8:先輩と眉唾オカルト

先輩の家はよく言えば「歴史を感じる家」

けれど大体の人はこういう印象を抱くだろう。おんぼろの、あばら家だと


「どうぞ〜」

「お邪魔します」


所狭しと靴が並べられた玄関に靴を脱ぐ

できるだけ綺麗に並べてから、俺は先輩の指定した場所へトイレットペーパーとティッシュを置いた


「ここまでありがとうございました」

「お気になさらず。後は手伝うことありますか?」

「そうですね。冷蔵庫に買ってきたものを入れるのは・・・流石に大変でしょうから、お茶を出しますので休憩をしていてくださいな」

「いや、別に・・・」


休憩なんてせず、やることがないなら帰らせて貰いたいのだが

そう言いたかったけれど、先輩から漂う「お礼をする圧」が俺を帰らせてはくれない


「座っていてくださいね?」

「へい・・・」


古びたちゃぶ台の前に座らされ、先輩が一通り仕事を終えるのを待つ

しかしやることがない

やることと言えば、先輩の家を不躾にじろじろ見るぐらいだ

でも流石にそれは申し訳ないし、ちゃぶ台とにらめっこでもしていよう


「渡辺君、お茶を・・・って、何をしているんですか?」

「ちゃぶ台の木目を数えていました」

「何をしているんですか・・・」


先輩は透明なグラスに注がれた麦茶を二つ、居間に持ってきてくれる

一つはストローが刺さっている。ありがたい配慮だ


「はい。持てないでしょうから、ストロー付きです」

「ありがとうございます。ちゅー・・・」

「喉、乾いていたんですか?」

「別に」

「おかわりは?」

「やめておきます。俺、今トイレ行きたくなったらアウトなんで。和式は流石に無理」

「なんでうちのトイレが和式だって知っているんですか?」

「適当に言っただけです。マジなんですか」

「適当でしたか。まあ、そうですよね。普通はどこの家庭も洋式ですよね・・・」


先輩は遠い目をしながら麦茶を飲み干す


「もしかしなくても」

「死活問題です・・・。どっぽんじゃないだけマシですけど」

「まだこの世に実在しているんですか、どっぽん」

「祖父母の家は、どっぽんです」

「マジか。どこの田舎ですか」


ドヤ顔で情報を披露する先輩を横目に、俺は再び麦茶をちゅーちゅー吸い続ける


「お隣の柳永町です」

「あ、確かにあそこならありそう。山の中ですし。バスは一日二本ですし」

「そうなんですか?私、バスでは行ったことがないんですよ。いつもお母さんの車で・・・渡辺君はなぜそれを?」

「昔住んでいたのがそこなんで。当時は家の車というのがなかったので、家族で出かける時はバスで移動をしていたんですよ」

「なるほど。じゃあ、今の現状は全然?」

「ええ。全然知りません。なので遊びに行く先輩の方が知っているかと」

「なるほど。じゃあ知っています?あの土地は近代文化を入れ込めないってことを」

「なぜです?」

「入れたら原因不明の故障が起こるんですよ。テレビすら置けなくて。ラジオが関の山」

「時代が昭和から抜け出せてないですね・・・」


なんだそんなオカルト土地は。この世に実在していいのか

しかもこれが遠方ならともかく、隣町だぞ


「ええ。時が止まっているんですよ。あの日、神様を怒らせた日から」

「・・・?」

「知りませんか?柳永町はかつて神様を怒らせた呪われた土地だと」

「ガチのオカルト話ですか?」

「さあ。けれど、事実だそうです。だから今も呪われている」


少なくとも「新しいものを取り入れさせない」・・・時代に置いて行かれ、いつしか消えることを強要されているように見えるのは何故だろうか


「だからですかね。あそこに訪れた若者はよく祟られるんです」

「祟りねぇ・・・そんなもの、実在しているんですか?」

「ええ。私もその一人。神様からとある呪いをかけられているんですよ」

「・・・ど、どんな」


先輩の顔がなんだか神妙に変わる

まさかこの話、ガチのやつなのだろうか

先輩も、何か変な存在に会っている?


「自分が持つ「運」を調整できる力です。好きなときに豪運になれたりする力」

「それなら、先輩は宝くじとか当て放題じゃないですか」


宝くじを買っている、という発言からして先輩が宝くじに当たったことはないはずだ

当たったとしても、下位のもの

しかしそんなことが実際に可能なら


「そういう訳にもいかないんです。だって人間の一生で「幸運な時期」と「不幸な時期」の比率は一緒でなければいけないから」

「じゃあ、その調整を誤ったり、運を使いすぎたら」

「私はその幸運に対し、不幸の値が釣り合うまでずっと不幸になります」


真顔で告げた彼女は、いつになく真剣で

その言葉が、事実だとーーーー


「な〜んて、冗談ですよ」

「なんだ。冗談ですか」

「ええ。この世にそんなファンタジーがあるわけないでしょう?」

「そうですよね。あってたまるかって感じです」

「ええ。あってはいけません。そんな非現実的な事だなんて・・・絶対に」

「そうですね」


本当に、そういう非現実的な事はフィクションの中だけにして貰いたい

現実で神様にあって「あるもの」を与える代わりに「あるもの」を奪われるとか

そういうものも、同様だ


「あ、先輩。そろそろいい時間ですし、帰らせて貰いますね」

「ああ。もう六時でしたか。ごめんなさい、付き合わせて」


壁にかけられた時計の針は六時を示している

一応、スマホを確認しておいた。時刻は六時。問題はないみたいだ


「別に。それと、先輩のうちまで荷物持ちに付き合ったのは俺の気まぐれなんで。先輩の頼みじゃないんで。謝罪とか必要ないんで」

「あ、では・・・ありがとうございますですね」


本当に、素直じゃない

背後で先輩が小さな声で呟く。その声はもれなく笑っていた

何が面白いんだ・・・まあいいか

今回は先程までの話題が話題だったし・・・少しでも空気を軽くしておこう


「そうです。素直にお礼を言いやがれください。俺に感謝してください」

「でもティッシュとトイレットペーパーと私の荷物ぐらいじゃないですか〜」

「この腕でそれだけ持てただけ十分でしょ」

「それもそうですね。むしろ、十分すぎますね」


玄関に向かい、靴を履く

・・・なんか、靴の中に違和感が


「先輩、右足がなんか気持ち悪いので中見てくれませんか?」

「ええ。構いませんよ。はい、お靴脱いで」

「・・・バカにしてます?」

「すみません。弟に言う感じでやっちゃいました」

「あーそういうことですか。弟さん、小さいんですか?」

「・・・下の弟はまだ小学二年生なので。そんな感じで」

「なるほど。うっかり出ちゃうかもですね。言い過ぎました。すみません」

「いえいえ。あ、靴の中に小石が入っていました。出しておきますね」

「ありがとうございます」


先輩は俺の靴を片手に持ち、中に入っていたらしい小石を出してくれる


「はい、渡辺君。足を上げて」

「え、あ・・・いや。置いてくれたら、普通に履くのですが。履かせて貰わなくたって、いいのですが」

「まあまあ」

「まあまあ要素どこにあります!?」

「も〜。渡辺君は我が儘さんですね」

「我が儘を言った覚えはないのですが・・・むしろ普通の感性では」

「いいではありませんか。靴を履かせて貰うなんて一生にない機会だと思いますし」

「個人的には一生訪れてほしくない状況なのですが?」


家政婦を雇っている身で言うのも何だが、こう、誰かを従えているような・・・

誰かが自分の足下にいる状況が耐えられない

今回は怪我の状況的に仕方が無いけれど、本当なら俺は誰かと話すときは目を合わせて、同じ目線で話していたいのだ

友達である先輩なら、尚更だ


「え?女の子から何もかもお世話をされたい。それはもう誰もが抱くロマンだと今日小耳に挟んだものですから・・・だから私もてっきり渡辺君もそうかと思いまして」

「仮に俺のロマンがそうだったとして、なぜ先輩はそれを行動に移そうと思ったんです?どこからどう見てもおかしいトンチキロマンでしょうに」

「だって渡辺君、お礼を要求しませんから・・・こういう欲をさらけ出してみたいけれど、奥手な貴方はできないと思いまして。だから私が率先してやってみました」

「お礼を要求するのは筋違いでしょ?俺が勝手にやったことなんですから、どうしてもというなら麦茶で十分です」

「・・・欲がないですね。もう少し、男子高校生らしくむふふと」

「少なくとも出会って数日の女性にそんなことを求めるとか距離感のおかしいことはしませんから!」

「で、では半年後とかに・・・?」


なぜそこで怯えたというか、若干期待した顔で俺を見る

本当に表情がコロコロ変わって面白いな・・・と、思う前に

この人何考えてるんだ?まるでそういうことを期待しているような

・・・はっ!まさか先輩は・・・変態さんなのか?


「そういうのは友達な先輩にお願いするような事じゃないでしょうに。先輩そういう欲求があるんですか?先輩の変態。先輩のスケベ。かやすけべ」

「そういうのは私の台詞というか、初めての名前呼びがそれは不名誉なので・・・すが」

「どうしました?」


先輩は急に目を丸くして、俺の方をじっと眺めてくる

何かしたか?

いや、スケベ扱いは流石に悪かったよな・・・ちゃんと謝らないと


「いえ。名前、ちゃんと覚えていてくださったんですね。覚える気が無いかと思って・・・あ、いや!その前に!」

「な、なんですか・・・」

「ちゃんと友達扱いしてくれているんですね。超嬉しいです!」

「は、はあ・・・まあ、そういうことですから!俺もですけど、あんまり他人にそういうこと言わない方がいいと思います!友達としての忠告です!ちゃんと聞いてくださいよ!」

「はい。友達な渡辺君のお願いですから。雪時香夜。肝に銘じさせていただきます」

「よろしい・・・では、また明日。どうせ来るんでしょう?」

「はい。また朝からお邪魔させて貰いますね」


扉を開けて、敷地内まで見送りに来てくれる

別にここまでして貰わなくたっていいのだが

でも、気分は悪くない


「ええ。お待ちしています。では、また」

「はい!また明日!」


嬉しそうに手を振って見送る彼女を背に、俺は帰路を歩き出す

今日の足取りはなんとなく、いつもより軽く感じた

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