11:先輩と落ちた先の幸運
「幸運、ですか」
「はい。一生幸運のままです」
「しかし、貴方は自分が不幸だと言いました」
「そうですね。知っていますか、先輩。幸運は時に不幸なんですよ。俺にとっては幸運であることが常に不幸みたいなものです」
「・・・」
先輩は真剣な面立ちで俺の話に耳を傾けてくれる
まずは、どこから話そうか
ああ、そうだ。あれからがいい。先輩も話題に出してくれたあれにしよう
「先輩、少し前に話していましたよね。宝くじのこと」
「ええ。一年で二回も一等が出たという話ですよね」
「・・・あれ、両方俺が当てているんです。柳に祟られた直後の事です」
「そうでしたか。そこで渡辺君は億万長者になりました。元々、今の私に近い貧乏生活だったのが一転。裕福な暮らしになったのでは?」
「その通りです。しかし、今まで生きるために何もかも我慢し続けた貧乏人が、働かなくても生きていけるだけの資産を得たんですよ」
「今まで我慢していたことを我慢せずに、欲のままに・・・ということで?」
「ええ。それを続けていたらどうなるかなんて、明白じゃないですか」
宝くじを当てて、裕福な暮らしができるようになった
七億に加えて五億。お金は沢山ある
これからは我慢しなくていい
食べたいものを食べられる。隙間風に震えずに済む家を建てたい
車を買って、家族みんなで遠出をしよう
子供らしい幻想は全て打ち砕かれ、両親は散財に明け暮れた
父親は婚前から囲っていた浮気相手に貢ぐようになり
母親は父の浮気を知り、自分の傷を慰めるようにその金でホストへ通うようになった
幸いにして、途中で互いの散財に気がついた両親が揉めて・・・自爆してくれた
「浮気にホスト、ですか」
「ええ。皆が幸せになれると思った大金は、人の醜さを暴き出し・・・一つの家庭を壊しました」
優しかった母は、俺に「お前さえいなければ!」と罵りながら消えた
今、どこで何をしているのかすら知らない
父親は一応俺を引き取ったが「保証人とか必要なら、名義は貸すが・・・宝くじの金を使って一人で生きてくれ。俺はもう、お前の顔を見たくない」
なんて、言い捨てて・・・今では浮気相手と再婚し「俺が欲しかった家庭」を築いている
美人の浮気相手と、俺と一つしか歳が変わらない娘と共に・・・今日もまたあの男はどこかで笑っているのだ
「それから四葉のこと・・・ここは説明不要でいいですよね」
「はい」
「名ばかりの幸運です。お金は手に入るし、自由もある。けれどそこに欲しいものは何も無かった」
「・・・」
両親との幸せが欲しかった
けれど幸運とやらは、両親を排除して俺を一人にした
友達と一緒に遊びたかった
けれど幸運とやらは、四葉を傷つけて・・・足を動かなくした
俺の額に消えない傷まで刻んでいる
「欲しいものを得ていない代わりに、斉藤さんや雅也さんのような良縁に恵まれているのは確かなのですが・・・」
「それでも貴方が欲しいものは、何も手に入っていない、と」
「ええ。それでいて欲しがれば誰かを傷つける。それなら誰も側にいない方がいいじゃないですか」
「・・・渡辺君は、それを不幸と言いますか?」
「そうですね、不幸です」
「私はそう思いませんよ」
「なにを、根拠に」
この人はいつだって否定してくる
けれどその否定は、俺を正すための否定だって・・・心のどこかでわかっている
「今後、浮気相手を囲い続けているような父親と暮らして渡辺君は正常な家庭を続けられると思いますか?」
「それは」
「続けられませんよ。貴方のお母様の壊れ方を見たら、一目瞭然じゃないですか」
「・・・そう、ですね」
「四葉さんだって同様です。貴方のその不幸、貴方に悪影響を及ぼす人間を排除しているだけではありませんか?」
「・・・」
「現に斉藤さんや白鷺さんには何か悪影響がありましたか?貴方の不幸とやらが作用するなら、お二人とも何らかの被害を被らなければおかしい話になりますよ?」
「それは、そうですね」
「でしょう?」
先輩は包帯から覗いている俺の指先を両手で包みながら言い聞かせてくれる
「貴方は不幸じゃありませんよ。何度だって言ってあげますよ。事実ですから」
「先輩って、変わってますね」
「柳に祟られてからは、自分の身の振り方というのを嫌というほど学ばされましたし・・・普通の女子高生とはほど遠い、変わった存在かもしれませんね」
本当に雪時香夜という人間は変わった存在だ
こんな俺に関わろうとするだけでもおかしいのに、前を向かせるための言葉を述べてくれる
彼女はなぜ、ここまでしてくれるのだろうか
ただ偶然、自分が不幸にあった先にいた「恩人」というだけなのに
「先輩は、貸借体質なんですよね。苦労したことありますか?」
「ん〜。渡辺君のと異なって、自分で出力が調整できますからね。ある程度は」
「階段から落ちた事も、不幸の一環なんですよね?」
「そうですね。私が幸運を掴んだ後の、不幸です」
「・・・全部話したので、貴方も聞かせてくださいよ。貴方は階段から落ちる前、何を願ったんですか?」
先輩は、ゆっくりと目を伏せてから静かに語り出す
俺と出会う、少し前のことを
「父親が蒸発したことはお話ししましたね。母は、病気がちで入院生活を送っています」
「・・・」
「姉は既に家出をして、弟たちはもうすぐ祖父母の家に引き取られる予定です」
「先輩も?」
「私は、祖父母に嫌われていますので。あの家で一人、暮らすようになっています。姉が戻れば二人ぐらしになりますが」
「・・・おかしいでしょ、そんなの」
「おかしいですよ。でもこれが我が家の当たり前なんです。祖父母はいらないんです。自分の息子をたぶらかして壊した女とそっくりに育っている女なんて」
先輩は諦めきった目で、遠くを見つめる
いつもはキラキラと輝いているその目には、影が落ちていた
「学校のこと、家のこと。親戚のこと・・・何もかも抱えないといけなくて、でも抱えきれなくて。あの時は若干自棄になっていまして」
「自棄、ですか」
「意外でしょう?いつも明るい側面しか見せていませんでしたから。でも、こういう部分もあるんですよ」
「・・・覚えておきます」
「ええ。で、その自棄状態で、自分の運を全てつぎ込んで願っちゃったんです。聞いても、笑わないでくださいね?」
その一瞬、再び先輩の瞳に光が差した
俺の両頬に手を添えて、まっすぐと俺と視線を合わせてくれる
「私も幸せになりたいと。ただ、それだけを願いました」
先輩の体質はその願いを叶え、先輩を幸せにする方向へと動き出した
しかし同時に、彼女が前借りした幸運と、不幸の値が釣り合うまでの時間が始まった
階段から落ちたのは、彼女にとって不幸であり・・・同時に
「階段から落ちた事は不幸の始まりであり、私が幸せになるための第一歩だったんです」
「けど、それじゃあおかしいでしょう?貴方は」
「おかしくありませんよ。言ったでしょう?私は今十分に幸せですよって」
おかしくない、なんらおかしくないというのなら
俺が先輩を受け止めた・・・否
先輩が俺に向かって落ちたことにも、理由ができてしまう
「私が幸せになるために必要なのは渡辺君です。だから私は、貴方を手放せない。貴方は私に落ちた幸運なんですから」
「自分が幸せになるため、ですか?」
「いいえ。私の願いは「私も幸せになりたい」ですから。誰かと一緒なんですよ」
「え」
「つまりはそういうことです」
肝心な所は言わないではぐらかす。ずるい人だ
けれど、やっとスタートラインに立ったのかもしれない
「一応聞いておきますが、先輩は嫌では無いんですか?」
「嫌ではないですよ。むしろ貴方みたいな子が相方でよかった。口が悪いけれど、いい子なのはわかっていますから」
「そうですか。では、友達として仲良くやっていきましょう」
「そうですね。改めて、よろしくお願いしますね」
似たような体質を持つ、同じ境遇の先輩後輩
そして互いの環境を知り、互いの願いを明かしたことで
俺たちは、やっと全ての始まりに立てたというわけだ
香夜先輩が世界で一番幸せになる為の「幸色幸福論」 鳥路 @samemc
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