10:先輩と優しい後輩
「あら、深幸君?大きくなったわねぇ」
「あ、ええっと・・・お久しぶりです。如月さん」
「今は海園高校?偏差値凄く高いところよね?あら、隣にいるのはもしかして彼女さん?」
四葉の車椅子を押していた四葉のお母さんは、以前と変わらないマシンガントークを俺たちの前で繰り広げる
懐かしい。もう聞くことがないと思っていたから・・・もう一度、話せて嬉しいな
昔から、この人はこうだった
変わっていなくて、なんか少しだけ安心してしまう
「違いますよ。先輩はその、腕を骨折した俺の面倒を見てくれていまして・・・」
「そうなんです。階段から落ちた私を受けとめてくれて・・・おかげで私は怪我がなかったのですが、渡辺君はみての通り両腕を怪我してしまいまして」
「あら。それは災難だったわね。深幸君はなかなか凄いことになっているけれど、先輩さんは怪我がなくてよかったわぁ」
「あ、ありがとうございます」
「本当に、深幸君は変わらないわね」
「そうなんですか?」
「ええ。うちの娘も以前、深幸君に助けて貰ったことがあって。その時は運が悪かったのか、二人とも最終的に「残る怪我」をしちゃったんだけど・・・」
先輩の目線がふと、俺の額に注がれる
彼女の予想通り。四葉を助けようとして負ったのが、この額の傷だ
「それでもあの時、深幸君だけが手を差し伸べてくれたって二葉から聞いていて・・・本当にありがとうね」
「いえ、最終的にはこうなってしまったので・・・もう少し、気がつくの早ければ」
「そうだよお母さん。深幸のせいでこうなったんだよ。なにお礼言ってんの?」
「四葉!ごめんなさいね。深幸君」
「・・・いえ、事実なので」
気がつくのが遅れたから。駆け付けるのが遅れたから
落下した時だって、俺が先に落ちていれば・・・四葉は車椅子生活を送らずに済んでいたと思うと・・・申し訳ないと思う
「てかさ、治療費ぐらい請求していいと思うんだよね。深幸が何もできなかったから私は今も車椅子だし。深幸、お金だけは持ってるじゃん」
「いい加減にしなさい四葉!本当にごめんなさいね、私たちはもう行くわ」
「・・・はい。ごめんなさい。何も、してあげられなくて」
「いいのよ。私たちこそお礼をちゃんとできなくてごめんなさい。それとね・・・何度でも言うけれど今、娘がこうして生きているのは深幸君が手を差し伸べてくれたからよ。そのことは絶対に忘れないで欲しいし、自分がしたことを後悔しないでほしいわ」
「・・・」
「それじゃあ、元気でね」
四葉のお母さんはふてくされた四葉を怒りながら帰り道を歩いて行く
俺と先輩は、その影が消えるまで静かにその背を見送る
そして、見えなくなってから・・・先輩が口を開いてくれた
「渡辺君」
「・・・家に帰ってから、話しましょうか」
「わかりました。渡辺君、前に進めますか?」
「それは、どちらの意味でしょうか」
「両方です。貴方の意志も、歩みも・・・一人で前に進めそうですか?」
「進むしかありません。そうするしか、無いんですから」
「そうですか」
先輩はそっと背中に手を回して、俺の背中を押しながら隣を歩いてくれた
・・
誰もいない家に通し、ダイニングテーブルに先輩を座らせ・・・俺はあるものを部屋から持ち出してくる
「お待たせしました」
「いえ。それで、あの・・・先程の方は?」
「彼女は如月四葉。俺の不幸に巻き込んだ女の子です」
「お母様の話を聞く限り、貴方は助けようとしただけではないですか・・・巻き込んだなんて、おかしいです」
「けれど、俺が先に落ちていれば・・・四葉は」
「渡部君、貴方は「助けようとした」のでしょう?落ちそうになっていたのはあの女の子の方じゃないですか」
「・・・」
「言い方は厳しいですが・・・貴方は彼女を見捨てることもできたと思いますよ」
「それは」
「あの子に手を差し伸べて、貴方は額に傷を負った。負わなくてもいい傷です」
先輩は椅子から立ち上がり、少しだけ背伸びをしながら俺の額に触れる
そして前髪を持ち上げて、その傷を露出させた
「どうして、怒らないんですか?「この傷は、お前を助けたせいでついたんだぞ」と。貴方は怒る権利があると思いますよ」
「それは・・・」
「どうして手を差し伸べた貴方が、汚い言葉で詰られなければいけないのですか?」
「・・・」
「私には何もわかりません。けれど二つわかることがあります」
先輩の手が額から頭に移動する
髪の毛に指先が絡む感覚は、どこか懐かしくて・・・心地よくて
けれど俺は何をされているか、一瞬理解できなかった
そうされた記憶が全然無いから・・・受け入れるのに時間がかかったのだ
「彼女は貴方の不幸とやらに巻き込まれた人間ではないこと。そして、貴方が誰かに手を差し伸べられるような優しい人だという事です。貴方は立派な人ですよ」
「・・・」
「もちろん、私は渡辺君がとても優しい人というのは知っていましたよ。私を助けた時だってそう。貴方は私を受け止めてくれたのですから」
「・・・ありがとうございます」
「素直にお礼を言うだなんて、天変地異の前触れかもしれませんね」
「そうかもしれませんね」
出会って数週間程度の間柄。まだ一ヶ月すら満たない先輩と後輩の友人関係
それでも俺は先輩に信頼と信用と、頼りがいを見いだしていたと思う
だからこそ、話そうと思ったのだ
それに彼女の話が嘘でなければ・・・同じだから
先輩ならこんな非現実的な事でも、冗談だと笑わずに、バカなことを言うなと怒らずに付き合ってくれるだろう
だから一歩、踏み出してみようと思う
「先輩」
「なんですか」
「先輩が以前、冗談交じりに言ったことを覚えていますか?」
「・・・なんのことでしょうか」
「私は神様に祟られた〜なんて話。あれ、本当ですよね?」
「なんでそう言い切れるのですか?」
「俺もだからです。柳という蛇神に覚えはありませんか?」
その名前を口にした瞬間、先輩は見たこともないような表情で俺を見る
「知っているのなら好都合です。俺も六歳の時に祟られまして」
「貴方は、あいつに何をされたんですか・・・」
「あの神に「一生分の不幸」を奪われるという「不幸」を体験させられた結果、一生分の幸運を与えられました」
これが、俺と先輩の関係を構築した「本当の始まり」
同じ神に祟られたという奇妙な共通点を提示したことで、俺はやっと先輩に
同じ境遇を持つ雪時香夜という存在に、目を向けることになる
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