7:先輩と特売日
授業を終えて即帰宅
先輩に捕まらないように校門を出る
これで問題はないはずだ。先輩と遭遇することなんて絶対にない
つまり、これで今日の先輩とはおさらば!
グッバイ先輩。また明日会ってやりましょう
「はぁ・・・一人の時間、最高」
「渡辺君、今から暇ならついてきてください」
「なぜ・・・!チャイムが鳴った瞬間に駆けたというのに!」
「奇遇ですね。私もです。さあ!出撃しますよ、戦場へ!」
「俺、傷病兵なんですけど!」
「大丈夫です。いるだけでいいので!」
「またか!」
俺と同じように先輩もチャイムが鳴った瞬間に教室を出てきたらしい
校門でかりそめの自由を謳歌していた俺は先輩に捕獲される
俺に自由なんてものはなかったらしい。不幸だ
腕を掴まれ、家とは真逆の方向に
・・・むっ。これは
「先輩、当たっています」
「ごめんなさい。急いでいるので・・・鞄が患部に?」
「いえ、先輩の胸が」
「・・・今は我慢してください」
「急ぐことは、羞恥心以上に大事なことなんですか」
「ええ!凄く大事です!」
「一応、聞いておいても?」
「今日はジャガイモの詰め放題なんです!お一人様一袋!」
なんだよ特売かよ
・・・特売!?この怪我で!?俺は人混みに連れて行かれるのか!?
「帰っても?」
「渡辺君、私のジャガイモとトイレットペーパーとティッシュと砂糖の為にどうか・・・そこに立っているだけでいいので」
「・・・先輩「お一人様うん点限り」の商品を」
「渡辺君を連れて行くことで倍にしようかと!」
なるほど。そういう魂胆か
それなら立っているだけでどうにかなるだろう
先輩が買い物に出かけている間、安全圏で待っていてレジ前ぐらいで合流というのもありかもしれない
昔、そういうことをよくしていたな・・・
「・・・なんか、懐かしいです」
「どういうことですか?」
「俺も昔・・・それこそ、両親と仲がよかった時にそういう生活をしていまして。母さんが先に買い物をして」
「小さい渡辺君は、レジ近くでお母さんと合流。お一人様の購入制限がある商品を、二人分買っていた、とか?」
「そうです」
「渡辺君にもそういう時代があったんですね」
「ええ。あの時は、幸せでした」
六畳の小さな部屋に家族三人で住んでいた時代
父さんも母さんも、まだ俺に笑いかけてくれて・・・貧乏でも、お金がなくても幸せだった
全部狂ったのは「あの瞬間」だった
「あ、宝くじ!渡辺君、サマージェットの販売がもう始まっていますよ!」
「・・・」
「知っています?隣町の宝くじ売り場!昔、一年で二回も一等がでたんですって!凄いですよね!私、買うならあの売り場と決めているんです!色々とあやかりたいので!」
「・・・やめておいた方がいいですよ」
少し興奮気味の先輩とは対照的に、冷めきった態度でただ一言告げる
「渡辺君?」
「先輩が今、幸せだと思うのなら、あんなものは買わない方がいい」
「そうですか・・・わかりました!」
「え」
「私は今十分に幸せだと感じているので、買わないようにしますね。助言、ありがとうございます!」
「・・・ほ」
「安心する要素、ありました?」
「ええ。まあ・・・」
「本当に貴方は不思議ですねぇ」
俺がとやかく言う話ではないが、少なくとも俺はもうあの日と同じ光景を見たくない
ただ、それだけだ
・・
スーパーに到着した俺は、先輩と共に人混みを歩いていた
「本当にいいんですか?」
「ええ。カートを押すぐらいなら俺にもできますので」
「待っていてもいいんですよ?」
「待つだけじゃ、なんなので・・・」
「では、カートはお願いします!私は卵を取ってきますので!」
「あいあいさー」
軽い足取りで前を進み、目的のものを回収していく
・・・なんだろう。白い何かがしゅばっと動いている光景だけが目に入る
先輩は相当足が速いらしい
三階に教室がある二年生の彼女。俺と校門を出る時間がほぼ一緒になれたのはこういうのが理由なのかもしれない
カゴの中にどんどん積み上がる特売品の数々
気がつけば、カゴは満杯。カートを押すのも大変になった
まさかこれ・・・先輩の家で使う買い物?
家の買い物当番とかそういうものなのだろうか
それにしては、多すぎるし・・・
お姉さんや弟さんが手伝いに来ている気配も、ないな
この量なら誰かが荷物持ちに合流してもおかしくないと思うのだが、俺の感性がおかしいのだろうか
「おまたせしました。これで全部です」
「多いですね。一人で持ち帰れそうですか?」
「・・・」
先輩の目線がカゴと俺を往復
困ったような視線を浮かべている彼女は「どうしよう・・・」と言わんばかりの表情を浮かべていた
「調子のって買うから・・・」
「えへへ・・・」
「後でご姉弟の誰かが合流されるんですか?」
「いいえ。そんなことは」
「じゃあ、お父さんかお母さん」
「ごめんなさい。ないんです。家のことは私の仕事なので・・・」
だから、親も姉弟も誰も助けにこないって?
バカじゃないのか、この人は
「・・・あんただって、親の庇護下にあるべき子供じゃないですか」
「高校二年生をまだ子供だと言ってくれますか?」
「ええ。まだ未成年です。大人になったというのが成人を迎えたタイミングとするなら、貴方はまだ子供です。一人で無理をしているのがおかしい」
「そう、ですか。それが当たり前だったので・・・そう言われるのは変な感じです」
「俺からしたら先輩の家庭事情の方が変ですよ。俺も大概ですけど」
「そうですね」
「けれど俺には頼れる大人が、斉藤さんがいます。先輩にとってそれは両親であるべきです」
「・・・」
「もしも、親や家族に頼りにくいのなら周囲に頼ればいいのでは?一応、俺は先輩の友達なんでしょう?友達というのなら、頼ってみてはいかがですか?」
俺たちはそのまま進んでレジへ
会計をして貰い、先輩が荷物を袋詰めする様子を近くで眺める
「しかし今の俺は頼られたところでほぼ何もできないので・・・トイレットペーパーとか、俺でも持てそうなものだけ、持たせていただきます」
「いいんですか?」
「このまま帰すのは罪悪感がヤバいので」
「あったんですね、罪悪感」
「俺にもそれぐらいあります。先輩は俺をなんだと思っているんですか」
「いいえ。流石に言い過ぎでしたね。ごめんなさい」
「いいんです。言われても仕方がないことばかりしている自覚はあるので」
「・・・不本意で、ですか?」
「さあ、どうでしょう」
「貴方もよくわかりませんね」
「そうですね。最近はさらによくわからなくなりました。あ、先輩。学生鞄は持てるので俺の肩にかけてください」
「いいんですか?」
「これぐらいは」
学生鞄を受け取り、彼女が買い物の荷物を持つところまで見守る
そしてスーパーを出て、先輩が先導する道を歩き出した
これから家に戻るのだろう
「うちとは、逆方向なんですね」
「ええ。うちと学校の中間地点に渡辺君のお家がある感じです。押しかけるのは問題ありませんからね」
「押しかけないでください。じゃあ、先輩は徒歩通学組?」
「ええ。そうですよ。徒歩二十分です」
「近いようで遠い・・・」
「ええ。でも歩くことはいいことですよ。あ、もう少しで見えてきます。あれです」
スーパーから先輩の家は意外と近かったらしい
見えた先にあるのは、木造のおんぼろ感溢れる二階建ての建物
「ここの、何階ですか?」
「おや、家を見たらみんなドン引きするのに」
「ドン引きって。住める家ではあるんだけどな・・・」
「意外です。いい家に住んでいる渡辺君からそんなワードが」
「昔、こういう家に住んでいたんですよ」
「へぇ・・・あ、鍵開けますね」
「お願いします」
先輩は慣れた手つきで鍵を開け、その先に案内してくれる
古びたその空間に所狭しと押し込められた家具の数々
雪時家に、足を踏み入れた
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