都内最強の魔法少女は、魔法少女を卒業したい

大崎 アイル

第1話 魔法少女 牧真マホヨ

 リーン、リーン、リーン、リーン……



 都内某所。


 騒がしいカフェ内に、電子音とは異なる美しい澄んだベルの音が響く。


 喧騒が静まる。


 みな、その音の発信源を知っているから。


 カフェ内にいた人たちの視線が一人の少女に集まる。




 ――つまり私にってことなんだけど。




 私は音を発している魔法の手鏡コンパクトを開いた。


 手鏡コンパクトに映った『新宿』の文字をみて、顔をしかめる。


(えぇ~、またぁ? 遠いなぁ……)


 私はコンパクトの横についている『転送』スイッチを押す。

  

 お願い、誰か別の人に依頼してください。

 私は忙しいんです。


 その願いは虚しく……。


 一度、ベルの音が止まるがすぐに「リリリリリリリ!!」とさっきより激しい音で鳴り出す。


(うーん……近くに他の担当者はいないのかなー)


 憂鬱だ。


 せっかく勉強に集中できている時だったのに。


「ねー、まほちゃん。呼び出しベルが鳴ってるよ? 行かなくていいの?」

 と私に聞いてくるのは、亜麻色の髪にぱっちりした瞳が可愛い親友で幼馴染の月野レイナ。


 愛称は『れいちゃん』。


 最近は学校終わりに二人で一緒に、行きつけのカフェで受験勉強をするのが日課だ。


 もっとも今日みたいな呼び出しで、邪魔されてばかりなんだけど。


「行きたくないよー、遠いし、受験勉強中だしぃー」

 私は親友に訴えた。


「んー、でもそろそろ……」

 レイナが何かを言いかけた時。



 コン!コン!コン!コン!コン!コン!コン!



 とカフェのガラスを勢いよく叩く音が響いた。


「お! お迎えがきたよ、マホヨちゃん。ごめんよー、今開けるから」

 カフェの店長さんが、ドアに向かう。


「開けなくていいです~」

 私は無駄とわかっていながら抵抗する。


 店長がドアを開くと、何かが凄いスピードで飛び込んできた。


「マホヨちゃん! どうして呼び出しに応じてくれないノ!!」

 とながらカフェの入り口から飛び込んできたのは、一羽のカラスだった。


 ただし、全身の羽が『真っ白』という非常に珍しいカラス。


 しかも人の言葉を喋る。


 私の使い魔である。



「さあ、いこう! 困っている人が助けを呼んでるヨ! 今すぐ『変身』して魔法少女になるんダ!!」



 使い魔のカラスが急き立ててくる。


「嫌よ! 私の担当は『調布市』でしょ! なんで担当外の『新宿』にわざわざ行かなきゃいけないのよ!」


 そう。


 私――牧真マホヨ(まきままほよ)は生まれ育った東京都の調布市で『魔法少女』をしている。


 最初に魔法少女に変身したのが小学校三年生の時。


 そして現在、中学三年の受験生になっても魔法少女を続けている。


 魔法少女歴が七年目というのは、そこそこのベテラン扱いになる。


 おかげで今日みたいに、担当外の地区からちょくちょくヘルプが入ってくる。


「しかたないじゃないカ。新宿の魔法少女は新人なんダ。今日の怪人はちょっと強いみたいで苦戦を強いられてる! 君の助けが必要なんダ!」


「新人っていうけど、新宿担当の魔法少女だって半年は経ったでしょ。別に助けがなくたって」

「その子は辞めたヨ」


「辞めたの!? もう!?」

「今の新宿担当の魔法少女は2週間前にアサインされたばかりだネ。しかもまだ小学生ダ」


「それをはやく言いなさいよ! ああ! もういくわよ! 行けばいいんでしょ!」

 そう言うや私はトイレに駆け込む。


 用を足すわけじゃない。


『変身』のためだ。


「マホヨちゃんー、別にどこで変身したっていいだろウ。魔法の光が身体を隠してくれるヨ?」

「いやよ、ちょっと待ってて!!」


 小学生の頃は気にしてなかったけど。


 魔法少女は変身するたびに、一回服を脱がなきゃいけない。


 あれ意味わかんないし、恥ずかしいし!


 裸を見られるわけじゃないけど、身体のラインは見えちゃうのよ!


 私はささっと変身を済ませ、席に戻ってきた。


 レイナが私の参考書やノートを片付けておいてくれた。


「まほちゃん、荷物は私が見ておくね。遅くなったら、明日学校で渡すよ」

「うぅ……いつもありがとう、れいちゃん」

 私は親友に感謝を伝えた。


「いいってことよ☆ がんばってねー、まほちゃん」

 ぽんぽんと、私の頭をなでるレイナ。


「気をつけてねー、マホヨちゃん!」

 すっかりこのやりとりに慣れた行きつけのカフェの店長が、ひらひらと手を振ってくる。


 他にも常連さんたちからも応援の言葉をもらった。


「いってきます~」

 私はアカリと店長さんたちに手を振ってカフェを出た。


「魔法のほうき、召喚」


 そいう言うとオレンジ色の魔法陣が空中に浮かび、そこから一本の箒が現れる。


 私は『魔法の箒』にまたがる。


 ふわりと浮遊する。



「いけー! 魔法少女マホヨちゃン!」

 能天気にカーカーうるさい私の使い魔。


「うっさい!」

 魔法の箒に魔力を込めると、一気に加速した。



 ◇◇◇




 私は都内の住宅街の上を箒で飛空している。


 眼下には京王線の特急電車が走っている。


 ちょうどいいからこの電車についていこう。


 ちなみに、風の抵抗は魔法のバリアで防いでいるので、空の旅は快適。


 電車と同じ速度でビュンビュン風をきる。


「マホヨちゃん。どうしてこんなにのんびりいくノ? 音速で飛べば一瞬なのニ」


「バカなこと言わないでよ、せっちゃん。住宅街で音速で飛んだりしたら衝撃波でむちゃくちゃになるわよ。それより早く怪人の情報を教えてよ」


 せっちゃんというのは、私が魔法少女になった時につけた使い魔カラスの名前。


 正式名は『せいや』。

 子供の頃に好きだったアイドルから名付けた。


 最近は、もうちょっとカラスっぽい名前にすればよかったかなー、と思ったりしている。

 ま、いいんだけどね。



「えっとね、出現した怪人の危険度はBランクだネ」

「Bランク……銃火器を所持した犯罪者レベルか……やっかいね」


 怪人というのは、魔法少女の天敵だ。


 いや、逆かな。


 怪人の天敵が魔法少女。


 魔法少女は怪人を倒すために存在すると言ってもいい。


 まぁ、他にも妖怪とか魔獣とか怨霊とか、もっとやばい連中は色々いるんだけど……。


 とにかく怪人が出現すると、周囲に大きな被害をもたらす。


 魔法少女の主な仕事は、悪事を働く怪人を退治することだ。


「そうだヨ! だから急がなキャ!」

「新人の魔法少女は無事なの? 怪我はしてない?」

 2週間前になったばかりと聞くし、心配になる。


「んー、新しい魔法少女ちゃんは回復魔法が得意みたいだし、そもそも魔法少女は頑丈だからネ。怪我の心配は少ないかな。ただ攻撃魔法が苦手なのと、人質をとられてうまく対処できないみたいだネ」

「あー、新人はよくあるやつね」


 基本的に心優しい女の子である魔法少女は攻撃が苦手だ。


 特に、怪人は『元人間』。


 姿は人間とはかけ離れいていることが多いけど、なかなか割り切って攻撃できない。


「みんな、マホヨちゃんみたいに容赦なく怪人を攻撃できる魔法少女ならいいのニ」

「失礼な使い魔ね」

 ちゃんと加減はしてるし。


 雑談をしながらも魔法の箒は、電車の真上を同じ速度で飛び続ける。


 電車が、ゆっくりと電車がスピードを落としはじめた。


「特急が止まるってことは、明大前駅に着いたわね」

 並走していた特急電車が停車する。

 

 私の箒はその上を通過していった。


 正面の遠目には巨大なビル群が見えてくる。



「マホヨちゃん、そろそろ新宿だよ」

「みたいね。それで、怪人が出たのはどのあたりなの? せっちゃん」



 ぶーたれるのはやめて、気持ちを切り替える。


 

「えっとねー、歌舞伎町だねー。人がたくさん集まってるからすぐわかると思うヨ」

「またかー。あの辺の人って酔っ払いが多くて戦いづらいんだよねー」

 

 歌舞伎町というのは新宿でももっとも栄えているエリアの一つ。

 飲み屋が多くて、夕方は人で溢れている。


 そんな会話をしながら、新宿のビル群の間を飛び抜けていく。

 ちょうど、仕事終わりのサラリーマンたちが多いみたいで駅前はごった返している。


 たまに私に気づいて「魔法少女だ!」と指差す子供がいる。


「まだ、19時前だよ? 酔っ払いは少ないんじゃない?」

「甘いわね、せっちゃん。新宿はいつだって酔っ払いに溢れてるんだから」


「うーん、不健康な街だねー。おや、そろそろ見えてきたんじゃない?」

 使い魔せっちゃんの言う通り、お店が立ち並ぶ大通りの中で人が大勢集まっている場所がある。


 人混みはドーナツ上になっていて、中央には奇妙な人影があった。

 体格からして男性だろう。


 もっとも目につくのは、その巨体。

 なんせ身長が四メートルくらいある。


 人間ではありえない。




 ――怪人だ。




 そして、



「怪人につぐ! 君は包囲されている! 大人しく人質を解放して、投降しなさいー!」

 警察らしき人が怪人に呼びかけている。

 他にも大きな盾や警棒を持った人たちがちらほら。



「なんだ、もう警察の人たちいるじゃん」

 Bランクの怪人って、ぶっちゃけ武装した警察なら倒せるんだよね。


 けど、人質がいるみたいだし困ってるみたい。


 やっぱり手伝ったほうがいいね、と思いながら私は人混みの中央。


 怪人から少し距離を取った場所に、降り立った。


 最初に反応したのは怪人だ。


「な、なんだお前は! どこから現れた」


 それに答える前に、周りの人たちが反応した。


「あ、あの魔法少女は……」

「金髪のツインテールに、赤い戦闘ドレスってことは」

光の魔法少女マギ・サンシャイン!」


「調布の魔法少女だ!!」

「あのベテラン魔法少女か!」

「ああ! 七年目の大ベテランよ!」


 中学三年の少女に、ベテランベテラン言わないで欲しい。


「勝ったな!」

「よし、二軒目に飲みにいくか」

「小学生の頃は可愛かったのになー、マホヨちゃん」

「今も可愛いだろ! いい加減にしろ!」


「最近はちょっと目つきがきついんだよね」

「そこがいいんだろ! マホヨたんに罵倒されたい!」

「はぁ……はぁ……」

「変態がいる」


 様々な声援が飛んでくる。

 声援……? 

 声援かなぁ?



「マホヨさん! 応援にきてくれたんですね」

「ユミコさん、手伝いにきましたー」

 私のほうに走ってきたのは、一人の女性警察官だった。

 新宿の警察署に勤めているユミコさんとは、何回か一緒にお仕事をしたことがある。



「状況は……見ればだいたいわかりますけど」

「敵は『怪人・巨人タイプ』で危険度はランクBです。警官で包囲はしましたが、人質をとられて正直困っていました」


「はーい。じゃあ、任せてください」

「お気をつけて!」

 私はゆるい口調で返事をして、軽い足取りで怪人のほうへ向かう。



「ち、近づくな! 人質がどうなってもいいのか!!」

 怪人は巨体のくせに、せこいことを言う。


 人質は二人。


 酔っ払ったサラリーマンっぽい人と、新人魔法少女の女の子。

 酔っ払いは眠っているようで、いびきをかいている。

 魔法少女の女の子は、怯えた表情で震えている。


 二人ともロープでぐるぐる巻にされて怪人の足元に転がっている。

 どっちも怪我はしてなさそう。



(んー、どうしよっかなー。とりあえず人質の安全を優先かな)



 私は短い魔法のステッキを取り出し、ぴゅん! と振るう。



「太陽魔法・光の結界ライトバリア



 私が魔法を使うと、人質の二人の周囲を光が覆った。


「え?」

 怪人が慌てて人質に触れようとする。

 けど……。


「さ、触れない!!」

 人質と怪人の手の間に見えない壁があるかのように触れなくなっている。

 ま、私の魔法のせいなんだけど。


「「「「「「おおー!!!」」」」」」

 と周囲の人たちから歓声があがる。


「はーい、人質は私が保護しましたよー。怪人さん、大人しく投降してもらえます? そもそも何が目的です? こんなことしたって何もいいことありませんよ」


 私は怪人に言った。


「う、うるせぇ!! ほんの数百万円の横領がバレただけで、十年も勤めた会社をクビになって!! 適当に声かけかれた女に金を支払ってゆきずりで関係をもったら性病をうつされちまった! ムシャクシャして、元職場に放火してやろうと思ってうろうろしてたら、怪人化してよぉ! もう終わりだ! こんな世の中は間違ってる!! 全部、めちゃくちゃにしてやる! 目につくやつを全員不幸にしてやる!! 魔法少女を襲えば、俺の主張がテレビやネットで広まるだろ! 俺は悪くねぇ! 社会が全部悪い!!」


「うわぁ……」

 悲劇っぽく言われたけど、全然同情できない内容だった。

 それって自業自得ですよね?


 そして、怪人になったのはどう最近らしい。


 怪人のほうも新人さんだ。




 ――人間の怪人化。




 それは人が持つ負のエネルギーが、少しづつ大量に集まって汚染された魔力マナである『瘴気』となって街のどこかに溜まっていく。


 その瘴気溜まりに触れた『不幸な』人間が怪人化する、と言われている。


 怪人になってしまったら、通常の人権を失う。


 怪人という新たな『人種』と定義される。


 人語は話すが、人の価値観を忘れた、人間に害をなす獣。


 怪人化してしまった人が、人に戻ることは稀だ。


 警察官さんたちの呼びかけにも、耳を貸さないようだしこの怪人はもう『退治』するしかない。


「はぁ……魔法少女を襲って目立ちたいって」


 本当に酷い理由。


 ふと見ると見物人の中には、カメラを構えている人たちが多い。


 きっとこの様子をSNSに上げたりするんだろうな。


 魔法少女絡みの事件は、よくバズるし。


 残念ながら怪人の狙い通りになるんだろう。


 腹が立ってきた。


「身勝手なこと言って!」

 私はずんずんと怪人の前に向かって歩いた。


 人質の安全は確保している。


 だから問題ない。


 正面から歩いてくる私に、怪人は戸惑った様子だ。


 私は怪人の真正面に立った。


「あなた、つまんないやつね」

「な、なんだと!」


「この子はまだ小学生なのよ。それをいい年した大人が怪人にまでなって襲うなんて恥ずかしくないの?」

「う、うるさい!! お、おまえになにがわかる!!」


 怪人が拳を振り上げる。

 私はそれを静かに見ていた。



 ゴン! 



 と低い音がして、私の頬に衝撃が走った。


 口の中が切れる。

 血の味がした。



「きゃーーー!!」

 悲鳴があがる。


「光の魔法少女が殴られた!?」

「あのマホヨちゃんが!」

「うそだろ!!」

「負けちゃ駄目―!」

 見物人たちがざわつく。



「へ……へへ。どうだ、俺のパンチは……魔法少女にだって負けてな……」

 怪人が何やら言っている。


 はぁ……、確かにちょっと痛かったわ。


「じゃあ、今度はこっちの番ね」

 そう言うと私は右手を軽く握った。


 と同時に、拳が眩く輝き始める。


「へ……、ちょ……待っ……」

 怪人の言う言葉を待たず、私は一歩踏み込み――それだけで、相手の懐へ潜り込み。




「太陽魔法・輝く光の拳シャイニングパンチ!」




 正拳突きをした。


 ドカン!! と交通事故のような音が響く。


 怪人が、はるか後方へふっとんでいく。


 勿論、加減はしてある。


 本気で殴ったら下半身と上半身がバイバイしちゃうから。


 怪人は数メートルは飛ばされて。


 三回ほど転がったあと、俯せに倒れて動かなかった。


「わー!」

「魔法少女が勝った!!」

「当たり前だろ! マホヨさんだぞ」


「つえー!」

「流石は!」

「都内最強の魔法少女!!」

「しびれる!」


「きゃー! サインしてー!」

 さっきまでざわついていた見物人たちが手のひらを返して私を称えた。


(はぁ……)

 笑顔で手を振りつつ、心の中で嘆息する。




 ――都内最強の魔法少女・牧真マホヨ。



 ほんと~に不本意ながら、それが私の二つ名ニックネームである。

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