第11話 魔法少女と学校の怪談(前編)

「旧校舎に幽霊がでる?」

 ある日の昼休み。


 一緒に中庭のベンチでレイナと雑談していると、そんな話題になった。


「そうそう。まほちゃんは聞いたことない? 一年生の間で噂になってるらしいよ。深夜になると旧校舎で、奇妙な笑い声が聞こえたり、変な落書きがされてたり、物が勝手に動かされてるって」


「へぇ~、知らないなぁー」

 私は購買で買ったレモンティーをコクリと飲んだ。

 レイナはミルクティーを飲んでいる。


「れいちゃん、そっちと交換しよ」

「いーよー」

 私は飲み物をレイナと交換した。

 うん、甘くて美味しい。


「料理部の後輩がねー、話してたんだ。友達と夜の学校で肝試しをしたら幽霊がでちゃったって」

「夜の学校で肝試しって、それは校則違反なんじゃ……」


「まぁまぁ、細かいことは気にしちゃダメだよ、まほちゃん」

「細かいかなぁ……」


「でさ、幽霊の除霊も魔法少女の仕事なんでしょ? これってまほちゃんに関係あるんじゃないかな?」

「幽霊じゃなくて悪霊ね。無害な幽霊をいちいち除霊して回ったらキリがないからそこまでは面倒みれないよ」


 わざわざ校則違反の夜の学校に忍び込んで、幽霊に合ったからってそれは自業自得な気がする。

 その幽霊で誰かが怪我をしたり、取り憑かれてっていうなら話は別だけど。 


「そっかぁ。じゃあ、今回の件は魔法少女のお仕事じゃないね」

 そうだね、と言おうとしてレイナの横顔を見て気づいた。

 

 長年の幼馴染の勘。

 

(がっかりしてる……?)

 そうな風に感じた。


「ねぇ、れいちゃん。もしかして、幽霊の対処を私にしてほしいの?」

「えっ? そんなことは…………ちょっとあるけど」

 あるんだ。


「なんで? れいちゃんって幽霊とか苦手じゃなかったっけ?」

 ホラー映画とか絶対見ないタイプ。

 ちなみに私は全然平気。


「ほら、だって学校だったらまほちゃんと一緒に私も夜の肝試しに行けるかな―って思って」

「肝試し行きたいんだ? 意外」

 お化け屋敷だって行かないのに。


「やー、一人だと絶対に嫌だよ? だけどまほちゃんと一緒だったら安心だし、ちょっと夜の学校とか楽しそうだなーって思って」

「じゃあ、行く?」

 私は言った。


「いいの!?」

「れいちゃんが行きたいならいいよ。でも、無許可はダメだから先生がOKしたらね」


「そこはしっかりしてるね」

校則ルールは守らないと」

 魔法少女は品行方正。


 ちなみに、魔法少女の力を使って犯罪行為をすると当然魔法少女の力を失う。

 その場合は『卒業』じゃなくて、魔法少女免許ライセンスの『剥奪』になる。


 勿論、そんな方法で魔法少女を辞める気はないです。


「許可は誰に取ればいいかのかな? まほちゃん。 校長先生とか?」

「大げさになっちゃいそう……とりあえず担任の小林先生に相談してみるよ」


「私も一緒に行くねー」

「うん、じゃあ一緒に聞きに行こう」

 話がまとまった。



 ◇放課後◇



 職員室にて。


「え? 牧真さんが幽霊の除霊をしてくれるんですか!?」

 小林先生の大きな声が響いた。


 小林先生は、私たちのクラスの担任でおっとりした雰囲気の優しい先生。


 普段はメガネをかけて髪を一つくくりにした真面目な先生って感じだけど、メガネを外して髪を下ろすと美人になる。


 男子の隠れファンが多いらしい。


「小林先生も知ってるんですか? 幽霊の噂」

 レイナが尋ねると。


「勿論ですよ! 最近、色んな生徒から相談を受けていて……困ってたんです」

 ほぅ……、と色っぽくため息を吐いた。


「だったら専門の業者に依頼をかければいいだけじゃないですか?」

 私は不思議に思って聞いた。


 学校みたいな人が多い場所に幽霊が出るのは珍しくない。

 特に、私たちが通っている調布北中学校は歴史もそこそこ長いので過去にも幽霊騒ぎはあったみたいだし。


「専門の業者って要するに魔法使いに依頼を出すってことでしょ? 依頼料金が高いので校長先生が悩んでらして……でも、生徒になにかあってからじゃ遅いじゃないですか? 一応、警察には相談済みなんですけど、事件性がないならって対応をしてくれなくって……」


「なるほど……」

 警察にまで相談済みだったなんて。

 私が思っていたより、ずっと深刻だった。


「じゃあ、どうして私に魔法少女わたしに相談してくれなかったんです? 私なら対応報酬は国が出すので、学校の予算は使いませんよね?」

 小林先生は、私が魔法少女であることを勿論知っている。


 というか調布に住む人なら、私が魔法少女やってることはほとんどが知ってるんだけど。


 怪人を倒すたびに、Nahoo!ニュースに載っちゃうし!

 この前の新宿の怪人倒したのもそういえば掲載されてたなー。


「そんな簡単に牧真さんに頼るわけにはいきません! 中学生の本分は学業なんですから。ただでさえ牧真さんは受験を控えているのに、夜の学校に見回りに言ってもらうなんて教師からお願いするわけにはいきません!」

 小林先生は力強く断言した。


 ちょっと、ジーンときた。

 小林先生はいい先生だなー。

 

 それにくらべて私の使い魔せっちゃんときたら……。

 窓の外に視線を向けると、当然会話を聞いていたのだろう。


 木の枝に泊まっている白いカラスの使い魔が、目をそらして「かー! かー!」鳴いている。

 とはいえ。


「先生、幽霊相手だと最終的には魔法使いに頼るしかないんですから、私にまかせてくださいよ」

 とん、と胸をたたく。 

 小林先生の顔がほっと、安心した表情になった。


「牧真さん……助かります。じゃあ、都合の良い日に私が付き添いしますので一緒に……」

「いえいえ、それには及びませんよ。幽霊の出現場所は、旧校舎付近って聞いてますし、ここに目撃者がいるので、サクッと今夜にも除霊しちゃいますね」

 といって私はレイナの肩をぽん、と叩いた。


 ちなみに、レイナは目撃者じゃない。

 幽霊を目撃したのはレイナの後輩。


「え?」

 って顔で一瞬、私に視線を向けるレイナ。


「あら、月野さんも幽霊を見たんですか? 料理部はそんなに遅くまで活動をしていなかったと認識してたんですが」


「そ、そうなんです! たまたま部室の大掃除をしていたら遅くなった日があって、正門が閉まっていたので裏門から帰らないといけなくって……。裏門に向かう時に、

旧校舎の近くを通っていると変な笑い声が聞こえてきて、花壇の石が勝手に動きだして……。あれはビックリしましたー☆」

 すらすらと架空のエピソードを語るレイナ。


 うーん、流石は幼馴染。

 私の意図をすぐに汲み取ってくれた。


(いきなり振らないでよ! まほちゃん!)

(ごめんごめん、れいちゃん)

 目で会話したあやまった


「あー、なるほど。他の生徒たちの情報とも一致しますね。同じ現象ですね」

 小林先生は納得してくれたみたい。


「では、旧校舎の鍵だけ渡しておきますね。よろしくお願いします」

 小林先生から鍵を渡された。


 こうして、光の魔法少女わたしは『幽霊退治』という新たな仕事を受けることになった。




 ◇◇◇




 放課後。


 私とレイナは、いつものように一緒に帰る。


「今日はいつものカフェに寄ってく?」

 と私が聞くと。


「んー、やめておこうかなー。夜にも待ち合わせてるし」

「そうだね。じゃあ、今日は家で勉強して夜に迎えにいくね」


「りょーかいー。時間は何時にしよっか?」

「幽霊が出る時間次第だけど……目撃情報は何時だっけ?」


「夜の10時とか、かなぁ」

「遅いねー。じゃあ、9時半に迎えにいくよ」


 だらだら会話しながら家へと帰る。

 家は近所なので、ずっと一緒の方向になる。


「でもさー、珍しいよね。れいちゃんが、幽霊が出る夜の学校に行きたいなんて言うって」

 ふと気になった私は言った。

 

「えー、だってー」

 レイナがちょっと言うのを迷う風な表情を見せて。


「まほちゃんがヒメノちゃんとは夜に会ってるでしょ? ずるいって思って……」

「え?」

 まさかのヒメノに対抗してだった?


 ヒメノというのは、私と同じ魔法少女仲間で、魅惑の魔法少女マギ・チャームとして活動している。

 

 この前は一緒に品川区の港の倉庫を拠点にしていた怪人のいる犯罪者グループをやっつけたりもした。


 ヒメノは実家が金持ちで、遊び方が派手で。

 魔法少女の仕事が終わったあとも、いつも遊びに誘ってくる。


 まぁ、遊びって言ってもカラオケ行ったり、映画のナイターにいく程度だけど。

 お酒を飲んだり、クラブに行ったり、みたいな悪い遊びではない。


「私もまほちゃんと夜遊びしたいー」

「だからってわざわざ肝試しにしなくたって……。れいちゃん、ホラー苦手なのに」


「ふふふ……、吊り橋効果でドキドキするでしょ?」

「私は別に幽霊怖くないからドキドキしないけどね」 


 私の使う太陽魔法って、幽霊にめっちゃ効果あるから。

 むしろ幽霊サイドが光の魔法少女を怖がってるまである。


「そんな! ドキドキするのは私だけ? 酷いよ! まほちゃん!」

「れいちゃん、テンションがおかしいよ」

 

 そんな会話をするうちに家に到着した。


「じゃあ、夜に」

「うん、待ってる」

 短い会話でそれぞれの家に入る。


 

 ◇◇◇



 その夜



 光の魔法少女マギ・サンシャインの姿になった私は、魔法の箒を召喚した。


 そしてニ階の自分の部屋から、外へ出てレイナの家を目指す……と言ってもすぐそこなんだけど。



 ……コンコンコン



 と窓枠を三回叩いた。


 すぐにカーテンが開き、窓が開いた。


 お風呂に入ったあとなのか、少し髪の毛がしっとりしているレイナの顔が現れる。


「待った? れいちゃん」

「時間ぴったりだよ、まほちゃん」


「じゃあ、後ろ乗って」

「うん」

 レイナが慣れた動きで、私の腕をもって魔法の箒に飛び移る。


 そのまま腰に手を回して、ぎゅっと抱きついてきた。


 ふわりと、シャンプーの良い匂いがする。


「じゃあ、行くよ」

「れっつごー☆」

 レイナの声と共にゆっくりと魔法の箒を上昇させる。


 時刻は21:30。


 駅前はまだ明るいと思うけど、私たちの家のある住宅街は街灯の光だけとなっている。


 今日は夜風が気持ちいい。


「ねー、もっと高く飛ぼうよ、まほちゃん」

「はいはい、わかってるよ、れいちゃん。」

 魔法の箒って座る場所不安定だし、一緒に乗った人は大抵低く飛んでって行ってくる。

 でも、レイナは逆で。


 毎回、高く飛ぶのが好みらしい。

 

「ひゃー、風が強いー」

「はしゃぎ過ぎて落ちちゃダメだよ、れいちゃん」


「いえーい☆ 両手離しー」

「やめなさいって」


 わいわいと喋りながら。


 私とレイナは、夜の街の上空を飛んで自分たちの通う中学校を目指した。

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