9:先輩といつかの約束
なんだかんだでもうすぐ五月
今日もまた、一日はそつが無く終わり・・・俺は先輩に捕獲されて共に帰る
最初から何一つ変わらない、何でも無い日々
「渡辺君、渡辺君。今日は何をしましょうか!」
「帰って寝ます」
「本当に貴方高校生ですか?」
「残念ながら、先輩より若いんですよ。これが」
「むっ・・・一歳だけではないですか。誕生日を考えたら、たったの四ヶ月ですよ?」
「先輩、十二月生まれなんですか?」
「ええ。十二月二日です。ちゃんと祝ってくださいね」
「へいへい。覚えていたらちゃんと」
「毎日確認するので、忘れさせませんよ?」
「それはヤバいですね。むしろ忘れたくなりそうです」
毎日毎日、当日になるまで「へへ〜。渡辺君。私の誕生日はいつでしょう!答えるまでお家に帰しません!」とか言い出すんだ・・・俺にはわかるんだ
「忘れたら、承知しませんよ?」
「記憶喪失の場合は」
「事故の場合であれば考慮します」
「了解です」
「・・・故意に記憶喪失になったりしたら、許しませんので。絶交です」
「はい」
「よろしい」
素直に返事をすると、先輩はにっこりを笑って俺の腕になぜか自分の腕を回してくる
「なにしてんですか」
「ふふん。手を繋いでいるだけです」
「どう見ても腕組んでるんですけど」
「今の貴方はおてて繋げないじゃないですか」
「手を繋ぐとか、幼稚園児ですか」
「たまにはいいではありませんか」
「せめて彼氏としてくださいよ」
「そんなものいませんよ」
そっか。いないのか
なんだろう。なんかほっとした
いや、この感情は変なものではない
先輩の彼氏に「距離感が近い」とかそういう理不尽な理由で殴られないことに対して安堵しただけだ
それ以外はないはずだ
「せ、先輩は彼氏とかいそうなのに」
「作る余裕なんてありませんよ。それに、私はそこまでですし」
「独断と偏見で言えば、可愛い部類だと思いますけど」
「お世辞でもありがとうございます」
「・・・そういうところは、素直に受け取ればいいのに」
贔屓目でなくとも、先輩の顔面偏差値はいい部類だと思うし、性格とかそういう点も押しが強いのは俺だけだと思うし、多分周囲からは「大人しい」「面倒見がいい」「しっかりしている」みたいな印象を持たれているのだろう
現に、うちのクラスではそんな印象ばかりしか聞かない
誰も雪時香夜が「控えめに言って騒がしい」「押しが強いお節介」「ポンコツ」な真逆の三要素を保持しているなんて思ってもいないはずだ
高嶺の花扱いされているのだろうか
それとも、あの家の事があるし・・・先輩自身が避けているのか?
まあいいか。深く考えたところで俺には関係ない話だし
「それに、男友達だって渡辺君一人だけですよ?」
「マジですか」
「ええ。大マジです」
「・・・実は友達が俺一人とかそういう話ではないですよね?」
「いますよ。同級生に二人」
「意外・・・」
交友関係が広そうなイメージだった
だから彼女には俺以外の友達という存在が沢山いると思っていたのだが、どうやら一人だけらしい
なんだか、意外だ
「自分の生活に関わる周囲とはそつなく関わるけれど、心を許せる友達は手のひらで収まる程度に。十分と思いませんか?」
「まあ、気持ちはわかります」
「でしょう? 春と昼乃のこと、いつか紹介させてくださいね」
いつか、というのが先輩の中にはあるらしい
来月になったら、このままでいられるのだろうか
離さないといけない。俺の
けれど、俺は
「・・・いつかがあればいいのですが」
「どうしました?」
「いえ。なにも・・・先輩の友達ということは、とてつもない変わり者では?」
「そんなことないですよ。昼乃は生徒会の副会長もしてくれていて・・・春はバスケ部のエースですよ?」
その春さんというのはともかくとして、昼乃さんとかいう人はこの学校の生徒会に属しているって情報だけで要警戒対象なんだよなぁ・・・
初めて先輩の家に行った際、話していたトンチキロマンは今でも思い出せる
あれを吹き込んだの、まさか先輩の友達じゃないだろうな
ますます会いたくなくなったぞ
「左様ですか・・・で、では今度機会があった際にでも」
「勿論です!しかし、渡辺君は本当に友達を作る気がありませんよね。今もクラスで一人でしょう?」
「ええ。まあ」
事実、現状の俺はぼっち生活真っ只中だ
たまに暮人が寄るぐらいで、後は基本的に一人
同級生とはあまり関わっていないな。むしろ同級生より先輩と過ごす時間が長くなってしまっていると思う
「さらりと言わない。今年は修学旅行もあるんですから・・・ちゃんとクラスのお友達は作っておかないと。寂しいことになりますよ?」
「修学旅行って、二年の時じゃないんですか?」
「うちの学校、各学年二クラスですし、全校生徒合わせても百人満たないじゃないですか。だから、三学年合同で行くんですよ」
「へぇ・・・変わっていますね。行き先は?」
「定番のあそこです」
「北海道ですか」
「違います。京都です」
ふむ。京都か。なんだかんだで行ったことがないから楽しみだな
「定番が北海道と出るところを見るに、渡辺君は中学時代と小学生時代、北海道に行かれたんですか?」
「小学生時代は不登校をかましていたので行っていません。中学時代が北海道。スキーからのあざランドです。むしろあざランドに行くから修学旅行に参加したと言っても過言ではありません」
「・・・あの流氷の王国ですか」
「ええ。アザラシ統一国家あざランド・・・一人で楽しんできてやりました!」
「そんなむなしい真似を!私も中学時代はあざランドがルートに入っていたのですが、行きたくても行けなかったのに・・・」
「風邪引いたんですか?」
「父が積み立てしてくれていると思ったら全然していなくて・・・発覚後に蒸発をしまして」
ヤバいとんでもない地雷を踏んでしまった
先輩のお父さん、いないのは気になっていたが・・・まさか蒸発か
苦労をしているな
「なんか聞いてすみません。し、しかしそこまでこだわるということは、先輩あざランド国民ですか?」
「いやぁ・・・流石に行ったことはないのですが」
すっ・・・と鞄を開けて、彼女はペンケースを取り出す
それはまさかのぬいぐるみみたいなペンケース
野郎には使えないから諦めていた代物が、彼女の手に握られていた
「いいなぁ。国民ペンケースじゃないですか!発売されてから買ってはいるんですけど、普段使いをする勇気は無くて!」
「いいでしょーって、渡辺君もこれ、持っているんですか?」
「ええ。建国されてからずっと追っているんで。持っていないグッズはありません」
「あざランド、今年で五周年・・・ですけど。全部ですか?」
「ええ。年パスは建国時代からずっと更新していますし、ご当地限定も全てチェックしていますし、会社の株もちゃんと保有しています」
「ガチじゃないですか」
「ええ。ガチです」
「渡辺君をここまでさせる魅力を教えて頂いても?」
「救われたんです。あざランドに。その社長に」
「救われた、とは」
「両親が離婚して、額に傷がついたタイミング。何もかも上手くいかなくて、自分の不幸を呪って死のうとした事がありまして」
「そんな時に、あざランドに出会ったんですか?」
「正確には将来あざランドコンテンツを管理している「メルティランド」の社長になる
「拾った」
「ええ。それから生活や創業の援助をして・・・雅也さんには家庭の事情もその時に知られていまして。恩人である俺を何とか立ち直らせようとして生み出されたのが」
「あざランド!?」
「そういうことです」
あざランドコンテンツは好きとかそういう次元で語れるものではなかった
俺にとって命の恩人でもあるような立ち位置なのだ
「・・・正直なところ、信じられません」
「でしょうね」
「だから、そろそろ教えてくれますか?貴方は私にまだ何かを隠しているでしょう?」
「友達だから全部教えろと?」
「いえ・・・ただ、貴方の隠していることは、貴方一人で抱えるには重過ぎるもののようですから」
「話して、楽になれと」
「ええ。私でよければ、一緒に抱えますから」
「恩人だから?」
「そうではありませんよ。ただ、純粋に心配なだけです」
「それを聞いたら、俺との縁を断ち切れなくなると知っても?」
「上等です。最後まで付き合ってやりますよ」
「その覚悟は、本物ですか」
「念入りですね。ええ、証明する方法がないのが悔しいですが」
「それがきっかけで、俺の両親は離婚して、とある女の子は半身不随で今も車椅子生活です。それでもですか」
「それでもです・・・貴方は、何を抱えているんですか?」
彼女を信じて、口を開こうとするけれど・・・一瞬で背中が凍り付く感覚を覚えた
特徴的な音
そして、聞き覚えのある声
その声は静かに俺の名前を呼んでくる
「・・・深幸」
「・・・四葉」
思い出の中にいた彼女と今の彼女はほとんど変わらない
けれどその瞳には、かつて存在した輝きは一切なかった
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