第7話 魔法使いのお仕事

「いらっしゃいませ……お、マホヨちゃん、レイナちゃん。いらっしゃい」


 私とレイナは、神代植物公園の近くにあるいきつけのカフェに今日もやってきた。


 目的はもちろん受験勉強。


 このカフェはオーナーが道楽でやってるから、どれだけ長居しても追い出されることがないのが素敵。


「マスター、アイスカフェラテとチーズケーキくださいー」

「私はアイスミルクティーお願いします」


「はいよー」

 注文をしながら私たちはいつもの窓際の席を確保して、参考書を広げる。


 水はセルフ形式で、レイナが二人分用意してくれた。


「まほちゃんは、今日何を勉強するの?」

「数学かな……今日の授業の問題が解けなかったし」


「あー、あれ難しかったよねー。私はあきらめたよ」

「ええええ、あきらめたの!? いいの、それで」


「私文系だからいいかなーって。まほちゃんも文系だよね?」

「そうだけど、悔しいじゃん! わからない問題があると!」


「負けず嫌いだなー、まほちゃんは」

「あとちょっとで理解できそうなんだよねー」

 私はノートを広げて、問題と解説を読み直す。


 むー、昨日の品川での魔法少女の仕事の影響かなー。

 夜遅かったからか、集中力に欠ける。


「お待たせしました」

 頭を悩ませていると頼んでいた飲み物ドリンクとケーキが到着した。

 ケーキにはいつものように、フォークが二つ乗っている。


「よし! 休憩しよう!」

「えっ!? まだ15分しか経ってないよ」

 レイナにツッコまれる。


「甘いもの摂取しないと頭が回らないのー!」

「はいはい、じゃーしょうがないね」

 いつもの私の言い分にレイナが苦笑する。


 私はチーズケーキにフォークを差して、一口分だけ切り分け添えてある生クリームを少しつけて口に運ぶ。

 

 ほのかなクリームチーズの酸味と甘い生クリームのマリアージュが口の中に広がった。


 そしてミルクが多めのカフェラテを一口。


(はぁ……脳が癒やされる)


「まほちゃんはいつも美味しそうに食べるねー。わたしも食べよーっと」

 れいちゃんが上品に、私とは反対側からチーズケーキを一口食べている。

 ここのカフェのケーキは結構大きいので、頼む時は毎回シェアしている。

 

「まほちゃん、あーん☆」

「ん」

 レイナが私の口にケーキをつっこんできた。


「はい、れいちゃんも。あーんして」

「私はいいよー」

「だーめ」

 なんてやりとりしながら、ケーキを食べさせ合った。


 それからしばらくはお茶の時間を楽しみながら雑談して。


 話題が昨日の怪人退治の話になった時。


「って、感じでヒメノが仕事のあとに遊ぼうってしつこくてさー。あの子はエスカレーター式のお嬢様学校だからいいけど、受験生の私を誘うなっての。ほんと困るよねー」

 そんな愚痴が何気なくこぼれた。


 が、いつもならすぐに反応があるレイナの返事が遅い。


「……ふぅーん、まほちゃんってやっぱり桃宮ヒメノちゃんと仲良しだよねー」

 ちょっとだけ。

 ほんのちょっとだけレイナの声が固くなった。


(おっとまずい)

 やぶ蛇が出てきたみたい。


 レイナとヒメノと私は何度か三人で会ったことがあるんだけど、私とレイナの幼馴染で親友の関係なのをわかっていてわざと「私とマホヨは相棒だからー」「もう親友みたいなもんだよねー」と言ってヒメノが、レイナをからかうのだ。


 レイナも冗談とわかってながらも、ヒメノに対抗して「私のほうがまほちゃんと付き合い長いし!」と言ったりと、若干対抗心を燃やしている。


 うーん、モテる女はつらいね。

 って言ってる場合じゃなくて!


「たまたま仕事で一緒になる機会が多いだけだってー」

「でもこの前、仕事上がりに一緒に二人でカラオケ行ってたでしょ?」

 昨日じゃなくて一ヶ月ほど前に仕事で一緒になった時の話を、蒸し返された。


「い、いやあれは……どうしてもって誘われて。私もちょっと歌いたかったし……」

「へぇー、私とも最近一緒に行ってくれないのに。ヒメノちゃんとは行くんだー。へー」


「いつでも行くよ! れいちゃんに誘われたら!」

「ほんとかなー?」


「ほんとだって!」

「マホヨちゃんって、八方美人なところあるから」


 間違ってない。

 私はええ格好しいな性格で、幼馴染のレイナにはとっくにバレている。

 

(よし! 話題を変えよう!)


「そ、そういえばそろそろ選挙の時期だね! れいちゃんは誰に投票するのかな?」

「……話題変えたいにしても、もう少し他になかったの?」

「…………そーですね」


 レイナに呆れた目で嘆息された。

 はい、話題変えるの下手すぎでした。


「だいたいまだ私たちは投票権がないでしょ」

「選挙と投票は18歳から、だっけ」

 なので中学の私たちには無関係……なのだけど。


「そういえば……選挙で思い出したけど、もと魔法少女の政治家って多いよね? やっぱり地元のヒーローだから選挙に受かりやすいのかな」

「そうそう。それでたまーに、マホヨさんは将来立候補するんですか? なんて聞いてくる人もいてさー」


「うわ……、気が早すぎでしょ」

「ほんとよ。そもそも魔法少女のほとんどは、一般人に戻って魔法が使えなくなるんだから政治家になんてなれっこないのに」


 通常、魔法少女を卒業すると魔法の力を失って一般人に戻る。


 極稀に魔法少女を卒業しても、魔法の力を失わない人がいる。


 その場合は自動的に魔法使いとして生きていくことになる。

 


「政治家って魔法使いしかなれないんだっけ?」

「そんなことはないけど……。世の中には『読心魔法』っていうのがあって、魔法使いの政治家は使える人が多いんだよね。」


 『読心魔法』……つまり、人の心が読める魔法。


 何でもわかるわけじゃなくて、『自分に敵意があるかないか?』『嘘をついているかどうか』のが分かる程度らしいけど。


「うわぁ……」

「一応、それを防ぐ『読心防御魔法』や同じ効果の魔道具もあるんだけど……。結局魔法使いしか扱えないから一般人じゃ無理なんだよね」


 ついでに言うと国内だけじゃなく、世界的にも政治家は『読心魔法』使えて当然、という風潮らしい。

 怖い世界。


「まほちゃんってちなみに……」

「読心魔法なんて使えないよ。知ってるでしょ」

 私は物理専門なので、そういうまどろっこしい魔法は使えない。 


「でも読心防御魔法は使えるんだよね?」

「うん、光の結界ライトバリアって魔法が読心魔法を防いでくれるから」

 結界魔法ってホント便利。

 ありがたや。


「そりゃ、政治家にならないか期待されるわけだね」

「勘弁してよー。絶対になりたくないよー」

 凄いギスギスしてそうだし。

 

 ふと時計に目を向けると。


「あ、やば。勉強しなきゃ」

 気がつくと20分くらいおしゃべりしていた。

 慌てて参考書に目を落とす。


「よーし、がんばろー」

 レイナも勉強に戻った。


 英単語を覚えているみたい。

 私もあとで英語もやらなきゃ。


 カフェの中のお客さんはまばら。

 

 店内には穏やかなクラシックのBGMが響いている。


 


 その日は、魔法少女の仕事に呼ばれることはなくて。


 落ち着いて勉強をすることができた。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る