第20話 怪人の王(中編)

 危険度Sランク怪人・吸血鬼ヴァンパイアタイプ。


 他国の軍隊に攻め込まれた時と同等の脅威。


 怪物災害モンスターディザスターと定義されている。


「ふふふ……」 

 災害と呼ばれるにはあまりに可憐な姿で、吸血鬼ヴァンパイア『赤沢アリア』は妖艶に微笑んでいる。


 一見隙だらけで、隙がない。

 なにより彼女の放つ魔力が、怪人とは一線を画している。


「あなた……一体何が目的なの? こんなにたくさんの人を誘拐して……」

 吸血鬼ヴァンパイアは怪人ではあるけど、知能が高い。

 会話ができるはず。

  

「目的? なーんだ……それすらわかっていなかったのね。日本の警察は優秀と聞いていたけど、思ったよりボンクラで助かったわ」

 辛辣な言葉が帰ってきたけど、会話には付き合ってくれるみたい。


「でもこの場所は突き止めたわ」

 ここに来れたのは、公安の山田さんの発信機のおかげ。

 もうすぐここには、警察の特殊部隊が訪れるはず。

 

「でもね。もうの。だって私が『復活』するという目的は達したのだから」

「目的を達した……復活?」

 なんとも嫌な感じがする。

 何を言ってるの?


「ねぇ、光の魔法少女さん。貴女が私のことをどこまで知っているかわからないけど、私が前に拠点にしていた海外だと、私が所属していた組織は米軍の魔法部隊に壊滅させられた。私は『災害指定の怪人』として、人権すら守られずその場で射殺されそうになっていた」


(……まぁ、怪人が人権がなくなるのは日本でも一緒だけでど)

 その場で射殺は聞いたこと無いなー。

 海外って怖い。


「なんとか殺されるのだけは逃れたのだけど、その後も悲惨だったわ。泥水をすするような生活をして、少しずつ別の犯罪組織に潜り込んでちょっとずつ、中身を乗っ取っていって……、10年かけてようやく自分の手足のように動く兵隊を手に入れた。それでも吸血鬼としての戦闘能力はほとんど失っていて、できるのは『吸血』した相手を『傀儡魔法』で支配することだけ。どうにかして力を取り戻したかったのだけど、指名手配されている私は、大っぴらに動けなかった。その時、思ったの。もっと平和で私の名前が知られていない国なら、簡単に復活できるんじゃないかって!」


 キラキラとした赤い目で楽しそうに話す吸血鬼。


「…………」

 私は黙ってそれを聞く。

 応援の警察がくる時間を稼げるはずだから。

 

「予想通りだったわ! ぬるい入国審査に、ぬるい警察。魔法少女だって甘い子ばっかり。知ってる? 私って元魔法少女なの。その時は、警察や軍人に混じって、マフィアたちをばんばん取り締まってた。怪人だって武装した凶暴な連中ばっかり。東京じゃ、違うみたいだけど。まったくお気楽な国ね」


「…………」

 言いたい放題だ。

 私は言い返したいのをぐっと我慢する。

 

 それを察したのか吸血鬼ヴァンパイアの赤沢アリアは、こちらを馬鹿にするように鼻で笑った。


「ふふっ、別に我慢しなくていいのよ? そろそろ警察がここを突き止めてくるんでしょう?」 

「……わかってたの?」


「ええ、さっきも言ったでしょ? 私の目的は達せられた。つい今朝まで、私は片目、片腕、片足、満足に身体も動かせない惨めな姿だった。けど、どう! 今は全盛期以上の力を取り戻したわ! もう何も怖くない!」

 高らかに宣言する吸血鬼の怪人。


「ねぇ、さっきから復活、復活って言うけど、それって……まさか」

 今頃になって気づく。

 

 赤沢アリアは吸血鬼。


 失った力を取り戻すなら、必要なのは『』。


 はっ! とした私は、腕に抱きかかえているレイナの首元を見た。


 そこには痛々しい『噛み跡』がはっきりと残っていた。


「あんたっ……!!」

 怒気の……殺気のこもった声が口から溢れる。


「あら怖い怖い……。それにしても日本っていいわね。私が育った国と違って貞操観念がしっかりしている子が多いから、『処女の血』が簡単に手に入る。おかげで吸血鬼の力を取り戻せた。今の私ならこの国の魔法使いたちが相手でも負けたりしない……」


 その時だった。


「動くな!!!」

「警察だ!!」

「人質を発見しました!!」

「これより救助します!」

 大量の武装した人たちが入ってきた。

 警察の特殊部隊の魔法使いさんたちだ。


 あっという間に、吸血鬼は包囲される。

 

 警察の装備が、通常時の『魔導回転式拳銃』ではなく対テロ用の『魔導自動小銃マジックアサルトライフル』。

 

 20以上の銃口が、吸血鬼に向けられている。

 しかし彼女はまったく焦る様子はない。


「投降しろ」

「あら、どうして?」


「すでに包囲されている。逃げられないぞ」

「…………ふふ」

 吸血鬼は優雅に微笑むだけ。


(あいつ……一体何を考えて)


 これだけ武装された警察に囲まれたら、いくら吸血鬼でも勝てないはず。

 それとも勝算がある?


 私も警察に手を貸すべきか……迷っていると。



「マホヨくん、その子は君の知り合いかい?」

 肩を叩かれた。

 

「えっと、貴女は……サツキさん?」

 新宿で会った女性警察官だった。

 今は、他の警察と同じようにフルフェイスでフルアーマーを着ているので、声をかけられるまでわからなかった。


「いまから人質を都内の病院へ運んでいく。君も一緒に来るかい?」

「この子は幼馴染なんです。一緒に行きます」

「うん、じゃあ外へ向かおう」

「は、はい……」


 私はちらっと気になって、武装した警察に取り囲まれる吸血鬼のほうを見た。 

 投降する様子はないが、警察も包囲するだけでまだ取り押さえようとはしない。


「突撃は全ての人質を救出してからの予定らしい。ここは戦場になるから、私たちは先にでておこう」

「わかりました」

 私は眠ったままのレイナを抱き上げる。

 そして上へ戻る階段のほうへ向かった。


 ただ、ヒメノの姿が見当たらないことが気がかりだった。


 近くにいるはずなのに。


 50人以上いる人質の中に紛れているだけ……のはず。


 そこだけ後ろ髪を引かれつつ、地下のホールをあとにした。



 ◇◇◇



「次の救急ヘリはまだか! 台数が足りんぞ!」

「あと3分で次がきます!」

「よし、じゃあ4名を乗せろ! ただし、吸血鬼の『感染者』がいたら最優先だ! 感染の兆候を見逃すなよ!!」

「はい!」


 洞窟の外では、助け出した人質を大勢の人で診ていた。

 その中で気になる言葉が……。


「……吸血鬼に感染?」

 ぞっとしてレイナの寝顔を見つめる。

 穏やかな表情。

 一見、おかしなところは見当たらないけど……。


「マホヨくん。回復魔法は使えないかい?」

「使えます! ……でもいいんですか? 素人が勝手に回復魔法をかけて」


「ああ、血を失って気を失っているだけなら回復魔法で体力が戻る。それに感染の有無を見るのには、目を見るのが一番なんだ。そのためには起こしてあげてほしい」

「わかりました……太陽魔法・癒やしの光ヒールライト


 ぱぁぁぁぁっ! と光がレイナの体を包む。


「う……う……ん」

 レイナが目を覚ました。


「れいちゃん!」

「ん…………あれ? ……まほちゃん? 朝? じゃないね……」

 寝ぼけているようなレイナの口調に力が抜けた。


「サツキさん、れいちゃんの様子は……どうですか?」

「目が赤くなっていないし、魔力濁りもない。感染の心配はなさそうだね」


「よかった……」

 肩の力が抜けた。


「ねぇ、まほちゃん。ここってどこ? なんでこんなところにいるの?」

 どうやらレイナは何も覚えてないみたい。


 犯罪組織に誘拐されて、吸血鬼に襲われたなんて話は覚えてないほうがいいと思う。


 けど、きっとこのあと病院で精密検査を受けないといけないし、その時に全て思い出すことになるから。


「れいちゃんは、悪い奴らに誘拐されたの。でも、もう助けがきたからね! 私も一緒に病院につきそうから……」

「そっかー。私って誘拐されてたんだ……」


 ぼんやりと記憶があるのか、誘拐というワードに驚いている様子はなかった。

 受け答えもしっかりできるし。

 うん、きっとレイナは大丈夫。


 となると心配なのは……。


「ヒメノ……」

 つい口に出した。

 あいつは、どこにいるの?


「ヒメノちゃんがどうしたの?」

 私の呟きがレイナに聞こえたみたい。


「ヒメノが囮になってくれて、この場所を発見したの。だけど、まだ人質の中にいたか発見できてなくて……」

「じゃあ、まほちゃんが助けにいかなきゃ! こんなところでいちゃ駄目だよ!」


「……え?」

「私は大丈夫だから! ヒメノちゃんを助けに行って!!」

 さっきまでのぼーっとした様子から一変、すごい剣幕で言われた。


「れ、れいちゃんのほうが長時間誘拐されてたんだし……検査の結果だって心配だし」

「いいの! もう私は無事なんだから! ここには警察の人もいっぱいいるし! まほちゃんは、ヒメノちゃんを助けてあげて!」


 レイナは言いだしたら頑固だ。

 決して意見を変えない。


 それに私も……レイナの意見に反論できなかった。

 本当は、ヒメノを探しに行きたい。


「次! こっちの子を運ぶよ」

 ちょうど救急隊員さんが、レイナを手際よくタンカに乗せる。

 

「お願いします!」

 私は救急隊員さんにお願いした。


「まほちゃん。ヒメノちゃんをよろしくね」

 そう行ってレイナは病院へと運ばれていった。


 レイナは救出できた。

 でも、まだやることは残ってる。


「マホヨくんは、残るんだね」

「はい、サツキさん。友達を探します」


「協力するよ、その子の特徴は……」


 その時だった。



 ドーーーーーーン!!!!!!



 

 という爆発音が響き、地面が揺れ爆風が起きた。



「太陽魔法・光の結界ライトバリア!! 最大出力!!」


 周囲には救急隊の人たちや、人質が大勢寝かされていた。

 彼らが爆発に巻き込まれてはいけない。


 私は魔力の消費を気にせず、その場にいる全員を結界魔法で守った。


「はぁ……はぁ……はぁ……」

 なんとか全員を守ることができた。

 魔力の消費は痛かったけど。


「……ありがとう、マホヨくん。さっきのは一体」

 けほ、と砂埃に咳き込みながら警察官のサツキさんが戸惑った様子だ。


「原因はあれみたいですね」

 私が指さしたほうには、月明かりに照らされる『赤い目』をした魔法使いの集団。


 中央にいるのは灰色の髪に黒い戦闘ドレスに身を包む、吸血鬼『赤沢アリア』。


 そして、赤沢アリアを守るように周囲で『魔導自動小銃マジックアサルトライフル』を構えているのは、警察の魔法部隊の人たち。


 さっきまで吸血鬼を包囲していた人たちだった。


「まさか……武装した警察が、吸血鬼に感染してる……?」

「そうか。警察にわざと包囲させて、操るつもりだったのか……」

 サツキさんが悔しそうに言った。


「あははははははっ! 本当に間抜けな人たち! 満月の夜に、吸血鬼に挑む愚かしさを日本の学校じゃ教えないのかしら!」

 高笑いをする堕ちた魔法少女赤沢アリア。


 周囲を囲む赤い目の男たち。


 そのうちの一人が、銀髪にピンクの戦闘ドレスの魔法少女を抱えていた。

 ぐったりと眠っているようになっているのは……。


「ヒメノ!!」

 魅惑の魔法少女マギ・チャームの桃宮ヒメノだった。


「マホヨくん! 待つんだ!」

「行かせてください!」

 私はサツキさんの制止を振り切って、吸血鬼とその配下の前にでていった。


 赤沢アリアは私の姿を見て、馬鹿にしたような笑みを浮かべる。


「あら、太陽の光がないと何もできない欠陥魔法少女さんじゃない。この子は貴女の友達なんでしょう? 助けてみれば?」


「……ヒメノを離しなさいよ」

「駄目よ。念のため東京でもっとも注意しないといけない光の魔法少女牧真マホヨの弱点なんだから。この子だけは、人質でもらっていくわ」


「く……ヒメノ! 目を覚ましなさいよ!」

「あはは! 無駄よ。吸血鬼の『傀儡魔法』は一級魔法使いだって耐えられないんだか……」




「はーい☆ おはよー、マホヨ」




「「…………え?」」

 シリアスな空気をぶち壊す、ゆるい声で響く。


 さっきまで赤い目の男に抱き抱えられ、ぐったりしていたヒメノがあっさりと目を醒ました。


「そ! そいつを捕まえなさい!」

 吸血鬼が命じる。


「だーめ☆  私に乱暴しちゃダメだぞ?」

 ぱちん、とウインクすると、赤い目で操られている男の身体がビク! と固まる。


 ヒメノはシュタっ! とこちらへジャンプしてきた。


「ヒメノ!?」

「受け止めてー!」

「わわわっ!」

 高所から抱きついてきたヒメノをなんとかキャッチする。


「さんきゅー、マホヨ」

「あんた! 目を醒ましてたなら、早く起きなさいよ! どれだけ心配したか!」

 ちょっと涙声になっちゃったのを気づかれたかもしれない。


「……ごめんね。でも、目を覚ましたのはさっきだよ。ほら、今日って満月でしょ?」

「あー、魅惑の魔法少女の魔法が一番強化される日だっけ?」

「そうそう」


 快晴の日は、光の魔法少女マギ・サンシャインが強くなるように。


 月属性である魅惑の魔法少女は、満月に強くなる。

 

「なっ! な……なんで!? 全盛期以上の力を取り戻した私の『傀儡魔法』がどうして効かないの!?」

 吸血鬼の赤沢アリアがぶるぶる震えている。

 それをヒメノが煽るように答える。


「えー、傀儡なんて身体しか操れない雑魚魔法でしょー☆ 月の女神ナイア様は心を支配する『魅了魔法』こそが月属性の最強魔法だって言ってるしー。吸血鬼のくせにそんなことも知らないんですかー?」


「はっ! 魔法を覚えて数年の小娘が、にわか知識で! そもそも月の女神の言葉なんてどれも適当か嘘に決まって……」


「え? 私、たまに 月の女神ナイア様の御声が聞こえるけど?」

「…………は? 何を馬鹿なことを」

 

「いいよねー、ヒメノの女神様はフレンドリーで。私の信仰する太陽の女神アルテナ様なんて、御声をかけてもらったの魔法少女に選ばれた最初の一回だけよ?」


「ま、待って! 待ちなさいよ! あんたたち、本当に女神の声を聞いたことがあるの!?」


「うん、たまに」

「一回だけね」

 ヒメノと私は頷いた。


「こいつら…………女神の巫女か……なんてこと。いえ、でも今は私の敵じゃない。おまえたち、私を守りなさい」


 ジャキン、と私とヒメノに向けて『魔導自動小銃マジックアサルトライフル』の銃口を向ける操られている警察官たち。


 私とヒメノは手を繋ぎ、結界魔法を張った。


「ねー、マホヨ。吸血鬼と操られている人たち、まとめて倒せる?」

「今日は魔力の消費が多かったから、無理かも」

 正直に言った。


 それが聞こえたのか、吸血鬼の顔に余裕が戻る。



「じゃあ、私は退散させてもらうわ。もしも追ってくるなら、私が傀儡魔法で操っている警察官の命は無いものと思うのね」

 そう言って浮遊魔法で去っていこうとする。


「くっ……」

 戦闘担当ではないサツキさんが悔しそうにしている。


 私とヒメノは、その様子を眺めながら……。



「ねー、マホヨ。あいつ逃がすの?」


 短く答える。


 ここまで馬鹿にされて、逃がすなんてありえない。

 レイナとヒメノは無事だった。


 けど、あいつのしたことは許せないし、新たに操られた人たちも救わないといけない。


 私は東京の平和を守る魔法少女だから。


 さて、そろそろのはずだけど……。


「マホヨちゃんー! 準備できたよ!! 根回し完了だよ!!」

 ちょうどよいタイミング。

 多分、タイミングを見計らってたんだと思うけど使い魔のせっちゃんが現れた。


 私は迷わず告げる。



「牧真マホヨは、契約に則り権利を行使します」



 カッ!!! と身体に光の魔力が溢れこんできた。


「熱っ!」

 ヒメノが私と手を離す。

 

「あの……一体、何を……」

 サツキさんの質問に私は答える余裕がなかったので、ヒメノが変わりに答えてくれた。


「マホヨって光の魔法少女だから太陽の光がないと魔力を補充できないんです」

「は、はい。それは知っていますが……」


「でも、怪人って夜に出ることが多いじゃないですか。だから、マホヨはいざとなったら、夜に魔力が補充できるように契約をしてるんですよ。街の平和を守るのと引き換えに」


「はぁ……、それは、誰とですか?」



「トーキョー電力です」



「…………………………………………は?」


 サツキさんの目が大きく見開かれる。

 一応、警察の上層部の人はしってるはずだけど。

 サツキさんは、初耳だったみたい。


「一晩、都内全域の停電と引き換えに光の魔法少女へ魔力を送る。そいういう契約になってます」

「へ、へぇ……」

 サツキさんが驚いている。


ヒメノが説明してくれている間にも、魔力がドクドクと送られてくる。


「ふぅ……」

 身体が熱い。

 

 魔力補充――50%。


 うん、これなら十分戦える。


 ふと、上空を見ると驚愕の目でこちらを見る吸血鬼・赤沢アリアと目があった。


(じゃあ、怪人退治しちゃいますか!)

 

 私は地面を勢いよく蹴った。

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都内最強の魔法少女は、魔法少女を卒業したい 大崎 アイル @osaki_ail

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