話」

 つい口にでた。


 その時、私のスマホが振動した。


 画面に映ったメッセージを見ると。



 ――マホヨ。アタリかも。



 という短いメッセージが表示されていた。


「山田さん! ヒメノが犯罪組織と接触できたみたいです!」

「本当ですか!!」

 慌てて山田さんがなにかの機械を取り出す。

 

 私も見せてもらうと、そこには地図上に赤い点滅が表示されていた。

 これって……。


「移動してますね」

「池袋にいたはずですけど……離れて行ってますね」

 ルート的に、路線の無い場所なので車での移動っぽい。


「私は警察にこの情報を伝えます」

 山田さんが言うと


「わかりました。私はヒメノを追いますね」

 そう言って魔法の箒に飛び乗った。


「少しお待ちを。マホヨさんの携帯を貸してください」

「は、はい?」


 よくわからないままスマートフォンを山田さんへ貸すと、一瞬魔法を使ったような反応があった。

 何をしたかはわからない。


「マホヨさんのスマホに、発信機を追えるアプリを入れました。これでヒメノさんの位置を把握できます」

「こんな簡単に!? ……ありがとうございます」


 手際が良すぎてびっくりした。

 けど、ありがたい。


 私は魔法の箒を使って、ヒメノの場所へ向かう。


 電車と違い、直線で移動しないので尾行が難しい。


 それでも徐々に距離が詰まる。


 途中、LINEで何度かヒメノに


「そっちはどう?」

「困ってない?」

「どこに向かってるの?」


 と聞いてみたが、全て返事は無い。



 ……嫌な予感。



 電話をしたいけど、今は犯罪組織と一緒にいるはず。


 電話はできない。


 スマートフォンの画面には、赤い点滅が移動しているのが見える。


 現在の場所は、所沢付近。


 そこからさらに移動している。


(……どこまで行く気?)


 LINEのメッセージには相変わらず既読がつかない。


 私は魔法の箒に乗って、ヒメノの発信機の光を追う。

 

 場所の精度は高くなくて、移動している間はフラフラと光が揺れて場所が絞れない。


 停まってさえくれたら、すぐに追いつけるのに……。


 もどかしい気持ちをかかえたまま、スマートフォンの画面を眺める。


 それからしばらくして。


(…………え?)


 場所は、奥多摩。


 時刻は22時。


 発信機の光が消えた。


 ヒメノからの位置が完全にわからなくなった。

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