第16話 噂話
「牧真さん、ちょっといい?」
放課後になって。
私とレイナが一緒に帰ろうとしていたら、担任の小林先生に呼び止められた。
「はい、なんでしょうか?」
「実はこの前の幽霊の件で校長先生がお話があるって……、少しだけこのあとに時間をもらえないかしら?」
「校長先生が話……ですか?」
この前の件とは、調布北中学校の旧校舎で起きていた幽霊騒ぎを、私が解決したことだろう。
取り憑いていた幽霊さんは、旧校舎の立て壊しに反対して生徒を驚かせるイタズラをしていたのだけど『引っ越し』してもらうことで穏便に済ませた。
もちろん結果は先生にも報告してある。
だから今さらどうしたんだろう?
何か問題あったのかなー?
「まほちゃん、私は先に帰っていつものカフェで待ってるね」
「うん、あとで追いつくよ、れいちゃん」
私は親友にわびた。
放課後に一緒に勉強する約束をしてたから。
「じゃーねー」
レイナは先に教室を出ていった。
「それじゃあ、行きましょうか。先生」
「ごめんなさいね、牧真さん」
申し訳無さそうに言う担任の先生についていって、私は校長室へと入った。
◇◇◇
「はぁ……まったく校長先生ってば」
私は大きな紙袋を持って、帰路についた。
一体どんな深刻は話かと思ったら、幽霊騒ぎを解決したお礼をどうしても直接言いたいというだけだった。
校長先生は、幽霊の対応にかなり苦慮していたらしい。
それを私が自発的に解決してくれて助かったと。
お礼と言っても流石に生徒にお金を渡すわけにはいかない。
魔法少女は個人からはお金を勝手に受け取っちゃいけない決まりがあるから。
代わりに校長先生がわざわざ銀座に足を運んで買ってきたという高級なお菓子をもらうことになった。
真面目な先生だなぁ。
うちの中学の先生たちは。
「ていうか、この内容なられいちゃんも一緒に行けばよかったな」
もともと幽霊の噂話を私に教えてくれたのはレイナだし。
彼女もこの件の関係者だ。
レイナはいつものカフェで勉強中だから、もらったお菓子は一緒に半分こしようっと。
そんなことを考えながら、ぽてぽてと歩く。
魔法少女に変身して魔法の箒でひとっ飛びすればすぐに追いつけるけど、どうせ学校から徒歩20分もかからない場所なので、私はのんびり徒歩で移動した。
学校から調布駅とは反対側の深大寺方面。
軽い傾斜を登っていく途中にいきつけのカフェがある。
神代植物園の横にある落ち着いた雰囲気のレンガ造りの店構えが見えてきた。
手動のドアを開き中に入る。
私はいつもの席に視線を向けると。
「あれ?」
窓際の端っこの四人用のテーブル。
そこが私とレイナがいつも使っている席。
調布北中学の制服で、亜麻色の髪が目立つレイナは、もう勉強をしているようでテーブルに参考書を広げている。
そして、その正面。
長い黒髪でモデルのようにスタイルが良いブレザーの女子中学生が座っていた。
そのブレザーはこの近辺のものではなく、都内の有名私立中学の制服。
いつも私が座る席に腰掛け、優雅に足を組んで紅茶を飲んでいた。
顔見知りだった。
「何やってんの? ヒメノ?」
黒髪の女子中学生の名前は桃宮ヒメノ。
「おかえりー、マホヨー。待ってたわよ」
「まほちゃん、早かったね。先生の用事なんだったの?」
ヒメノとレイナから同時に話しかけられた。
「お待たせー、れいちゃん。校長先生がこの前の幽霊騒ぎを解決したお礼だって」
私はお菓子の紙袋をテーブルに置いた。
「わー、これテレビで特集されてたやつじゃん。予約不可で3時間待ちなんでしょ? よく手に入ったねー」
「そうなんだ?」
驚いた。
そこまでは知らなかった。
校長先生、わざわざ並んでくれたんだ。
「まほちゃん。立ってないで座ったら?」
「うん、そうだね」
と返事をしてから気づく。
四人がけのテーブルに、レイナとヒメノは向かい合わせで座っている。
つまり私の座る席は、レイナの隣かヒメノの隣になるわけで。
「ねー、マホヨ。こっちに座ってよ」
ヒメノに左腕を引っ張られると。
「駄目だよ、まほちゃん。こっちに座らなきゃ」
レイナに右腕を引っ張られた。
ちょっと! ちょっと!
両方から引っ張られた動けないんですけど!
「ヒメノちゃん~? まほちゃんは、私の隣って決まってるの。ごめんね☆」
「えぇ~、マホヨの隣は相棒である私に決まってるでしょー」
「ダメだよー。幼馴染で親友の私がまほちゃんの一番で、ヒメノちゃんは二番目だからね」
「あはは、私とマホヨは魔法少女としていくつもの苦難を一緒に乗り越えてきたの。私が一番に決まってるでしょ」
ヒメノとレイナの会話がギスっている。
「あのねー、二人とも、落ち着いてってば。ケンカしないの」
「落ち着いてるよ?」
「ケンカなんてしてないけど?」
同時に反論された。
相変わらず相性悪いなぁー。
本気で仲が悪いわけじゃないと思うんだけど。
「むむむ……」
「く……」
「はい、離れた離れた」
私はテーブルを挟んで睨み合っているレイナとヒメノを引き離す。
「マスター、アイスロイヤルミルクティーくださいー。あと苺ショートとチョコケーキとモンブラン」
「はいよー」
とりあえず甘いものを食べさせて、落ち着かせよう。
「ほら、ヒメノはこっち」
私はヒメノの手をひっぱるとレイナの隣に座らせた。
そして、私はその正面に座る。
「……」
「……」
ヒメノとレイナは隣り合った席で困った顔で見合っている。
「こうすれば、平等でしょ?」
「むー……」
「仕方ないかー」
納得してくれたみたい。
そうこうするうちに、注文したケーキとドリンクが届いた。
「早いもの勝ちねー。私苺ショート」
「私はチョコケーキ!」
「モンブランかぁー、まいっか」
うまく空気を和ませられたみたい。
「ん! 美味しっ!」
「でしょー?」
「ねー、まほちゃんの一口ちょうだい」
「どうぞー、れいちゃんのももらうね」
「うん」
「ずる! わたしもー」
「はーい、どうぞヒメノちゃん」
「ありがとー、レイナちゃん」
さっきまでの諍いが嘘のようだ。
やっぱり仲いいじゃないか。
「で? ヒメノはどうして、急にここに来たよ」
私は苺ショートが半分くらいになった時に聞いた。
「あー、そうだったわ。マホヨに用事があったのよ!」
ヒメノはぽん! と手を叩いた。
「用事って?」
「この前さー。品川の倉庫街で海外から武器とか麻薬とか密輸していた犯罪者グループを逮捕したのって覚えてる?」
「えっ……なにそれ。怖っ」
ヒメノの言葉に、レイナが反応した。
私は記憶の糸を手繰り寄せた。
「えーっと、確かいきなり拳銃を撃ってきたあと、狼男の怪人が襲ってきたやつだっけ? うん、覚えてるよ」
「まほちゃん! そんな危ないことあったの!?」
あー、そういえばレイナには詳しく説明してないんだったっけ。
「大丈夫よ、レイナちゃん。マホヨが全員一撃で叩きのめしてたから。でね。そいつら海外のギャングの下部組織だったんだけど、どうやら最近になってその『上の』組織が東京に入ってきたらしいの」
「怪人を取り込んでる海外の大型犯罪組織ね……」
きな臭いなぁ。
ていうか、東京来ないでよー。
「まほちゃん、危ないことしちゃ駄目だよ」
「わかってるよ、れいちゃん。てかその規模だと、魔法少女じゃなくて警察とか公安が相手するレベルでしょ。ヒメノだって関わらないほうがいいんじゃないの?」
大きな犯罪組織なら、不法魔法使いが所属していることも多い。
国に属していない、魔法使いの犯罪者たちだ。
本物の魔法使いが出張ってきたなら、魔法少女だって危険だ。
そう思ってヒメノに忠告した。
「それがさー、そのギャング『
「あちゃー、そういうこと……」
敵が怪人となると、魔法少女が呼ばれる可能性は高い。
怪人を倒すのには、魔法少女の攻撃が一番効果があるから。
特に、東京の魔法少女は荒事に慣れてない子が多いため、私やヒメノはよく呼び出される。
「まほちゃん、ヒメノちゃん……」
レイナが不安そうな表情になる。
「大丈夫だって! れいちゃん、呼ばれるって決まったわけじゃないし」
「私はもう呼ばれてるけどねー」
あっさりとヒメノに言われ、レイナの表情がますます曇る。
「あんたね……でもそっか。だからそんなに情報に詳しいのね」
「そういうこと」
ふふん、と胸を張るヒメノ。
ここで嫌な予感がする。
「まさか……また潜入とかする気? やめときなさいよ。魅了魔法が効かない怪人がでてきたら危険よ。相手は犯罪組織よ」
「警察の人に止められたから、今回は潜入禁止だって」
それはよかった。
日本の怪人は脳筋なのが多いけど、海外の怪人ってよくわからないし。
慎重に行動したほうがいい。
それからしばらくは雑談して。
「さて、そろそろ帰ろうかしら」
ケーキを食べ終えたヒメノが立ち上がる。
「もう、行くの? もっとゆっくりしていけば? ヒメノちゃん」
最初のギスギスはどうしたのやら、レイナが名残惜しそうに声をかけている。
「うーん、そうしたいのは山々なんだけどこれから捜査会議に参加しなきゃなんだよねー」
「あんたそんなのまで出てるの……」
私は呆れた声で言った。
私は警察の捜査会議なんて参加したことない。
光の魔法少女は荒事専門なので、警察さんと協力するのは『逮捕』時など、現場仕事くらい。
ヒメノが鞄から財布を取り出した。
「ここのケーキの会計は……」
「いいわよ、わざわざ来てくれたんだから奢るって。あと、魔法の箒で送っていこっか?」
私が言うと。
「タクシー呼んでるから平気。じゃーねー☆ マホヨ、レイナちゃん」
ウインクして、桃宮ヒメノは優雅に去っていった。
残った私とレイナはしばし無言になる。
「……心配だねー」
レイナは浮かない顔をしている。
確かに、一般人にとっては東京に海外から犯罪組織が入ってきたとか聞かされていい気はしないだろう。
「そうね、ヒメノってスリル好きだからって無茶しないといいけど」
てか、私も気が重い。
大きな事件とか起きないといいんだけど。
そんな空気で、私とレイナはあまり勉強に身が入らず早めに切り上げた。
カフェを出て一緒に家まで帰る。
外は薄暗くなっていた。
「じゃーねー、まほちゃん」
「また明日、れいちゃん」
私はレイナと手を振って別れた。
お互いの家は見えるくらい近くにある。
私たちの住んでいる街は、治安は悪くないんだけどなんとなくレイナが家に入るまでは目で追っていた。
もちろん、周囲に不審者なんていない。
私も家に帰り、夕食を食べて、お風呂に入って、夜勉強をして、ベッドに入った。
いつも通りの日常を過ごした。
◇翌朝◇
……ピピピ、という目覚ましのアラート音で目覚める。
時刻は、7時ジャスト。
2階の自分の部屋から降りると、両親はすでに会社へ出ていた。
テーブルには、ほのかに温かいハムエッグが乗っている。
私はトーストにたっぷりのバターを載せて焼くと、甘いコーヒー牛乳と一緒に朝ごはんにした。
テレビをつけると、とりとめのないニュースが流れている。
人気のアイドルが、電撃引退! とか。
政治家の汚職が発覚! とか。
池袋の魔法少女がまたまた怪人を退治! とか。
私はぼーっと、テレビの音を聞きながら朝食を終えて、食器を洗った。
時刻は8時前。
いつもなら、そろそろレイナが迎えにくる時間。
そういう約束を明確にしたわけじゃないけど、小学校1年の時から朝の弱い私をレイナが呼びに来てくれて、そのまま登校するのが日課だった。
小学校から中学に上がっても、それは変わらず。
迎えがないとしたら、レイナが体調を崩している時くらいでいつも事前に連絡をくれた。
昨日は元気そうだったし、特にLINEも来ていない。
だからいつも通りのはず。
なのに……。
ここ9年で初めて――レイナは朝迎えに来ず、連絡もなかった。
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