第2話 牧真マホヨは、新人の世話を焼く

 新宿に現れた怪人は、無事に退治できた。


「あ、ありがとうございました、マホヨさん!」

「はーい、お疲れさまでした、ユミコさん」


 知り合いの警察官であるユミコさんがこっちに駆け寄ってきた。

 私は気軽に返事をするが、彼女は焦っている。


「マホヨさんのお顔の傷を早く治療しないと!」

「あー、これですか」

 さっき怪人に殴られた時にできた跡。


 確かに、まだちょっとだけ痛む。


「太陽魔法・癒やしの光ヒールライト

 私は自分に回復魔法をかけた。


 一瞬で痛みが消える。


「す、凄いですね」

「もともとただのかすり傷ですよ」


 Bランクの怪人のパンチなんて、正直大したことはない。

 魔法によって身体能力が強化された魔法少女は、少々のことでは怪我もしない。


 気絶した怪人は、他の警察官さんによって連行されている。


 このあと怪人収容施設に入れられるらしい。


 そこがどんな場所なのか、私は行ったことがないのでよくわからないけど。


 誰も教えてくれないんだよね。



「ところでマホヨさん、一つ質問なんですが」

「なんですか?」


「どうして……さっきは怪人に殴られたんですか?」

「あ~、やっぱりバレました?」


「そりゃ、そうですよ。Bランクの怪人にマホヨさんが怪我をするなんて考えられません」

「んー、これ見てもらえます?」

 私はスマホを取り出すと、SNSで『新宿』『魔法少女』と検索する。


 うわ、もう写真がたくさんUPされてる。


 一番多いのは、私が怪人をやっつけている写真。


 そして次に多いのは、私がいる写真だった。


 さらに。


 ――マホヨちゃん、調子悪い?

 ――Bランクの怪人に殴られるとかなさけねー

 ――都内最強ってガセじゃね?

 ――光の魔法少女つっても大したことないな


 みたいな呟きがチラホラ見られた。


「なっ! なんですか、これは! 許せないですよ! マホヨさんは、遠くからわざわざ助けにきてくれたのに!」

「いいんですよ。おかげで新宿の魔法少女が怪人に負けて人質になった写真は拡散されてないでしょ?」


「あ……」

 ユミコさんも気づいたらしい。


 もし私が初手で怪人をあっさり倒していたら?


 きっとSNSでは私を褒めるコメントがあふれるだろう。

 そして、『新宿の魔法少女は頼りない』というレッテルを貼られる。


 新人でそんなことを言われると一瞬でメンタルを病んでしまう。

 そんな同業者を私は何人も見てきた。


「やっぱりマホヨさんは凄いですね……。瞬時にそんな判断ができて」

「いえ、長くやってるだけですよ」


「ふふふ、頼りにしてます。この調子でずっと街の平和を守ってくださいね」

「いえ……、中学三年の受験生なのでそろそろ魔法少女を卒業したいんですけど」


「ええー! あと五年は続けましょうよ」

「嫌ですよ! 私、二十歳になっちゃう!」


「いいじゃないですか。きっと二十歳のマホヨさんも可愛いですよ! 私は応援します!」

「ぜったいに、嫌ですー!!」


 そんなやり取りを繰り返していると。


「マホヨさん! 助けていただき、ありがとうございます!!」

 小学生くらいの女の子がこっちに走ってきて、ぺこりと頭を下げた。


 白を基調とした中に青いデザインが入ったセーラー服っぽい可愛らしい戦闘ドレス。

 さっき怪人に人質にされていた新宿の魔法少女だ。


「大変だったね。怪我はない?」

「はい! でも、怪人との戦いにはまったく役にたてなくて……」

 小さな魔法少女は、しょんぼりとうなだれた。


「大丈夫だよ、最初はみんなそんなもんだよ。私だって新人の頃は……」

「マホヨちゃんは、新人の頃から危険度Aランクの怪人をバリバリやっつけてた……痛い!」


 余計なことを言った使い魔を無言でしばいた。


 話題を変えよう。


 そういえば自己紹介がまだだった。


「えっと、貴女の名前を教えてほしいな。知ってると思うけど私は太陽の女神様に加護をもらった光の魔法少女マギ・サンシャインの牧真マホヨ。あなたは……ドレスの色からして水属性かな?」


「は、はい! 私は水の女神様に加護をもらった炭酸水の魔法少女マギ・スパークリング海川カリンです!」


「海川カリンちゃん、よろしくね。マギ・スパークリングっていい響きねっ……た、炭酸水の魔法少女!?」

 そんなのあるの!?


「えへへ……」

 照れたように笑うカリンちゃん。

 なんで照れるのかな。


「ち、ちなみに、どんな魔法が使えるの?」

 案外凄い魔法が使えるのかもしれない。

 名前で判断しちゃいけない。


「えっと、回復する炭酸水ヒールソーダが使えます! 回復するし美味しいです!」

「へ、へぇ……」

 う、うん。


 回復魔法は重要だよ。

 怪我人を助けられるし、怪人と戦う時にも役立つ。


「あと、降り注ぐ炭酸水シャワーオブソーダって魔法も使えます!!」

「えっと、それはどんな効果が?」


「なんか、シュワシュワして普通のシャワーより気持ちいいです! 暑い日にぴったりです」

「ほ、他には……」


「今使える魔法はその二つだけです!」

 笑顔いで答えるカリンちゃん。


「ユミコさん!!!」

「マホヨさん!!!」

 私と警察官のユミコさんは同時に顔を見合わせた。



「魔法少女の配置変え申請をしてください! カリンちゃんに新宿担当は無理です!!」

「そうですね、マホヨさん! 私もそう思ってました」


「ていうか、ユミコさんはどうしてカリンちゃんの能力を把握してないんですか!? 新宿署ですよね!」


「今日がカリンちゃんの魔法少女デビューだったんです! それに魔法少女の能力なんてプライベートな情報は、警察にも回ってませんよ。でも、大丈夫! 私が責任もってカリンちゃんを配置換えしてもらいます!」


「お願いしますよ! ユミコさん」

「えっ? え?」

 焦る私とユミコさんとは反対に、よくわかっていないカリンちゃんが戸惑っている。


「大丈夫よ、カリンちゃん。もっと治安のいいエリアに配置換えしてもらえるから」

「でも……私の家はこの近くですし」


「大丈夫! 都内は電車もバスもいっぱいあるから。交通費だって申請すればもらえるから。もしくはもう魔法の箒は使える!? だったら東京は狭いからどこだってひとっ飛び……」


「無理ですよ、マホヨさん。魔法の箒を使うには試験に受からないと自由に飛べません」

「そうだったわ……」

 そんなルールがあったっけ。

 昔過ぎて忘れちゃった。


「あの……新宿担当が無理って、やっぱり私が……弱いから……ですか?」

 カリンちゃんの顔が暗く沈む。

 しまった、言い過ぎたかも。


「えっとね、新宿って都内でも特に強い怪人が多い場所なの。だから新人のうちはもっと平和な街を守って、強くなったら地元の魔法少女に戻ればいいんじゃないかな。別におかしなことじゃないよ?」


「それが……いいんでしょうか?」

「そうよ! マホヨさんはベテラン魔法少女だから言うことは間違いないよ、カリンちゃん!」

 ユミコさんもフォローしてくれる。

 ナイス!


「わ、わかりました。じゃあ、別の地域が担当になっても魔法少女をがんばります! 実は私……マホヨさんに憧れて魔法少女になったんです!」

 キラキラと目を輝かせて、その子は言った。


「え? そうなの?」

「マホヨちゃんは、よく新宿のヘルプに来るからね。マホヨちゃんに憧れる子は多いよネ」


 使い魔せっちゃんが気軽に言ってくれる。


 好きで来てるわけじゃないんだけど。

 使い魔あんたが引っ張ってきてるのよ?


「そっか、光栄だよ。でも無理しちゃ駄目だよ? ちゃんと周りの人たちを頼ってね」

「はい! そうします!」

 元気よく返事をしてくれた。


 いい子だなぁ。

 素直で可愛い。


 人によっては担当外の魔法少女がでしゃばってくるな、っていう子もいるし。

 カリンちゃんは、アドバイスを聞き入れてくれる子みたい。


「じゃあ、私は帰りますねー」

 そう言って魔法の箒に乗ろうとした時。


「あ! そうだ。忘れるところでした。マホヨさんの魔法少女ライセンスをお借りしていいですか」

「私も忘れてました。はい、どうぞユミコさん」


 警察官のユミコさんに魔法少女免許証を渡す。


 ユミコさんは、私のカードを機械に通した。

 ピッ! と音がなる。


「はい、お返しします。これで記録完了です。マホヨさんには『魔法少女報酬』に加えて『担当地域外活動手当』が支給されます。のちほどご確認くださいね」

「はーい」


 魔法少女の活動はボランティアじゃない。

 拘束時間があるし、危険も多い。


 かといって、救助された人がお金を支払ってくれるわけじゃない。

 なので魔法少女活動の報酬は『国』が支払うことになっている。


 つまり、魔法少女は公務員。

 だからこその魔法少女免許であり、活動の報告は国に行う必要がある。


 報告は、主に警察や病院関係者に伝えればOK。


 あとは勝手に大人が報告書を国に提出してくれる。


 しっかりしたフローがあるのだ。

 魔法少女の仕事には。


「じゃあ、またねカリンちゃん。ユミコさんもお疲れさまでした」

「おつかれさまでした、マホヨさん」

「マホヨさん!!! ありがとうございました!!」


 私は二人に手を振って、箒に飛び乗って空に向かって一気に上昇した。


 それを下にいた見物人が写真を取ってくる。


 ローアングルを撮りたいらしい。

 不届き者め。


(魔法少女のスカートの中は、魔法で守られてるから撮れないですよー。残念でした!)


 そんなことを思いつつ、仕事を追えた私は空高く舞い上がった。




 ◇◇◇




「はー、すっかり時間かかっちゃった」


 私は自宅がある調布市に向かって、箒に乗って移動する。


 時間は20時を回っている。


 うーん、レイナはもう帰っちゃったかなー。


 カフェの営業終了時間は21時。


 一応、顔を出してみよう。


 ちょっとだけ、勉強する時間あるかも。


 でもその前にアイスココアが飲みたいなー。


 生クリームをトッピングしよかなー、


「今日も良い仕事をしたネ☆ マホヨちゃん!」

 使い魔が調子良く褒めてくる。


「気楽に言ってくれて……まぁ、でもきてよかったかな」


 新宿の新人魔法少女カリンちゃんは良い子だった。


 戦闘力的な意味では、心配な部分も多かったけど。


 できればいつまでもそのままの良い子で魔法少女を続けて欲しい。


 その後、使い魔とだらだらと雑談しつつカフェに戻る帰り。


 そろそろ調布駅が見えてくるかな、というあたりで。




「ジリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリ!!!」




 魔法のコンパクトが鳴り出した。


 音の種類が、いつもと違う。


 この緊迫感のある警報は……


「緊急救助要請!? 今度はなんなのよ!!」

 もう帰るところなのに!!


「マホヨちゃん、あっち!」

 せっちゃんが私の肩をつつく。

 その方向を見ると。


「……げ」

 一瞬で、状況を理解する。


 遠目にもはっきりと大きな赤い炎と、それに照らされた黒い煙が見えた。


「マホヨちゃん! 火事だよ!!」

「わかってる!! 魔法の箒、加速しなさい!!」


 私が魔力を込めて命令すると、私を乗せた空飛ぶ箒は一陣の風になる。


 火事現場は、4階建ての古びたアパートだった。


「いやー!!! 私の赤ちゃんが!!!」

 女の人が悲鳴を上げている。


「駄目だ! 火の周りが早い! 中に入ったら一緒に焼け死ぬ!」

「だめーー!!! 行かせて! 助けなきゃ!!」


 私はその叫んでいる女の人の前に降り立った。


「貴女の部屋はどこ!?」

「えっ?」

「ま、魔法少女!!」

 女の人とそれを抑えていた人が、そろって驚きに口をあける。

 その時間が惜しい。


「はやく、教えて!! 何号室に赤ちゃんはいるの!!」

「405号室です! リビングのベビーベッドで寝かしていました」


 ダンッ!!!!


 それを聞いた瞬間、私は4階まで一気にジャンプした。


 いちいち、箒に乗っている時間はない。


 405号室の前に到着して、扉を開けずに蹴り飛ばした。

 

 ドアが内側に吹っ飛ぶ。


光の結界ライトバリア


 炎に包まれる405号室に飛び込む前に、結界魔法で身体を覆った。


 部屋に入ると、外から見たほどは炎が広がっていない。」


 しかし、数十秒後には全てに炎に飲み込まれそうな状況だった。


 その後、リビングに飛び込みベビーベッドを発見した。


 泣き声はしない。


(……まさか)


 ベッドの上では、ぐったりした赤ちゃんが横たわっていた。


 迷わず抱き上げて、回復魔法をかける。


癒やしの光ヒールライト


 もし、毒となるような空気を吸い込んでいたらこれで癒せるはずだ。


 でも、私の魔法じゃ死んだ人は生き返らない。


「…………アー! アー! 」

 赤ちゃんが元気よく泣き出した。


 ……よかった。


 生きてた。


 どっと緊張感から解放される。


 私は結界魔法を維持して、赤ちゃんを抱いたまま炎に包まれる405号室をでた。


「魔法の箒、おいで」

 赤ちゃんを抱いているので4階から飛び降りたりせず、箒に乗ってゆっくりと地面へ降りる。


 そして、母親へ大きな声で泣いている赤ちゃんを返した。


「あ、ありがとうございます!! 本当にありがとうございます!!」


 私は赤ちゃんをお母さんに渡すと涙ながらに感謝された。


 ウーーー! ウーーー! ウーーー! ウーーー!


 気がつくと大音量で消防車のサイレンが響いている。


 消防士さんたちが、テキパキと避難誘導や消火活動をしている。


(他に逃げ遅れた人がいれば、私も救助に行くんだけど)


 確認した所、全員の避難は完了したらしい。


 私は消防士さんたちに挨拶をして、帰路についた。


 消化活動を手伝いたかったけど、私は火を消せるような魔法は使えない。


(カリンちゃんの降り注ぐ炭酸水シャワーオブソーダなら火を消せたりするかな?)


 ふとそんなことを思いついた。


 いや、無理かな。


 疲れているのか、よくわからないことを思いつく。


 時計の針は22時を過ぎている。


 カフェはとっくに閉まっている時間だ。


 スマホを見ると、『今日はもう帰ったよー☆ 魔法少女お疲れさま』というレイナからのメッセージが届いていたので、『つかれたよー、今日はごめんね☆』と返信した。




 ◇◇◇




 家に着いた。


 もちろん魔法少女の格好じゃなく、制服に戻っている。


「ただいまー」

「マホヨ、遅かったじゃない。心配してたのよ。ご飯は食べてきたの?」

 家に帰ると、リビングでお母さんが待っていた。

 お父さんはお風呂らしい。


「うん、今日はもう寝るね」

「そう……無理しちゃ駄目よ」

「大丈夫だよ、お母さん」

 私は心配かけまいと、なるべく自然に笑顔を返す。


 そのまま階段を上がって、自分の部屋へと入った。


 カバンを置いて、制服の上着を脱ぐ。


 寝間着に着替える気力はなかった。


 リボンだけ外して、私は制服のままベッドへ潜り込んだ。


 明日は制服のアイロンかけなきゃ……。


 面倒だなー…………、徐々に意識がまどろんでいく。




「…………マホヨちゃん。やっぱりきみは最高の魔法少女だヨ」




 使い魔せっちゃんの声を聞きながら。


 私はそのまま眠りについた。

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