第9話 吉祥寺の魔女(前編)
「わぁ~……魔法の箒、初めて乗りました!」
「カリンちゃんも魔法の箒の試験に受かれば自由に飛べるよ。初級試験は簡単だからサクッと取ってみればいいんじゃないかな。今度一緒に試験に受けにいこうか?」
私たちは調布駅前から吉祥寺に向かって、空を飛んでいる。
よく晴れたいい天気。
魔法の箒で飛ぶには良い日和。
「いいんですか!? はい! 試験を受けたいです!」
「でも、その前に何回か練習したほうがいいかなー。府中にある魔法少女教習場って行ったことある?」
「いえ、実は行ったことなくて」
「じゃあ、まずはそこで練習だね。他の魔法少女もいっぱいいるから顔を覚えられるよ」
そんな会話をしているうちに、黒々とした森が見えてきた。
武蔵野の森だ。
私は森の入り口に魔法の箒で降り立った。
ついでに魔法少女の変身を解く。
「ここからは歩きね、カリンちゃん」
「はい。でもどうして飛んでいかないんですか?」
よく聞かれる質問だ。
「この武蔵野の森は別名『魔女の森』って言われてるんだけど、『迷いの森の魔法』がかかってる大きな結界の森なの。魔法の箒だと三咲さんの家にはたどり着かないから注意してね」
「こ、この大きな森全体に魔法が……」
カリンちゃんが驚いている。
もっともミサキさんの魔法の規模は、森一個どころの騒ぎじゃないので説明をし始めると長くなるんだけど……。
それは今度にしよう。
私とカリンちゃんは、木漏れ日の差す森の中をゆっくり歩く。
……チチチ、という鳥の声と。
サワサワサワ、という風に葉が揺れる音が心地良い。
看板はないので記憶が頼り。
ここでは地図アプリも使えない。
「あ、あれ……? 圏外になってます」
カリンちゃんがスマホを見て驚いている。
「結界の影響で電波が届きづらいのよねー。それに森に視られているんだよ、私たち。この森の主である三咲さんに害意がないかどうか」
「…………」
ゴクリとカリンちゃんが喉をならし、森の中を気味悪そうに見回す。
「あの……三咲さんってどんな人なんですか?」
「魔女だよ」
私は一番わかり易い言葉で答えた。
これで普通は伝わるんだけど。
「えっと、魔女ってどんな人なんでしょう? 普通の魔法使いとは違うんですか?」
すごく基本的な質問をされた。
ありゃ、魔女のことも知らないのか。
「カリンちゃんって魔女集会についてはどれくらい知ってるの?」
「名前くらいしか……凄い魔法使いの集まり……ですよね?」
うーん、思った以上にカリンちゃんの魔法業界の知識が薄い。
つい数週間前に魔法少女になったばっかりじゃ、しかたないかな。
これはきちんと説明しないと。
「カリンちゃん。『世界同盟』と『ユーラシア連邦』はわかる?」
「はい! 社会の授業で習いました! アメリカ合衆国やEUを中心とする世界同盟と、中国を中心とするユーラシア連邦は、文化や宗教の違いで競争してるんですよね?」
「競争というか対立というか……まぁ、概ねそんなところ。他にもグループはあるんだけど概ね世界の二大勢力と呼ばれるのはこのふたつだね。『同盟軍』と『連邦軍』の戦力は世界でも比肩するものなし……といわれてるんだけど、実はそのもう一つ、同等かそれ以上の戦力を有する集団がいるの」
「え……? でもそんな話は教科書やニュースじゃまったく……」
「出てこないね。でも、知ってる人は知ってるしネットで調べててみたらわかるよ」
「それが……もしかして?」
「そう、
「無法……ってどういうことですか?」
「そのままの意味。魔女たちはどこの国の民でもないし、どの国の法律も適用されない。一人一人が一国と戦争ができるくらいの戦力を有しているから」
「じょ、冗談……ですよね?」
「本当だよ。魔女にケンカをうって滅んだ国だって実際にあるくらいだから。一般的にはなかったことにされているけど」
私の説明に青くなるカリンちゃん。
怖がらせ過ぎちゃったかな。
でも、事実だから。
これから魔女本人に会うわけだし正確な情報は伝えないと。
「そんな恐ろしい人と、どうしても会わないといけませんか?」
カリンちゃんの声が震えている。
「大丈夫だよ。私はもう何回も会ったことあるけど優しい人だよ」
「ほ、本当ですか……?」
怖がってるなー。
まぁ、私も初めて会った時はちょっと、かなり緊張したから気持ちはわかる。
「うん、特にミサキさんは魔法少女には優しいの。だからカリンちゃんは大丈夫だよ」
「えっと、それはどうしてですか?」
「じゃあ、ヒントね。魔女も魔法使いも、普通は魔法の力を代々受け継いでいくものなんだけど『
「あっ……もしかして」
ピンときたらしい。
「そ、ミサキさんは『元・魔法少女』。だから私たちには優しいんだよ」
「へぇ! 魔法少女から魔女になったんですね!」
「ほとんど例はないよ。魔法少女はいずれ魔法を使えなくなるのが大半だし、魔法少女の時より弱くなるから。ミサキさんは、魔法を勉強するためにロンドンまで留学してたくらいだから。その後日本に帰ってきてここの武蔵野市に拠点を構えてもう十年以上経つんだって」
「勤勉なかたなんですね。魔法少女をやったあとに、留学して魔法使いの勉強をして魔女になって東京に戻って十年……、じゃあ、かなりお年を召し……はむ」
「ストップ、カリンちゃん」
私は慌ててカリンちゃんの口を抑えた。
危ない危ない。
多分、この会話も
「一個だけ注意ね。ミサキさんに年齢の話は厳禁だから。絶対に歳を聞いちゃ駄目よ? 絶対だよ?」
かつてのやらかしを思い出す。
あの時のミサキさんは怖かった……。
「は、はい!」
カリンちゃんがぴしっと背を伸ばしてうなずく。
注意点はこれくらいかな。
ふとカリンちゃんが何か聞きたそうな顔をしている。
「何か質問?」
「ちなみに、魔女様はマホヨさんよりも強いんですか?」
変な質問をされた。
話をきちんと聞いてたのかしら。
「
「ひぇっ!」
もう一回、カリンちゃんが青くなった。
私もミサキさん以外の魔女にはほとんど会ったこと無いけど、例外なくとんでもない魔法使いばっかりだった。
魔女には逆らっちゃいけない。
魔法使い業界の常識だ。
それからまた、しばらく歩いて。
本当、迷いの森の魔法のせいで無駄に歩きまわらないといけない。
見た目より魔法で広くしてあるから。
魔法の箒でいけたらなー。
前はたどり着けなかったけど、最近は私の魔法も上達したしまた試してみよう。
「……疲れたね、カリンちゃん」
「……ちょっと休みたいです」
私とカリンちゃんの口数が減った。
「のど乾いたー」
「オレンジジュースが飲みたいです」
私はアイスティーかなー、なんて考えていると。
ようやく目的地が近づいてきた。
「マホヨさん、あれは……」
「ミサキさんのお店だね。週末はいつもいるはずだからちょっと待ってよっか」
目の前に現れたのは、赤い屋根で丸太で組まれたログハウスのようなお店だった。
オープンテラスの席が幾つかあり、お客さんはいない。
お店の前には看板が立っていて、可愛らしいフォントで店名が書いてある。
「黒猫カフェ……?」
カリンちゃんが看板を読んだ。
「看板猫……というか、この店の副店長が黒猫なの。でも、今日は不在みたいだね」
「へー! 猫さんが副店長! 会ってみたいです」
カリンちゃんが興味深そうな顔で言った。
実際に会うと驚くと思うよ。
「入ろっか。きっと誰かいると思うから」
誰もいない時はそもそもお店にたどり着けない。
そういう魔法がかかっている。
私とカリンちゃんは、オープンテラスの席に座った。
「勝手に座っていいんでしょうか?」
「大丈夫、大丈夫。きっとそろそろ誰かが……」
「いらっしゃいませ」
「っ!?」
突然、真横から声をかけられた。
カリンちゃんが飛び上がっている。
(絶対にさっきまで誰もいなかった……)
あっさりと見落とした。
私が視線を向けると、そこには真っ白なシワ一つないシャツにスラリとした黒いズボンとカフェ用エプロンを着た男性か女性かわからない中性的な美形の店員さんが立っていた。
もちろん、顔なじみだ。
「脅かさないでよ、レンくん」
「すいません、マホヨさん。でもうちは予約制なのでアポなしは駄目ですよ?」
困ったように微笑む店員さん。
「ミサキさんはいつきてもいいって言ってくれてるし」
「店長はマホヨさんに甘いですからね。今はアトリエで魔法の研究をしていますが、マホヨさんが来たことはわかっていると思うので、そのうちくると思います。それまで何か頼みますか?」
そう言うとメニューが差し出された。
メニューに視線を落とすと
コーヒー 時価
紅茶 時価
とだけ書いてあった。
(怖っ)
ぼったくられそう。
私はメニューをテーブルに置いた。
「えっと、注文の前に自己紹介させてほしいの。こっちの子は初めてくるから。新しく狛江市の魔法少女になった『海川カリン』ちゃん。で、こちらの店員さんが『三咲レン』くん。三咲さんのむす……」
「弟子です」
言葉を被せられた。
「はじめまして、カリンさん。黒猫カフェのスタッフ兼『
優雅に一礼するレンくんが憎らしいほど様になる。
「は、はい! 海川カリンといいます! よろしくお願いします!」
カリンちゃんがあわあわと返答する。
いやー、イケメンって得ね。
キザったらしい仕草さも似合うから。
カリンちゃんが赤くなってぽーっとしている。
惚れちゃってないかな?
おねーさん、心配なんですけど。
「水をお持ちしますね。それまでメニューをご覧ください」
「わわっ!」
そう言うやレンくんの姿がかき消えた。
カリンちゃんがびっくりした声を出す。
うーん、いかにも魔法使いだ。
「びっくりしました! あの美人な魔法使いの人とマホヨさんは友達なんですね!」
「美人っていうか……レンくんは、ミサキさんの弟子で魔法使いとしては私の先輩かな。私より年下だけど、魔法の腕はあっちが上だよ」
「ま、マホヨさんよりですか!?」
「レンくんは生まれた時からの魔法使いだからねー。年季が違うよ。しかも魔女であるミサキさんの弟子だし」
私はあくまで『弟子みたいな』もの。
「はぁ~~」
カリンちゃんが感心した声をあげる。
その時。
「お待たせしました。ご注文はお決まりですか?」
「きゃっ!」
またいきなり現れた。
普通に登場しなさいよ。
テーブルの上には氷の入った水入りのグラスが2つ置かれていた。
毎回、変な登場の仕方をするんじゃない。
「ねぇ、レンくん。時価っていくら?」
私が聞くと。
「さっきのメニューは別のお客様用でした。新しくしておきました」
「え?」
オレンジジュース 300円
アイスティー 500円
メニューが変わっていた。
しかも、くる途中にカリンちゃんと会話していた時に飲みたかったメニューだ。
絶対、ここにくる途中の会話聞いてたでしょ。
「オレンジジュースとアイスティー」
私が注文すると。
「お待たせしました」
まったくお待たせではない。
「はやすぎない?」
私のツッコミを笑顔でスルーする店員さん。
隣のカリンちゃんは「えっ? えっ?」と戸惑っている。
「パチン!」
と
次の瞬間、テーブルの上に飲み物が移動していた。
だから普通に置きなさいよ。
これだから魔法使いってやつは。
「ふわぁー! 凄いです! 魔法みたいです!」
カリンちゃんが目をキラキラさせている。
魔法だよ?
くっ……、私はこういう細かい魔法が使えないからなー。
「美人な
「ん?」
「え?」
カリンちゃんの言葉に、私とレンくんは同時に顔を見合わせる。
「あの……」
「ねぇ、カリンちゃん。なんでレンくんがおねーさんなの?」
「えっ? だって男性の格好をされてますけど美人なお姉さんですよね? 声も高くて綺麗ですし」
「違います!」
「レンくんは男の子よ?」
さっきから『くん』づけで呼んでるでしょ。
まぁ、女の子みたいな美人で女の子みたいな声してるけど。
最近の言い方だと『男の
「ええええええええっ!!!」
なぜかカリンちゃんが驚きの声をあげる。
「こんなに美人なのに!」
「………………」
「あははははははははははははっ!」
さっきまでの得意げな顔がどんよりしたレンくんを思わず笑ってしまう。
「……笑いすぎです、マホヨさん」
「あはははっ! あー、お腹いたい。カリンちゃん、レンくんは女の子に間違われることを気にしてるからあんまり言っちゃ駄目だよ?」
「ご、ごめんなさい! お気を悪くしてしまって!! もう言いません!!」
ぺこぺこ頭をさげるカリンちゃん。
「まぁ、間違われるのは慣れているので……大丈夫です。髪切ったばかりなのになぁー。もっと短くしようかな」
自分の前髪を触って唇を尖らせるその仕草も女の子っぽい。
「昔は髪を伸ばしてたよねー。ほんとに女の子にしか見えなかったし」
「マホヨさんが散々からかってきたんじゃないですか。スカート履いたほうが似合うとか、街に出たら絶対にナンパされるとか」
「実際にナンパされてたじゃん」
「忘れてください」
そんな雑談をしていると。
――サワサワサワサワサワ
風が吹いていないのに、森から木々が揺れる音が響いた。
空気が変わる。
森が騒がしい。
誰かを……待ちわびているかのように。
突風が吹いた。
「わぷ」
「……」
カリンちゃんが慌てて髪とスカートを抑え、私は少し目を細めて瞬きした。
同じテーブル。
さっきまで空き席だった場所に、人が席についていた。
長い黒髪で紫のドレスのような服装の女性。
スタイルがよく一見すると女優さんのようにも見えるくらいの美人。
しかし、並の魔法使いなら腰を抜かすほどの
「マホヨちゃんと新しい魔法少女のカリンちゃん。はじめまして☆」
このカフェの店長にして、世界に72人しかいない魔女の一人は優雅に微笑んだ。
―――――――――――――――――
お読みいただき、ありがとうございます。
明日の更新が年内最後になります。
これからも『さいきょー魔法少女☆マホヨ』の応援よろしくお願いします。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます