第14話 海川カリンは修行をする(前編

◇カリンの視点◇


 とある週末。


 私は魔法少女の先輩である牧真マホヨさん――『光の魔法少女マギサンシャイン』さんと、府中にある魔法少女教習所へ来ていた。


 ここは『魔法の箒』の免許が取れる場所なんです。


 でも今日は免許の試験じゃなくて、あくまで練習のため。


「今日はマリンちゃんの魔法の箒の訓練をしますー、いえーい☆」

 マホヨさんが、元気よく掛け声をかける。

 テンション高いなぁー。


「い、いえーい!」

 私もそれに倣う。


「まほよっちさぁ、朝からテンション高すぎてカリンちゃん引いてるよ?」

「えっ!? うっそ」

 一緒に来てくれた桃宮ヒメノさん――『魅惑の魔法少女マギチャーム』さんが眠そうな顔で頬杖をついている。


 現在の時刻は朝9時。


 光の魔法少女マホヨさん魅惑の魔法少女ヒメノさんは、東京都の魔法少女のエースって言われる凄いお二人なので忙しいはずなんだけど。


 今日はわざわざ私の訓練のために集まってくださった。


 正確には、私と約束していたのはマホヨさんだけ、ヒメノさんは勝手に来てくれた。


 教習所の練習場には、私たち以外にもぽつぽつ魔法少女の姿があった。


 マホヨさんとヒメノさんはやっぱり有名みたいで、少しだけ注目を集めている。


「ふわぁ……」

 ヒメノさんが大きなあくびをした。

 朝が弱いらしい。


「あれー? 私ってテンション高すぎ?」

「そ、そんなことありませんよ! わざわざ週末に時間を作っていただきありがとうございます、マホヨさん、ヒメノさん」

 私は慌ててお礼を言う。


「遠慮しないでいーよー。じゃ、最初は魔法の箒にまたがって浮いてみるところからいこうか」

「はい!」

 私は教習所にある練習用の魔法の箒に跨った。


 ちなみに三人とも魔法少女の姿には変身済み。


 マホヨさんは、キラキラ輝く長い金髪に赤い戦闘ドレスがヒーローみたいでかっこいい。


 ヒメノさんは、艶やかな銀髪にピンクの戦闘ドレスがアイドルみたいに可愛らしい。


 二人ともオーラあるなー、とつい見惚れる。

 って、ぼーっとしてる場合じゃない!

 私の練習に付き合ってくれるんだから。

 

 魔法の箒に魔力を込めると、箒がゆっくりと宙に浮く。


「わっ! ……わ、わ!」

 乗ってみるとバランスを取るのが難しい。

 すごくグラグラする!


「カリンちゃん、魔力連結マナリンクを使って箒と身体を一体化するイメージでやってみて」

「は、はい! あの……魔力連結ってどうやるんですか?」


「ありゃ? 知らない? じゃあ、手本を見せるね」

 ぽん、とマホヨさんが私の肩に手を置いた。


 光の魔法少女マギサンシャインのキラキラした金髪ブロンドヘアが、私の肩にふわりとかかった。


 マホヨさんの凛々しい横顔にドキッとする。


 トクン、と身体が震えた。


「はわわわ……」

 次の瞬間、熱い魔力マナが私の身体に注がれる。


 こ、これがマホヨさんの……太陽属性の魔力。

 まるで熱い温泉に入ったみたいに、身体がポカポカする。


「どう? わかった? カリンちゃん」

「えっと、なんとなく……」

 どうしよう、全然わかんない。


 でも、どうわからないかをうまく説明できないし……。

 と困っていると。


「マホヨっち。もうちょい、具体的に説明しないとわかんないって」

 するとマホヨさんの反対側からヒメノさんに腰を後ろから手を回された。


 ヒメノさんの整った顔と、宝石のような瞳が間近にある。

 ふわりと、花のようなよい香りでぽわっとした気持ちになった。


「いま、マホヨの魔力がカリンちゃんの身体を覆ってるでしょ? 普通は魔力を放出したらその後の制御コントロールはしないんだけど、魔力連結だと魔力を自分の身体外に放っても制御を維持するの。イメージとしては、魔法の箒を自分の魔力で包み込む感じかな。ちょっと、私に対してやってみて」


「は、はい」

 私は’自分の魔力をヒメノさんへ移そうとするけど……。


「あ、あれ? 上手くできない!?」

「あー、マホヨの魔力が強すぎて邪魔しちゃってるわね。ほら、マホヨの魔力を早く引っ込める引っ込める」


「えー、実践のほうがはやくない?」

「マホヨは感覚派過ぎるのよ。みんなが同じだと思わないの」

 マホヨさんの魔力が、……スンと消えた。


「あ、できた」

 マホヨさんから送られる魔力が無くなると、私の水属性の魔力がヒメノさんへ移った。


 この魔力を使って相手を包み込むイメージ。

 む、難しい……。


 回復魔法や水魔法は、発動したらあとは魔力制御は不要なんだけどこれはずっと集中力を維持しないといけない。


「お、できてるできてる。上手だよ、カリンちゃん」

 手間取っている私に優しく声をかけて、頭を撫でてくれるヒメノさん。


 人形のように整った顔で、花のような笑顔を向けらると同性の私ですらドキドキした。


(ひぇ……、美人過ぎてまともに見れない)


 その後、しばらく練習を続けて、魔力連結のやり方に慣れてきた。


「よーし! じゃあ、もう一回魔法の箒に乗ってやってみよっか。落ちそうになったら私が受け止めてあげるから」

 マホヨさんの言葉が頼もしい。


「はい!」

 私はさっき教わった要領で、身体と箒の魔力を循環させるように魔力を送り続けた。


 魔法の箒のグラグラが収まり、重心が安定する。


「そのままゆっくり上にあがって~」

「は、はいっ……」


 フラフラと魔法の箒が上昇していく。


 地面との距離がゆっくりと離れていく。


 同時に視界に入る景色が広がっていく。


「わ、わぁ~」


 気がつくと街の景色が一望できるくらいの高さになっていた。


 地上からの高さは十数メートル。


 ちょっとしたビルの屋上よりも上。


 高さは怖いけど、初めて自分の力で魔法の箒を飛ばせたことの感動が勝った。


(す、凄いっ!)

 私の魔法で飛べたんだ。


 その時、突風が吹いた。


「きゃっ!」

 私がバランスを崩す。


 魔力は切っていないので、魔法の箒は浮いたままだけど私の身体が横向きになったそのまま逆さまになりそうになって……あ……落ちちゃう……。



「ほい、大丈夫?」



 ぽんと背中を誰かに受け止めてもらった。

 マホヨさんだった。


「あ、ありがとうございます!」

「今のはいい感じだったよー。ねぇ、ヒメノ?」


「私の教え方が上手いからねー」

「なにー! 私だって教えてるし!」


「あはは、お二人のおかげで……」

 と言いかけて気づく。


 ここは地上十数メートルの空中。

 私は魔法の箒に乗って、しっかりと両手で箒の柄を掴んでいる。


 かたやマホヨさんの両手は私の身体を支えたまま。

 一体どうやって飛んでいるのか、と思ってそちらを見ると。




 ――箒の上にマホヨさんが居た




 しかも、ヒメノさんを後ろに乗せて。


「あ、あの……大丈夫なんですか?」

「え? なにが?」

 私が驚いている理由がわからないのか、マホヨさんがきょとんとしている。


「カリンちゃん。マホヨはね、魔法の箒の熟練度が『Lv99カンスト』してるの。魔法の箒の上で縄跳びだってできるから。バカでしょ?」

「な、ナワトビ!?」

 嘘ですよね!?


「誰がバカよ! だいたい、魔法の箒の上で縄跳びできるの? って聞いてきたのはヒメノでしょ!」

「まさか本気でやるとは思わなかったし」

 本当にやったんだ……マホヨさん。


 それから高度を下げて、魔法の箒の練習をした。


 八の字飛行。


 加速と減速とブレーキ。


 曲がる時に、近くに鳥が飛んでいないかの巻き込み確認……などなど。


(うーん、覚えることが多いけど)


 楽しい!


 やっぱり空を飛べるって素敵。


 魔法少女になってよかった、と思った。


 練習を終えて。


 私とマホヨさんとヒメノさんは木陰のベンチに座って休憩した。


「はい、カリンちゃん。水と麦茶とポカリ、どれがいい?」

「えっと、では水を」


「はい、どぞー」

「ありがとうございます」

 私はマホヨさんからペットボトルの水を受け取った。

 フタを取って、喉を潤す。


(はぁ……美味し)


 マホヨさんとヒメノさんの教え方は優しいけど、二人とも実は体育会系というか、ずっと練習し続けるのでかなり体力と魔力を使った。


 おかげで午前の練習で、かなり上達した気がする。


「ねー、マホヨー。私やっぱりお茶がいいー」

「えぇー、飲んでから言わないでよ」

 と文句をいいつつ、飲み物を交換しているマホヨさん。


 二人は仲良しだなー。

 仕事でもよく一緒になるって言ってたし、魔法少女の相棒パートナーって感じ。


 いいなー、私も魔法少女のお友達ってできないかな。

 なんて考えていると。



「ねーねー、カリンちゃん。魔法の箒には慣れた?」

 と話しかけられ。


「はい、そうですね……」

 と返事をしようと声の方を向くと、マホヨさんの顔がになって目の前にあった。


「ひゃぁ!」

 びっくりしてのけぞる。


 マホヨさんは魔法の箒に、足だけかけて器用に逆さまにぶら下がっていた。


 いわゆる鉄棒の『こうもり』のポーズ。


「マホヨ、あんたスカートでなんてポーズとってるのよ」

 ヒメノさんが呆れたように言った。


 確かに魔法少女のスカートは長くないので、逆さまになったりすると下着が見えてしまうはずだけど……、不思議とスカートは重力に逆らうかのように下着を守っている。


「別に魔法のおかげで下着は隠れるんだからいいでしょ…………よっと!」

 そう言うやマホヨさんは、魔法の箒を手でつかみ、ぐるん! と一回転したのち大きく空中に身を投げ出し、そのまま何回転かしたあと、トン! と華麗に地面に着地した。


(凄い運動神経!)

 さらっとやってるけど、オリンピックの体操選手みたいなことしてる。


「あの……マホヨさん」

「ん? どーしたの」


「さっきの魔法の箒や、今の身体能力とかってどうやったらそんな風にできますか?」

 私が聞くと。


「魔法の熟練度をあげただけだよ」

 簡単でしょ? って感じで言われる。


 それは魔法少女の初期講習でも教わった。


 魔法は使えば使うほど、威力や性能が上がっていく。


 最初は魔法熟練度『Lv1』からスタートして、怪人と戦うようになるには『Lv10』以上を目安にするように魔法課の鈴木さんから助言された。 

 

 私の水魔法の熟練度は『Lv10』。

 魔法の箒は、熟練度『Lv2』。

 あとは魔法少女身体能力というのがあって、それの熟練度が『Lv7』。


「えっとマホヨさんとヒメノさんの魔法熟練度ってどれくらいなんですか?」

 お二人は東京の魔法少女のエース。

 参考になると思っての質問だった。


「えっとねー、私は『太陽魔法Lv99』、『魔法少女身体能力ステータスLv99』、『魔法の箒Lv99』かな?」


「…………へ?」

 マホヨのさんの言葉に、私は固まる。


「私の場合はー、『魅了魔法Lv99』と『魔法少女外見ビジュアルLv99』。あとは『魔法少女話術Lv99』って感じ」


「…………は?」

 ヒメノさんの言葉に、私は脳がフリーズした。


 あの……全部『Lv99カンスト』してるんですけど。


「ヒメノの能力って完全に詐欺師よねー」

「マホヨこそ、脳筋スキルばっかりのくせに」

「あわあわあわ……」


 今さら悟る。

 私ってとんでもない人に教えてもらってる?


 私の顔が面白い表情になってたのにマホヨさんが気づいた。


「大丈夫よ、カリンちゃん。別に魔法の熟練度をわざわざLv99にする必要ないから」

「そうそう、私たちはどっちの熟練度が先にLv99になるか競争してたら勝手に上がったんだよね」


 私は魔法少女の講習でLv50を超えると、めちゃくちゃ上がりづらくなるという説明を受けたのを思い出した。


 それをこの人たちは……。


 こりゃエースになるはずだ。

 ストイック過ぎる。


 そんなことをぼんやり考えていると。




 ――お呼び出しです、光の魔法少女マギサンシャイン牧真マホヨさんと魅惑の魔法少女マギチャームの桃宮ヒメノさん。医療センターまでお越しください。繰り返します……




 魔法少女教習所内にアナウンスが響いた。


「マホヨさん、ヒメノさん。呼ばれてますよ」

「あー……

「そういえばあったわね」

 マホヨさんとヒメノさんの表情が微妙なものになる。


「何があるんですか?」

 お二人は心当たりがあるらしい。


「「健康診断」」

 二人の声が揃った。


「健康診断って魔法少女は半年に一回受けるように決まってるやつですよね?」

「そうそう、それが面倒でさー」


「しばらくスルーしてたんだけど、催促リマインドきちゃったね」

「えぇ……」

 偉大な二人の先輩は、義務のはずの健康診断をサボっていたらしい。



「魔法少女は、怪人との戦いが使命ですし健康管理や不調の検知は大事じゃないですか?」

 講習で教わった模範的な問いかけをしてみたら。



「でもさー、カリンちゃん聞いて? 魅惑の魔法少女わたしって基本的に戦闘をしないから怪我のしようがないの。なのに診断する意味ある?」


「それは……」

 ヒメノさんは精神魔法の達人で、どんな敵であっても魅惑の魔法少女マギ・チャームを傷つけられない。

 確かに意味ないかも。



「ヒメノはまだいいじゃん。自分の気付かない体調不良があるかもしれないし。光の魔法少女わたしなんて太陽の光を浴びると、怪我も病気も勝手にするから。健康状態は常に完璧なんですけど」

「「……うわ」」


 私だけでなく、マホヨさんをよく知ってるヒメノさんまで呆れた声になった。

 太陽の光を浴びたら勝手に完治って……。

 どんだけ反則チートなんですか。




 ――おい! 光の魔法少女マホヨ魅惑の魔法少女ヒメノ! 居ることはわかってんだ! さっさと医療センターまで来い!!




 さっきの事務的なアナウンスとは違う、えらく荒々しくて感情的な声だった。


「「げ」」

 二人揃って顔をしかめる。



「先生いるのかー」

「じゃあ、行くしかないってマホヨ」

 知り合いの先生らしい。


「だねー、ヒメノ。ごめん、カリンちゃん。少し待ってて」

「はい! わかりました」

 マホヨさんとヒメノさんは、教習所の建物内に入っていきました。


 私は一人ポツンと取り残される。


(じゃあ、午前に習ったことを復習しようかな)


 魔法の箒の練習を続けようかと思っていたら。




「ねぇ、あなた」



 知らない人に声をかけられた。


「は、はい」

 振り向くと5人くらいの知らない魔法少女が私の後ろに立っていた。


 年齢は私と一緒か、1学年先輩だろうか。


 その真ん中にいる、気の強そうな赤毛の魔法少女がずいっと私に近づいた。


「随分と、マホヨさんやヒメノさんと親しげじゃない? あんた誰よ?」


 強い口調で言われた。


(ひえぇ!!) 


 これは!

 もしかして、もしかしなくても新人魔法少女イビリというやつでしょうか!?


 さっきまではマホヨさんとヒメノさんが一緒にいたけど、私一人になったから早速プレッシャーかけられてる?


「わ、私は狛江市を担当している新人魔法少女の海川カリンです! 担当エリアが近いので光の魔法少女マホヨさんに教わっています! よろしくお願いします!」


 こういう時は元気に挨拶だ。


 そうすれば大抵上手くいく。


 お母さんにそう教わった。


「ふーん……」

「新人……ねぇ」

「マホヨさんが直々とか贅沢……」


 小さく何やら言われるのが聞こえた。


 うぅ……怖い。


 ちょっと屋上に来いとか、言われたらどうしよう!?


 魔法の箒で逃げるしか……いや、今日習ったばっかりの私じゃ無理でしょ!


 頭がぐるぐる回っていると。


 がしっ! と私の両手を掴まれた。




「お願い!! 私たちマホヨさんとヒメノさんの大ファンなの!! あの二人のことを教えて!!」




 予想と全然違う展開になった。

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